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98話 妖刀、数珠丸

 ジュウゾウ=ハザマとキョウシロウ=アマチ。

 一流の剣士同士の剣戟は、度外れて凄まじいものだった。

 刃がぶつかり合う際に生じる余波が、本拠地(ホーム)全体を揺さぶるほどだ。

 その一撃がどちらか一方に直撃すれば、即座に決着が着くのは明白だろう。

 つまり、両者互いに、本気で相手を殺しにかかっているということになる。


 何度目かわからない鍔迫り合いの中、キョウシロウが溜め息交じりに話し掛けた。


「悲しいじゃねェか。仮にも同じ組織に属する仲間から殺意を向けられるなんて」


「あァ⁉どの口が言ってんだ!」


 余裕の感じられるキョウシロウとは対照的に、ジュウゾウは鬼気迫るといった表情だ。


「そもそも俺はアンタを仲間だとは認めてねえんだよ!」


「奇遇だなァ、俺もだ」


「ッ……!おちょくってんのかコラァ⁉」


 ジュウゾウは力任せにキョウシロウの刀を払う。

 そして、黒刀を即座に逆手に持ち替えて、その切っ先をキョウシロウ――ではなく、彼の足元に映る影へと向けた。


「――!」


「“深淵を這え”!【影縫(かげぬい)】!」


「おっとォ!」


 ジュウゾウが魔法を唱えて刀を突き下ろした瞬間、キョウシロウは大きく飛び退いて間合いを取った。

 黒刀は何もない地面へと突き刺さる。


「【影縫(かげぬい)】……。影を突かれた者は十秒間、縫い付けられたように動きを封じられる、か。その魔法だけは決められるわけにはいかねェな」


「……あン?」


 ジュウゾウは刀を地面から抜きながら、


「退いたってことはキョウシロウさんよぉ、アンタは今ビビったってことだよな?それってアンタが言う、魂が濁ったってことなんじゃねえの?」


「ハッ、むざむざ命を捨てる馬鹿が何処にいる?俺は別に死にたがりってわけじゃねェ。命ある限りは夢中で快楽を貪り、死すべき時は潔く命を散らす。それこそが、魂を清く美しく保つための道理だ。ま、お前にはわからねェだろうなァ、ジュウゾウ。この境地に辿り着いた奴は、俺の他にはキヨメだけだ」


「殺人鬼の思考なんざ理解できてたまるか!つか、アンタとキヨメを一緒にすんじゃねえ!」


「芸術家思考と言え、馬鹿。そもそも俺はお国に頼まれて人を斬っていただけなんだがなァ」


 淡々と返答するキョウシロウに、ジュウゾウの苛立ちが頂点に達する。


「胸糞悪ぃ戯れ合いはもうウンザリだ!さっさと終わりにしようぜ!」


 そう叫んで、今度は自身の影に黒刀、獅子王を突き刺した。そしてキョウシロウをギロリと睨み据えながら新たな魔法を発動させる。


「“深淵を満たせ”!【蛇影氾濫(だえいはんらん)】!」


 それを唱えた瞬間、ジュウゾウの影がボコボコと沸騰した水のように流動し始める。


「……!」

(俺の知らない魔法……。そしてこのプレッシャー、最大魔法か!)


 未知なる魔法の詠唱と奇怪な現象に、夢想正宗を構え直して警戒を強めるキョウシロウ。


「くたばれやコラァッ‼」


 ジュウゾウが吼えると同時、彼の影から濁流のように黒い影が溢れ出した。

 それは、真っ黒な蛇の大群だった。蛇たちは野蛮な奇声を上げながら、我先にとばかりにキョウシロウの元へと押し寄せる。

 視界が覆い尽くされるほどの圧倒的な物量。言うなれば漆黒の高波。

 最早、逃げ場は後方しかなかった。


「チ……ッ!」

(あの蛇共に触れるのはマズい気がするなァ……。かと言ってこれ以上距離を取っても俺に勝ち目はねェ)


