100話 終わらない余興
ミト=クシナダに対する乱入男の無謀なプロポーズは失敗に終わり、花魁道中が再開されようとしていた。
決闘による熱狂は収まりつつあるものの、見物人の数は依然として減ってはいないようだった。
「こうも注目が集まる場所じゃ、落ち着いて挨拶ってわけにもいかねえよな。どうする?今日のところは帰るか?」
ローグは隣にいるキヨメにそう話し掛けたが、
「……あり?」
彼女の姿はそこになかった。
そして、くははははー!と聞き覚えのある笑い声がローグの耳に届く。
声は通りの方からだ。
まさかと思い、そちらを向くと、
「お久しぶりですミト殿!先の抜刀術、お見事でした!」
「キヨメ……?どうしてここに?」
通りの真ん中で、既にキヨメとミトが対面しているところだった。
「アイツ、いつの間に……!」
再び現れた花魁道中を阻む珍客に、見物人たちはざわめきたつ。
「何だ?侍……?」
「かなり美人だ」
「あれも娼婦か?抱きてぇ」
「…………」
周囲の反応にローグは微妙な顔をした。
脳裏によぎったのは、この遊廓にやって来てキヨメが娼館の従業員に声を掛けられた時のこと。
「また変な奴に目をつけられる前に、早く挨拶済ませて帰ってこい……」
だが、彼の願いとは裏腹に、
「くはははは!本当は軽い挨拶に伺っただけなのですが、いやはや、あのような剣技を見せられては血が滾るというもの!いかがでしょうミト殿!次は拙者と剣比べを致しませんか!」
スイッチの入ったキヨメはあろうことか、ミトに対して挑戦状を叩きつけた。
「……なんでそうなるの」
そうボヤくローグ同様、ミトもまた呆れている様子。
「いきなり現れたかと思えば、何を言い出してるのかねえこの子は」
「さあミト殿!真剣勝負といきましょう!さあさあ!」
キヨメにはもう、周りの見物人の視線など意識の外。
ただ純粋に強者と勝負がしたいということのみで頭がいっぱいだった。
「トウヤから別のギルドに入ったと聞きんしたけど、その暴走気味になる癖は相変わらずのようでありんすね」
「姫様、あの女マジ危なくね?」
「危ねえ危ねえ」
双子のエルフであるメロウとプーカは、キヨメの強さをひしひしと感じているようで警戒を強めていた。
さらに、側にいた白服の男が、いつもとは違う二人の様子を見るや口を開く。
「……クシナダ様。あの者、我々が取り押さえましょうか?」
「やめておきなんし。ヌシたち程度ではキヨメは止められないでありんすよ」
「……!では、如何なさるおつもりで?」
「一度、周りの声を聞いてみなんし」
「は……?」
そう言われ、白服の男は怪訝な顔で見物人たちの方を窺うと、
「今度はあの侍ちゃんと決闘するのか⁉」
「真剣って、クシナダ姫に万が一のことがあったらどうすんだよ」
「バカ!クシナダ姫が負けるわけねえだろ!」
至る所から聞こえるそのような会話。
既に流れは完成しつつあった。
「これは……!」
「群衆が作り上げる空気というのは、ちょっとやそっとでは変えられんせん。最早、わっちとキヨメの決闘は避けては通れぬ道。……それに、ここで退いては強くて美しいクシナダ姫の名折れでありんす」
「で、ですが私共には貴女の御身をお守りするよう、あの方から命を受けております!相手が手練れならば、みすみす危険に晒すような真似は」
「――黙りんさい」
「……ッ」
重く静かな声だった。
その一言だけで、白服の男は顔中に脂汗を滲ませ口を噤む。
「ヌシのような弱者にこれ以上貸す耳はありんせん。疾く下がりなんし」
「……はっ」
ミトは白服の男を押しのけながらキヨメへと視線を戻す。
「それじゃあキヨメ。その決闘、お受けしんしょう」
その言葉で辺りは一気に沸き立った。
だが、誰よりも喜んでいるのは決闘を申し出た本人だろう。
「くはは!感謝します!ミト殿!」
「それにしても、場の空気を利用してわっちの逃げ場を絶つなんて、キヨメも頭がキレるようになりんしたなぁ」
「はい?」
「……あぁいや、何でもありんせん」
(この阿呆の子が、そこまで計算しているはずもないか……)
思わず溜息がこぼれるミト。
「キヨメ、最後の確認でありんす。真剣勝負と言いんしたが、それはつまり刃を向け合う、そういう解釈でいいのでありんすね?」
「無論です!最上の状態の最速の剣を超えねば意味がありません故!」
「やれやれ、わかりんした。……メロウ、念のため高等回復薬を二つ用意しておいてくんなまし」
「えっ……、二つ……?」
思わず聞き返してしまうメロウ。
二つということは、ミト自身の分も含めるという意味であると理解している。
メロウが引っ掛かったのは、ミトが、自分が斬られる可能性を考慮していることだ。
初めて見るミトの小胆な一面に、メロウ、そしてプーカは不安げな眼差しを送る。
しかし、そんな双子の心情などには微塵も気づかず、ミトは淡々と促す。
「メロウ、返事は?」
「は、はい……。わかりました……」
禿という立場上、花魁の言葉には逆らえない。
メロウはただ頷くことしかできなかった。
「よろしい。さてキヨメ。望み通り、全力の決闘を始めんしょうか」
ミトはゆっくりと先ほど同様、重心を低くした居合の構えをとる。
そしてキヨメも腰の刀に手を掛け臨戦態勢に入った。
これより始まらんとする麗人同士の決闘に、周囲を取り囲む見物人たちは期待で胸が高鳴らせる。
そんな中で冷ややかな視線を送る男が一人。
「ホントに、どいつもこいつも……ッ」
ローグはそう吐き捨てると、通りの真ん中へと駆けだした。
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『101話 ローグとクシナダ姫』に続く
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