21話 二人の八豪傑
ハインリヒの私室を後にしたヒュースとギャロンは、ギルド内の長い廊下を歩いていた。
「ターゲットはスピカという町にいますよ」
ヒュースが突然そう切り出した。
隣を歩くギャロンは眉をひそめて問い返した。
「……なぜわかる?」
「さっきの紙に付着していた匂いですよ。数人の匂いは付着していましたが、女性のものは一つだけだった」
「……!それだけでわかるのか?」
「俺の希少魔法、【怪物吸収】は優秀なんですよ。それにしても『八豪傑』に就いて最初の仕事が、迷子探しとはね。あの方も俺の価値をまだ真に理解しきれてないらしい」
ヒュースが忌々し気に愚痴をこぼすので、髪を右半分だけ刈った前衛的ヘアスタイルの大男は、チラリと隣の少年を見た。
「そうか?俺には随分と優遇されているように見えるが。一部じゃ、あのローグをお前とマスターが共謀して追放させたって噂まで流れてるぜ」
「……ああ、それ。事実ですよ」
金髪の少年はつまらなさそうに言った。その人物に、まったく興味などないように。
あっさりと認めたことで、ギャロンは足を止めて唖然とした。
「おいおい、マジかよ……。つーか、そんなこと認めちまっていいのか?」
その問いに、ヒュースも足を止めて返答した。
「あの人は俺より弱かった。何もしなくても、いずれは『八豪傑』から引きずり下ろされていた。ただ、その時が早まっただけ。それだけのことですよ」
実力第一のこのギルドでは弱い者は追放される。そんなことは誰もが承知の上で在籍しているのだ。
糾弾するどころか、むしろギャロンは愉快そうに笑みを浮かべた。
「ほォ、ならよォ……。俺がお前を蹴落としたとしても、文句は言えねえよなァ?」
「あんたには無理だよ」
即答だった。
何だと、と反論しようとしたギャロンが見たのは、悪魔のような微笑を浮かべるあどけない少年の顔。
油断して近づいた虫を喰らう食虫植物のような薄気味悪さを感じる。
「ギャロンさんは、このギルドに入って何年でしたっけ?」
「……じ、十五年だ」
「へえ。それだけの間、追放されずにいたこということはそれなりに腕が立つんでしょうね。……けど、言い換えれば『第十二傑衆』に昇格するまで十五年もかかったということ。その程度で俺に勝てるとでも思ってるんですか?」
「……ッ」
ギャロンは今すぐ、この男を殴ってやりたかったが、長年実戦で培った経験がそれを拒んだ。目の前の少年との実力差はそれほど明白だった。
戦わずして、戦意を喪失してしまうほどに。
【豪傑達の砦】独自の階級システム、『十二の試練』。十二回の下克上を繰り返し、位を上げていく、実力第一のこのギルドらしいシステムだ。
入団した者は、まず最下位の『第一傑衆』にクラス分けされ、そこから一つずつ位を上げていく。
ギャロンの現在の位は『第十二傑衆』。『八豪傑』の一つ下の位だ。八豪傑予備軍とも称される『第十二傑衆』は、Bランクの冒険者ギルドなら即エースを張れる程の実力者ばかりだ。そこに登り詰めただけでも大層な偉業であるが、如何せん目の前の少年は別格過ぎた。
入団してわずか三か月で『第十二傑衆』入りを果たし、それから一年後には『八豪傑』まで到達した。
誰もが認める天才だったが、彼はいつもこのように称されていた。
『第二のローグ』。『神童再来』。
ヒュースの称賛の尾ヒレには常にローグの名がついて回った。
自尊心の高いヒュースは当然、快く思っていなかった。さらにローグ自身が、その感情に全く気付かず先輩面することがより一層、彼の心を荒ませていった。
(このガキ……ッ!これほどか……!)
ギャロンは、その負の感情が持ち前の天賦の才と混ざり合うことで、『八豪傑のヒュース』という怪物を誕生させてしまったのだと思い、戦慄した。
「――試してみますか?今ここで」
殺意の籠った瞳を向けられ、ゾクッ!とギャロンの背筋を悪寒が奔り抜ける。
「ま、待て!悪かった!冗談に決まってるだろ……ッ!」
慌ててふためく大柄の男に、ヒュースはにっこりと笑いかける。
「ははは!そんなにビビらなくてもいいのに!冗談に決まってるじゃないですか!」
「…………」
悪戯に笑い飛ばして、歩き始めるヒュース。屈強な大男は自分よりもかなり小さなその背中を畏怖の念を抱いて見つめていた。
しかし、不意にヒュースはピタリと足を止めた。
「⁉」
ギャロンは、金髪の少年の前方にいた人物を見て眉を吊り上げる。
「『八豪傑』、ライラ=ベル……!」
肩まで伸びた淡い金髪、宝石のような翡翠の瞳。白銀と紺碧に輝く軽めの甲冑を身に纏った彼女は、凛々しい女騎士を思わせる。
ヒュースに劣らず、いや、それ以上のプレッシャーを放つ少女の登場にギャロンは息を呑んだ。
「こんばんは、ライラさん。仕事帰りですか?」
「ああ。お前こそ、こんな時間からクエストか?ヒュース」
「ええ。『八豪傑』として念願の初仕事なんですけどね、それがなんと人探しなんてショボい内容でガッカリしていたところです……」
「どんな内容だろうと人事を尽くせ。それが最上の冒険者として当然の立ち振る舞いだ。お前が追い出した男は、文句は言っていても、常に全霊でクエストにあたっていたぞ」
少々威圧的なライラの言葉に、ヒュースは眉根を寄せた。
「……もしかして、怒ってるんですか?あいつを蹴落としたこと」
「まさか。実力のない者が『八豪傑』を名乗る資格はない。あいつが蹴落とされるのは仕方のないことだった」
「そうですね」
「だが、」
ライラは片目を瞑って、
「私は、お前も『八豪傑』を名乗るほどの実力はないとみている」
「…………へえ」
空気が急速に張り詰めていく。
ギャロンはすぐにでもこの場から去ってしまいたい衝動に駆られていた。だが同時に、この先の展開を見てみたいという探求心にも駆られている。冒険者の本能と理性によるジレンマというものか。
沈黙を破るように、ライラが口を開いた。
「いずれ知る時が来る。己の力の限界にな」
「……ライラさんも冗談が言えるのですね。そうだ!クエストから帰ってきたら、一度手合わせしてもらえませんか。そこで証明しますよ。俺はとうにあなたすら超えている、とね」
「フッ、いいだろう」
そう言って、ヒュースの横を通り過ぎていく金髪の女騎士。
「――ああ、そういえば」
彼女はふと、何かを思い出したかのように足を止めた。
「知り合いの冒険者が、南に向かう隊商に黒髪赤目の男が同行しているのを見たと言っていたな……。人違いかもしれないが」
「……それが?」
「お前たちも南に向かうのだろう?もしあの男に会うようなことがあれば、よろしく伝えておいてくれ」
ライラはそう言い残して、今度こそ去っていった。
「南……ね。堅物そうに見えて盗み聞きとかするんだ、あの人」
ヒュースは彼女の後ろ姿を見ながら、不愉快そうに呟いた。
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『22話 【異界迷宮】突入』に続く
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