97話 妖刀、獅子王
誤字報告ありがとうございました!
おかげ様で十数か所も修正することができましたので、全体的に幾らか読みやすくなっていると思います!
本当に助かります!
№2冒険者ギルド【猟犬の秩序】の本拠地に、リズムの良い風切り音が響いていた。
音の出どころは、敷地内にある大庭園。
その真ん中で、とある男が刀を上段から振り下ろすように、何度も何度も素振りをしているのだ。
荒々しい眉毛と、たてがみのように逆立てた黒髪。
彼の名は、ジュウゾウ=ハザマ。
握るのは、竹刀や木刀ではなく真剣だ。それもただの真剣ではない。刀身だけでなく、鍔、柄、そして腰に差したままの鞘まで、すべてが漆黒に染め上げられている。
一体何時間続けているのか。ジュウゾウは滝のような汗を流しながら、一心に黒刀を振っていた。
「――!」
しかし、彼は突然素振りをする手をピタリと止めた。
後方から何者かの視線を感じ取ったのだ。
ただ誰かに見られているだけならば手を止めることなどないのだが、今回は視線の送ってくる人物が問題だった。
ジュウゾウが振り返ると、そこに口元を首巻で隠した鋭い目つきの男が立っていた。
「精が出るなァ。ジュウゾウ」
キョウシロウ=アマチ。
彼の姿を見咎めた途端、ジュウゾウは不愉快そうに目を細める。
「……アンタか。何の用だ?」
「おいおい、歳上に向かってその口の利き方はねェだろう」
「尊敬するべき人には敬語を使ってる。だが、アンタには使おうとは思わねえ。それだけだ」
「相変わらずクソ生意気なガキだ」
キョウシロウはつまらなさそうに吐き捨てた。
「キヨメはどこだ?アイツの顔を見に来たんだが見当たらねェ」
「キヨメ?」
(……アイツが辞めたことはまだ知らねえようだな)
キョウシロウがとある理由からキヨメに強い執着を持っていることを、ジュウゾウはよく知っている。
そのため、彼女がこのギルドを辞めたことを、キョウシロウには知られるわけにいかなかった。
「……アイツは仕事で留守だ。当分帰ってこねえ」
「チッ、入れ違ったか」
嘘とも知らずに、頭をボリボリと掻いてぼやくキョウシロウ。
「残念だったな」
ジュウゾウは素っ気なくそう返して、素振りを再開する。
ゴウッ!と空気を切り裂く音が、再び響き始める。
「……ふむ」
手持無沙汰となったキョウシロウは、ふとジュウゾウが持つ漆黒の刀をじっと見つめた。
(妖刀、獅子王。発見された妖刀の中で唯一の黒刀。最硬にして最重。刀剣としての性能なら最高峰、だったかァ)
そんな情報を思い出すと、心の底から残念そうな溜め息を吐いて、
「宝の持ち腐れだなァ」
ポツリとそう呟いた。
「――――」
それを聞き逃さなかったジュウゾウは、思わず素振りする手を止めた。
そして、ぎょろりと目を剥いて形相を変える。
「ンんだとコラ……⁉」
そう怒声を放ったジュウゾウの凄味は、彼の体が倍に膨れ上がったかと見紛うほどの迫力だった。
しかし、キョウシロウはまるで意に介さないように、不敵に口を開く。
「俺から言わせればお前は失格だ、ジュウゾウ。何のために己を鍛えるかと問えば、どうせ死ぬのが怖ェからとでも返すんだろう?」
「ったりめえだ!死にたくねえから強くならなきゃいけねえんだ!寝惚けてんのかイカれ野郎!」
「だからお前は俺に勝てねェンだよ、カスが」
瞬間、二つの刃が激しく衝突し、火花が大きく散った。
ジュウゾウが繰り出した一撃を、キョウシロウは目にも止まらぬ速さで抜刀した妖刀、夢想正宗で受け止めたのだ。
鍔迫り合いをしながら、両者の顔が肉迫する。
「試してみるか⁉あァコラ⁉」
「いいぜェ。現実を見せてやるよ、ジュウゾウ」
**********
『98話 妖刀、数珠丸』に続く
**********