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6話 ナルイカヅチ 後編

「ローグさぁーん!どこですかー?」


 商人たちの避難を確認したアイリスは、ローグを心配して隊商(キャラバン)の列の先頭までやって来ていた。声を大にして彼の名を呼ぶが、返事はない。


「おかしいなー、どこ行っちゃったんだろ」


 辺りは横転する馬車や荷車が数台と、倒れている盗賊らしき男が三人。

 凄絶な破壊痕があることからも戦闘があったことは間違いないと彼女は確信する。

 チラリと気を失っている盗賊に目を向けて、


「この人たちを起こしてローグさんがどこに行ったか聞こうかな……。でも襲われたら怖いし……。むぅ……どうしよう」


 腕を組んでむむむ、と唸るアイリス。


 そんな彼女からわずか80メートルほどの距離に、残る十数人の盗賊たち。そこから5メートルほどの茂みの中にローグがいた。

 自分の名を呼ぶ声を聞いたローグは、その声の主を即座に思い浮かべる。


(――アイリス!)


 同じくアイリスの声を聞いた十数人の盗賊たちは、ローグ捜索の手を止めた。


「何だ?」

「隊商の方から聞こえてきたぞ」


 彼らは全員アイリスのいる方向へと顔を向けるが、夜の森の中からでは彼女の姿までは確認できない。


「商人が戻ってきたのかもな」

「どうする?荷物を持ってかれるかもしれねえぜ」

「仕方ねえ、あの男は無視して荷物を奪いに行くぞ」


 そう言って、盗賊たちはローグの捜索を断念して隊商の方へと向かい始めた。

 徐々に遠ざかっていく足音。


 ローグは耳を澄まして脅威が遠ざかっていく音を聞いていた。


(……!アイリスの方に行ったか。良かった)


 偶然にもアイリスが囮になってくれたおかげで、難を逃れたことに胸を撫で下ろす。


(あいつのおかげで助かったな……)


 アイリスが犠牲になってくれることに、安堵する。


(……あれ?)


 しかし、そこで彼は気づいた。


(…………何で安心してんだ?)


 違和感が膨らんでいく。


 その正体を理解することに一秒もかからなかった。



 ――俺は今、アイリスを見捨てたのか……⁉



 他人を無意識に切り捨てている自分がいることにローグは愕然とした。

 己の利益のためには他人を容赦なく切り捨てる。

 かつて、彼自身が自分をギルドから追放せしめた男に糾弾した、下劣な行いだ。

 その選択をする者を誰よりも忌み嫌っていたはずであるのに……。


(これじゃあ、あいつと……何も変わらねえじゃねえか…………⁉)


 言葉にできない嫌悪感が、ローグの中で渦を巻く。


(どの口でジジイを否定してんだよ……!)


 戦う力を失い、死が間近まで迫ったことで露わになったのは、醜い自分の本性。


 ハインリヒの言葉が脳裏によぎる。


『貴様の本質も他のメンバーと何ら変わらない』


「ふざけるな……」


 ローグは、消え入りそうなほどの声で呟いた。

 そして、強く拳を握る。


(俺はジジイとは、あいつらと同類なんて嫌だ……!

 ――なら!誰かを見捨てるようなことを、するわけにはいかねえだろうがッ‼)


