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114話 口調

 それはいつかの記憶。

 ようやく【豪傑達の砦(ヘラクレス・フルリオ)】の八豪傑入りし、同世代には敵なしと調子に乗っていた頃。ローグの耳にとある噂が入った。

【豪傑達の砦】と肩を並べるトップギルド、【猟犬の秩序(ハウンド・コスモス)】にも怪物ルーキーが加入したというのだ。それも彼と同い年の男女二人だという。

 その二人とは、冒険者の通り名の授与式にて邂逅することとなった。


「てめえ、なんで眼が赤ぇんだコラ。小洒落れんじゃねえぞコラ」


「はあ?生まれつきだコラ。てめえこそなんだそのギザ眉毛。流行のファッション先取ろうとして失敗してんじゃねえかコラ」


「ブホッ!」


「笑ってんじゃねえぞナナハてめえ!」


 ローグとジュウゾウは出会った当初こそ喧嘩していたものの、これがなかなかいい感じに馬が合い、あっという間に意気投合した。


「――そろそろ帰んぞナナハ」


「あ、私お手洗いに行ってくるのだ。ジュウゾウ君、ちょっと待ってておくれ」


「早くしろよ。お前の八咫烏がねえと帰れねえんだからよ」


 そそくさと離れるナナハの背を見ながら、ローグが口を開いた。


「ジュウゾウ。一つ聞きたいんだけどさー、なんでナナハはあんな変な口調してんの?それとも、アレが本当に素?」


「あー。ありゃ矯正だ」


「矯正?」


「俺とナナハは極東の小国、ヒノクニから来たってことは言ったよな。だが、出身地はまったくちげえ。俺はそこそこ立派な町育ちだが、ナナハの奴はな、山の中で育ったんだ」


「すんごい田舎ってこと?」


「いや。そのままの意味だ。赤ん坊の頃に山に捨てられた奴は、物心つくまで山犬に育てられたらしい」


 胡散臭いと思ったローグだったが、ジュウゾウは懐かしむように続ける。


「当然、学もねえし、何より常識がねえ。俺が初めて会った時は、マジで獣みてえに誰にでも襲い掛かる危険な奴だった。

 見かねた俺たちの師匠……今はハウンドの一番隊で隊長をしてる人が、ナナハを真っ当な人間に育てることにしたんだ。知識を与えるのは簡単だったが、問題はすっかり身に染みついていた汚え言葉遣いだった。

 何せ、度々山にやって来た盗賊を潰してく内に、言葉を覚えたってんだからな。人とまともに交流するなんざ無理に決まってる」


 なかなかハードな話に、ローグはいつの間にか固唾を飲んで聞き入っていた。


「そこでだ。師匠はナナハの口調を指定することにした。語尾には『のだ』を、名前を呼ぶときは『君』や『さん』を必ず付けろ、ってな」


「いや、それはそれでどうなんだ……」


「バカ言え。効果は覿面(てきめん)だったぜ。ナナハはあのへんてこな口調に意識の三割くらいを割いている。おかげで言葉遣いはもちろん、自制も利くようになった。まさに一石二鳥。さすがは師匠だ!」


「それは、その師匠がすごいのか、それともナナハがすごいのか……」


 ローグが呆れ気味に呟いたところで、ジュウゾウは頭をボリボリと掻きながら苦々しい顔をした。


「だが、ある条件の時だけ元の口調に戻る時があんだよ」


「へー。どんな時?」


「ブチ切れた時や酷く取り乱した時。

 ――つまり、我を忘れた時だ」





 不意打ちに遭った。

 背後からの一突きだ。前後の傷口から血が溢れてくる。


「ぐ……!」


 膝から崩れ落ちたローグの目線の先には、たった今彼を串刺しにした張本人、ナナハ=シラヌイが立っている。

 一瞬、裏切りを受けたかと動揺したローグだったが、とある過去の一幕が、ローグから反撃という選択を踏みとどまらせた。


「あぁ……しくった。けど、次はぶっ殺す」


 そんな乱暴な言葉をナナハが発していた。

 先ほどまでとは、別人のように。


「……随分と、汚い言葉遣いだな……」


 呼吸を荒げたローグが言う。

 ナナハは眉間に皺を寄せる。


「はあ?うっざ。別にいつも通りだし」


「いや汚い……。ウチのリザ並だ……」


「知るかよ。そんな奴」


「……」

(クソ、そういう魔法か……)


 ローグは血が流れ続ける胸の傷口を抑えながら確信した。


(変な口調が出てないってことは、ナナハは正気じゃねえ……。あの男の魔法は機能している。効果はおそらく――洗脳の類……!)


 しかし、魔法の正体に気づいたところで窮地には変わりない。

 先の一突きが内臓に当たらなかったことが救いと言えるが、出血を抑えなくてはどのみち命はない。それ以前に、実力者二人に挟み撃ちにされているこの状況から、逃げ果せるかすら危ういのだが。


(どうする……⁉【若雷(ワカイカヅチ)】を使うか?いや、回復薬(ポーション)もねえし、そんなことしたら出血多量で絶対死ぬ。……クソ、打開策がない!マジで、やばい……!)


 頭を働かせれば働かせるほど、出血の速度が上がっていく悪循環。

 いよいよ意識が朦朧とし始める。


「まだやることが山積みなんでなァ。さっさととどめを刺させてもらう。逃げねえように見張ってろナナハ」


「やってんだろ、うっせえな。目ぇ腐ってんのか」


「……ところで、てめえはなんで口悪くなってんだァ?」


「だからいつも通りだっつってんだろうが!」


「そんな風に弄った覚えはねえんだが……。まあいい。さっさと済ませるか」


 ゆっくりとローグに迫り寄るキョウシロウ。

 一か八か【若雷】を使おうかと、ローグが意を決したその時だった。


「――!」


 キョウシロウがピタリと歩みを止めた。

 長年、戦いに身を置いてきた彼が培った、敵意を一早く察知する感性。それが今警告を発したのだ。


(何だ?誰かが来る。それも速い。俺に殺意を向けた誰かが――)


 地を蹴る音が耳に届く。既にすぐそこまで来ている。

 キョウシロウはバッ、と振り返る。


「私の仲間に――」


 そこには銃口があった。眼前で銃を突きつけられている。

 やたらとゴツい拳銃を握っているのは、キョウシロウが見たこともない赤髪の小柄な少女だった。


「――何してんだッ!」


 赤髪の少女――リザ=キッドマンは容赦なく引き金を引く。




**********

『115話 リザの選択』に続く

**********



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