 予想外の攻撃を前に、キョウシロウがこれまで保っていた余裕が消え失せる。


「……仕方ねェなァ」


 キョウシロウは忌々し気に呟いて、夢想正宗を握る右手に力を籠めた。


 次の瞬間、無数の黒い蛇たちが一様にその姿を(ほつ)れさせ始めた。

 そして、三秒と経たぬ間に影も形も残さず完全に消滅してしまった。


「なッ⁉」


 驚愕の声を漏らしたのはジュウゾウだ。

 自分の意思とは関係なく、強制的に魔法を消されたからだ。


「クソッ!何をしやがった……⁉」


 ジュウゾウは真っ先にキョウシロウの仕業かと疑った。

 しかし、すぐにキョウシロウによって自身の魔法を消されたのではないと悟ることとなった。

 彼もまた、驚愕に目を見開いていたからだ。


「魔法を掻き消す……。そんな芸当ができるのは妖刀、数珠丸の力だけだ」


 キョウシロウは呟きつつ、おもむろに視線を屋敷の瓦屋根の上へと移した。

 それを追うように、ジュウゾウも顔をそちらへ向けた。


「そうか……!アンタの仕業か!」


 そこには一人の男が抜き身の刀を握り締め、悠然と佇んでいた。

 癖毛な黒髪。首や両腕に巻き付けた数珠。


「なにを庭ん中でドンパチやっとんねん……。アホなんかお前ら?」


 そして何より、口調に独特の訛りがあるこの男の名はトウヤ=ムナカタ。


「特にジュウゾウ。最大魔法まで使うのは流石にやり過ぎやろ。本拠地(ホーム)を丸ごと呑み込むつもりやったんかボケ」


「ぐ……。すんません……!」


「……?」


 トウヤの言葉に、キョウシロウは眉をひそめる。


(呑み込む……。やはり接触することで何らかの効力を発揮する魔法だったか)


「でもトウヤさん!この男が先に絡んできたんすよ!」


「チッ、親に説教される子供かお前は」


「ンんだとコラァ⁉」


「それに、先に斬りかかってきたのはお前だ」


「そうだっけかコラァ⁉」


「「はぁ……」」


 キョウシロウとトウヤは揃って重い溜め息を吐くのだった。


「とにかく。あの癖毛野郎が出張って来たなら、これでお開きだ」


 刀を鞘に納め、キョウシロウはさらに続けて言う。


「ジュウゾウ。お前もわかってんだろう?ここはもう、数珠丸による魔法無効領域の中。そして、純粋な剣の腕なら俺たち二人がかりでも奴には勝てねェ」


「……ッ」


 説得を受けて、渋々黒刀をしまうジュウゾウ。喧嘩を吹っかけてきた奴から言われるのは無性に腹が立ったが、どうにか我慢した。

 そんな二人を見たトウヤは、一人笑い声を上げた。


「かかかッ!相変わらず仲悪いようやな。せやけどこのままじゃあかん。チームワークを深めるためにも、お前らに緊急クエストや」


「「――!」」


「東都にある例の歓楽街。あそこに今、旦那と姐さんがおる。お前らには二人を見つけて連れ帰って来てもらいたい」


「ちょっと待ってくれトウヤさん!何で俺らでやらなきゃいけないんすか⁉」


「俺も御免だ。そんな仕事は下っ端にでも任せておけばいい」


「あかんあかん。既に向かわせたが失敗した。旦那はギャンブル、姐さんは商売に夢中。ああなった二人を動かせるのは同じ隊長格だけや」


「知るか。キヨメがいねェのなら、俺は自分のクエストに戻る」


 そう言って、去ろうとするキョウシロウ。

 だが、


「残念やけど、ハウンドの全団員は遂行中のクエストをすべて中断しろと、マスターからの指令や」


 トウヤのその言葉で、ピタリと足を止めた。


「……どういうことだァ?」


「近々、ギルド総出で挑むデカい仕事がある。それまで万が一に備えて、クエストの受注も一切禁止や」


「デカい仕事?なんすかそれ?」


「隊長格が揃い次第説明する。せやからはよ連れてこい」


「……それはいいっすけど、この男と二人でだけは勘弁してくれっす!」


「あー、しつこっ……」


 尚もごね続けるジュウゾウに、トウヤはうんざりした様子で耳をほじくる。

 どうするかと考えていると、とある人物の顔が頭に浮かんだ。


「じゃ、もう一人連れて行かせれば文句ないやろ?」





**********

『99話 半精半獣のクシナダ姫』に続く

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