prologue2 アイリス=グッドホープの追放
【異界迷宮】 。冒険者ギルドに所属する者だけが足を踏み入れることを許された場所。その名の通り、人々が暮らす世界とは異なる世界に存在する迷宮だ。
【異界迷宮】には未知の鉱石や莫大な財宝、極めつけには万能の秘薬なんていうものも存在する。
夢のような場所だが、それらは当然、簡単には手に入らない。
強力なモンスターに厳しい自然環境。
実力のない者はもちろん、歴戦の冒険者でさえも油断すれば命を落とす。
そのため、冒険者たちが【異界迷宮】に挑むには、複数の冒険者から成るパーティを組むのが常識だった。
「そういえば知ってるか?ヘラクレスの奴ら、とうとう異名持ちの冒険者まで追放したらしいぜ!」
薄暗い洞窟を進む四人組のパーティ。その先頭を歩く剣を携えた男が話を切り出した。
「マジかよ。どんだけ人材に恵まれてんだよあそこは!俺たちDランクギルドには到底真似できねえな。そもそも異名持ちがいねえし。」
弓を背中に担いだ男が、忌々し気に反応した。
「その人、ウチのギルドに勧誘しちゃえば?」
「バーカ。異名持ちが入ってくれるわけねえだろ。他の上位ギルドから引く手数多だろうよ」
レイピアを腰に据えた女の提案を、弓矢の男が一蹴した。
「だが、使えない奴をギルドから追放するってやり方は真似してみてもいいかもな」
そう言った剣士の男は振り返り、列から少し遅れている金髪の少女に目を向ける。
肩に届かない程度の髪の長さで、雪のように白い肌。碧い瞳をした幸薄そうな彼女は四人分の荷物を背負い、ひいひい言いながら必死について来ていた。
「アイリス!とっととしろ!何のためにお前みたいな無能をパーティに入れてやってると思ってんだ!」
「す、すみません……!」
怒声に肩を震わせ、どうにか歩くスピードを少し上げる。
「チッ。荷物運びしか役に立たないくせにちんたらしやがって」
「リーダー。モンスターに囲まれたときの囮にはなるんじゃねえの」
「ハッ、それもそうか!」
「あははっ、かわいそうだよ~」
悪びれもせず嘲笑う三人にアイリスは内心ムッとしながらも、引きつった笑みを浮かべた。
「や、やだなぁ皆さん。私には【サモナー】の《才能》がありますから。戦いでもお役に立ってみせますよ」
「あァ⁉契約したモンスターを暴走させるばっかりで、役に立ったことなんてなかっただろうが!お前は二度と魔法を使うんじゃねえぞ!」
剣士の男は心底不快そうに怒りを露わにする。
「はい……」
それはアイリスがしゅんと肩を落とした直後だった。
ドガアアアン!と轟音が洞窟内に響き渡る。
突然、パーティの真上にあたる岩肌の天井が崩れたのだ。
「うわッ‼」
「な、何なのいきなり⁉」
幸いにも落下する岩石で怪我をした者はいない。
しかし、落下してきたのは岩石だけではなかった。
「――は?」
パーティのちょうど中央へと降りてきた異形の影。
ソレを目にした四人は揃って目を丸くした。
全長三メートルは超える身の丈は、全身を銀色の体毛で覆われており、太く逞しい筋肉の鎧を兼ね備えている。
冒険者たちと同じ様に二足で佇むそソレは、とても意思疎通など測れないであろう獰猛な瞳をギョロつかせる。
「シ、シルバーバックだあああ‼」
「何でこんなところに出てくんのよッ⁉」
絶叫する弓矢の男とレイピアの女。二人が取り乱すのも無理はない。
シルバーバック。【異界迷宮】に生息する野猿の突然変異種。その強さは、Dランク程度のギルドに所属する冒険者では到底太刀打ちできるレベルではない。
『……グルゥッ!』
シルバーバックは一番近くで立ち竦む剣士の男に狙いを定める。
「ひッ⁉な、何で俺なんだよ……ッ⁉誰か……誰か助けろ……ッ!」
立ち向かう気など沸き起こることもなく、剣士の男は腰を抜かして座り込んでしまう。
「リ、リーダー……」
「あ……あ……」
弓矢の男とレイピアの女もガチガチと体を震わせるばかりで、助けようなどという意志は微塵も頭になかった。
しかし、パーティの中でただ一人、アイリスだけがこの事態をどうにかしようと頭を働かせていた。
(助けなきゃ……助けなきゃ……!)
