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prologue0 魔法が消えた日

「ローグさん。高等回復薬(ハイポーション)です」


「お、サンキュー、ヒュース」


 後輩冒険者のヒュースから小瓶を受け取ったローグは、その中身を一息に飲み干した。

 すると、みるみる体中にできていた傷が塞がっていく。


「しかし、『八豪傑』の御三方がいてこんなに手こずるなんて、このモンスターやばすぎですね。俺なんかほとんど役に立ちませんでしたよ」


「いやいや、お前がいなかったら三人でも危なかったって。なんたって相手は神種(ゴッド)。特級モンスターの中でも最上位の種族だからな。俺一人じゃ絶対勝てねーよ、こんな化け物」


 二人の目線の先にいるのは、全長七メートルはある異形の生物。

 まるで極東の国の貴族のように、桜色の大層な装束を身に纏っているものの、袖から覗く手は人のそれとは全く異なる。

 青紫の皮膚に、鋭く伸びた黒い爪。そして、その顔面には目や鼻、口といった部位がないため、それが不気味さを一層際立たせている。

 地面や岩壁から伸びた石柱が鎖のように絡みついて動きを封じられているが、ローグとヒュースは怪物の近くにいるだけでも生きた心地がしなかった。


「『イザナミノミコト』。間違いなくこの【異界迷宮(ダンジョン)】の主だろうな。ったく誰だよ、神種(ゴッド)の生け捕りなんて依頼してきたバカは!」


「動き出したりしないですよね?」


「かなりダメージは与えてあるし、【大地の監獄(ガイア・プリズン)】で縛ってるから、俺の魔力が残ってる限りは動けないと思うけどな……」


「……大丈夫なんすか?」


「……多分」


 二人の冒険者と一体の怪物だけのこの空間が、しんと静まり返る。


「そ、そんなことよりだ!ヒュースは何でこのクエストに参加したんだよ?危険が大きかったし、報酬は俺や他の二人の『八豪傑』にかなりの割合持っていかれるっていうのに」


 沈黙を避けるようなローグの問いに、ヒュースは少しの間も置かず返答した。


「それはもちろん、ローグさんの戦いぶりを間近で見るためですよ!俺、ローグさんに憧れてこのギルドに入ったんですから!」


 その言葉を聞いたローグの耳がピクリと動く。


「…………ほう、見る目あるじゃない」


 ローグは調子に乗りやすかった。




 ローグ=ウォースパイト。

 黒髪に赤い瞳。職業は冒険者。

 若干十八歳にして、トップギルドの最高幹部に就いたローグにつけられた異名は【神童】。

 その所以が彼のステータスにある。



**********

 ローグ=ウォースパイト

《種族》

 半人半エルフ

《魔法》

火炎の球弾(フレイム・ボール)】(魔術師系)

流水の槍撃(ウォーター・ランス)】(魔術師系)

戦刃の研磨(ブレード・シャープ)】(剣士系)

大地の監獄(ガイア・プリズン)】(魔術師系)

聖天の光弾(ホーリー・レイ)】(魔術師系)

聖天の治癒(ホーリー・キュア)】(魔術師系)

火炎の咆哮(フレイム・ロア)】(魔術師系)

暴風の斬撃(ストーム・スラッシュ)】(剣士系)

才能(ギフト)

【魔術師】

【剣士】

【調剤師】

【教師】

**********



 一般的な冒険者が持つ魔法スロットの数は四つから六つであるのに対し、エルフの血と魔術師の《才能(ギフト)》を有するローグには八つの魔法スロットがあった。

 三年前にギルドの入団試験を受けた時点で発現していた魔法は、一般冒険者の最大魔法発現数を超える七つ。

 そんな稀代の才能を持つローグに【神童】という異名は相応しいといえる。

 ちなみに、エルフの特徴は魔法スロットと瞳の色だけに現れており、耳の長さは人間と何ら変わらない。



「俺もいつか、ローグさんみたいに『八豪傑』になるのが夢なんすよ!」


 その言葉を聞いたローグの顔に影が差す。


「……『八豪傑』ね。あんまりそう呼ばれるの好きじゃないんだよね」


「なぜです?」


「人数が固定されてるから、嫌でも上と下との蹴落とし合いになるんだよ。俺と入れ替わりで『八豪傑』から落とされた人は、ガキに蹴落とされたと思ってギルドを抜けちまってな。あの時はすげえ気分が悪くなった」


