11話 ローグとリザの因縁
三年前。
「フッフン♪今日から私の冒険者人生が始まる!」
小高い丘の上にある【豪傑達の砦】の本拠地。その巨大な門前に、リザ=キッドマン、十五歳の姿があった。
この日は年に二度行われる【豪傑達の砦】への入団試験の日。
腕に自信のある冒険者の卵や他ギルドから移籍を望む者たちが、トップギルドの名を背負うという栄光を求めてやってくる。
一度の試験に訪れる入団希望者の数は平均三千人。その内、入団を認められる者は二十人前後という狭き門である。
しかし、リザには絶対に受かるという自信があった。
入団希望者の誰よりも自分が強いと自負しているからだ。
幼い頃から冒険者に憧れがあった彼女は、日々鍛錬を積み続け、喧嘩は故郷の町では負けなし。
学校の不良を泣かせるどころか、町のごろつきまでブッ飛ばしてやった。
男と女の筋力差なんて意に介さない。戦い方次第でどうとでもなるのだから。
私もあの憧れの女性冒険者のようになるんだ!
そんな思いを抱き、故郷から遥々ここまでやってきた。
二丁の拳銃をベルトのホルスターに携え、赤髪の少女は意気揚々と王国最強冒険者ギルドの門を叩――
「あー!待ちなさい!」
――こうとしたら門番らしき男に呼び止められた。
「お嬢ちゃん、勝手に入っちゃダメじゃないか。特に今日は年に二度しかない入団試験の日だから、邪魔しちゃいけないよ」
「……その入団試験を受けに来たのよ」
「残念だけど子供は受けられないよ。十五歳になったらまた来なさい」
「十五になったから来たんだよッ!」
当時の彼女の身長は、現在より3センチ低い148センチ。子供と勘違いされても仕方ないだろう。
門番はリザをまじまじと見つめて、
「……本当に?」
「本当だって!しつこいなッ!」
「まあいいか。それじゃあ、『心の紙』を見せてみて」
「ここで試験をするの……?」
「違う違う。入団希望者の数が多すぎるから、ここである程度絞るためだよ。第一関門ってとこかな」
「ふーん」
彼女は懐から取り出した紙にステータスを写し出し、門番の男に手渡した。
この紙の名は『心の紙』。自分の心の情報ともいえるステータスを写し出すため、そう名付け羅れている。紙に使用される天然素材は【異界迷宮】でしか入手できないが、入手難易度はかなり低いため、アステール王国民全員の手に渡るほどだ。
**********
リザ=キッドマン
《種族》
人間
《魔法》
【整理整頓】(清掃人系)
【補充】(料理人系)
【 】
【 】
《才能》
【料理人】
【清掃人】
【教師】
【理容師】
【細工師】
**********
リザのステータスを目にした門番の男は、眉を吊り下げ、ガッカリしたように鼻で溜め息をついた。
「……きみ、参加資格は見た?」
「は……?」
「【豪傑達の砦】の参加資格は魔法を三つ以上発現していることだ。それに、これはどこの冒険者ギルドもそうだけど、戦闘系の《才能》を有していることが最低条件。きみは、このギルドはもちろん、他の冒険者ギルドも受けられないんじゃないかな」
「な……ッ⁉」
全ギルド共通規定により、各ギルドが定めた参加資格と、十五歳以上という二つの条件を満たした者だけが入団試験を受けることができる。
リザは年齢の条件はもちろん満たしているが、【豪傑達の砦】が定めた条件から大きく外れていた。
「知らなかったのか……。とにかくこれじゃあ、この門を通すわけにはいかないよ。さあ、帰った帰った」
「待ちなさいよ‼魔法が二つでも!生産系の《才能》しかなくても!私はこの奥にいる他の受験者の誰よりも強い‼」
「そういう決まりだから仕方ないだろう。それにそんなことどうやって証明するっていうんだ?」
