102話 ゲストたち
歓楽街の中心にそびえるのは高さ五十メートルほどの円筒状の建物。
ミトによってその建物内にある宴会場へと連れられたキヨメの眼前には、豪華な料理が巨大なテーブルに所狭しと置かれていた。
「おお!何なのですかこのご馳走は⁉」
「キヨメ。この催し物の主役が到着するまではまだ食べてはいけんせんよ」
「わ、わかっていますとも……!そんなに節操がないように見えますか?」
「でもよだれが垂れていんすよ」
「おっと!」
ゴシゴシと袖で口元は拭うキヨメ。
テーブルを囲む十数人の遊女がクスクスと笑う。
照れを誤魔化そうとキヨメは話題を変えた。
「こ、これだけのご馳走、ローグ殿も一緒に食べられれば良かったのですが」
「ああ、それなら安心してくなんし。今、メロウとプーカに迎えに行かせてありんすから」
「そうですか!ありがとうございます、ミト殿」
その時、宴会場の扉がバン!と勢いよく開け放たれた。
「――ンッフフフフフフ!美女が勢揃い!目が潤うねッ!」
高らかな声を響かせるのは一人の男。
顔面をすっぽりと隠す仮面を被っているため素顔は見えないが、老人のように真っ白な長髪だ。
しかし、その声は年老いてしゃがれたものではなく、若々しく活力が感じられる。
「ご無沙汰しておりんす、バジル様」
「クシナダ姫!今日も今日とて美しい!わざわざよく来てくれたねッ!」
「バジル様に会うためと思うと、こちらに至る足取りも軽やかでありんした」
「ンッフフフフ!そんなことを言われたら大抵の男は昇天しちゃうかもねッ!でも僕はしないよ、なぜなら王子だからねッ!」
「む、王子……?」
二人の会話を横で聞いていたキヨメは小首を傾げた。
「んん?新入りの子かな?見慣れない子がいるねッ!」
バジルと呼ばれた白髪仮面の男は、キヨメに顔を向けて言った。
仮面の目の部分は穴が小さく、目線がどこにあるのかわかりづらい。
「この子は遊女ではありんせんよ。わっちの元後輩で現役の冒険者でありんす。だから変なことはしないでおくんなんし」
「なんと!いくらクシナダ姫の顔見知りだろうと、部外者を勝手にここに連れてくるのはよくな――」
「ダメでありんすかぁ?バジル様ぁ」
「全然いいよ!上目遣いで言われたら断れないねッ!」
(((おぉ~)))
立場が上の者を掌握しているミトに、周りの遊女たちは尊敬の眼差しを送っていた。
「さあ!月に一度の宴だ!存分に飲んで騒いでいってねッ!」
バジルはそう声を上げると、席にもつかずに去ろうとする。
不審に思ったクシナダ姫が訪ねた。
「あら?どこに行かれるのでありんすか?」
「実は他にも客を待たせていてねッ!古くからの友人なんだが、うっかり君が来る日と予定を重ねてしまう痛恨の失敗!ンッフフフフフ!」
「バジル様の交友関係?少し気になりんすなぁ」
「たとえ君でもこればかりは秘密かな!というわけだから、しばらくは僕抜きで楽しんでいてねッ!」
高らかに笑いながら、白髪仮面の男は宴会場を後にした。
「どうやら、わっちたちに馳走をお預けさせないために顔を見せに来たようでありんすなぁ。最近、別人のように気が回るようになった気がしんすが、ま、今はおいておきんしょう」
ミトはパンパンと手を叩いて、
「さあさあ、お言葉に甘えて女だけで楽しみんしょう!こんな機会は滅多にありんせんよ!」
その合図で、遊女たちは一斉に料理に手を伸ばした。
男の目がなく気を張る必要がないからか、遊女たちは普段のおしとやかさを忘れて騒ぎ始める。
そんな喧騒の中、キヨメは骨付き肉を頬張りながら尋ねた。
「ミト殿。王子とはどういうことですか?」
ミトは盃に注いだ透明な酒を一口飲んで、
「あの方は歓楽街を統べる長にして、王族の血を引く者。アステール王国第三王子、バジル=アステリアス。この名を聞いたことありんせんか?東都の全権を任されている超大物でありんすよ」
「いえ、ありません!」
「……一般常識くらいは身につけておきなんし」
バジル=アステリアスは、大の遊び好きとしても有名だった。
彼が趣味で作ったこの歓楽街にあるのは、違法賭博場や違法風俗店ばかり。
当然、この事実を公に知られるわけにもいかないため、この街に滞在している間は仮面を身につけ素性を隠すことを父である国王より命じられていた。
宮廷関係者以外に事情を知っているのは、この建物に入場を許可された一部の遊女と身辺警護を務める一部の白服だけである。
バジルはずんずんと早足で廊下を進みながら、並進する白服からの報告を受けていた。
「トラブル?それも二件も?」
「はい。一つは遊廓内で花魁道中の妨害。犯人は雷系の強力な魔法を使うようで、現在も逃走中」
「クシナダ姫はそんなこと一言も言っていなかったが……、まあいいか。それでもう一つは?」
「新規開店した賭博場での揉め事のようです。詳しい状況は調査中ですが、店は半壊状態で営業継続は不可能とのこと」
「ふうん。とりあえず、それらの件はお前たちに任せるよ。僕は大事な客に会わなきゃいけないからねッ!」
そして、白服と別れて一人になったバジルが辿り着いたのは彼の私室。
宴会場の時と同様、勢いよく扉を開け放った。
「古き友よ!待たせたねッ!」
部屋の中央にある長いソファには、中年の男と若い女が並んで座っていた。
「おい、向こうの部屋で若い姉ちゃんたちの声がするんだが気のせいか?」
「あらあら~。妙にそわそわしてると思ったらそんなことが気になってたのですかあなたは~?」
「もしかしたら男の楽園があるかもしれないんだぞ。そりゃ気になるだろう」
二人のやり取りを聞いたバジルは仮面を手で抑えながら笑い声を上げた。
「ンッフフフフフ!相変わらず夫婦円満なご様子!久し振りだねッ、イザク!そしてセプティムス!」
部屋で待っていたのは、イザク=オールドバングとセレーナ=セプティムスの二人だった。
セラは眉を下げて、バジルに顏を向ける。
「その呼び方はやめてくださいます?ロンドグリムさん」
「ンッフフフ!すまない!つい癖でねッ!君こそ、ここではその名前は出さないでほしいねッ!」
すると、イザクが何やらうんざりとした顔で、
「なあ。お前のその喋り方は何なんだ?無性に腹が立つんだが」
「バジル=アステリアスの口調がこれなんだ!演じているうちに素の自分にも移ってしまってねッ!」
「バジル……。たしか、今の代の第三王子だったな。よりにもよって王族なんかになりすますからだろう。で、そのバジル王子はどこにやったんだ?」
その問いに、仮面の奥で金色の双眸が妖しく濡れ光る。
「うん?もう殺した」
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『103話 負け続ける男』に続く
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