24話 【異界迷宮】デビュー 中編
「かたじけない、ローグ殿……」
ローグから解毒薬をもらったキヨメは肩を縮めて正座していた。その隣ではリザも後ろめたい顔で胡坐をかいている。
「たまたま大したことない毒だったからよかったものの、そうじゃなかったら死んでたかもしれねぇんだぞ」
腕を組んでそう口にしたローグは、怒りを露わにすると同時に呆れ返っていた。
冒険者にとって未知なるものを探求する心構えは重要だが、むやみやたらと手を伸ばしてよいわけではない。
既存の情報は積極的に取り入れ、未確認の存在には慎重に接する。
それこそが冒険者以前に、人として当然の行動倫理のはずだ。
そんな初歩の初歩すら守れないリザとキヨメに、呆れてしまうのも無理はない。
アイリスもローグの横で苦笑いするしかなかった。
「大体、どういう思考回路をしてたらこんな気色の悪い果物を食べてみようと思うんだよ!」
ローグがつまむように持ち上げたのは、紫色のバナナのような形をした果物。黄色のまだら模様が浮かんだソレはとても食欲がそそる見た目ではない。
「しかし、甘くて美味でしたよ?」
「味はどうでもいいのっ!」
この侍はまた同じ過ちを繰り返してしまうんじゃないかとローグの心中は穏やかではなかった。
彼は一度溜め息を吐いて、
「とりあえず、解毒薬が切れたからそこら辺の植物で作れないか探してくる。あとついでに回復薬の材料も。
リザ、どれに毒があるかとか教えるから一緒に来てくれ」
「ん、おっけ」
「せ、拙者は?」
「お前はそこでじっとしてろ!見張りは任せたからな、アイリス」
「了解です」
「むう……承知しました」
しゅんと肩を落とすキヨメに、アイリスはまあまあと寄り添う。
薬の材料を探しに歩き出したローグは、隣を歩くリザに説教のような口ぶりで話し掛けた。
「初【異界迷宮】でテンションが上がるのもわかるけどよ、あのアホ侍の奇行を近くにいたお前が止めてくれねえと」
「確かに反省しなきゃね。もう気軽に毒見を頼んだりしないわ」
「お前が唆したんかいッ‼」
呆気らかんと言ったリザに、ローグは軽く戦慄を覚えた。
(こ、こいつもかなり問題があるんじゃ……!いや、食べる方もおかしいけど!)
遠ざかるローグとリザの背中を見つめながら、キヨメがポツリと呟いた。
「やはり拙者は頭が弱いのでしょうか……」
「えッ⁉えっと……」
(どうしよう……。そんなことないって言ってあげたいけど、今後の為にもはっきりと言うべきかな……!)
アイリスがどう返答するのが正解か考えあぐねていると、キヨメは落ち込んだ様子で続けた。
「実は以前にも拙者の頭の弱さが原因で周りの者に迷惑を掛けてしまったことがあります。お恥ずかしながら、自分ではあまり自覚がなく、どのように弱点を克服すればよいのやらさっぱりわからないのです。アイリス殿。拙者はどうすればよいのでしょう……?」
意外にも心に抱えた不安を吐露したキヨメに、アイリスは眉を上げて驚いた。
まだキヨメと出会って一日も経っていないが、悩み事とは対極にあるようなイメージが自分の中で確立していたからだ。
しかも、アイリス自身も同じような悩みを抱えている。だからこそ、真摯に答えてあげたいと思った。
「……キヨメちゃん。確かに、キヨメちゃんには弱点があるかもしれないけど、それって誰もが抱えている悩みだと思うよ」
「え、そうなのですか……?」
「私はもちろん、ローグさんやリザさんも。まあ、あの人たちは自力で弱点を克服しつつあるけどね。少なくとも、私はどうやって自分の弱点を克服すればいいのか、全然答えがわからないよ。でも、キヨメちゃんはまだ答えなんか見つける必要なんかないんじゃないかな」
「……どういうことですか?」
「だってキヨメちゃんには、弱点を補って余りあるくらいの長所があるもん。すっごく強いっていう、立派な武器がね」
「――!」
「すごく羨ましいよ。私には長所すらないから。だから、まだそんなことで悩む必要なんてないんじゃない?」
そう寂しげに笑いかけるアイリスに、キヨメはうるうると黒い瞳を滲ませた。
「アイリス殿ぉ~」
「うわっ⁉」
がばっ!と抱きつかれて、思わず声を上げるアイリス。彼女の胸にキヨメがスリスリと頭を擦り付けてくる。
「アイリス殿は人を励ますことの天才です!どうか悲観しないでくだされ~!」
「あ、ありがとう……」
(あー……この子が歳下だってこと、ようやく実感したなぁ……)
そんなことを思いながら、綺麗な黒い髪の頭にそっと手を添えた。
(でも自分の為に泣いてくれる人って、家族以外じゃ初めてかも……。
――これが“仲間”っていうものなのかな……お父さん……)
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『25話 【異界迷宮】デビュー 後編』に続く
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