「でも、実力が重視されるギルドだから王国最強の座に就いているんじゃないですか。だから、ローグさんもこのギルドに入ったんでしょ?」


「確かにそうだけどな……。最近、それがいいことじゃない気がしてな。仲間がいなくなるのは寂しいもんだよ」


「…………へえ」


 今、後輩がどのような顔で空気を漏らしたのかローグは気づかなかった。否、気づけなかった、と言うべきか。


「――あ、俺そろそろ宝物庫に行ったライラさんたちを呼んできますよ」


「ああ、頼む」


「それじゃあ……()()()()ですね、ローグさん」


 ヒュースはそんな言葉を残して、奥にそびえる巨大な扉の方へと走っていった。

 その後ろ姿を見ながら、ローグは一人首を傾げる。


「ちょっと呼びに行くだけで、何を大袈裟に言ってんだあいつは……?」


 直後。ビキリ、と何かが砕ける音がローグの耳に届く。


「――!」


 ビキリビキリと、音は次第に大きく、長くなっていく。

 音の発生源はすぐにわかった。


「な……ッ⁉」


 驚愕に顔を染めるローグの視界に、イザナミノミコトに施した石柱の拘束が、ガラガラと音を立てて崩れていく光景が飛び込んできた。


(力で破壊されたわけじゃない……!これは……俺の魔力切れのせい……⁉クソッ、思ってたよりも早過ぎる!魔力の残量を見誤ったか⁉)


 軽いパニックに陥る中、イザナミノミコトは完全に束縛から解放された。

 怪物は所在なげに虚空を彷徨い……、目や耳もないのにどのように感知しているのか、その空虚な顔をただ一人の獲物へと向けた。


 目の前に佇む死の脅威に、ローグの背筋を悪寒が奔る。


「ッ!」

(おいおい、一対一じゃ勝てねえぞ!みんなを呼ばねえと……!)


 ヒュースたちパーティメンバーがいる宝物庫の方へチラリと視線を向けた、その瞬間だった。

 イザナミノミコトの顔の下部に、水平に亀裂が走った。

 ギギギ!と重い扉をこじ開けるように、その亀裂が上下に開く。


(――!口……⁉)


 瞠目するローグに、異形の怪物は青紫の人差し指をスッと向けた。


「……ツギハ…………オマエダ…………」


 喉を焼き焦がされているような、耳に不快を感じる声だった。

 モンスターが言葉を話すことに驚きはない。資料でも人語を話す神種は何体か記録されている。


 不可解なのは、怪物が発した言葉の意味。

 ローグを殺す対象として見定めたということか、それとも……。


 考える暇もなく、怪物が攻撃を仕掛ける。

 巨体の至る所から放たれたのは八つの雷。


「やべッ⁉」


 咄嗟に身構えるものの、一直線に虚空を駆ける八つの雷撃はあまりにも速すぎた。ローグは避ける間もなく、すべての雷撃を浴びてしまう。


「ぐッ⁉」


 一瞬、死を覚悟したが、


「――――って、あれ……?痛みがない……⁉」


 しかし、その攻撃の見た目に反してダメージは一切なかった。

 戸惑った顔でイザナミノミコトを見ると、その体は徐々に塵のように消えかかっている。

 そう、既に怪物は事切れていた。


「死んだ……のか……?」


 茫然とするローグの目の前で、特級モンスター、イザナミノミコトは全身を塵に変えて完全に消滅した。


「何なんだよ……」

(……つーか、これクエスト失敗じゃね?俺のせいなのか……?うん、やっぱり俺のせいになるよな……。やばい、ジジイにどやされる前にライラたちに殺されるな……)


「……ん?」


 そんなこと考えていると、ふとある違和感に気がついた。

 まるで、心にぽっかりと穴ができたような途方もない喪失感のような……。

 その違和感の正体に勘づいた時、ローグの顔から血の気が引いた。


(――な……ッ⁉何で……⁉思い出せないッ⁉)


 懐から一枚の紙きれを取り出し、それに視線を落とす。

 それは髪の毛や皮膚など体のごく一部を練り込んで作った特殊な紙で、本人が触れることでその人のステータスを写し出す。

 何も描かれていない白紙だったが、ローグがその紙に触れた瞬間、徐々に文字が浮かび上がってきた。


「嘘だろ……ッ⁉」



**********

 ローグ=ウォースパイト

《種族》

 半人半エルフ

《魔法》

【 】

【 】

【 】

【 】

【 】

【 】

【 】

【 】

才能(ギフト)

【魔術師】

【剣士】

【調剤師】

【教師】

呪われ人(カースド)

**********



 ステータスに刻まれるということは、その人の魂に情報が書き込まれるようなものだ。

 ステータスから消え去れば、発現した魔法や《才能》に関する一切の情報を喪失するということになる。


「魔法が全部……消えた⁉」



 その日、ローグがこれまでの人生で発現させた魔法はすべて消失した。代わりにステータスに刻まれたのは《才能(ギフト)》欄の【呪われ人(カースド)】という文字。


 この出来事がローグの人生を大きく狂わせる。



本作をお読みいただき、ありがとうございました。


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