116話 さらなる乱入者
心臓を撃ち抜かれたキョウシロウは、崩れ落ちるようにその場に倒れ伏した。
「これでもまだ、動いてくるっての?」
死をもなかったことにできるという彼の言葉から、リザは警戒のために、もうしばらく銃口を向けるつもりでいたが、
「――ゲホッ」
「……! おい赤目!」
血の塊を吐き出したローグの元に慌てて駆け寄った。傷の状態を見るや、すぐにでも治療が必要な状態だとわかった。
「ギザ眉! アンタ回復薬持ってる?」
「あるぜ。それも上等な奴がな」
ジュウゾウは懐から高等回復薬入りの銀色の小瓶を取り出し、リザに向けて投げた。
その瞬間だった。両者のちょうど中間地点の地面の一部がボゴッ、と膨れ上がり、何かが生え伸びた。蔓のような植物だ。それは巻き付くように小瓶をキャッチすると、するすると地面の下へと戻っていった。
「あーッ! 変なのに持ってかれたァ!」
「何してんのよギザ眉ボケェッ!」
「俺のせいじゃ――おい! 下だ!」
ジュウゾウの声に、リザはギョッとして目線を真下に向ける。さっきと同様に、膨れ上がった地面から植物が飛び出す。今度はリザの右足首に絡みつき、彼女を高く持ち上げた。
「こんの……ッ」
銃口を絡みつく植物に向ける。
しかし、発砲するよりも速く植物は大きくしなりリザを放り投げた。
リザは空中で体勢を整え、かろうじて着地を決める。
「クソッ、何が――」
顔を上げると、ざわざわ、とローグの足元から湧いた植物が彼の全身を包み込もうとしている。
「まさか、あいつも持ってくつもり⁉」
咄嗟に駆け出そうとしたところで、ヒュン、と背後に風切り音。
振り向く間もなかった。見えてはいない、が、刃が自分に迫っていると、リザは感覚で理解できた。
ついさっきまで警戒していた。それなのに、イレギュラーに遭い、意識から外してしまったのだ。キョウシロウの存在を。
(しまッ――)
五体満足で無傷のキョウシロウが、リザの後頭部目掛けて刀を振り下ろす。
「おおおッ!」
咄嗟に両者の間に割って入ったジュウゾウがそれを白刃取りで止める。愛刀である獅子王はナナハの動きを封じるべく彼女の影を貫いたままだったため、捨て身の覚悟で受け止めたのだ。とはいえ、止められたのは偶然だった。本気のキョウシロウの剣速は、最早視覚で捉えることはほぼ不可能に近い。野生の勘に頼った奇跡の芸当。もう一度やれと言われても、それは二度と叶わないかもしれない。
「ハハァッ、まぐれでもよく止めたな。が、丸腰でどうしようってんだ?」
キョウシロウはすぐに強烈な蹴りを繰り出し、奥のリザもろともジュウゾウを弾き飛ばした。
その間にも、ローグを襲っていた植物が唸る。
「う……お……!」
必死に抵抗をしようとしたローグだったが、傷が深く、為す術もなく地中へ引きずり込まれてしまった。
「ローグ!」
「赤目……!」
その光景に、ジュウゾウとリザは絶句し、
「あの陰湿チビ、どういうつもりだ」
敵対しているはずのキョウシロウも舌打ちを漏らす。
「今すぐ返せクソ侍!」
リザがすぐにキョウシロウを狙い撃つ。が、その早撃ちで繰り出した弾丸は、いとも簡単に斬り落とされてしまう。
「その速度にはもう慣れた」
歯噛みするリザ。もう一度発砲しようとしたところで、
「“黄泉より廻れ”、【鬼喚】――土蜘蛛」
ズズン! と地を大きく揺らす衝撃。
キョウシロウの背後、彼に仕えるが如く出現したのは、全長十メートルは超える巨大な蜘蛛型のモンスター。大木のように太い八本の脚の内、最前部の二本の先端には鋭くも大きな鎌が備わっている。
