13話 ローグVSリザ
ローグとリザが臨戦態勢に入った瞬間、アイリスは二人から逃げるように距離をとった。頭で考えるよりも、体が勝手に動いたという感じだ。
その危機感の要因は、ローグの目を見たことによるものだ。
彼は言葉通り、本気で魔法を放とうという意志をその目に宿していた。
アイリスの脳裏によぎるのは昨晩の雷魔法。
(あんな魔法を本当に人へ向ける気ですか!ローグさん!)
しかし、その思いとは裏腹に、ローグは躊躇いなく第一の魔法を唱えた。
「――“雷轟天征”!【鳴雷】!」
(『整号』つきの魔法……!例の固有魔法か!)
リザは、ローグの魔法が発動される直前に、彼が唱えた呪文から繰り出される魔法の脅威度を察知する。
『整号』。希少魔法や固有魔法の前部に必ず唱えられる特定のワードだ。
【鳴雷】でいう雷轟天征、【怪物召喚】では異界接合にあたる。
『整号』があることで、本来は強力過ぎて人の手に余る魔法を安定させることができる。決して威力を抑えるわけではなく、言うなれば荒れ狂う馬に手綱をつけて制御するようなイメージだ。
ローグの右手に雷電が集い、今にも雷魔法を放たんと雷光が強く輝いた瞬間だった。
リザは右手に携えた得物の銃口をローグに向け、照準を固定し、相手の攻撃に先んじて引き金を引く。
その間、僅か0.02秒。
人の瞬きは0.1秒から0.15秒と言われているため、まさに瞬きする間もない超早業である。
「ッ⁉」
ローグが攻撃を仕掛けられたと認識した瞬間には既に被弾していた。
強い衝撃が右胸に襲い掛かり、彼の体が後方へ弾かれる。
「ぐッ……」
さらにガガン!と二度の銃声が響く。
「うおおッ!」
ローグは即座に起き上がり、雷撃を壁のように展開して、迫る銃弾をすべて灰にした。
続けざまに、空いた左手で軽い雷撃を放ってリザを牽制する。威力は抑えたものの、その雷撃は草原の大地を抉るほどの威力だ。
「チィッ」
リザは追撃を掛けたかったが、目の前の地面を吹き飛ばされたため、足を止めざるを得なかった。
その隙にローグは自身のダメージを確かめるように、被弾した右胸に手を添える。
弾丸はコートを貫通しておらず、殴られたような鈍痛だけが広がっていた。
(このコートのおかげか、それともアイツの弾丸が殺傷用じゃなかったのか……)
ダメージは大したことはなかったため、次にリザの持つ拳銃を観察する。
シルバーを基調とした、回転式の拳銃。やけに銃身が長くてごつい、独特な見た目をしている。おそらく弾速と射程を上げるための改良だろう。
(あの風変わりな銃……、メイベルシリーズの初期型か……⁉使ってる奴なんて初めて見た……!)
約60年前に活躍していた女性冒険者、シャーリー=メイベル。魔術師の《才能》を有していながらそれに頼らず、二丁の拳銃で【異界迷宮】を踏破した伝説を持つ。
鍛冶師の《才能》も有していた彼女が生前作った数々の拳銃は、大抵の者には扱い切れなかったが、シャーリー=メイベルが製作者であることとその独特な見た目から、メイベルシリーズとして武器コレクターの間では高値で取引されている。
なぜ、彼女が伝説とされるのか……。それは人のステータスに、銃を扱うための《才能》など存在しないからだ。
銃での攻撃は戦闘系の魔法よりも威力は劣る。本来はあくまで、魔力が切れた場合の備えとして作られたものだ。
リザがそれをメイン武器として使うというのは、なるほど戦闘系の《才能》のない者が戦うための唯一の手段といえるだろう。
(メイベルシリーズの銃はすべて六発装填タイプ。もう一丁の銃も合わせて最大装填数が十二発なら残りは九発……!|再装填の隙を与えずに手数で押し切る!)
