107話 猟犬の目的地
「お前はローグたちと行かなくてよかったのかぁ?」
ザオウマルは、ローグたちと別れて一人残ったリザに尋ねた。
「だって王族がいるんでしょ?そんな奴と一緒の空間で食事とかしたくないし。どんな料理が出るのかは少し気になるけど」
「ふっ、その気持ちはわからなくもないなぁ」
「料理が?」
「王族が嫌いということだぁ」
ザオウマルはそう言って、小麦色の酒が注がれたグラスを呷る。
二人はカジノ店の備え付きのカウンターバーに座っている。並んで、ではなく席を一人分空けて、だ。
「しかしぃ、あのアイリスという子が行ってしまったから恩上げしをしそびれてしまったぁ。どうしたものかぁ」
「それなら私が代わりに恩返しされてあげようか?」
リザの提案に、ザオウマルは一瞬キョトンとして、
「……なかなか図太い神経を持っているなぁ」
「褒め言葉として受け取っておくわ。それにアイリスは優しすぎるから、こういう時に遠慮しがちなのよ」
「ふむぅ。それでお前は何が望みなんだぁ?」
「そうね……。金もいいけど、ハウンドが所有している【異界迷宮】をもらうってのもいいかもしれないわね……」
「……容赦の欠片もなしぃ。あの子が出発する前に望みを聞いておけばよかったなぁ……」
女の子がしてはいけないような邪悪な顔でブツブツと呟くリザ。それを見たザオウマルは戦慄を紛らわせるように再び酒を一口飲んだ。
その直後だった。
「おーい旦那ァ~ッ!」
店内に大声が響き渡った。
それはザオウマルにとって、よく知る人物の声だ。
「うっるさ……。どこのどいつよ、馬鹿でかい声出すのは」
「あー……、俺の元部下だぁ」
「え」
うんざりとした様子のザオウマルの元へ、大きな声の主である男、ジュウゾウ=ハザマが、ずんずんと近づいていく。
「へっへ!思ったより早く見つかったぜ!」
「この間は下っ端だったがぁ、今度はお前かぁ、ジュウゾウ」
「トウヤさんの命令なんだ。いつまでもこんなとこで油売ってねえで、さっさと本拠地に」
「帰らないぃ」
「帰るぞ――って、はあ⁉まさかまだ遊び足りねえのか⁉」
「んー、そんなところだぁ。ジュウゾウ、手持ちが無くなったから金貸してくれぇ」
「何でだよ!」
「冗談だぁ」
「ぐぬ……ッ」
いきなりザオウマルに会話の主導権を握られるジュウゾウ。
(なんか見覚えあるな、この光景)
横で黙って聞いているリザは、イザクと話している時のローグを見ているみたいだなと思う。
ザオウマルはグラスの残りの酒を一息で飲み干すと、
「ここに来た目的は、例のクエストのことだろうぅ?ミトも参加させるのかぁ?」
「……!あ、ああ。ギルドメンバー全員参加だってトウヤさんが言ってたぜ。今、姐さんのとこにはナナハとキョウシロウの奴が向かってる」
「ほうぅ、あの男がわざわざ来るとは驚いたぁ。何か裏がありそうだがぁ……。ま、それはさておきぃ、帰らないというのは嘘じゃないぃ。今度のクエスト、俺は参加しないぃ」
そう宣言して、空になったグラスを木製のカウンターの上に置いた。
「な、何で……⁉」
「俺は先遣隊として、そのクエストで潜ることになる【異界迷宮】を下見してきたぁ。そして確信したぁ。成功確率は低いぃ。というか、ほぼ不可能ぅ。ミトも間違いなく反対派だろうぅ」
「はあ⁉ギルドメンバー全員で挑むんだぜ⁉それでも無理なのか⁉」
「今のハウンドの戦力では成功確率5%程度ぉ。二桁に上げるだけでも、隊長レベルの冒険者があと三人はいるだろうぅ」
淡々と自分の見解を述べるザオウマル。冗談を言っている雰囲気ではないことに、ジュウゾウは思わず息を呑んだ。
「そんなやべえ【異界迷宮】なんてあるのか?聞いたことねえぞ……」
ザオウマルはチラリと、隣で聞き耳を立てているリザを窺う。
「……どのみち、トウヤやマスターは話すつもりだっただろうし教えてやろうぅ。その【異界迷宮】の名は、黄金迷宮シャムラハブ。この歓楽街の地下から行き来できぃ、規格外の難易度を誇る【異界迷宮】だぁ」
「……!」
(黄金……⁉)
ザオウマルの口から告げられたその単語を、リザは聞き逃さなかった。
彼女は悪戯を思いついた子供のように口元を歪ませる。
「ちょっとオッサン!その話、私にも詳しく教えなさいよ!」
「……あ、誰?」
いきなり強気な態度で会話に割って入ってきた赤髪の小柄な少女に、ジュウゾウは困惑の色を隠すことができなかった。
だがザオウマルは、その介入を予期していたかのように落ち着き払ったまま、ゆっくりと頷いた。
「……ふん、いいだろうぅ」
**********
『108話 種族の特性』に続く
**********