111話 八豪傑 クランベリー=レッドローズ
「妖刀、鬼丸。抜刀」
ナナハは刀を抜き、その切っ先をキョウシロウへと向ける。
キョウシロウとナナハ。同じ組織の仲間であるというのに、互いを見据える眼光にはドロドロとした感情の色が混じっていた。
「俺を粛清するだと……?随分とつまらねえ冗談を言うようになったなァ、ナナハ」
「冗談ではないのだ。あなたには私に、いや、ハウンドのメンバーから切っ先を向けられる理由に、心当たりがあるはず」
「……知らねえなァ」
「惚けても無駄なのだ。もう既にネタは上がってる。だからマスターは私たちに、極秘のクエストを命じたのだから」
「ほォ……」
(私たち、ねぇ)
ゴキ、と首を鳴らすキョウシロウ。不敵な態度を見せる彼に、ナナハは先手を仕掛けた。
「“黄泉よりまわれ”、【鬼喚】!――鳴蛇!」
どこからともなく、突如として現れたのは、全長十メートルは超える巨大な蛇。四つの羽を駆使し、高速で空中を蛇行するように飛ぶそれは、瞬く間にキョウシロウとの距離を詰める。
「ッ!」
巨大な顎で彼に襲い掛かり、その勢いのままに連なる建物へと激突していく。
「おお……」
「さ、今のうちに一度距離を取るのだローグ君。また【逆夢】を発動されると厄介だから」
呆気にとられているローグの肩をナナハがポンと叩いて言った。
下がりつつ、ローグはナナハに尋ねる。
「一体何がどうなってる?粛清ってなんだ?」
「先日、私たちが占有する【異界迷宮】内で、四人の仲間の遺体が発見されたのだ。その全員が五番隊のメンバーだった」
「アイツのパーティメンバーか」
「あの人は単独行動を好むから厳密にはパーティと呼べるものじゃなかったけどね。他のメンバーはあくまでキョウシロウさんの監視役。だからこそ、ウチのギルドでも古参の実力者がその任に就いていたのだ。
……でも、殺された」
二人は近くの建物の屋根の上へと飛び移り、キョウシロウを襲っている大蛇の方に目を向ける。暴れていた大蛇は既に動きを止めていた。瓦礫ごと噛みついたままのようだが、キョウシロウの姿はここからでは見えない。
「アイツが殺したって証拠は?」
「遺体はすべて刀剣の類で斬り伏せられていたのだ。傷を一目見ればわかるよ。凄腕の剣士にしかできない鮮やかなまでの切り口。そして極めつけは、【逆夢】による認識阻害で遺体を隠していたことなのだ。トウヤさんの魔法が無ければ多分永遠に見つからなかったと思う」
「……なら、殺した理由は?」
「おおよその見当はとういているのだ。おそらく、見られたから……。――【豪傑達の砦】メンバーとの密会現場を、ね」
キョウシロウは大蛇――鳴蛇の牙と瓦礫の間にいた。一見、鳴蛇の攻撃を刀で必死に受け止めているように見えるがその実、彼は異様なほど落ち着き払っていた。
(無理くり俺をこの街に駆り出させるから何かあると思ってたが、予想的中だったなァ。念のためあのチビを呼んでおいてよかった。が、しかし、想定外はあの雷使い。こっちの魔法は効かねえし。……ったく、仕方ねぇなァ)
舌打ちをしつつ片手で胸元をまさぐる。取り出したのは一粒の種子だ。
それを指先で握り潰す。
その直後だった。
キョウシロウの足元がボコッ、と小さく膨れ上がり、そこから蔓のような一本の植物が生え伸びてきた。先端の蕾は、彼の耳元までくるとゆっくり花を開かせる。
『よーう!凶剣のォ!合図を出したってことは、もしかしてもしかしなくても今ピンチぃ?ぐは!ぐははァ!ウケる!』
花から聞こえてきたのは少女の声だった。その子憎たらしい声色にキョウシロウは舌打ちを返す。
「まあ、まずい状況には変わりねえ。俺の予想通りの展開になった」
『へぇ。ってことは~』
「ああ。どうやらあいつらの死体がバレちまったらしい。ハウンドの連中、隊長格四人がかりで、俺を始末するつもりだ」
『ぐははっははァ!マジウケる!同じギルドの連中にリンチされそうになってやんの!ぐはははは!』
「おい。元をただせば、てめえらが俺を唆すからこうなったんだろうが」
『はあ~?よく言うぜ。躊躇なく仲間を殺すとはワシらも思わなかったんだ。ま、マスターもその凶暴性に目をつけたようだけどな。……そんで?ワシはどうすればいい?』
「てめえ今どこにいる?」
『ちょうどこの街のシンボル、白い塔のすぐそばに着いたとこだぜ~』
「よし。塔の中にクシナダ姫がいるはずだ。てめえの魔法で塔を覆い尽くせ。光も漏れないほど隙間なく、な。桁外れの防御力を誇る【巨人の樹】がいい。暗闇ならあの女は大した力は使えねえから、脱出はまず不可能だ。……できるだろ?」
『超余裕。でもよお、塔の中に強そうなのが他にもいるぜ。ワシの感覚にビンビンくるあの魔力、かなりやるな。そいつがさっき、クシナダ姫とドンパチやってたっぽいけど、どうする?』
