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99話 半精半獣のクシナダ姫

 ヒノクニの遊廓を真似て再建された歓楽街の北通り。

 そこに立ち並ぶ娼館の中でも、ひと際豪華な建物の前でローグとキヨメは立ち止まった。


「聞いた話じゃ、クシナダ姫はここを拠点に遊女として働いてるんだと」


「なんだか城のようですね」


 ヒノクニの王族や貴族が住まう王宮を彷彿とさせる偉容。

 キヨメの言う通り、最早小さな城だ。


「ん~?見た感じ、あそこにはいないみたいだな」


 一階は他の娼館と同じ様に格子状の壁となっており、そこから何人もの遊女が客引きを行っている。しかし、その中には目的の人物であるクシナダ姫こと、ミト=クシナダの姿は見当たらなかった。


「そこのお兄さん!私と遊んでいきませんか!」


 一人の若い遊女とローグの目が合い、声を掛けられた。

 ちょうどいいと思ったローグは、彼女に尋ねてみることにした。

 格子の側まで近づいて、


「ちょっと聞きたいんだけど、クシナダ姫は今いないのか?」


「あらまあ。花魁をご所望とは、度胸とお金のあるお兄さんですこと」


「いや、そういうのじゃなくて。そこのボーっとした侍があの人に一言挨拶したいってだけだから」


 遊女はローグの後ろで待っているキヨメを見ると、納得したように頷いた。


「ふむふむ。あの人を身売りさせに来たと。お兄さんも罪なことをしますね」


「そういうのでもねえよ……」


 そんなに女を売りに出すろくでなしに見えるのかと、ちょっぴりヘコむローグ。

 彼は、キヨメがミト=クシナダと親しいという説明をしたところで、遊女はようやく事情を理解してくれたようだった。


「なんだ。それならそうと早く言ってくれればいいのに。姫様はちょうど出掛けられたところですから、ここにはいませんよ」


 姫様って呼ばせてるのか、などと思いつつローグはさらに尋ねる。


「いつ頃帰ってくるかわかる?」


「うーん、どうでしょうねえ。遅くて明朝、早くても日付が変わる頃になると思いますよ」


「そんなにかかるなら、今日会うのは無理そうだな……」


「でも急げば顔くらいはご覧になれますよ。何しろ、花魁道中の真っ最中ですからね」


 聞き慣れない単語に、ローグは眉をひそめた。


「……花魁道中?」





 北通りを優雅に練り歩く集団があった。

 その集団は列となっており、中央部には美しい着物を着飾った数人の遊女、前部と後部は遊女たちを護衛する白服という構成だ。

 通りは既に見物人たちで溢れ返っていた。

 彼らの目的はみな同じ。とある遊女をその目で見ることである。


「な、なんて綺麗な人だ……!」

「絶世の美女とはまさにこのこと!」

「遥々、王都から見に来た甲斐があったもんだ!」


 見物人たちが口々に褒め称えている遊女は、列のど真ん中にいた。

 厚底で黒い下駄を履き、地面を擦りながら弧を描く『八文字(はちもんじ)』という独特な歩き方。

 バランスを取るのが困難なようで、左隣にいる大きな日傘を差した白服の男の肩に手を添えながら歩いている。

 しかし、一切の苦を見せず優雅に歩くその様は気品と愛嬌に溢れ、見物人たちの心を次々と虜にしていく。


「幻想的ともいえる美しさ……!もうこの世に悔いはねえ……!」


 中にはそう呟いて涙を流す者までいた。

 幻想的とは随分大袈裟な表現に聞こえるが、それは彼女の見た目が――というより人種が大きく関係している。

 エルフ特有の赤い瞳、さらに獣人特有の獣耳。

 二種族の特徴を持つという、世にも珍しい存在。


「あれが、エルフと獣人の混人種(ハーフ)!『半精半獣のクシナダ姫』か!」


