20話 ヘラクレス、動く
王都郊外にある小高い丘の上。
そこに王国最強の冒険者ギルド、【豪傑達の砦】の本拠地がある。
古城のような出で立ちをしたその建物の最上階にある部屋は、王都の幻想的な夜景を一望することができる他、部屋中に最高級のワインが列挙されている。酒を嗜む者にとってはまさに至高の一室といっても過言ではない。
夜景を肴にしてグラスに注いだワインを呷っているハインリヒの耳に、コンコンと扉をノックする音が届いた。
入室を認めると、少し声が高めの男が失礼しますと一言添えて扉が開かれた。
部屋に足を踏み入れてきたのは二人の男。
「お呼びですか、マスター」
そう言った者の名はヒュース=マクマイト。金髪に垂れ目でまだあどけなさが残る、十六歳のルーキーだ。先日、ローグを蹴落として、【豪傑達の砦】最高位の冒険者、『八豪傑』入りを果たした。
彼の後ろには、髪を右半分だけ刈った筋骨隆々の男が控えている。
ハインリヒはグラスをテーブルの上に置き、ゆっくりと口を開いた。
「『八豪傑』所属、ヒュース=マクマイト。『第十二傑衆』所属、ギャロン=ホールズ。お前たちに緊急クエストだ」
「緊急?」
ヒュースが眉をひそめて繰り返す。
空いたグラスにワインを注ぎながら、白髪の老人は説明を始めた。
「ハウンドのギルドマスターから我々にとある冒険者の育成を依頼されていた。しかし、その冒険者がこちらへ向かう途中に消息不明になったらしい。現在、ハウンドのパーティが捜索にあたっているが、ワシとしてもここで奴らに貸しを作っておきたい」
「つまり、人探しということですか」
ハインリヒはグラスを掲げながら、ギラリと輝く銀色の双眸をヒュースへと投げ返す。
「ああ。ハウンドよりも先に、その冒険者を見つけ出せ。お前の魔法ならば、容易なはずだ」
「はい。お任せください」
ヒュースは嫌がる素振りも見せずに、緊急クエストを了承した。
いや、目の前の圧倒的な威圧感を放つ老爺を前にして、断れる者などいないのではなかろうか。
ハインリヒは引き出しから、包まった用紙を取り出してヒュースに投げ渡した。紐を解いて内容を確認すると、一人の冒険者のプロフィールがステータスの写しと顔写真付きで記載されていた。
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キヨメ=シンゼン
《種族》
人間
《魔法》
【景断】(呪われ人系)
【景傷】(呪われ人系)
【】
【】
《才能》
【剣士】
【鍛冶師】
【呪われ人】
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「『キヨメ=シンゼン。十六歳。【異界迷宮】への潜行経験は一度のみ』、か。……ハッ、俺と同じ歳なのに、随分と薄っぺらい経歴ですね。【呪われ人】持ちとはいえ、魔法が二つだけじゃウチでは役に立ちそうにはない。まあ、どこかの男よりはマシですが。
しかし、なぜハウンドのマスターは我々に彼女の育成など依頼したのでしょう?」
「あの豆ダヌキの魂胆なぞ目に見えておる。大方、こちらの不利益になるようなことを企んでおったのだろうが、自ら墓穴を掘ったようだ。フン、ざまあない」
「……なるほど」
ハインリヒと【猟犬の秩序】のギルドマスターは古くからの知り合いであるということは、関係者の間では有名だ。
同時に犬猿の仲であるということも。
普段から人間関係を語らない無機質なハインリヒだが、今のような人間的な珍しい一面は、ヒュースとギャロンにとってはかなり興味深かった。
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『21話 二人の八豪傑』に続く
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