それを聞いたキョウシロウは考えを巡らせる。
冒険者の中でもトップクラスの実力を持つクシナダ姫と渡り合える者などそうはいない。自然と、ハウンドの隊長格やヘラクレスの八豪傑レベルに絞られる。
そこで思い出したのは、先のローグ一行の会話。
「…………おそらく、キヨメって女だ。戦闘狂で、なにかと強い奴に勝負を挑みたがる」
『ぐはは!何そのおもしれー奴』
「塔を覆った後、キヨメだけ連れ出せ。あいつはこっち側の貴重な戦力になる」
『仲間なの?つか、つえー奴に反応すんだろ?ワシ襲われない?』
「問題ねえ。あいつには既に俺の魔法をかけてある。調整は自由にできる」
『ぐは!そのキヨメちゃんはてめえの傀儡ってことかァ?そんな趣味あったとはびっくりだぜ』
「んな真似はしねえよ。俺はあいつの清らかな人格を何よりも愛してる。だから普段は、潜在意識だけを弄った状態に留めてある」
『……ぐはは、知ってっか?異常な奴は異常なことをさも当然のように話すんだぜ』
「……フン、無駄話が過ぎた。そろそろ動くぞ。ジュウゾウやザオウマルにまで合流されるとさすがにきつくなるからなァ」
『へいへーい。んじゃなー。あ!報酬は弾ませろよー』
その言葉を最後に花は枯れ落ち、蔓もボロボロと崩れていった。そして、キョウシロウも動き出す。
「さて……」
「ヘラクレスのメンバー、だと?」
驚きを隠せない様子のローグに、ナナハは頷いて答える。
「それを裏付けたのは遺体の隠し場所なのだ。まるで遺体が大樹の一部に同化しているような感じかな」
「……!」
「ローグ君ならわかるよね。そんなレベルで植物を操る魔法を使う冒険者は一人しかいない。
【豪傑達の砦】、八豪傑の一人」
「……クランベリー」
その時だった。
鳴蛇が頭部から背部まで切り裂かれ、血飛沫が舞い上がった。
やがて鳴蛇は血も残さず消滅し、その場からキョウシロウが姿を現す。
「出てきたな」
「やけに遅かったね。なにか策を練っていた?とにかく、ミトさんたちにはもう応援を頼んであるから、それまで力を貸しておくれ、ローグ君」
「仲間殺しに、外部への情報流出か。どのみち、あんな危険な奴を俺の仲間に近づかせるわけにはいかない。無論、いくらでも協力する」
建物の屋根の上にて白亜の塔と向き合っているのは、ギザギザとした歯を覗かせる小柄な少女。
黒を基調とした赤黒いゴシックドレスは、長年着続けているのか、裾が膝上のところでボロボロに擦り切れている。
背丈はリザよりもさらに低い。小人の域。さらに、肩まで伸びる栗色の髪はボサボサでまとまりがなく、その隙間からは毛むくじゃらの獣耳が飛び出ている。獣人の特徴だ。
小人と獣人。二つの血を持つ彼女の名は、クランベリー=レッドローズ。
彼女は魔法を唱える。
「“巨精樹降誕”、【巨人の樹】」
大地が激しく揺れ動いた。白い塔周辺の地面が大きくせり上がる。
そして地面を砕きながら出現したのは、直径十メートルはあろう幾本もの巨木。それらは触手のようにうねり、塔の最下部から頂点まで外壁を削りながら絡みついていく。キョウシロウの指示通り、何重にも重なり一部の隙間もなく埋め尽くす。
「こんなもんか。へっへ、アイツの策、大胆だがなかなか理にかなってんじゃん。これで、ワシの許可なくしてあの地下にある【異界迷宮】には入れねえ」
すると、巨木の一部からこれまた極太の枝が生え、クランベリーの元ま橋渡しのように伸びてくる。
彼女はそれを渡りながら、これからの行動を整理する。
「まずキヨメちゃんとやらを回収すんだろ~。それから……んー、どうすっかなー。
…………あ、そうだ」
しばし考えた後、クランベリーは元々目つきの悪い己の目をさらに尖らせる。
「――ハウンドの四人の隊長格、全員ぶっ殺して回っか。あ~、それがいい」
塔に絡みつく巨木の元まで辿り着くと、その表皮に右手を合わせる。
【巨人の樹】で生み出した植物はとにかく分厚く硬い。強引に突き破って出入りすることは不可能に近いだろう。
だが、創造主であるクランベリーだけはその常識から外れる。
ズズズ、と、右手は巨木と繋がり、解け合い、混ざり合う。
植物との同化。それこそが、彼女にしか使えない固有魔法の真骨頂。
全身まで同化させたクランベリーは、重なり合う巨木の内部をそのまま移動。やがて、最も内側で絡みつき外壁を破って塔内にまで至っている巨木から、彼女は再び姿をみせた。
人型に戻り、塔内の廊下に立つ。
「さ~てと……はじめっか」
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『112話 ローグ&ナナハVSキョウシロウ』に続く
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