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19話 新生【異界迷宮】 

 ローグとキヨメは二人揃って、一階へと降りた。

 彼らがいる建物は、丸太を積み重ねた壁によって構成されているログホームだった。

 屋内でも、自然の心地よい香りに包まれている。


「あ、ローグさん。調子はどうですか?」


 初めに彼らに気がついたアイリスが声を掛けた。


「ああ。問題ねぇよ」


「え?今何と?」


「ん?……あ」


 疑問の声を上げたのはローグの隣にいるキヨメ。先の説得の際、ローグは傷が治っていない設定で話を進めていたからだ。


「うぅ、いたーい」


「ローグ殿、しっかり……!」


 やはり簡単な演技に騙されるキヨメはすぐにオロオロしてしまう。


「「…………」」


 その様子にアイリスとその隣の席にいるリザの二人は胡乱気に目を細める。

 ローグが気まずそうに咳ばらいをしたところで、横から声が掛かった。


「あらあら~。お目覚めですか~?」


 気の抜けるようなほんわかした女性の声。

 そちらを見ると、ニコニコと微笑む物腰柔らかそうな若い女性がティーカップを乗せたトレイを持ってキッチンを出てきたところだった。

 腰まで伸びた白い髪に青い瞳。エプロンを着けたその人は、いかにも主婦といった感じだ。


「助かりました。ここまで運んでくれたうえに、介抱までしてくれたそうで」


「いえいえ~、お気になさらず。それよりも、あれだけの惨状でよく無事でしたね~。頑丈というか鈍感というか~」


 彼女はそう言って、窓に向けて手を差した。


「へ?」


 どういうことかと思いつつ、ローグは窓の外に目を向ける。


「――げ!」


 屋外に広がる光景を目にしたローグは、思わず顔を引きつらせた。


 捲れ上がった草原、割かれた大地。数時間前までほのぼのとしていたはず緑一面の風景は、大災害に見舞われたかのような惨状と化していた。

 原因はローグとキヨメが放った固有魔法の衝突であることは明らかだった。


「ああああの惨状だと、賠償しなきゃいけない感じですか……?」


 震えながら尋ねるローグ。しかし、白髪の女性はニコニコとしたままで怒りを見せる素振りはない。


「大丈夫ですよ~。残念なことに私たちが所有している土地ではないので賠償金を貰ってあげることはできないのです。だから、安心してください」


「はあ……」


 どことなく言葉にトゲがあるような気がして、ローグは微妙な顔をする。

 彼女はトレイをテーブルに置いて、


「皆さん揃ったので、ギルド設立に関する話を始めましょうか~。……あ、ローグ君とキヨメちゃんの紅茶も面倒ですがすぐに用意しますね~」


「お、お構いなく……」

(やっぱり怒ってんのか……⁉)


 イマイチ感情が掴めない白髪の女性に調子を狂わせるローグだった。



 テーブルを囲むように席に着いた五人。全員の目の前には紅茶が用意されたところで、白い髪の女性が話を切り出した。


「皆さん、このような田舎町までよく足を運んでくださいましたね~。まさか、あんな胡散臭い貼り紙で釣られてくる方々がいるなんて夢にも思いませんでした~」


「「「「…………」」」」


 喜ばれているのか貶されているのかわからない言葉に、ローグたちは思わず口を噤んだ。


「改めて自己紹介しますね。私はセレーナ=セプティムスといいます。気軽にセラさんって呼んでください。それでは早速、本題に入りますね~」


「ち、ちょっと待って!その前に一つ聞きたいことがあるんだけど!」


 リザが、手を少し上げて口を挟む。彼女は、向かいで紅茶を啜るキヨメに目を向けて、


「この侍は何でナチュラルにここにいるの?帰らなくていいの?」


「む?拙者はローグ殿の極秘もがッ⁉」


「あー!実はですねえ!こいつが仲間になりたいっていうから俺が誘ったんですよおお!」


 キヨメの口を塞いで代わりに説明するローグ。

 自分が【豪傑達の砦(ヘラクレス・フルリオ)】を追放されていることがキヨメにバレれば、彼女を逃がしてしまうおそれがあるからだ。


「(キヨメ、極秘クエストのことは他の皆には内緒なんだ。俺とお前とヘラクレスのマスターだけの秘密だ)」


「(リザ殿たちはヘラクレスとは関係ないのですか?)」


「(あ、ああ。そうなんだよ。さっきも言ったが、くれぐれもこのことは他言しないようにな。武士は約束を?)」


「(守るもの!)」


「(よろしい!)」

(ふっ、やっぱこいつチョロいな)


 机の下でコソコソ話を終えたローグとキヨメは顔を上げた。


「ということで、キヨメも頭数に入れて話を進めちゃってください」


「よろしくお願いします、皆様方」


「こちらこそよろしくね、キヨメちゃん」


 アイリスが胸の前で両手を合わせながら言った。


「まあ、人数が増えることはいいことか」


 リザも納得してくれた様子だ。


「じゃあ、四人ともメンバーになってくれるということですね~!私も含めて5人。これでメンバーは揃ったから、ギルドを立ち上げられますね~!ちなみにギルドのコンセプトは『誰にでも救いの手を』、です。一応冒険者ギルドで申請するつもりですが、生産系魔法しかない、俗にいう支援者の方でも入団を認めるつもりです。ただし、悪人は除きますがね~」


