表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

123/124

117話 シャムラハブへの異界門

 目を覚ますと薄暗い部屋の中で、地べたに転がっていた。


「ッ……!」


 上体を起こそうとしたローグは、胸の激痛に思わず顔を顰める。ナナハに刺されていたのをすっかり忘れていた。しかし、出血は止まっている。簡単な治療が施されているらしい。


(何だ、この部屋……?)


 何らかのパーティでも催されていたらしく、大きなテーブルの上には食べかけのご馳走が並んでいる。

 しかし、何より気になるのは、壁や天井張り巡らされた植物とそこに磔にされている人々だ。服装を見るに、この歓楽街の遊女たちのようだが。


「よう」


 と、横合いから声がかかった。キョウシロウが壁に背中を預けてこちらを見下ろしており、その隣にはナナハの姿もある。


「へふぇえ(てめえ)! ……⁉」


 うまく声を出せないことでようやくローグは気が付いた。植物でできた口枷が嵌められているのだ。これでは、魔法を使うことができない。さらには、同じく植物の枷で後ろ手を縛られている。

 捕らえられた、そう理解するには充分すぎた。


「お前を捕らえたのも、女どもを磔にしたのも全部あいつの仕業だ」


 キョウシロウは、つまらなさそうに鼻を鳴らして、顎先でとある方向を指し示した。

 そこには見覚えのある小さな人影。


「よーう負け犬! 久し振りじゃねえの!」


「ふふぁん(クラン)!」


「ぐはははは! 何言ってっかわかんねー」


 元同じギルドの少女、クランベリーが何かボロ布のような物に腰を下ろしていた。相変わらずの荒んだ眼差し、そしてすべてをバカにしたような笑い方をするその少女を見て、ローグはうんざりとした顔をする。


(植物の魔法でまさかとは思ったが……、ナナハが言っていたこの侍の密会相手はクランベリーってことか。……うん、最悪の組み合わせだな)


 そんなことを考えていると、ふと気づいた。クランベリーが座っている物がボロ布ではなく、人であることに。うつ伏せでぐったりとしている。顔は見えないが、髪が長く、細身であることから女性だとすぐにわかった。

 しかし、女性にしては高身長で獣人特有の獣耳に、豪奢な着物を――

 ローグは驚愕に目を瞠る。


(クシナダ姫――⁉ まさか、あの人が負けたのか⁉)


 倒れているのは、ミト=クシナダで間違いなかった。だが、ローグはその現実を信じられない。彼女は全冒険者の中でも上位十名に名を連ねるであろう実力の持ち主。いくら八豪傑たるクランベリーでも、ミトに勝てるとは到底思えなかった。

 驚いた様子のローグを見て、クランベリーが無邪気に笑う。


「ぐはは! これか? ワシが倒したと言いたいところだが、実は違うんだなー。倒したのは、そこのお侍ちゃんだから」


「……!」


 言われるまで、まるで気づかなかった。

 ローグの背後。

 気配もなく、幽鬼のように佇むその存在に。

 普段とはかけ離れて、冷たい目つきをしたキヨメがそこにいた。

 正常ではないと、一目でわかった。


(この感じ、まさかキヨメも操られてんのか……?)


 その推測を裏付けるように、キョウシロウはキヨメの肩に手を回して告げる。


「キヨメには悪いが、自我を失うほど【空夢(からゆめ)】の効力を強めてある。今は戦闘衝動を起こして勝手に動かれるのは困るからなァ」


(なるほど……。クシナダ姫も俺みたくキヨメに不意打ちを受けて負けたのなら説明がつく。……やっぱり、まずやらなきゃいけないのは、こいつを倒すことだ)


「再会の挨拶はもう少しお預けだな」


「……」


 ローグが睨みつけると、キョウシロウは薄笑いを浮かべた。

 随分と余裕を見せてくるが、まだ魔力は回復していないはずだ。キョウシロウを倒して魔法を解除させるなら今が好機なのだが、それ以上に自分が窮地であることが一番の問題だった。

