5話 ナルイカヅチ 前編
一列になった馬車や荷車に沿って、ローグはまっすぐに駆けていた。
向かいから逃げ惑う商人たちとすれ違いながら、ひたすらに足を動かす。
「――!」
走りながら、荷車の一つに置かれていた商品の剣を一本手に取った。
(剣はあまり使ってこなかったが【剣士】の《才能》は一応持ってる。【異界迷宮】のモンスターに比べれば、ただの盗賊なんて恐れるに足りん!)
騒動の中心である隊商の先頭へと近づくにつれ、下卑た笑い声が鮮明に耳に届くようになってきた。
「……あいつらか!」
ローグはついに盗賊たちの姿を視認する。
「おい!誰か来るぞ!」
盗賊の一人が、荷台で商品を漁る仲間たちに呼びかけた。
ローグが足を止めると同時に、十数人の盗賊たちが一斉に顔を向けてくる。
全員が得物を携えていたが、ローグは臆することなく盗賊たちに剣を向けた。
「てめえら!痛い目に遭いたくなかったら今すぐ失せろ!」
一瞬の静寂が訪れるが、一人が吹き出したのを皮切りに盗賊たちは大口を開けて爆笑した。
「たった一人で何しに来たかと思えば!俺たちを笑わせに来たのかよ!腹いてえ!」
「勇敢なのも、度を過ぎればただのバカだな!」
「だがあのコートは高く売れそうだ!あのバカの身ぐるみ残さず剥いじまえ!」
盗賊たちの内、ローグの近場にいた三人が突っ込んでくる。
「死ねやコラァッ‼」
まず斧を持った男がその得物を振るった。
「遅ぇよ!」
ローグはヒラリと体を捻って斧を空振りさせる。そして、先陣を切った男の腹部に柄の先を叩き込み、体がくの字に折れて差し出してきた顎を思い切り蹴り上げた。
「がッ⁉」
(よし!魔法がなくても、こいつら程度ならやれる!)
「オラァッ‼」
今の自分でも通用すると確信したローグは、勢いそのままに残りの二人へ斬りかかる。
彼は【剣士】の《才能》を持ちながら、現役時代は【魔術師】の《才能》に頼りきりであまり剣を使ってこなかった。しかし、『ローグという存在』に刻まれた【剣士】という《才能》により、どう体を動かせばよいのかを本能で理解していた。
慣れないはずの剣を使って、まるで熟練の剣使いのような剣技で残る二人を斬り伏せた。
完全に自信をつけたローグは、不敵に笑って残る盗賊たちに剣先を向ける。
「どうした⁉どんどんかかってこいやァ!」
あっという間に仲間を三人も再起不能にさせられたことで、盗賊たちから余裕の笑みが消える。
「……ただの商人じゃねえな。その強さ、てめえも冒険者だったクチか⁉」
「ああ、そうだ。別に今、商人やってるわけじゃないけどな」
そう返答したところでローグは、ん?と眉をひそめた。
(……あれ?『てめえも』?)
「チッ!てめえらァ!魔法で確実に殺すぞ!」
盗賊の一人が右手を上げながらそう言った。おそらくこの男がリーダーなのだろう。
盗賊たちはその命令に従って、ローグに対して半円を描くように陣形を整え、全員が揃って掌を突き出した。
少しの乱れもなく統率された動き。その光景はまるで【異界迷宮】に挑むパーティが連想できる。
「ち、ちょっと……」
ぶわあ、とローグの全身から冷や汗が噴き出る。
(こいつらまさか、全員元冒険者⁉)
冒険者の強さは、たとえFランクの弱小ギルド所属だったとしても、雑魚モンスターより実力は遥かに上だ。理由は簡単、どんな名剣よりも強力な武器となる魔法を有しているからだ。
それが統率の取れた集団なら、脅威度は一気に跳ね上がる。
(だとしたらこの人数、やばくね……ッ⁉)
「撃てやああああああッ‼」
ローグが身の危険を感じ取ると同時に、盗賊たちは一斉に魔法を放った。
火球や旋風、氷柱に岩石の砲弾など様々な攻撃。
「クソッ!」
ローグは悪態をつきながら身構えるが、無数の魔法をどうすることもできず、そのまま大爆発に巻き込まれた。
その衝撃で近くにあった馬車や荷車はいとも容易くひっくり返る。
「ゲホ……ッ」
