112話 ローグ&ナナハVSキョウシロウ
キョウシロウがローグとナナハの元にゆっくりと近づいていく。
二人は警戒を強めながら、最後の情報共有を始める。
「ローグ君。私が知ってる範囲でキョウシロウさんの魔法を説明しておくのだ。
【逆夢】。あの人の刀剣から半径十メートルの空間内にいる生物に錯覚作用をもたらす魔法。
【眠夢】。【逆夢】と同規模の空間内にいる生物に睡眠作用をもたらし昏倒させる魔法。
あと他に二つあるらしいけど、私たちも教えられてないのだ」
「そういえば、さっきやり合った時に違和感があった。もしかするとダメージを無効化する魔法なんてのがあるかもしれん」
「……ふむ、参考にしておくのだ」
「それよりお前はどうやって戦うんだ?俺は問題ないとして、お前に奴の魔法を防ぐ手立てがあんの?」
「この子がいるから、なんとかなると思うのだ」
そう言うナナハの懐がモゾモゾと動く。姿を見せたのは、掌に収まるサイズの象のようなモンスター。
「私の魔法で生み出した特殊モンスターの一体、獏ちゃん。掛けられた精神魔法を解除してくれる優秀な子なのだ」
「つまり、未然に防ぐことはできないってわけだな」
「うん……まあ。だから私は、念のため距離を取って戦わせてもらうのだ」
「俺が前衛でお前が後衛ね。ま、わかりやすくていい」
「なはは。そういう感じでよろ……――ッ!くるよ!」
唐突にキョウシロウが地を蹴り駆け出した。
「じゃあ打ち合わせ通りに」
「ああ」
ナナハは下がって距離を取る。反対に、ローグが【裂雷】の刀剣を構えて前に出る。
ローグとキョウシロウが刃を交わす。
「“黄泉より廻れ”、【鬼喚】。――八咫烏」
その隙にナナハが黒羽の怪鳥を出現させ、背に飛び乗り空を駆け上がる。それを見たキョウシロウは忌々し気に舌打ちを漏らした。
「まァ、距離を取るよなァ……」
キョウシロウの魔法効果範囲からの距離は十分。安全圏からナナハはさらなる怪物を喚び出し、送り込む。
「それ行くのだ!――鎌鼬、――火車」
脚に鋭い刃を生やしたイタチ、側面に人面を持った燃ゆる車輪のモンスターが、それぞれ上空から、激しい剣戟を繰り広げるキョウシロウ目掛けて突撃していく。
「“夜天に惑え”、【逆夢】」
手を緩めることなく魔法を唱えるキョウシロウ。愛刀である夢想正宗を中心として、目には見えない魔法空間が展開される。
至近距離にいたローグが真っ先にその空間に侵されることになるが、当然彼にはなんら影響はない。
(やはり効かねえよなァ。……なら)
キョウシロウはナナハが差し向けた二体の怪物をチラリと見る。
(ナナハの特殊モンスターに試すのは初めてだが、どうだァ?)
鎌鼬と火車が空間内に侵入。その途端、二体は狙いをローグに変更した。
「ちょッ⁉おいおい!」
「あーやっぱダメか!消えるのだお前たち!」
味方のはずのモンスターに狙われていることに気づいたローグが声を上げ、ナナハはすかさず二体を消滅させる。
ナナハの使う魔法は、アイリスのような契約したモンスターを他の【異界迷宮】から呼び出すものとは全く異なる。
彼女の持つ妖刀、鬼丸の呪いによる固有魔法の一つである【鬼喚】は、鬼丸自体が生み出した、【異界迷宮】には存在しないモンスターをこの世に顕現させる魔法である。
「ははッ、てめえのペットたちは俺の言いなりになるみてえだなァ。ナナハァ!」
「試しただけなのだ。他にいくらでもやりようはあるよ。来い、――がしゃどくろ!」
ナナハが次に喚び出したのは、全長二十メートルは超える巨大な人骨のモンスター。地響きと共に【逆夢】の空間外に降り立ったがしゃどくろは、破壊された遊廓の瓦礫を掴む。
「ローグ君!死にたくなかったら下がるのだ!」
「「――!」」
ローグとキョウシロウの二人はほぼ同時に、ナナハが何を狙っているのかに気づく。
キョウシロウから離れようと慌てて飛び退くローグだが、それを良しとしないキョウシロウはすかさず追いすがる。
「つれねえなァ。俺の盾になってくれよ、赤目野郎」
「うるせえ。一人で肉片になってろ夢見野郎。――“雷轟天征”、【鳴雷】」
「あァ……⁉」
ローグの手から刀剣が消ると同時、激しい雷撃が発せられる。形はなく、ただ押し返すためだけのシンプルな一撃。速度重視のため威力は低いが、次なる攻撃へ繋げるには最善手だ。
直撃を受けたキョウシロウは思わす後退る。
そのタイミングを見計らい、ナナハが指示を送る。がしゃどくろは振りかぶり、手にしていたいた瓦礫を細かく握り潰し、それを全力で投擲した。
無数の砲弾が、空気を裂きながらキョウシロウへ迫る。
「クソがッ!」
軽やかな身のこなしで躱していくキョウシロウだったが、あまりにも数が多すぎた。その内の一発が、ボチュッ、と生々しい音を立て、彼の右わき腹を撃ち抜き抉り取る。
「ご……ッ……!」
「――くたばれ」
そしてとどめとばかりに、ローグが雷撃の槍を放つ。威力は先に放った一撃を遥かに凌ぐ。
完全に動きを止めていたキョウシロウは、光の柱に呑み込まれた。
(まったく、何がどうなっている……)
白亜の塔の内部にて。
ミト=クシナダは焦りの色を隠せぬまま、薄暗い廊下を駆けていた。
(厄介な樹。規模からして相当な使い手のようでありんすが……まさか、キョウシロウの差し金……?勘付かれていた?)
