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96話 欲望の街

「一大事よアイリスッ‼」


「うわッ⁉」


 唐突に少女の叫び声が上がったと思ったら、バアン!と勢いよくリビングの扉が開け放たれた。現れたのは、切羽詰まった様子のリザだ。


「ぐえっ!」


 ちょうど逆立ちをしていたアイリスは、驚いたせいでバランスを崩して背中を地面に強打してしまった。


「あ痛ぁー……」


「アンタ、一人で何をはしゃいでたの?」


「いや、はしゃいでたわけじゃなくてちょっと筋トレを」


「筋トレ……?って、それどころじゃなーい!大変なのよ!キヨメの純潔に危機が迫ってんの!」


「……はい?」


 床に仰向けになったままのアイリスは、リザの言葉の内容が何一つ理解できずにキョトンとする。


「実はさっき――」


 リザは、ローグがキヨメを連れて歓楽街へ入っていったこと。自分は成人だと信じてもらえず歓楽街へ入れなかったので、成人の同伴者を連れてくるべく大急ぎで本拠地(ホーム)まで戻ってきたことを説明した。


「――てなわけで、キヨメがあのアホに襲われるかもしれないの!」


 必死なリザとは対照的に、いつの間にか正座して聞いていたアイリスは、余裕があるかのような感じで苦笑した。


「あはは、まさかー。ローグさんに限ってそんなことは……………………………………ないと、思いますけど」


「今の間は何なのよ。目まで逸らしてるし」


「と、とにかくっ、心配ないですよきっと!」


「本音は?」


 その一言で、アイリスの強がりがいとも簡単に崩れる。


「ぬわあああ‼あり得るうううう‼だってキヨメちゃん騙されやすそうだしスタイル良いしいいいい‼」


 頭を抱えて蹲る金髪少女の肩に、小柄な赤髪少女はそっと手を添えた。


「嘆いている暇はないわアイリス」


「うぅ、リザさん……?」


「マスターとセラさんが不在な今、キヨメを魔の手から救ってあげられるのは私たちしかいない!一刻も早くあの男を見つけ出すのよ!」





 一方その頃、


「ゔぇっくし!」


 ローグは大きななくしゃみをしていた。

 隣を歩くキヨメが心配そうに話し掛ける。


「風邪ですか?ローグ殿」


「いや、きっと誰かが俺を褒め称えているのかもしれん……!なんて、わはは!」


 褒め称えられるどころか、魔の手呼ばわりされているとは知る由もないローグだった。


 そんなこんなで、二人は歓楽街のメインストリートを歩いていた。

 周りを見渡せば、派手な造りをした建物が立ち並ぶ。が、その半分以上はシャッターを下ろしており、まだ営業していない状態だ。


「歓楽街という割に、お休みの店ばかりな気がします」


「夜間営業が主な店がほとんどだからな。昼間から店を開いてるところもチラホラあるが」


「それでも道を行き交う人が大勢いますね」


「夜になればもっと人でごった返してるよ」


 営業していない店ばかりでも人通りは決して少なくない。むしろ他の地区よりも多いくらいで、歓楽街の中は既に荒々しい喧騒に包まれている。

 荒々しい、というのは現在営業中の店はカジノがほとんどなため、賭けに負けた者の悲鳴や盗みを働いて白服に取り押さえられる者の怒声など、金欲に塗れた亡者たちの声が響き続けているのだ。


「相変わらず治安悪……」


 ローグはそれらの喧騒をどこか懐かしむように呟いた。


「以前にもここへ来たことが?」


「ああ。ヘラクレスに所属してた時に何度も遊びに来てた。初めて来たのは、ハウンドとの合同演習が終わった後、とある人に無理やり連れて来られた時で……って、よく考えたらその人、お前の知ってる人でもあるか」