その背に乗る、モンスターの本当の主人であるナナハが、眼下の敵対者を冷たい視線で見下ろす。
「ジュウゾウ。お前はやっぱバカだな。いくら【影縫】で私の体を固定しても、声は出せるんだから魔法を封じたことにはならないだろーが」
「ぐ、しまった……!」
「キヨメ並みのアホなのあんた!」
ズゴーン、とショックを受けるジュウゾウにリザはこれ以上ない罵倒を浴びせる。
「それと、これは預かっとく」
ぷらぷら、とナナハはその手に持った黒い刀を見せびらかした。
「俺の刀! 返せナナハコラ!」
「誰が返すかよ。蹴散らせ、土蜘蛛」
その命令に従い、土蜘蛛はキョウシロウを跨いで、リザとジュウゾウに鎌を振るう。
「【補充】、【整理整頓】!」
魔弾の一つ、旋風弾を即座に装填して迎撃をするリザ。唸りをあげて撃ち出された旋風はしかし、怪物の鎌の前に容易く寸断される。
「かったいな!」
飛び退いて回避するリザとジュウゾウ。振り下ろされた恐鎌は地面を激しく破壊する。
そこで偶然にも、舞い上がった砂埃が一時的に目晦ましとなった。
「一旦退くぞ豆女。さすがに勝ち目がねえ!」
「はぁ⁉ こっちはギルドの仲間が連れてかれてんのよ。それにあの侍、見たところ魔力切れを起こしてる。殺るなら今しかない!」
「そりゃ俺もそう思うが、ナナハを舐め過ぎだ。あいつはまだ全然本気を出してねえ。その気になりゃ、Bランクギルド程度なら一人で殲滅できる」
「そんなの、その気になれば私だってできるし! お前こそ私の強さ舐めんな!」
「だからぁ! そういう問題じゃねえんだよ! 兵力差の話だ!」
「兵力差ぁ?」
リザが眉をひそめた瞬間、砂埃の幕が一部大きく揺らぐ。
「でけえ声でべらべらと。居場所が丸わかりだぜ」
一直線に突っ込んでくるキョウシロウ。
リザはジュウゾウの前に出て銃撃する。
しかし、相手は数多の人間を屠ってきた戦闘の達人。特異なリザの戦闘スタイルに、完全に対応しきっていた。
銃口の向き。リザの視線。それらの情報から、発砲前に射線を予測、最低限の挙動で躱す。そして、懐へと潜り込む。
「ハハァッ、なかなか楽しませてもらったぜ、ガキ」
「う――」
剣士の間合い。ガンマンの少女は対応できない。
逆袈裟の一閃。鮮血が飛ぶ。
「お?」
が、致命傷には程遠い血量。
直撃の瞬間、ジュウゾウがリザの首根っこを掴み、思い切り引っ張ったのだ。それにより、切っ先がわずかに首の付け根の肉を削り取るに留まった。
「ぐ、助かったわギザ眉」
傷口を押さえながら、軽く謝礼の意を見せるリザ。一方でジュウゾウは焦燥を露わに目の前の侍を見据える。
「礼は後だ。ナナハだけじゃねえ。魔力なしでもこの人はやべえ。今は逃げることだけ考えるぞ」
「さすがは六番隊隊長殿。得物なしでも働きを見せてくれる。だが、いつまで保つか」
悠然と距離を詰めるキョウシロウ。
リザとジュウゾウは冷や汗を頬に伝わせ、じり、と後退る。
「ナナハ、逃げ道を潰せ。じっくりと確実に殺す」
「ああ、わかった。――土蜘蛛」
ナナハが目下の怪物に命令の意を送った、その時だった。
「――“双拳新星”、【打ち砕く星】」
上空から飛来した人影が、強烈な拳の一撃を土蜘蛛に見舞う。強すぎる衝撃に、鎌を持つ前脚二本を除いた六本でも支えきれず、土蜘蛛の巨体が地面に大きくめり込んだ。
「何⁉」
「また珍妙な魔法を使うんだな、嬢ちゃん」
咄嗟に振り返るナナハ。そこに見知らぬ髭面の男がいた。
「すげえ、誰だ……⁉」
「マスター⁉」
ジュウゾウが目を瞠り、リザが驚きの声を上げる。その男、イザク=オールドバングがこの街にいるなど、彼女は夢にも思っていなかったので当然の反応だ。