 気がつけば、彼は茂みから飛び出していた。

 内から押し寄せる衝動に、もう歯止めがきかなかったのだ。



「待てコラァアアアアアアッ‼」



「ッ⁉」


 背後から聞こえた怒声に、盗賊たちは足を止めて振り返った。

 彼らは堂々と姿を現したローグの姿を見て、しばし沈黙した。何かの罠があるのかと辺りを見回したが、特にそれらしい気配は感じない。

 ――この男は丸腰で飛び出してきた。

 そう確信した盗賊たちは、ニヤニヤと邪悪な笑みを浮かべる。


「おいおい。バカかお前は?素直に隠れておけばよかったものを」


「……誰かを見捨てるような奴には、成り下がりたくないんだよ」


「ハッ、ヒーロー気取りか?かぁ~っ、カッコいいねえ!」


「そんなんじゃねえよ。自分の本質はクズだって、今さっき思い知らされたところだ。俺はただ、どっかのクソジジイに笑われるのが嫌なんだ!」


 その言葉に、盗賊たちはギャハハハ!と笑い飛ばす。

 しかし、覚悟を決めたローグは動じない。


 ローグ自身がを誰か切り捨てるような生き方をすれば、彼が糾弾したハインリヒはどんな顔をするだろうか。

 想像するだけで胸糞悪くなった。


 そんなちっぽけな意地による無謀な行為だったが、その僅かなきっかけがローグに大きな変化をもたらす。


「……おい……何だそのツラは?イカれたか?」


 おもむろに盗賊の一人がそう言った。彼の顔からは困惑の色が窺える。

 その困惑は次第に他の盗賊たち全員に伝播していった。


 原因は目の前の男。

 ローグは今、なぜか()()()()()からだ。


 つい数秒前まで、彼は微塵の余裕もないといった表情だった。

 それが突然、おもちゃを貰った子供のような笑みを浮かべだしたのだ。


「なぁ、魔法を発現する時の感覚を覚えてるか?」


「あ……?急に何を言ってやがる?」


「こう、胸の中から熱い何かが湧き上がってくる感じ。あんたたちも魔法が使えるんだから、わかるだろ?自分が成長したー!って感じで気分が良いよな」


「……ッ!だから何なんだ一体⁉」


 水を得た魚のように活力に溢れるローグは、最早恐怖とは対極の位置にあった。


 一体この男に何があった⁉

 この数秒で何を得た⁉

 盗賊たちはの頭に、そんな疑問が押し寄せる。

 これほど急に人が変わるきっかけなど……!

 きっかけなど……


「――!こいつ、まさか!」


 そこでようやく盗賊たちはローグの変化の理由に感づいた。


「この場で魔法を……発現したのか⁉」


「礼を言わなきゃな。【異界迷宮(ダンジョン)】に潜らないと、もう『心の成長』なんてないって思ってたから。あんたらが追い詰めてくれたおかげで……、あんたらが俺の本質をわからせてくれたおかげで、俺は自分を否定できた。そしてまた、魔法が使える……!」


 ローグがニッと笑った瞬間、彼の右手からバチン!と火花が散った。


「くっ!」


 盗賊たちの内、何人かが思わず後退る。


「何ビビってんだ⁉この人数差だ!」

「そうだぜ!魔法の集中砲火で消し炭にしてやりゃいいんだよ‼」


 彼らは先程と同様に、ローグに対して半円を描くような陣形を作る。

 それを前にしても、ローグは落ち着いていた。


(発現した魔法の力が、既に知っていたかのように理解できる。久し振りだなこの感じ。そして何より、この魔法は――強い!)


 ステータスは魂と密接に関わっている。ステータスに刻まれるということは、魂に情報が書き込まれるようなものだ。

 つまり、魔法を発現した瞬間に、魔法名と効力についての知識がその人に与えられる。

 そして、魔法を使用するトリガーは、魔力を込めて魔法名を口にすることだ。込めた魔力の量によって、魔法の威力は上下する。


「やれェッ‼」


 盗賊たちがそれぞれありったけの魔力を込めて、魔法名を叫び、魔法を発動した。

 嵐の如く放たれた魔法攻撃。そのどれもが一度目とは比べ物にならない威力を持っている。


 それに対しローグは、視界一杯に広がる魔法に向けてゆっくりと右腕を突き出した。

 その手に纏うのは雷電。

 魔力を込めていくにつれ、迸る雷と耳をつんざくような音が大きくなっていく。


(――これが新たな第一の魔法だ!)


 ローグは眉を吊り上げ、その名を叫ぶ。


「――“雷轟天征(らいごうてんせい)”!【鳴雷(ナルイカヅチ)】‼」


 瞬間、目を閉じたくなるような閃光が広がった。さらに、コンマ数秒遅れて鼓膜が破れてしまうのではないかという轟音。


 ローグの目の前に広がったのは、自然界で生み出されるような荒々しい雷だった。

 雷はいとも容易く盗賊たちが放った魔法を消し飛ばし、唸りを上げながら彼らの頭上を突き抜けた。

 地上から放たれた光の柱は、彼方まで轟く雷鳴と共に天を穿つ。


本作をお読みいただき、ありがとうございました。



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