 この場を脱する方法を探していると、クランベリーが話し掛けてきた。


「ローグよー、実はお前のことはそんなに嫌いじゃないんだぜ。アドラーに半殺しにされてた時とか楽しませてもらったしよ。……そこで、だ。お前にいいもの見せてやるよ。きっと驚くぜ」





「んーっ! んーっ!」


 階下へと続く階段。キヨメに首根っこを掴まれて強引に引き摺られているローグは、涙目でもがき苦しんでいた。

 尻から階段を一段下るごとに、刺された傷に激痛が走るのだ。それなのにキヨメは一切こちらを気にする素振りを見せず、淡々と歩を進めていく。ナナハと違い、感情の起伏がまるでない。普段の彼女とはかけ離れた態度がまた心底気持ち悪かった。


「ぐははっ! ぐはははははは!」


 そんなローグにクランベリーが腹を抱えて爆笑する。この少女は昔から他人の苦しむさまが大好きなのだ。


「陰湿チビ。外の連中は殺さなくていいのか?」


 ミトを肩に担いだキョウシロウが口を開いた。


「ははは――は? あー、ほっとけほっとけ。どうせワシの【巨人の樹(ヨトゥンヘイム)】は破れねえよ。それに、お前の最大の懸念だったクシナダ姫もこうして無力化できたわけだし、あとは時が来るまで籠ってればいーんだよ」


「で、いつまで籠ってりゃあいいんだ?」


「さあなー。そろそろあいつらの遠征も終わる頃だろうし、そう長くはないんじゃねえの?」


「チッ、退屈だな」


「どーしても暇なら、一人でその連中を殺しにいけば? もっとも、いくらお前でも魔力切れの状態じゃあキツいだろうぜ。なんせワシの魔法で感知できるだけでも、七人いるしな。悪いことは言わねえから、しばらくはおとなしく巣ごもりしとけって」


「てめえは退屈しねえのかよ」


「ワシはローグとそのクソ花魁を虐めて遊ぶからいーんだよ」


「あっそ」


 そうこうしているうちに、階段を下りきった。

 重厚な扉の前に到着する。厳重な鍵が掛かっていたようだが、クランベリーたちの仕業か、既に施錠部分は破壊されていた。

 ナナハが押し込むようにして扉を開ける。

 ちなみに彼女の背には、ミトの愛刀――三日月宗近と、ジュウゾウの愛刀――獅子王の二振りがある。妖刀や魔剣は持ち主が触れていなければ魔法を発動することができない。つまり、既に意識を失っているミトはもちろんのこと、外部にいるジュウゾウも今は魔法を使えない状態にある。

 現在、ローグが把握している中で助けを期待できる戦力は、リザ、そして協力してくれるかわからないがハウンドのザオウマルくらいだ。それ以前に、ローグ自身がこの場所がどこだか把握できていない以上、助けが来ること自体期待しない方がいいかもしれない。

 そして、ようやく重厚感のある扉が開かれると、それはすぐにローグの視界に飛び込んできた。


(【異界門(ゲート)】? なんでこんなところに……)


 黒いもやに覆われた空間の歪み。紛れもなく【異界門】なのだが、通常のそれよりも巨大で妙なプレッシャーを醸し出している。

 クランベリーが言う。


「見た通り、これは普通の【異界迷宮(ダンジョン)】に繋がる【異界門】じゃねえ。この奥にあるのは、黄金迷宮シャムラハブっつう、特殊な【異界迷宮】さ。その名の通りなら、さぞ大量の金銀財宝が眠っているに違いねえぜ。ぐははは!」


「……」


「って、ありゃ? あんま驚かねえのな、ローグ。もしかして生意気にも知ってやがったか?」


 黄金迷宮シャムラハブ。その名をイザクから聞かされていたローグは、別段驚愕することもなかったが、こんな場所に在ったことはさすがに想像もしていなかった。


(あぁ、段々状況が読めてきた。クランベリーがここにいる理由、というよりヘラクレスの目的が)




**********

『118話 正体不明×2』に続く

**********

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