 ドワッ!と黄色い声が沸き起こる。

 艶やかな桃色の長髪に、狐のような耳をしたその遊女は、自分を称える歓声に対し、微笑みと赤い瞳でのウインクを返した。

 それにより、見物人たちの興奮はエスカレートしていく。……一部の者は興奮のあまり、我を忘れてしまうほどに。


「クシナダ姫ェッ‼」


 歓声を遮って、怒号にも似た声が響いた。

 一人の男が突然、列の行く先を阻むように通りに飛び出したのだ。


「俺と結婚してくれェッ‼」


 無謀極まりないプロポーズに、たちまち辺りがどよめきに包まれる。


「おいおい、そんなの無理に決まってんだろ」

「馬鹿じゃねえのかあの男」


 所々でそのような困惑した声が上がるが、そう口にするのは決まってこの花魁道中を初めて目にした者たちである。

 そして、プロポーズに対するクシナダ姫の返答によって、驚愕するところまでがお約束だった。



「――わっちでよければ、喜んでお受けしなんす」



「「ええええええっ⁉」」


 花魁道中が初見の彼らとは反対に、既にこの先の展開を知っている者たちは期待に胸を膨らませていた。


「始まるぞ……!」

「アレが見られるなんて、今日はツイてる!」


 次第に、辺りは静まり返っていく。

 この場にいる誰もがクシナダ姫と無謀な男の顛末に釘付けだった。


「お、俺なんかでいいのか⁉」


「もちろんでありんす。恋に身分は関係ありんせんから」


「や、やったぁ‼じゃあ早速いっしょに」


「――ただし」


 泣いて喜ぶ男の声に、クシナダ姫はその綺麗な声を被せた。


「わっちに勝てたらの話でありんすが」


「……え?」


 ポカンとする男を他所に、クシナダ姫たちは淡々と何かの準備を始めた。


「メロウ、刀を。プーカ、あの殿方にも貸して差し上げなさい」


「「はい、姫様!」」


 そう返事をしたのは、遊女たちと共に歩いていた双子のエルフの少女だ。

 どちらも純粋なエルフらしく長く尖った耳を持ち、綺麗に切り揃えた金髪のボブカットで、着物を着ている。

 歳は十代前半といったところだろう。

 顔は瓜二つで、前髪の揃え方をそれぞれ別方向にすることで区別しているようだ。


 彼女たちは、遊女見習いにして現役遊女のお手伝いをする禿(かむろ)と呼ばれる存在だ。

 そのため、遊女の頂点である花魁の言葉なら、絶対遵守の命令としてこなさなければならない。


「おい!受け取れオッサン!」


 プーカと呼ばれた前髪が右側にいくにつれて長い少女は、鞘に納まったままの刀を男に投げ渡した。


「どうぞ姫様。『三日月』でございます」


 一方、メロウと呼ばれた前髪が左側にいくにつれて長い少女は、クシナダ姫に向けて、鞘に納まったままの刀を丁重に手渡した。


「ありがと、メロウ、プーカ」


「え?え?」


 いきなり刀を渡された男は、困惑を隠しきれずに何度も手元の刀とクシナダ姫たちを交互に見ている。

 その様子に、メロウとプーカは着物の袖口を口元に当てながら吹き出した。


「くくッ!いい歳した男がみっともなくオロオロしてやがる!マジきもくね?」


「きめえきめえ!」


「これ、二人共。口調が汚いでありんす。殿方の前では上品に」


「「はぁーい」」


 双子のエルフ少女たちに注意をしたところで、クシナダ姫は男に向き直った。


「失礼しなんした。ではぼちぼち始めんしょう」


「な、何を……?」


 その問いに、クシナダ姫はメロウが足元に用意した草履に履き替えてから答えた。


「決闘でありんす。どうぞ刀を抜きなんし」


 さらに、つま先を地面にトントンと小突きながら、


「わっちに一太刀でも入れられれば、この身を(ぬし)様に捧げんしょう」


「でも!こんなもので斬れば、その体に傷をつけてしまう!」