 セラのその言葉にリザが目を輝かせて身を乗り出した。


「素晴らしいわ‼まさしく私の理想とする冒険者ギルドよ‼」


 確かに、まるでリザのために用意されたかのような入団条件だ。彼女の事情を知るローグとアイリスは、喜ぶのも無理はないと思った。


「まあ、リザちゃん。そう言ってもらえると嬉しいです。何を隠そう、私自身、支援者なんですよね~」


「本当⁉私も生産系魔法しかないの!でも、どうしても冒険者になりたくって、私でも入れる冒険者ギルドをずっと探してたのよ!なにがなんでもこのギルドを立ち上げてやるわ!」


「ちょっと落ち着けよリザ。メンバーに関して、一つ気になることがあるだろ?」


 ローグの言う通り、セラ以外の四人に共通する疑問が一つある。彼はリザを落ち着かせつつ、その疑問を口にした。


「セラさん。肝心のギルドマスターは?大方、貼り紙に名前のあったイザクって人だと思うんすけど」


「はい。その通り、私の主人であるイザクがマスターになる予定です。気まぐれな人で、いきなりギルドを作るなんて言い出しましてね~。それに何かご不満でもありました?」


「いや、その点に関しては、異論はないんです。ただ、当の本人はどこにいるんです?スピカの町の人の話じゃ、もう何日も姿を見せてないらしいですが」


「あ~……」


 ローグの問いに、にこやかだったセラの表情がついに曇った。


「……実はですね、主人は一週間前から行方不明なんです」


「「「「行方不明?」」」」


 揃って繰り返してしまうローグたち。

 セラは頷いて、説明を続けた。


「ここから南に2キロほどの洞窟の中に、まだ宮廷にも確認されていない新生【異界迷宮(ダンジョン)】が発生したんです。主人は一早くそれを知って、単独で【異界迷宮(ダンジョン)】の調査に向かったのですが、それ以来戻って来てないんです。探しに行きたいのはやまやまなんですが、私は【異界迷宮(ダンジョン)】に潜っても何もできないので……」


「危険度が未知数の【異界迷宮(ダンジョン)】に単独で挑むなんて、無謀にも程があるな……」


 ローグは呆れたようにそう呟いた。


 アステール王国内のどこかに発生する、【異界迷宮(ダンジョン)】へと繋がる【異界門】。当然、いつ、どこに【異界門(ゲート)】が発生するかなど事前に知覚する術はなく、偶然見つけた近隣の人々が周辺ギルドに報告することで初めてその存在が国中に知らされる。


 発生したすべての【異界迷宮(ダンジョン)】は、基本的に王族の所有物という扱いになる。大手ギルドに買い取られる前のその状態に限り、冒険者ギルドに所属している者ならば誰であろうと好きな時に【異界迷宮(ダンジョン)】に潜ることができる。


 今回、セラの言っている【異界迷宮(ダンジョン)】は、まだ誰にも認知されていないものだ。つまり、自動的に王族の所有物という状態となっているため、大手ギルドに買い取られて潜ることができなくなる前に、イザクという人物が単身調査に向かったということである。


 しかし、誰にも認知されていないということは、誰もその【異界迷宮(ダンジョン)】の情報を知らないということ。万が一、神種(ゴッド)レベルのモンスターが潜んでいるようなSランク【異界迷宮(ダンジョン)】の場合ならば、【豪傑達の砦(ヘラクレス・フルリオ)】や【猟犬の秩序(ハウンド・コスモス)】といったトップギルドの冒険者がパーティを組んで挑まなければ、攻略することなど不可能である。


「主人は一度冒険者を引退していましたが、当時は相当な実力者でした。簡単に命を落とすような人ではないと思うのですが……」


 不安そうな声で言うセラ。

 ローグはわずかに息を吐いて、


「ま、その人がいなきゃ始まらないよな」


 イザクを探しに行く、暗にそれを意味する彼の一言だ。


「はい。皆で助けに行きましょう!」


「異議なし。私も【異界迷宮(ダンジョン)】に潜ってみたいし、ちょうどいいわ」


「拙者も新たなギルド設立の為に尽力致します!」


 アイリス、リザ、キヨメの三人も、ローグの一言の意味を理解し、迷うことなく即決した。


「あらあら、皆さま。大変危険だというのによろしいんですか?

 …………あまり言いたくないのですが、主人が無事でいるという保証もないのですよ」


 セラは最後の一言を言葉にするのを躊躇った。心のどこかにある『もしかしたら』という不安を言いたくなかったのだろう。

 だが、彼女がそれを口にしたのは、ローグたち四人の身を案じたからだ。

 心配そうな顔をするセラに、ローグはニッと笑って、


「俺たちのギルドは『誰にでも救いの手を』、でしょ?」





**********

『20話 ヘラクレス、動く』に続く

**********






本作をお読みいただき、ありがとうございました。



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