101話 ローグとクシナダ姫
キヨメ=シンゼンとミト=クシナダ。
両者とも刀に手を掛け、抜刀体勢を維持する。
「キヨメ、これで死んでも恨まんでくんなまし」
「はい!わかっていますとも!くははは」
キヨメがそう笑い声を漏らしたところで、
「――なにが」
見物人たちの中から人影が一つ飛び出した。
「わかっただバカ!」
「あ痛ァッ!」
思い切りキヨメの後頭部をはたいたのは、慌てて決闘の場へ飛び込んだローグだ。
キヨメはじんじんとするその箇所を両手で抑えながら涙目で顔を上げる。
「いきなり何をするのですかローグ殿ぉ……!」
「それはこっちのセリフだ!ただ挨拶に来たんじゃねえの⁉何で殺し合いに発展してんの⁉」
「え……?そこに強者がいるからですが?」
「んな理由で納得できるか!」
何かおかしいですか?と小首を傾げるキヨメに、ローグは呆れながら言う。
「そもそも【異界迷宮】外でのギルド間抗争が禁止されてるだろうが。ギルド設立早々に解散とか命じられたらどうすんだよ」
「むぅ、それは困ります……。が、しかし……」
「まともに挨拶する気がないならもう帰るぞ!」
「えぇ!そんなぁ!」
ローグはぷんすかと怒りながらキヨメの首根っこを引っ張って立ち去ろうとする。
そんな彼に、居合の構えを解いたミトが声を掛けた。
「ちょっとちょっと待ちなんし。もしかしてぬしがキヨメの新しい仲間とやらでありんすか?」
ローグは足を止めて、ミトへと体を向ける。
「だったら?」
「一つ勘違いしているようでありんすから、教えてあげんしょう。この歓楽街は宮廷からも存在を黙認される言わば無法の街。当然、ギルド間での抗争というのも、ここでは見過ごされるのでありんす。だからぬしが心配する必要はありんせん」
「あっそ……。本音を言うとそこは割とどうでもよかったんだが」
「ならなぜ決闘の邪魔を?」
そう問われたローグは、ギクリとして目を泳がせた。
「あー……、そこのチビエルフたちと同じ気持ちだから、って言えば伝わる?」
「「……!」」
いきなりローグに指を差されたメロウとプーカは驚きに目を見開いた。
ミトは二人を一瞥したが、怪訝な顔のまま再びローグに問い掛ける。
「どういうことでありんすか?はっきりと言いなんし」
「ぐう……」
言いたいことが伝わらなかったことにローグは内心舌打ちをした。
「……キヨメはまだ一か月にも満たない付き合いだが、同じギルドの大事な仲間だ。こんなくだらないことで命を懸けて欲しくないし、傷ついて欲しくない」
本人の前でこのようなセリフを吐くのは気恥ずかしいようで、少しばかり顔が赤くなっている。
「…………」
一方で、それを横で聞いていたキヨメはわずかに表情を曇らせていた。
「多分そのエルフの子たちも同じ気持ちだったはずだ。それなのに簡単に決闘の申し出を受けるアンタも大概おかしいからな」
「わっちは冒険者にして花魁……。強さと美しさで人々を魅了するのが務めでありんす。そのために、観衆の期待に応えるのは当然でありんしょう?」
ミトにそう言われたローグは、周囲の見物人たちの声に耳を傾けた。
聞こえてくるのは、決闘を妨害したローグに対する罵詈雑言の嵐。
だがしかし、この程度では彼は怯まない。
「こんな低俗な奴らにチヤホヤされて何が嬉しいの?」
「みな、わっちの大事なファンでありんす。あまり悪く言わないでおくんなんし」
だから、と一度区切って彼女は真紅の双眸を鋭くする。
「彼らがいる限り、わっちはキヨメとの決闘を果たさなければなりんせんので、あしからず」
「!」
ミトの言葉を聞いたローグは、しばし黙考した後、
「……ああ、なるほど。それじゃあしょうがねえなぁ。うん、しょうがねえ。――“雷轟天征”、【鳴雷】」
邪悪な笑みを浮かべて魔法を唱え出した。
そして、右手に激しい雷を迸らせながら叫ぶ。
「てめえら何見てんだァ!見せもんじゃねえぞコラァ!」
彼の手から放たれた雷撃が、近くにいた観衆の足元の地面を激しく抉る。
「ロ、ローグ殿⁉」
「失せろ失せろォ!わはははは!」
キヨメがギョッと目を瞠るのを他所に、ローグは次々に雷撃を繰り出していく。
「うわあああッ!見境なく暴れ出したぞあの男!」
「逃げろォ!殺される!」
「おい!そこどけって!」
強力な魔法で暴れられ、見物人たちは火がついたように逃げ惑う。
辺りは一気にパニックに陥っていた。
「これでは花魁道中が台無しだ!すぐにあの男を取り押さえろ!」
「「「はっ‼」」」
白服たちも慌ただしく動き出す。
視界の隅でそれを確認したローグは、
「このくらいでいいか……。キヨメ」
攻撃の手を止め、キヨメの肩にポンと手を乗せた。
「暗くなる前に帰ってこい。あ!それと知らない奴には絶対ついていくなよ!」
「え……⁉」
「じゃ!」
幼い子供に言い聞かせるような言葉を残して、ローグは走り去っていった。
「逃がすな!追うぞ!」
彼のあとを、大勢の白服たちがドタドタと追いかけていく。
「い、行ってしまった……」
その様子を茫然とした顔で見つめるキヨメ。
「すぐにわっちの意を汲んで動いてくれるなんて、なかなかに頭が回るようでありんすなぁ」
いつの間にかキヨメのそばに立っていたミトがそんなことを言った。
「ミト殿。それはどういう……」
「観衆が追い払われてしまった以上、わっちにはもう決闘を受ける理由がありんせん。知っての通り、無益な争いはしない主義でありんす」
「あ……」
そこでようやくキヨメはローグの行動の真意を理解した。
「まさかローグ殿は、ミト殿の戦う理由をなくすためにあのようなことを?」
「キヨメ、そうとわかったのならこのまま大人しく剣を引きなんし。……それとも、あの殿方の行為を無碍にしてまでわっちと戦うと言い張るつもりでありんすか?」
「ッ!」
ギュッと唇を噛み締め、目を伏せるキヨメ。
既に彼女の中の興奮は冷め切っていた。
あるのは、余計な心配をさせてしまった罪悪感ばかり。
「……いえ、そのような気分ではなくなりました。これ以上、私の独りよがりで皆さんに迷惑を掛けるわけにはいきません」
「ふふ、少しは成長しんしたね。せっかくだからキヨメもわっちの目的地までついていらっしゃい。そこならご馳走も用意されていることだし、ゆっくりと新しいギルドについて聞かせておくんなんし」
「それはもちろん構いません。元々ミト殿にご挨拶に伺ったことですから。しかし、どちらに向かわれるのですか?」
ミトは通りの先にある塔のような建物を指差して、
「この歓楽街の王の元でありんすよ」
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『102話 ゲストたち』に続く
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