25話 【異界迷宮】デビュー 後編
「このキノコは?」
「毒キノコだ、食うなよ」
「その花は?」
「毒の花粉を出すから近づくな」
「……じゃあ、あそこのリスは?」
「一見可愛いがあの前歯には猛毒が――」
「毒しかないのかこの場所はァァッ‼」
ジャングルの中にリザの叫びが響き渡った。
木々に止まっていた鳥たちが、驚いて一斉に飛び立っていく。どれも元の世界では見慣れない鳥たちだ。
「びっくりしたぁ……。急にデカい声出すなよ……」
ローグと共に解毒薬と回復薬の材料を探しに出たリザは、理想とは程遠い【異界迷宮】の現実に辟易していた。
「何なの【異界迷宮】って‼毒ばっかりじゃない⁉もっとカラフルな果物とか、綺麗な花がわんさかあるイメージだったのに‼」
「冒険者以外の人が【異界迷宮】に潜ることを禁止されてる理由がそれなんだよ。基本的に人に害を及ぼすものばかりだから、ある程度の知識がないとまず生きて帰れねえ。そんで一番厄介なのが食糧問題だ。【異界迷宮】の中じゃ、まとまな食材を見つけられずに餓死するなんてことがざらにある」
「ふーん……だからこんなに食糧と水を持ち込ませたわけね」
リザは自身が背負っているバックパックをポンと叩いて言った。
リザに限らず、全員のバックパックの中身は食糧と水が半分以上を占めている。節約しても五日はもつ量だ。
「これだけ用意してくれたセラさんに感謝しねえとな」
「……はあ~。なんか拍子抜けしちゃったわ。モンスターも大したことなかったし。……こんなもんか、【異界迷宮】って」
つまらなさそうにそう言ったリザの周囲には夥しい数の小型モンスターの亡骸が転がっていた。
堅牢な甲殻に覆われた手のひらサイズの蟻、ヨロイアント。
後ろ脚が自分の体の三倍に肥大したバッタ、バックホッパー。
生物の血を吸って蝶へと成長する大きな芋虫、ヒルフライワーム。
どれも【異界迷宮】の密林地帯によくみられるモンスターで、好戦的な気性で見境なく生物に襲い掛かるのが特徴だ。しかし、毒性の植物を食べることから抗体を持っているため、それらの死骸からは解毒薬が作れたりする。
ローグはリザが始末した小型モンスターの死骸を物色しながら、
「【異界門】をくぐってすぐのこんな浅いエリアじゃ大したモンスターは出ねえよ。こいつらは、下級モンスターの中でもさらに雑魚の方だ。ただの盗賊と同じくらいってとこだな。奥にいけば、もっとデカくて強いモンスターがわんさかいるだろうよ。
それに、最奥部のエリアには宝物庫なんてものもある。もし、俺ら四人でそこの宝を独占できたら一生遊んで暮らせるかもな」
その言葉を聞いたリザの耳がピクンと反応する。
「お宝……!冒険の匂いがする……!」
ローグは気落ちするリザを励ますためにそんな情報を聞かせたのだが、少し効き目があり過ぎたようだった。
「言っとくけど、今回はそんな奥まで行かないからな。あくまでイザクさんを見つけるのが最優先!」
「わ、わかってるわよ……っ!でも、ちょっとくらい覗くだけでも――」
「駄目だ!宝物庫の前には必ず【異界迷宮】のボスである上級以上のモンスターがいる。もし竜種や神種なんてのがいたら、俺たちじゃ勝てねえよ!」
あっさりと自分の主張を却下され、リザはむむっと口を尖らせる。
「……アイリスは竜種を召喚できるんじゃないの?そしたら神種にも勝てそうじゃない?」
「自在に操れればな。お前が思ってる以上に、竜種ていうのは危険なモンスターなんだよ。一歩間違えれば、俺たちがアイリスの竜種に全滅させられるかもしれねえ。わかりやすくいうと、子供四人の中に狂乱状態のキヨメを放り込むような感じだ」
「そ、それはヤバいわね……!」
「だろ……?」
ゴクリと息を呑むリザ。身を以てキヨメの恐ろしさを目の当たりにしている彼女にはローグの言わんとする恐ろしさがよく伝わった。
「アイリスの魔法は本当に最後の手段なんだ。四人がかりでも勝てないモンスターと出くわした、『緊急事態』にでもなれば指示せざるを得ないがな」
「要するに、宝物庫前まで行かなければいいってことでしょ」
「そ。よっぽどイレギュラーな【異界迷宮】じゃない限り、手に負えないモンスターとそこらで出くわすことはねえよ」
「実はここがそのイレギュラーな【異界迷宮】だったりしてね。……なんて」
リザが苦笑しつつそんなことを言う。
「ハハ、だったら最悪だ。――さて、材料は調達できたし、あいつらのところに戻るか」
彼女の盛大な前振りとなるセリフを、ローグは特に気に留めることもなかった。
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『26話 募る不安』に続く
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