 刀を抜き、正真正銘の真剣であることを確認した男は狼狽した。


「気後れしてしまうなら峰打ちで構いんせん。もちろんわっちも峰打ちで挑みんすから。これでもまだご不満がありんすか?」


「し、しかし……」


 尚も渋る男に、クシナダ姫は着物を僅かにはだけさせて、


「言ったでありんしょう?主様は一太刀入れるだけで、……この身を自由にできるのでありんすよ?」


「――!」


 露わになった健康的な鎖骨を目の当たりにした男は、迷いが一気に消し飛んだ。

 目が血走り、一つのことだけしか考えられなくなる。


「はぁッ!はぁッ!俺の、ものッ!」


「さ、いつでもかかってきてくんなまし」


「うおおおおッ!」


 鞘を投げ捨て、男は一目散に飛び出した。剣の扱いは素人のようで、構えは滅茶苦茶だ。


「ふふ、威勢のいいこと」


 対して、クシナダ姫はまだ刀を抜かない。

 深紅の双眸で男を見据えながら、ゆっくりと構え始める。

 前傾姿勢のまま重心を低く、より低くしていく。


「――妖刀『三日月』、抜刀」


 瞬間、


「⁉」


 クシナダ姫の姿が、男の視界から消えた。


「残念、わっちの勝ちでありんす」


「え……ッ⁉」


 後ろから聞こえた声に、男は慌てて振り返る。

 いつの間にか移動したクシナダ姫がそこにいた。既に彼女の刀は納められている。いや、本当に抜いたのかどうかも定かではない。


「何を言っている⁉まだ勝負は――」


「いいえ、()()()()()()()


「は?――ごァッ!」


 呆けていた男がいきなり何かに殴り飛ばされたかのように吹き飛んだ。

 その体はゴロゴロと転がり、クシナダ姫の足元で力なく横たわる。


「…………」


 クシナダ姫は無様に白目を剥いて失神する男をつまらなさそうに見下ろすと、


 グシャッ!と、容赦なく男の顔を踏んづけた。



「……威勢を張ることも、理想を語ることも、個人の自由でありんす。ただし、力なき者がそれらを(のたま)えば、たちまち戯言へと早変わり。そうなればもう滑稽なことこの上なし。

 ――だからわっちは、弱者に興味ありんせん」


 美しさ、強さ、そしてチラリと顔を覗かせる危険な香りに、見物人たちの興奮が最高潮に達した。

 再び、辺りが大歓声に包まれる。


「ふふ、観衆を喜ばせる余興となったのなら、この男にもそれなりに価値はあったのかもしりんせんな」


 喝采の雨に打たれながら元の場所へと戻っていくクシナダ姫。

 その姿を見つめるもう一人の赤い瞳を持つ者が、見物人たちの中に紛れていた。


「うわ~……えげつねえ~……」


 そう呟くのは、花魁道中がいざこざで立ち止まっている間にやって来たローグだ。隣にはキヨメもいる。


「つうか、速すぎて刀を抜くとこ見えなかった……。キヨメは見えたか?」


「かろうじて。しかし、ミト殿が本気なら目視は不可能でしょう」


「……あれで本気じゃねえの?」


「ミト殿は峰打ちをするために、抜刀の際、鞘の反りの腹部が上向きになるように構えていました。それでは十分な鞘走りが叶わず、抜刀の速度が遅くなってしまいます」


「……へぇー」

(コイツからまじめな知識を教わるとは、なんか複雑だな……)


 そんなことを思いながら、クシナダ姫へと視線を戻す。


(【猟犬の秩序(ハウンド・コスモス)】四番隊隊長、ミト=クシナダ。冒険者として与えられた『閃剣』の異名は伊達じゃないってことか)




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『100話 終わらない余興』に続く

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