許容以上のダメージを受けた土蜘蛛がその体を消滅させ、その背に乗っていたイザクとナナハは睨み合ったまま地面に降り立つ。
「また強そうなのが来たもんだなァ」
イザクの姿を見たキョウシロウがぼやく。が、その表情はどこか楽しげであり、余裕を感じさせるものだった。
「さて、何がどうなってるのかわからんが――」
イザクはちら、とリザを一瞥してから、
「俺のギルドのモンに手を出したんだ。それなりの仕置きをしなきゃならんよな」
ゴォッ! と凄まじいプレッシャーを解き放つ。最も近くにいたナナハが息を呑み、刀を握る力を無意識のうちに強める。
「待って! 赤目が多分こいつらの仲間に連れていかれた。居場所を聞き出さないと!」
「あん? こんな奴らにしてやられたのかあいつは……。そんな有様じゃ困るんだがなぁ、まったく」
リザの言葉を聞いたイザクは嘆息しつつ言う。
すると、キョウシロウが興味深そうに眼を眇めて問うた。
「こっちも聞きたいことが山ほどある。後ろのガキといい、あの赤目の男といい、てめえらは一体何なんだ? 実力はたしかだ。どうして名を上げずにいた?」
「――」
その問いに、イザクが答えることはなかった。
彼が返答を拒んだのではない。
突如、キョウシロウとナナハの足元から夥しい植物が生え伸び、問答に水を差されたのだ。ローグの時と同様、植物は二人の体を覆い尽くしていく。
「チッ、勝手な奴だ」
キョウシロウは忌々しく吐き捨てる。彼の意志とは無縁の事態だった。
リザが叫ぶ。
「マスターあれ! あれに赤目が連れてかれた!」
「なるほど」
ひとまず身柄を拘束すべく、イザクが正面のナナハに右手を伸ばしたところで、
「――ひああ!」
彼の後方、十メートルほど離れた建物の物陰から悲鳴が上がった。声の方向に目を向けたリザが思わず瞠目する。
「アイリス!」
そこにいたのは、アイリスと双子のエルフの少女たちだった。彼女ら三人もまた、無数の植物に覆われようとしていた。
「あら、なんであいつらの居場所がバレた? エグい感知能力してやがるな」
イザクは悪態をつきながらアイリスたちの元まで駆けつけ、拳で薙ぎ払うように植物を引き裂いた。触手のように生えていたその植物は、それ以上成長を見せることはなく、逃げるように地中へと引っ込む。
「す、すみません、言われた通り隠れていたつもりだったんですが……」
「……いや、おそらくこの街にいる以上、隠れられる場所はない」
怪訝な顔をするアイリスをよそに、イザクは険しい顔をしてキョウシロウたちの方へと目をやった。既にキョウシロウとナナハの体のほとんどが地中へと引き込まれている。拘束は最早不可能だった。
ただ一人、リザだけが諦めずに拘束を試みようとしていた。必死にキョウシロウを覆う植物を掴んで引っ張り上げようとするものの、腕力ではまるで止められない。
「逃げんな! 赤目を返しなさいクソ侍!」
「おいよせ! お前まで連れてかれるぞ!」
ジュウゾウが無理やりリザを引き剥がすと、幾層にも重なった植物の膜の奥から、声だけが響いた。
「悪いな。そればかりは俺の意志じゃねえ。文句ならあの陰湿チビに言ってくれ」
そうして、キョウシロウとナナハは完全にその場を離脱した。
後に残った静寂の中、リザは力の限り奥歯を嚙み締める。
「クソ……ッ」
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『117話 シャムラハブへの異界門』に続く
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