18話 ローグとキヨメ
ローグは泥に塗れたような倦怠感と共に目を覚ました。
視界には見知らぬ天井。
瞬きを二、三度繰り返したところで意識がはっきりとし出した。
痛みはないため、誰かが回復薬を飲ませてくれたのだろうかと彼は思う。
「どこだ、ここ……?」
上体を起こして、自分がどこかの家のベッドに寝かされていたという状況を理解した。
「気がつかれましたか」
すぐ横から聞こえてきたのは、聞き覚えのある凛とした女性の声。
ローグがそちらを見ると、黒髪黒目の女侍であるキヨメが椅子に腰を掛けていた。
ピンと背筋を伸ばし、両手を重ねるように太腿の上に乗せるその姿は、とても気品が感じられる。
「キヨメさん……」
「さん付けはよしてください、ローグ殿。拙者の歳は十六。どうかキヨメと、呼び捨てで呼んで頂きたい」
「年下だったの⁉」
(リザとは逆パターン!)
キヨメの身長は165センチと高めなうえ、今は落ち着き払って気品に溢れている。大人と見間違えてしまっても不思議ではない。
彼女の姿をまじまじと見つめるローグ。
「……なんか、さっきと雰囲気違くない?」
その言葉に、キヨメは頬をちょっぴり赤く染める。
「お、お恥ずかしながら、強い者を見ると少々興奮してしまう性格でして……」
「いやそんなレベルじゃなかったぞ」
ローグの脳裏に、くはははは!と狂乱して剣を振るうキヨメの姿が甦る。
(こいつは、事あるごとにああやって襲い掛かってるんだろうか)
「……本当はとあるギルドに向かう最中だったのですが、昨晩のローグ殿が放った雷を見て、居ても立っても居られずにここまで寄り道をしてしまったというわけです」
「ギルド?やっぱりどこかのギルドに所属してんの?」
「いえ、心身ともに別のギルドで鍛え直して来いと殿に言われ、今は仮追放中の身です」
「仮追放……?殿……?」
聞き慣れない単語が並び、ローグは困惑した。
話が長くなりそうなので、とりあえず現在の状況を尋ねることにした。
「ここは、拙者たちが戦っていた辺りから少し歩いた丘の上、そこに建っている山小屋です」
「――!じゃあ、イザクって人の家に着いたってことか。アイリスとリザは?」
「お二人は下で、こちらの家主であるセラという方と談笑しておられます」
「セラ?……ああ、そういえばイザクさんは夫婦でここに住んでるって、リザが言ってたっけ」
「はい。セラ殿が我々をここまで運ぶのを手伝ってくださったのです」
「そうか。じゃあ、その人に礼を言いに行かないと」
ローグがベッドを出て立ち上がった時だった。
「お、お待ちください!」
突然、キヨメが声を上げたかと思いきや、椅子から跳ねるように地面に正座した。
彼女のいきなりの奇行にローグはビクッと肩を震わせる。
「……何?」
「この度の拙者の愚行により、ローグ殿とリザ殿に怪我を負わせてしまったことを、深く深くお詫び申し上げます‼」
ゴン!とキヨメは額を強く床に叩きつけた。穴が開いてしまうのではないかと心配になるほど強く。
見事なまでの平伏に、ローグは思わずおお、と感嘆する。
(これはヒノクニ独自の謝罪文化、土下座……!久し振りに見た……)
彼女は額を床に密着させたまま、さらに続ける。
「一歩間違えれば取り返しがつかないことになるやもしれませんでした‼どうかなんなりと糾弾してください‼」
そう言ったキヨメの体はカタカタと震えている。
困り果てたローグは、ポリポリと頬を掻いた。
「そんなこと言われてもなぁ……」
彼自身も、あの戦いの最後の方では変なテンションになっていたことを自覚している。自分も人に向けてはいけない技を使用してしまっているのだ。
きっかけはどうであれ、キヨメのことを強く非難することはできなかった。
「俺は別にもう気にしてねえよ。謝るならリザに謝ってやってくれ」
その言葉を聞いたキヨメは、ばッと顔を上げた。そして、
「リ、リザ殿といい、なんと器の大きな方々……」
つー、とその黒い瞳をから感激の涙を垂らした。
ギョッとしたローグは引きつった笑みで、
「い、いや、そんな大したものじゃないって……っ。その言い方だとリザにも許してもらったんだな。はは、よかった……」
