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106話 夕闇の歓楽街

 夕方。歓楽街を行き交う人の数が増え始めた。夜の街の本格的な活動に向けて、客や商売人たちが集まりつつあるのだ。

 カジノや娼館など、歓楽街にある店は基本的にどこも利用料金が高い。夜になればさらに料金が上がる店もある。そのせいなのか、道ゆく者たちは人相が悪かったり、貴金属をこれでもかと身につけていたりと、一般人とは程遠い風貌の者たちが多い。


 そんな雑踏の中でもひと際危険な雰囲気を放つ男、キョウシロウ=アマチは堂々と遊廓の通りを歩いていた。

 この時間帯になると、両脇に立ち並ぶ娼館から多くの遊女たちが積極的に客引きを行っている。しかし、キョウシロウは彼女たちに見向きもしない。花魁道中が行われたという情報を得たことで、彼の目的地は既に決まっていたからだ。

 歓楽街の中央にそびえる塔。この街における花魁道中とは、遊女たちがその塔へ仰々しく足を運ぶだけの催しである。それを知っているキョウシロウは、ミトがそこにいるはずだと確信していた。

 普段の彼なら、決してこんな使いパシリのような真似を受け入れはしない。今回この地に赴いたのは、ミトとザオウマルを連れ帰ること以外に別の理由があったからだ。


(奴が言っていたあの話、確かめるにはちょうどいい)


 夕空へ向かって伸びる塔を見上げた。瞳に映るのは最上階。バジルの私室が位置する辺りだ。


(もしそれが事実だったのなら……。トウヤ、俺は今日、てめェの一歩先を行くことになる)


 その時だった。

 正面からすれ違いざまに、ガラの悪そそうな男がぶつかってきた。

 体幹が鍛えられているキョウシロウは微動だにしなかったが、ぶつかってきた男はわざとらしくよろめいた。


「いって~なぁ!どこ見て歩いてんだ!」


「あァ……?」


 キョウシロウは立ち止まり、ゆるりと男の方へと顔を向ける。


「ボーっと歩いてんじゃねえよ間抜け!誰がどう見てもてめえに非があるよな⁉」


「……ハッ」


 わかりやすいバカだった。失笑を禁じ得なほどに。おおかた、遊ぶ金欲しさに適当な通行人に絡んで、有り金を巻き上げようという魂胆だろう。


「こんなのは絶滅危惧種だと思ってたが、流石は無法地帯。頭のネジが緩んだバカとすぐに出会える」


 だが、絡んだ相手が最悪だった。なにせネジが緩むどころか、何本も抜け落ちているような狂気を内包する男なのだから。


「何をブツブツ言ってやがる!さっさと金出せや首巻野郎!」


「怖いもの知らずのバカは好きだ。その澄んだ魂を穢すことなく、俺を魅せてみろ」


 寄り道をして遊びに興じるのも悪くない。キヨメに会えずじまいだった鬱憤を晴らすついでにもなる。


 ガラの悪そうな男はキョウシロウを連れ、路地裏の闇へと姿を消した。人目につくところでの蛮行を避ける脳はあるらしい。

 しかし、男は己の悲運にすぐさま気づかされることになる。




 ローグ、アイリス、リザ、そしてザオウマルの四人はとあるカジノ店の中にいた。

 ザオウマルに、身を隠すにはちょうどいい場所がある、とローグたちはこの店に連れて来られていた。


「今日開いたばかりの店が半壊したって話、やっぱりアンタの仕業だったか、旦那」


「ちと派手にやりすぎたぁ。おかげで白服たちに追われる始末ぅ」


「ハハハ、旦那にイカサマをかける新人が悪い。自業自得って奴だ。ほとぼりが冷めるまでここでゆっくりとしてるといいぜ」


「ああ、感謝するぅ」


 ザオウマルと話しているのはこの店の店主だ。ザオウマルとは長い付き合いらしく、白服たちからも快く匿ってくれた。

 とはいえ、ローグたちは店の奥の部屋などではなく、他の客もいる遊技場に堂々と姿を見せている。


「ザオウマルさん。仮にも追われてる身だってのに、こんな人目に付く場所にいていいのか?」


 ローグが不安を口にした。周りの客の目を気にして落ち着かない様子だ。


「だからこそだぁ」


「は?」


 ザオウマルは近くのルーレット台を物色しながら、


「賭博場を破壊して追われている奴が、まさか堂々とギャンブルに興じているとは思うまいぃ。木を隠すなら森の中ぁ、人を隠すなら人混みの中というやつだぁ」


「い、一理ある……!」


「あるか?」


 横からリザが胡乱気な目でツッコんだ。彼女の目からは、ザオウマルがギャンブルしたいだけにしか見えない。

 しかし、白服たちが押し寄せる気配も、客がこちらを気にする素振りを見せないのもまた事実。とりあえず、言われた通りこの店に腰を落ち着かせることにした。


「あ~あ。とんだ休日になっちゃったな~。夕飯の準備どうしよう」


「すみませんリザさん。まさかこんなことになるなんて……」


 リザの溜め息交じりの声にアイリスがすかさず頭を下げた。


「いやまあ、別にアイリスのせいってわけじゃないんだけどね。そんなことよりも、一つ言っておきたいことがあるわ」


「はい……?」


「正義感が強いのもいいけど、何でもかんでも首を突っ込むのはやめなさい。本当に危険な奴だっているんだから、見てるこっちがハラハラする」


「そ、そうですね、気を付けます……」


「ん、わかればよろしい」


 言葉だけで心に沁みついた癖が治ることはないと、リザとてわかっている。少しでも無茶をしないように心掛けてくれるとよいのだが、いざとなればアイリスは必ず自分の命を顧みない行動をとるだろう。【異界迷宮(ダンジョン)】でギャロンと戦った時のように。


(このままじゃ、いつか必ず取り返しのつかないことになる。キヨメじゃ不安だし、私か、せめてローグのどちらかが常にアイリスの側にいた方がいい)


 リザはそう考えながら、ザオウマルとギャンブルに興じているローグを見やる。


「ん……?」


 同時に、ローグに近づいていく二人のエルフが視界に入った。

 瓜二つの容姿。違いは斬り揃えられた前髪の向きくらいだ。


「ようやく見つけた。ローグ=ウォースパイト……様」


「うわっ、びっくりした。って、あれ?お前らたしか、クシナダ姫と一緒にいた――」


「姫様の一番弟子、メロウだ……です」


「プーカといいます」


 二人のエルフは順番に名乗り、驚かせてしまった非礼を詫びた。


「ま、まさか俺を捕まえに来たのか」


「いや、ちげえ……ですよ」


 軽く身構えるローグに、メロウはかぶりを振った。丁寧な言葉遣いは少し苦手らしい。

 そしてプーカが、ここに訪れた目的を告げる。


「私たちは姫様の命により、貴方をお迎えに上がりました」





**********

『107話 猟犬の目的地』に続く

**********




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