表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

119/124

113話 混沌と化す

「――で、こいつどうすんだ?……やっぱ殺すの?」


 ローグは満身創痍の侍を縛り上げながら尋ねた。口にも布を括り付け、魔法を唱えられないように万全を期している。

 雷撃を浴びたキョウシロウは全身を焦がし、既に気を失っていた。脇腹に空いた穴も、雷による超高熱で奇跡的に焼き塞がっている。出血死の心配はないだろう。


「ううん、このまま本拠地(ホーム)に連れて帰るのだ。どれだけ情報を流したか尋問しなきゃいけないから」


 八咫烏を消し、そばに立っていたナナハが言った。彼女の手には納刀状態の夢想正宗がある。

 やるべきことはまだ残っているものの、一段落つくことができたナナハの表情からは、安堵の色が見て取れる。


「ふーん。そいつは大変だ」


「礼を言うのだローグ君。おかげで無事に解決できたよ。それと、迷惑かけてごめんよ」


「ああ、まったくだ!何かすんごい詫びの品でももらわねえと割にあわねえな!」


「う……。私も突然極秘クエストを命じられて大変だったのだ。あ!じゃあ、トウヤさんに話を通しておくから、それで勘弁しておくれよ」


「あの人も災難だな」


「いやいや。あの人が命じた張本人だからこれくらいは当然なのだ。ほんの数時間前までは自分の部屋で饅頭食べてたのに……」


 すっかり緊張が解けた二人が、談笑を始めたところで、



「――よう。良い夢見れたかァ?」



「「――――」」


 ありえない声に、二人の会話が途切れる。

 ありえない光景に、二人の思考が止まる。


(は――?)


 ローグは幽霊でも見たかのように目を瞠る。

 確かにこの手で拘束していた。話すこともできない状態のはずだった。

 そして何より、満身創痍で死にかけのはずだった。


(なんで……そんな、当たり前のように……立ってんだ――)


 自由の身で傷一つないキョウシロウ=アマチがそこにいた。

 あまりにも突拍子のない出来事に、ローグもナナハも理解が追いつかない。

 まるでこれまでのことが夢だったかのように、現実が一変していた。


「ハハァッ!」


 キョウシロウは愉快気に嗤い、目にも止まらぬ速度で刀剣を抜いた。

 ナナハの胸を正面から突く。


「「ッ!」」


 ローグとナナハはほぼ同時に、キョウシロウから飛び退いた。

 脳よりも先に体が反応したという感じだ。


「おい!無事か⁉」


 ナナハを庇うように、彼女の前に立ったローグが肩越しに叫ぶ。


「う、うん。平気。ギリギリ私の体には届いて――」


 手で自分の傷の有無を確認していたナナハは、あることに気づいて喉を干上がらせた。

 キョウシロウが健在と判明したこの状況において、自分にとって最悪にも等しい事態に陥っていると理解する。


「しまった……。あの人が狙ったのは……!」


「俺が気づいていないとでも思っていたのか?てめえが本拠地を出る時から、懐に何かを隠していたのはわかっていた」


 キョウシロウが刀を上に向ける。切っ先に貫かれているのは、ナナハが精神干渉魔法の対策として忍ばせていた特殊モンスター、獏。


「コイツが生命線だったことは明白。ここでてめえと対峙した瞬間から、俺の狙いはこのモンスターだけだった。

 ずっとてめえが油断して近づいてくんのを待ってたんだよ」


 獏を引っこ抜くいたキョウシロウは、グチャリ!と握り潰した。


「ようやく、俺の魔法で夢を見られるなァ、ナナハ」


「下がれナナハ!まだ奴の効果範囲だ!」


「この魔法に距離なんざ関係ねえ。

 “夜天に染まれ”、【空夢(からゆめ)】!――対象、ナナハ=シラヌイ」


 ナナハが動くよりも先に、キョウシロウが新たな魔法を発動した。


(なんだ?明らかに俺を狙った攻撃じゃない!)


 ローグはキョウシロウからは目を離さず、背後に控えるナナハの安否を確認する。


「おい!どうなった!何かされたか⁉」


「いや、特には……。うん……問題ない。ローグこそ平気?」


「え?あ、ああ……。俺もなんとも……」


 返答は拍子抜けするほどごく自然に返ってきた。声色からしても、特に異変は感じられない。


(ナナハへの魔法は外れた?ならいい。今どうにかしなきゃいけねえのは、あの超回復魔法!いや、回復ってよりかは、ダメージそのものが無かったことになったような感じだ……!厄介極まりないが、その分消費する魔力も半端じゃないに――)


 分析に頭を働かせていると、ふと気づく。

 ナナハに生じた、ほんの些細な、一つの変化に。


(……あれ?……コイツ今、俺のこと呼び捨てにした?)






「ワシは親切だからよ~。特別にキヨメちゃんの居場所を教えてやんよ」


 クランベリーは楽し気に話しながら席を立つ。


「キヨメが貴様なんぞに負けたとでも?」


「ばっか。ワシ超つえーんだぜ~。てめえも余裕で一捻りできるし」


 指にこびりついたソースをペロリと舐めるクランベリー。どうもこれから戦闘しようという意志が感じられない。


(ふざけた奴……。こんなのにキヨメが負けるとは到底……)


 ミトは刀を握る力を強める。いつでも抜刀術を繰り出せるように。


「キヨメちゃんの居場所は~」


 人差し指を立てたまま右手を挙げるクランベリー。

 邪悪な笑みを浮かべると、キヨメが居るという方角をゆっくりと指差した。


「――そこ」


「…………?」


 指を差した先には、ミトがいる。

 やはりふざけているだけかと思ったが、ふと気づく。

 背後に控えていた、一人の気配に。


(――キヨメ⁉)





 ローグが振り返ろうとした瞬間だった。

 サクッ、と。小気味良い音が聞こえた。


「……あ?」


 一本の刃が、ローグの背中から肋骨の隙間を通り、胸の真ん中を突き破っていた。

 ローグが理解するよりも先に、刃はするすると引かれ、戻っていく。

 途端に、激痛に見舞われる。それがかえってローグの思考を蘇らせた。が、考え始めるにはもう遅すぎたかもしれない。

 体から力が抜け、倒れそうになる。

 よろよろとした足取りで振り返った先には、彼の血で染まった刀を握りしめたナナハがいた。




 ミトは背後から切り裂かれた。

 背中に一文字の切り傷が刻まれ、鮮血が飛び散る。


「ぐ……ッ」


 どうにかして倒れ込むのを耐えたミトだったが、最早、得意の抜刀術を繰り出す余力は残されていなかった。

 震える体でミトはゆっくりと振り返る。

 そこには、ミトの返り血を浴びたキヨメが佇んでいた。


「……どういうことでありんすか……キヨメ……ッ」


 脂汗を滲ませ泥のような顔色になっているミトを見たクランベリーは、天地がひっくり返るような勢いで大爆笑していた。


「ぐはははははははははッ!てめえの魔法、最ッ高じゃねえか凶剣のォ!傑作すぎるぜマジで!ぐはッはははははッ!」



 そんなクランベリーの笑い声が届いたかのように、キョウシロウもまた首巻の下で笑みを浮かべていた。


「そろそろ向こうも合流した頃だろうなァ。ははッ、いいねェ……!ゾクゾクする。

 ようやく、混沌としてきたじゃねぇの」





**********

『114話 口調』に続く

**********




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