「他の受験者共をブッ飛ばして証明してやるわ‼」
「そんな危険人物は尚更通すわけにはいかないな……」
「フン!なら、アンタをブッ飛ばして――」
「なあ!後ろで待ってる奴がいるんだから、早くしてくんね?」
不意に背後から掛けられた男の声に、リザはあァん⁉と振り返る。
彼女の圧にビクッと肩を震わせたのは、黒髪で赤い瞳の少年だった。
「こわ……ッ。そんなに怒らなくても……」
「今取り込み中だから後にしなさい!」
「いや、もう試験始まっちまうんだよっ!十五になってやっと受けれるから遥々ここまで来たのに、間に合わなかったらどうしてくれんだよ⁉」
「私だって同じよ!家族や友達に息巻いて故郷を出たのに、試験すら受けられないまま帰るわけにはいかないの‼ちょっとくらい待っとけや赤目コラァ‼」
リザは黒髪の少年の胸ぐらを掴んで乱暴にブンブン揺さぶる。ああ……イヤ……とされるがままの彼を、門番の男がどうにか助け出した。
「もう、お嬢ちゃんはいいから!そっちの少年。『心の紙』を見せてみて」
「あ、ありがとう、おっちゃん……」
「――ローグ=ウォースパイト君ね。どれどれ…………なッ⁉何だこのステータスは⁉」
服装が乱れ、軽く涙目の少年から『心の紙』を受け取った門番の男は、そのステータスを見て驚きの声を上げた。
**********
ローグ=ウォースパイト
《種族》
半人半エルフ
《魔法》
【火炎の球弾】(魔術師系)
【流水の槍撃】(魔術師系)
【戦刃の研磨】(剣士系)
【大地の監獄】(魔術師系)
【聖天の光弾】(魔術師系)
【聖天の治癒】(魔術師系)
【火炎の咆哮】(魔術師系)
【 】
《才能》
【魔術師】
【剣士】
【調剤師】
【教師】
**********
「十五歳で魔法が七つも発現しているだって⁉きみ、本当に十五歳か⁉」
「じゃなかったら、とっくに冒険者やってるよ」
「な、なんてことだ……!とんでもない天才が現れてしまったぞ……!」
「――!天才だなんて……、まあ、それ程でもあるかもしれないけどな!ハハハハハ!」
「な……な……」
さっきまでの自分とは違い、門番の男に絶賛されるローグを見て、リザは悔しさのあまり言葉を失ってしまった。
そんな彼女を他所に、門番の男はよし、とある決断を下した。
「ローグ君!きみを【豪傑達の砦】のメンバーとして迎え入れる!」
「‼⁉⁇」
「え?おっちゃん、それって……」
「ああ!試験を受ける必要はない!文句なしで合格だ!」
「いいのかよ⁉」
「もちろんだ!マスターには私から話を通しておく!その歳で魔法を五つも発現させた者など記録がない!あの御方も異論はないはずだ!」
口をあんぐりと開けて茫然とするリザの横でそんな会話が繰り広げられた。
こんな弱そうな男が試験すら受けずに合格で、私は試験すら受けずに不合格……。
この差は一体何なのか?ステータスだけでこれほど不平等なことがまかり通っていいのか?
そんな思いばかりが彼女の胸の中で渦を巻いていた。
ゴゴゴゴ!と巨大な門が開かれ、門番の男がローグに入城を促す。
「ま、待って!私も……!」
「まだいたのか!きみはダメだと言っているだろ!」
「放せェ……ッ!こんな奴より私の方が強いんだァ!」
門の中へ飛び込もうとするリザを門番の男が咄嗟に取り押さえる。
地べたに伏してもがく彼女に、ローグはドヤ顔で一言。
「ごめんあそばせ~」
あそばせ~……
せ~……
遠ざかっていくローグの後ろ姿を見つつ、リザの頭にはいつまでもローグのその言葉が響いていた。
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