表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

101/124

95話 休日

 昼過ぎ、天気は晴天。


「貴方~。早くしないと置いていきますよ~」


毒蛇のひと噛み(ヒドラ・リベリオン)】の本拠地(ホーム)の玄関先に、のほほんとした声が響く。


 声の主は真っ白な髪が特徴的なおっとり系若奥様、セレーナ=セプティムスだ。

 これから出掛けるため、今は愛用のウィンプルを被ってその髪の毛を隠している。


「ああ、今行く」


「夫婦でデートですか?お熱いですねぇマスター」


「アイリスよ、大人を冷やかすんじゃない」


「すみません、つい。それでお二人はどこに行くんですか?」


「ちょっと、俺とセラの共通の知り合いに会いにな」


 そんなやり取りをしながら、イザクとアイリスが館の中から出てくる。


「待たせたな、セラ」


「いえ。アイリスちゃんはどこにも出かけないんですか~?」


「あはは……。私はまだ冒険の疲れが抜けてないので、今日のところは本拠地(ホーム)でゆっくりしようかと……」


「あら~。確かにここのところ毎日働きっぱなしでしたものね~」


「はっはっは。だらしないなー。他の三人は元気よく遊びに出かけてるっていうのに」


 昼食を食べてすぐ、ローグ、リザ、キヨメの三人は既に東都へと繰り出していた。

 リザは一人で東都の飲食店の味がどの程度か品定めに、ローグとキヨメは二人で東地区の方に向かうとだけ告げて出て行ったのだ。


「あの人たちと一緒にしないでくださいよ」


 苦笑して言うアイリス。


「……やれやれ」


 イザクは軽く溜め息を吐きながら、彼女の頭をその大きな手でぐわしと掴む。


「アイツらを守りたいと思うのなら、まずはアイツらと肩を並べることが大前提だ。いつまでも自分を下の存在だと思っているようじゃいかんぞ」


「でも、体力だとか、身体能力ばかりはどうにもなりませんし……」


「何言ってる。ここにはリザ=キッドマンという見本がいるだろう。持って生まれた戦闘の素質は、生産系の《才能(ギフト)》しかないアイツよりお前の方が上なはずだ」


「それは……、そうかもしれないですけど……。のわぁ⁉」


 難しい顔をして唸るアイリスの頭をイザクはブンブンと揺すった。


「ちょ、何するんですか!」


 イザクはパッと手を離して、


「悩むより動け。何を為すのも自分の努力次第だぞ」


「……!」


「ま、休日をどう過ごすかは個人の自由だがな。じゃあな」


「それじゃあアイリスちゃん。行ってきますね~」


「あ、行ってらっしゃい……」


 門を出て行く二人を見送ったアイリスは、館の中へと戻っていった。

 館に一人きりというのはここで生活するようになってから初めてのことであるため、しんと静まり返った廊下を歩くのは少し新鮮だ。

 誰もいないリビングに入ると、ふと先ほどのイザクの言葉が甦る。


「自分の努力次第、か。……よし!」


 今、何ができるか。何をすべきか考えたアイリスは、


「ほッ!」


 その場で逆立ちをし始めた。


「ま、まずは筋力トレーニングから……ッ!」


 体を鍛えるといったことをした試しがない少女、アイリス=グッドホープ。この場に誰もいないために、鍛え方がおかしいということに彼女は気づけなかった。




 東都ベガの東地区には、八百メートル四方の敷地の大歓楽街がある。

 酒場やホテル、大劇場やカジノなど数多くの娯楽店が存在し、喧騒が絶えることのない東都の一大街区だ。

 そんな街の入り口とも呼べる、やけに派手な装飾が施された門の前にローグとキヨメはやって来た。門といっても固く閉ざされているわけではなく、来客を歓迎するためのオブジェに近い。


 キヨメは何やら周囲をキョロキョロとして、


「この先に進むに際して年齢確認があるかと思っていたのですが、そうではないのですか?門番らしき人が見当たりませんが」


「形式ばった入場審査はねえよ。歓楽街に入るだけなら簡単だ。……ただ、」


 ローグは顎で歓楽街の方を差した。

 キヨメがそちらに目を向けると、白い制服を着た男性に首根っこを掴まれた男の子が、ちょうど歓楽街の敷地の外まで連れ出されるところだった。


「あの白い制服を着た奴らは通称『白服』っていう自警団だ。歓楽街の中は連中が常時見回っていて、未成年者をあんな感じでつまみ出してる。治安が悪いってこともあるし、何より子供に見せられないような店が多いからな」


「なるほど、そういうことでしたか」


 本当にわかってるのか?と不安に思いながらローグは続ける。


「でも正直、見た目が成人のお前なら白服には目をつけられないと思うけど」


「む?ではなぜローグ殿はついてきてくださったのですか?」


「お前が変な奴に引っ掛からないか心配なの。特に、お前が会おうとしてる人はそんな奴らばかりの場所にいることだしな」


「と、言いますと?」


「進めば嫌でもわかるよ。はぐれたら大変だから離れるなよ」


 そう言って、ローグはキヨメの手を引っ張ってド派手な門をくぐっていった。



 その様子を少し離れたところから目撃した赤髪の少女が一人。


「――――」


 食べ歩きを堪能していた少女、リザ=キッドマンは口に肉の串焼きを咥えたまま、茫然と突っ立っていた。


「――はっ!まさかの光景につい放心してしまった!」


 串に残った肉をバクバクと頬張って、考えを巡らせる。


(しっかし何でアイツらがあの歓楽街に……。男と女が二人きりで行くってことは……。っていやいや、アイツらに限ってそんなことはないか)


 馬鹿なことを考える自分に思わず笑ってしまいながら、肉を食べ終えた。

 だが、ふとリザは思った。


(いや待てよ……。赤目がキヨメの手を引っ張っていくように見えたけど……、まさか!あの男が無垢で鈍いキヨメを騙して襲おうとしてるんじゃ……ッ⁉じ、十分にあり得る!)


 盛大な勘違いをした彼女は、こうしちゃおれん!と串を近くのゴミ箱に投げ捨て、ローグたちの後を追う。


「あーキミ!待ちなさい!」


 が、門をくぐろうとしたところで、つい先ほど子供をつまみ出した白服に行く手を阻まれた。


「あン?何よ?」


「ここから先は、子供は立ち入り禁止だ」


「誰が子供だァ!久し振りだなこのやり取り!」


 白服の男はリザの体を押して追い返そうとする。


「何をわけのわからんことを言っているんだ?いいから、早く帰りなさい」


「ちょっ、私急いでるんだけど!」


 それを耳にした途端、白服の男の手から力が抜けた。


「……もしかして、身売りに来たのか?それなら身元責任者に同行してもらわないと働かせられないよ」


「違うっての‼」


 リザが声を荒げると、白服の男は困ったように溜め息を吐いた。


「なら入れるわけにはいかないな」


「ぐう……っ」

(成年だって示せる証拠が無いんじゃ、埒が明かないわね……)


 リザは男の肩越しから中を窺うと、既にローグとキヨメの姿は見当たらなかった。


(チッ、遅かったか……)




**********

『96話 欲望の街』に続く

**********



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