突如として、激しい地響きと共に出現した多数の巨大な樹。幾重にも絡みついたその樹のせいで、外へ出るどころか、外部からの光が一切届かない。
そこかしこから恐怖に駆られた者たちのどよめきや悲鳴やらが聞こえてくるが、おそらくこれはまだ序の口。
現在、塔内を心許なく照らしているのは、壁に転々と配置されているロウソクの灯だけだ。しかし、それが溶けて無くなるのも時間の問題。やがて塔内は完全な暗闇に包まれることだろう。そうなれば、一気にパニックが悪化し、死人が出る恐れもある。
そのため、ミトはひとまず自分と共にここへやってきた遊女たちの元へと向かっていた。彼女たちを統べる花魁として、まずは安心と安全を確保してやらなければならない。
それに、あそこには幸運にもキヨメがいる。彼女の魔法なら、この巨大な樹を切り裂いて外へ出られる可能性があると考えた。
宴会場へと到着したミトは勢いよく扉を開け放った。
「キヨメ、少し手を――」
直後、彼女は視界に飛び込んできた異様な光景に絶句した。
外の巨大樹とは異なる植物が部屋中に生い茂っている。まるで密林にでも迷い込んだかのような気分になる。
だが、驚くべき事態は別にあった。
「な、なんだこれは……?みな、生きているのか?」
ここで騒いでいた遊女たちは全員が気を失い、植物の一部と化して囚われていた。呼吸もなく、一見死んでいるようにも見える。
今すぐ助け出してやりたいところだが、何より植物と同化していることが気掛かりだ。下手に植物から切り離せばどうなるのか想像もつかない。
(……やはり、術者を倒す必要がありんすね。しかし、もし仮に外にいるのだとしたら、わっちではどうしようも――)
その時だった。少女の声が部屋に響いたのは。
「――よ~。遅かったな~、閃剣の」
宴会場に設けられた席の一つに、小さな影がある。その少女は、テーブルの上に残されていたご馳走をムシャムシャと頬張っていた。
ミトは目を細め、低く冷ややかな声で問う。
「……貴様が、これを?」
「ぐはは。まあな~……って、そう怖い顔すんなよ閃剣の。せっかくの美人さんが台無しだぜ?とりあえずよ~、ちょっとワシの話を聞いてくれよ」
ふざけた調子で言う少女、クランベリーは尚も料理を口に運びながら語り始める。
「ワシがガキの頃はよ~、こんなご馳走を口にするなんざ夢のまた夢でよ~。なんでワシの家族は泥に塗れたパンしか食べれねーのに、クズみてえな奴らに限って大金持ってステーキだのケーキだの良いモン食べれるのか、不思議でしょうがなくってよ~。ちょっとくらい、ワシたちにわけてくれてもいいんじゃねえかってムカついてよ~。あの頃はマジで、毎日金持ち共をぶっ殺したくてしょうがなかったぜ」
「……」
「けどよー、他人を蹴落として、時にはぶっ殺して登り詰めたこの八豪傑って地位を得てから知ったんだよ。
弱者を見下しながら食う飯は、脳ミソがトびそうになるほど美味いってことにな!そりゃクズ共も必死こいて地位を上げようとするわけだぜ!底辺から成り上がったてめえも理解できるだろ⁉なあ!閃剣の!」
「……クズめ。一緒にしないでおくんなんし」
そう吐き捨てたミトは、身を低く屈めて腰の刀に手をかける。
「ぐはは!つれねえなあ。こいつらを助ける方法とか、聞きたいことがいろいろあんじゃねえの?」
「問答の余地なし。むざむざわっちの前に姿を晒した以上、この場で斬って捨てる。それで終いでありんす」
「ぐはは。じゃあ、ここにいた侍の女がどこにいったかも知らなくていいのかよ?」
「……!」
ミトはそこでようやく気がついた。この部屋にいたはずのキヨメの姿がないことに。
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『113話 混沌と化す』に続く
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