どんなに罵られようと、ぞんざいに扱われようと、パーティを組んだ以上彼らは仲間なのだ。
そう思ったアイリスは、華奢なその体を恐怖で震わせながらも、勇気を振り絞って右手を前に突き出した。
彼女が震える口から発したのは、異能を引き起こすための呪文。
俗に、“魔法”とよばれる奇跡の現象。
「――“異界接合”、【怪物召喚】!」
虚空に眩い光と共に魔法陣が浮かび上がる。
「お願い、サラマンドラ‼」
そこから飛び出したのは、シルバーバックよりも遙かに大きな巨影。
真っ赤な鱗に巨大な翼、太く鋭い鉤爪。
神種に次ぐ戦闘力を誇る上級モンスター、竜種である。
深紅の竜はビリビリと体の芯に響くような方向を発しながら、一直線にシルバーバックへと襲い掛かった。
『ゴアァァァァァァァッッ‼』
『グルゥォォ――』
シルバーバックは一瞬にして頭部を噛み千切られ、その生命活動を停止した。
銀色の巨躯からは血が噴水のように噴き出し、赤い雨を降らす。
アイリス以外の三人は、血の雨に打たれながら茫然とした様子で、サラマンドラと呼ばれたドラゴンを見上げる。
次元の違い過ぎる生存競争を目の当たりにした脆弱な彼らは、最早声さえ上げられない。
Aランクギルドの冒険者でも手を焼くその怪物は、この場で最大の脅威だったシルバーバックを駆逐し終えたことで、その場に残る四人の冒険者へと目を向けた。
まるで品定めするかのように。
『ゴアァァァァァァァァァァァァッ‼』
赤い翼竜の咆哮が、洞窟内に轟く。
その怪物は、人為的に喚び出されておきながら、明らかに制御下になかった。
四人の危機は未だ続いているのだ。
シルバーバック以上の脅威にメンバーたちが死を覚悟した時、アイリスが慌てて新たな魔法を発動させる。
「い、“異界再接合”ッ!【怪物退去】!」
直後に、赤い翼竜の頭上に魔法陣が再び現れ、その全身を光で包み込む。
『ゴァッ⁉』
次第に竜種の姿が薄れていき、何事もなかったかのようにこの場から消え失せた。
「ふぅ……」
なんとか事なきを得て、アイリスはへなへなとその場に座り込んだ。
彼女にとって、赤い翼竜サラマンドラの召喚は一か八かの賭けだった。最初に襲い掛かったのがシルバーバックではなく、パーティメンバーの誰かという可能性もあった。脅威度が高い生物を優先して襲うという、ドラゴンの好戦的な習性に一縷の望みを託したのだ。
しん、と静まり返る中、
「――ふざけんなよ……」
剣士の男がポツリと呟いた。皆の視線が彼に集まる。
「ふざけんなよ!てめえが仕組んだんだろ!アイリス‼」
「……え?そ、そんな……。何で私が?」
「とぼけんじゃねえよ!あのシルバーバックもてめえの仕業だろ!どう考えたってタイミングが良すぎるんだよ!」
「あれは本当に偶然で――」
「黙れ‼竜種でそれを解決して、俺たちに恩を売ろうって画策してやがったんだろ‼」
「確かに……。このレベルの【異界迷宮】にあんな怪物が現れるなんておかしいと思ったんだよ……」
「酷い……。下手したら私たち死んでたかもしれないのよ!悪ふざけも大概にしなさいよ、この人殺し‼」
「…………ッ!」
三人から向けられる敵意ある目に、アイリスは愕然とした。
同じギルドに所属している以上、自分は彼らを仲間だと思っていた。
だが、彼らは違った。ただの荷物運びとしてしか見ていない。正直、いてもいなくてもどちらでもいいのだ。
(私は……ただ……)
「アイリス!このことはマスターに報告させてもらう‼てめえのギルドからの追放も頼んできてやるよ‼」
翌日。アイリス=グッドホープはDランク冒険者ギルド、【小心者の子馬】からの追放を言い渡された。
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アイリス=グッドホープ
追放理由:同士討ち
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