作戦が決まり、即座に行動を開始する。
ローグは、リザとの距離をさらにあけつつ、左手で雷撃の槍を奔らせる。
調節した威力は、直撃すれば冒険者でも一瞬で気を失う程。
「ビビると思ってんの⁉」
距離が開けば開く程、不利になるのは遠距離攻撃で劣るリザの方だ。彼女はそれを理解しているため、迫りくる雷撃を恐れずに突っ込んだ。
(さっきみたいに雷を壁にされちゃあ私の攻撃は届かない。懐に潜り込んで全射撃をブチ込む!)
リザの顔のすぐ真横を雷撃の槍が通過する。
眉一つ動かさない赤髪の少女に、ローグは軽い戦慄を覚えた。
(こいつ、なんて胆力してんだ……⁉)
しかし、慄然としている暇はない。リザが雷とのすれ違い様に三発、発砲した。
ローグは横っ飛びで回避を試みるが、右脚に一発被弾してしまう。
「い……ッ!」
(ってえけどッ、貫通はしてない!やっぱ、非殺傷用の魔弾か!それにしても――)
膝をつくように体勢を崩した彼の目の前には既に、紫紺の瞳をギラつかせる赤髪の少女がいた。
(――早過ぎんだろッ‼)
ローグが知る冒険者の中でも、リザ以上の身体能力を持った者は数える程しかいない。驚くべきは、戦闘系の《才能》がないにも関わらず、そんなトップ冒険者たちと比較せざるを得ないということ。
一体、どれほどの努力をしてきたというのか。
リザがもう一丁の拳銃を左手で引き抜こうとする刹那に、ローグは彼女に対して惜しみない称賛を送っていた。
(反撃できる体勢じゃない!勝ったッ!)
右手の拳銃には既に弾はないが、左手の早撃ちに全神経を集中させたリザは勝利を確信した。
左の銃口を向け、一息に六度引き金を引く。
ガガガガガガン‼という銃声は、しかし、雷光と共に発せられた轟音に掻き消された。
「な――ッ⁉」
ローグの右手からなんと全方向に向けての放電が放たれたのだ。懐に入られることが避けられないとみた、彼の先読みによる先制攻撃だった
六発の銃弾は悉く消し炭にされてしまい、尚も広がる雷が少女の華奢な体に直撃する。
「がああああッ!」
焼けるような痛みを伴いながら、リザは地面を転がった。
「ク……ソ……ッ!」
(魔法は一度しか唱えていないのに!雷撃を広げて壁にしたり、全方位に放ったり……ッ!一つの魔法でどれだけ能力があンのよ⁉)
ローグはゆっくりと立ち上がり、彼女を見下ろしながら口を開く。
「悪いな。俺の【鳴雷】は応用が利きすぎるんでね。この両手に溜まった雷をあらゆる形状にして放つことができる。つまり、近距離から遠距離まで対応できる万能型の魔法だったりする。
――さて、お前の強さは認めるよ。使われたのが殺傷力のある魔弾だったらやばかったしな」
気を失ってもおかしくはないダメージを負いながら、リザは意志の強い瞳でローグを見返す。
「……なに勝ち誇った顔してんの?私はまだまだ本気じゃない」
「……あ?」
「まだ終わってないっつってんのよ。全ての回転弾倉に殺傷力の低い圧力弾を込めっぱなしにしてたのは私のミス。でもここからは、命の保証はないわ」
「……リロードする隙を与えるとでも思ってんのか?そこまで舐められると、流石に腹が立つんだが」
ローグが憤りを感じるのも無理はない。
リザは今、地に伏した状態なうえ、二丁拳銃というスタイルにより両手が塞がってしまっている。
その状態から弾を込め直すにはどれくらい時間がかかるのか。
一秒もあれば、雷撃でとどめを刺すこともできる。
文字通り一瞬で弾を込め直すことでもしない限り、リザに勝ち目はない。
「くはっ!」
不意にリザが笑った。ローグは心意がわからず、眉をひそめる。
彼女は不敵な笑みを浮かべて、
「見せてやるわ。どんな魔法も、要は使い方だってね!――【補充】!」
叫ぶと同時、右側の銃口がローグへと向けられた。
「はあッ⁉」
(今、【補充】って言ったか――⁉)
驚愕の中、響く銃声。
ローグはたちまち、爆炎に包まれた。
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『第14話 生産魔法はこう使うのよ』に続く
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