魔法攻撃の隙間を掻い潜ってどうにか直撃を避け、ローグは命からがら爆炎の中から飛び出した。
だが、流石に無傷というわけにはいかず、火傷や切り傷、青黒い痣など痛々しい傷が体のあちこちに確認できる。
「逃がさねえぜ!」
「――ッ⁉」
間髪入れずに剣を持った男が迫る。
振り下ろされた剣をローグは咄嗟に自身の剣で受け止めた。
「クゥ……ッ!」
剣が交わった衝撃によって、傷だらけの体が悲鳴を上げる。
「こンのッ!」
「ハハァッ、その体でやるな。だが!」
真上からの重い衝撃に耐え、押し返せるとローグが確信した矢先、
「【戦刃の研磨】!」
目の前の男が魔法を発動した。
(付加魔法⁉)
相手の剣の切れ味が突然増し、自身の剣の剣身が真っ二つに切り裂かれたことで、ローグは思わず瞠目する。
尚も勢いを損なわずに体を切り裂こうとする攻撃に対し、幾度も【異界迷宮】の冒険を経験したローグは脊髄反射によって飛び退いた。
鼻先を、振り下ろされた剣が掠める。
「チッ、いい反応しやがる」
男が追撃を仕掛ける前に、さらに距離をとる。
(――やっぱ駄目だ……)
勝てない。
本能がそう警告する。
魔法の有無という差は、途方もないほど大きい。
丸腰の子供が重装備した兵士に挑むようなものだ。
剣を破壊され、魔法も使えないローグに最早戦える手段はない。さらに、盗賊たちからは既に人数差による慢心は消え失せている。
「どうした?ブルっちまったか?」
「ッ!」
剣に付加呪文を使用している男が、嘲笑うように言い放った。
ローグは今すぐ、目の前の男を殴り飛ばしてやりたい衝動に駆られるが、残存する理性がそれを抑え込む。
感情に任せて突っ込めば、死は確実。
悔しさのあまり拳を握り締める彼に残された選択肢は、逃げの一手だけだった。
「う、うおおおおおおおッ‼」
折れた剣を投げ捨て、盗賊たちに背を向けたローグはその場から全力で逃げ出した。
恥も外聞もかなぐり捨てることに迷いはなかった。こんなところで死んでしまっては元も子もないのだから。
「おいおい!最初の威勢はどうしたァ⁉」
ギャハハハ!と盗賊たちが笑い飛ばす。意気揚々と登場したくせに、情けなく逃げ出したのだから当然だろう。
(笑いたきゃ笑え。俺はまだ死ぬわけにはいかねえんだ!)
そう自分に言い聞かせるように思いながらも、心の底から悔しさが込み上げてくる。
(情けねえ……ッ!【神童】なんて異名で呼ばれてた頃が懐かしいな)
かつて【異界迷宮】で、勇敢にモンスターたちと戦った自身の姿を脳裏に思い描く。
だが、その自分はもういない。今ではギルドも追放されて冒険者ですらないただの一般人。
もしかしたら、一生このままかもしれない。
「チクショウ……ッ!」
ローグはそんな不安を振り払うように走り、脇道に広がる森の中へと逃げ込んだ。
「三人もやられたんだ!逃がすなよ!」
盗賊たちは隊商の物品を放置して、全員でローグを追って森の中へと侵入していく。
幸いなことに既に日は落ちているため、森の中は薄暗く視界が悪い。
十数人に追いかけられるローグだったが、暗闇と木々を巧みに利用してうまく撒くことに成功した。
盗賊たちが見失っている隙に、茂みの中で伏せるように身を隠す。
「クッソ!どこ行きやがったあの野郎!」
「ばらけて探すか⁉」
「そうだな。だが、油断すんなよ」
痺れを切らした盗賊たちのやり取りを耳にしたローグは、ぐっと息を殺す。
(大丈夫だ……。物音を立てなければ見つからないはず……)
そう思った瞬間だった。
「ローグさぁーん!」
「ッ⁉」
「「「――‼」」」
ローグは心臓を鷲掴みにされたかと思った。盗賊たちもその声に反応し動きを止める。
「何だ?」
「隊商の方から聞こえてきたぞ」
ローグにとっては聞き覚えのある少女の声だった。
(――アイリス!)
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