「拙者の知ってる方……?」


「ほら、ギャンブル好きなオッサンがハウンドにいただろ?三番隊隊長の」


 そこまで聞いたキヨメはようやく誰のことかを察した。


「あぁ!あの方ですか!」


「もしかしたら、あのオッサンもこの街に居たりして」


 可能性はありますね、とキヨメが微笑みながら同意したところで、


「おっと。こっちから行った方が近いかも」


 ローグは足を止めて体の向きを変えた。

 そちらにあるのは細い横道だ。


「ここを抜けた先にも少し大きな通りがある。そこに建っている店に、お前の目的の人がいるはずだ。ただ、今の通りよりも治安が悪いから気を付けろよ」


「それは承知しましたが、拙者たち二人なら暴漢くらい訳はないのでは?」


「そんな奴らなんかより厄介な連中が多いってことだよ」


 そう言いながら、ローグはずんずんとその横道を進んでいき、キヨメも後に続く。

 やがて鼻をツンと刺激するような甘ったるい匂いを感じるようになり、次第にそれが強くなっていった。


「うわ、昼間でもこれか……!噂通り凄いな……」


「むう……。これはまた強烈な匂い……。香水、でしょうか」


 そして、道が開けて二人の視界に広がったのは、先ほどまで居た通りとはまったく文化が異なる景色だった。

 石畳の通りの両脇に立ち並ぶのは、赤を基調とした豪勢な木造の家屋。さらに、至る所に真っ赤に紅葉しきった植物が植えられ、落ち葉が石畳を紅蓮に染め上げている。


「おお!ヒノクニやアトリアの町のように美しい風景……!東都にこのような場所があったとは感激です!」


 慣れ親しんだ景色を思い出し、キヨメが嬉しそうな声を上げる。


「そりゃそうだ。ここはアトリア同様、ヒノクニの文化を真似てつい最近再建された区画なんだから」


「しかし、このような匂いは似つかわしくない気がします……」


 辺り一帯に充満する甘ったるい匂いに、キヨメは思わず顔を顰める。


「あー……、匂いの原因はアレだ」


 何やら気まずげに言うローグの視線の先は木造家屋の一階部分だった。どの建物も、通りに面した側は格子状の壁になっており、中の大部屋の様子が丸見えになっている。

 そしてその中にいるのは、甘ったるい匂いの原因でもある、着物で着飾った女性たち。人種は人間だけでなくエルフや獣人、果ては小人の女性までも確認できる。

 大部屋の中から通りを行き交う人に声を掛ける者もいれば、三味線を弾く者、隣人と話をする者、読書をする者など、女性たちはそれぞれ思い思いに過ごしている。


「あの者たちは何をしているのでしょう?あれほど、丸見えですと落ち着かないでしょうに」


「えっと、アレはだなぁ……」

(さて、困った)


 ローグがどう説明しようか頭を悩ませていると、


「そこの背の大きなお嬢さん!随分美人だねェ!」


 突然、着物を着た金髪の中年男がキヨメに向かって話しかけてきた。


「む?拙者ですか?」


「そうさ!君、ウチの店で働いてくれないかい?君ならすぐに看板級だ!」


「……?よくわかりませんが、手伝い程度ならば力をお貸ししま」


「ちょっと待てぇ‼」


 慌てて、キヨメと中年男の間に割って入るローグ。


「コイツは俺の連れだ!()()()()()じゃないから、変な勧誘はやめてくれ!」


「チッ、身売りさせに来たんじゃねえのかよ……」


 ブツブツと文句を呟きながら、金髪の中年男は去っていく。


 キヨメの方に向き直ったローグは思わず嘆息した。


「はぁ……、今のがさっき言った厄介な連中だ。ここはああいうのが至る所にいるから、さっきの通りよりもタチが悪いんだよ。それと!お前もお前で、簡単について行こうとするな!心臓に悪いわ!」


「え?拙者はただ、困っている方の力になれればと」


「うぐぅ、純粋過ぎるぅ……ッ!」


 小首を傾げてそんなことを言うキヨメに、ローグは呆れて頭を抱える。


「ローグ殿?」


「お前を一人で行かせてたらと思うと、ゾッとするな……。ついて来てよかった……」


 このままではマズいと思った彼は、仕方なくこの場所について説明することにした。


「ここは、ヒノクニにある遊廓って公娼街をそっくりそのまま再現して造られたらしい。つまり、そこら中にある建物は全部娼館なんだよ」


「しょーかん!聞いたことがあります!男女がまぐわうという場所ですね!」


「えっ、あ、うん。そうそう」

(ド直球かよ……!怖いなコイツ)


 コホンと咳払いをして、気合を入れ直す。


「これからお前が会おうとしてるミト=クシナダさんこそが、ここを遊廓のように再建した張本人なんだ。そのことが一時期話題になってたんだぞ。トップギルドの冒険者にして遊女としての顔も持つあの人は、この歓楽街で今、こう呼ばれてる。国一番の美貌を持つ遊女、『花魁、クシナダ姫』ってな」




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『97話 妖刀、獅子王』に続く

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