(なんだろう、こいつと話すとすごく疲れる……)
キヨメはゴシゴシと袖で涙を拭うと、スッキリしたような清々しい笑顔を浮かべた。
「素晴らしい方々にお会いできてよかった!これで晴れやかな気持ちで、新たなギルドにお勤めすることができます!」
「まあ、多少精神面に問題はあるが、実力は冒険者の中でもトップクラスだ。キヨメならどこのギルドでも活躍できると思う」
「いえいえ。拙者はまだまだ未熟者です。この間、受けたクエストでも、死者こそ出なかったものの、自分の『隊』を半壊させてしまって……」
「『隊』……?」
その単語を耳にしたローグは、思わず眉をひそめた。
『隊』などという呼称を使用するギルドは、彼の記憶上一つしか知らない。
「ちょっと待てキヨメ。お前が所属してたギルドってもしかして……」
「【猟犬の秩序】という冒険者ギルドですが?」
「な……!」
【猟犬の秩序】。アステール王国№2の冒険者ギルドだ。
少数精鋭のそのギルドは、メンバー全員が高い実力を持つ。
「ハウンドのメンバーだったのか!道理で強いわけだ!それじゃあ、どこのギルドで修行するんだ?それなりに強いギルドじゃなきゃ修行にならないよな!」
「強いかどうかはわかりませんが、殿に紹介して頂いたのは【豪傑達の砦】という冒険者ギルドです」
「――――」
「修行ばかりしていたので、ギルドの知識などまったくないのです。一体どのようなギルドなのかご存知でしょうか?…………おや、ローグ殿?」
返事がないので何事かと見ると、ローグはほけーとした顔で固まっていた。
「ローグ殿―。如何なされた?ローグ殿―」
キヨメに顔の前で手をプラプラされたことで、ローグはハッとする。
「ああ、いや。ちょっとビックリしただけだから。なんでもない……。
――ところで、」
彼は悪い笑みを浮かべて、キヨメの肩に腕を回す。
「……罪滅ぼしをしようという気持ちはあるか?キヨメちゃんよ」
「え……?ええ。それはもちろんですが……」
「ほう……。なら何でも言うこと聞いてくれる?」
「は、はい!なんなりと……!」
「うむ。よろしい。実は俺たちは新規ギルドを作りたくてここまで来たんだが」
「あ、そのことはアイリス殿たちから窺っております」
「それなら話は早い。新ギルドの設立にはギルドマスターの他に5人のメンバーが必要っていう決まりでな。でも人が集まらずにうまくいかないパターンがほとんどなんだ。だから頼みたいことは至ってシンプル。お前に俺たちの仲間になって欲しいんだ。な?簡単だろう?」
「……え?し、しかし拙者にはこれから向かわなければならないギルドが」
「痛い痛い痛い!誰かに受けた傷がいたーい!」
腕を抑えて蹲るローグ。当然、演技である。
しかし、キヨメは、
「ロ、ローグ殿!しっかりしてください!」
慌てふためいて彼の身を案じた。
好機とみたローグはさらに畳みかける。
「くっ……!実は俺はヘラクレスの関係者なんだが、クソジ……じゃなくてマスターの勅命を受けて、極秘に新ギルドを設立するクエストの最中だったんだ」
「な、なんと!そうでしたか!」
「だがこのままじゃ、クエストは失敗だ。そこで、だ!キヨメ、お前にも俺のクエストを手伝って欲しい!ヘラクレスに関係するギルド作りだ。これなら問題ないだろ?」
「そう……なのでしょうか……?」
「心配することはない。マスターには俺から話をつけておくから!」
キヨメはイマイチよくわかっていないといった顔だったが、ローグの勢いに圧される形でそれを了承した。
「……承知しました。そういうことであれば」
「武士に二言は?」
「ありません!」
「じゃあそういうことで。あ!くれぐれも他言しないように!なんせ極秘だから」
ちょっぴり良心が傷んだローグだったが、それ以上に【豪傑達の砦】の得になるようなことを避けたかったというのが本音である。
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『19話 新生【異界迷宮】』に続く
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