蚊取り線香
夏の時期になると、耳元でぷーんと音が鳴る。
しかも、これが夜になるとイライラが収まらない。
暑さのため、タオルケットから足は出ている状態だ。あいつらは、普段刺さないところを狙ってくる。
それは「足の裏」だ。
ここが、刺されると本当に腹が立つ。
足の裏は思ったより、皮が厚い。
そのためか、爪を立てても上手くかくことが出来ない。
しかも、くすぐったい。
痒いんだが、くすぐったいんだが、自分でも分からない。
そういう時は、タオルケットを足にグルグル巻いて、一生掻いてやらんと目に見えない蚊に、謎の対抗心を抱きながら寝たものだ。
今は、暑すぎるため、あまり蚊が動かない。
これは、これでラッキーだ。
だが、あまり出ないと夏のあの感じが楽しめない。
そう、「蚊取り線香」だ。
実家に帰った時には、豚の陶器に蚊取り線香をつけ、夏の風情をよく味わったものだ。
蚊取り線香を丁寧に取り出して、ライターで先っちょに火をつける。そして、風通しがいい窓に置くと、涼しいあの風とともにやってくる。あの独特の匂いがたまらん。
あの匂いを嗅ぐと、夏がきた!って感じになる。
1人暮らしになると、蚊取り線香なんて持ってないし買いもしない。なんなら、都会の方に暮らすと1日中クーラーをつけっぱなしで、窓を開けるなんてもってのほかだ。
蚊が入るのは、玄関のドアの開け閉めぐらいだ。
そうは言ってっも、仕事関係でテントを建てる場合がある。
1日中外にいるわけだから、背景と同化するあいつらと戦わなくてはならない。
私の職場は、用意周到すぎるため蚊取り線香が積んである。
夏の時期は良く使う。
たまたまテントを建てる日で、草が少し生い茂ってるところだった。
時間通りに進めないといけない訳だから、私はせさせさとテント内の準備に取り掛かっていた。
「何やっているんだ!!!!」
雷が落ちた!って思うくらいの怒りの声が後ろから響いた。
私は、驚いて後ろを振り向くと5つ上の先輩が蚊取り線香に火を付けようとしていた。
当の本人は、年配の職員に、どうして怒られたか分からない状態だった。
優しい先輩なので、みんなのためにつけてあげようと思ったのだろう。
だが。
よくよく見ると、何かおかしい。
先輩の手に持っている何かがおかしい。
手に持っているのは、蚊取り線香で間違いない。
あれ?
隙間なくない?
渦2重になってるよ先輩!?
普段蚊取り線香は、袋から取り出すと、隙間なく綺麗に2つの渦が巻いて一緒に入っている。
これを折れないように、取り外す。
そして、いつもの隙間のある蚊取り線香に生まれ変わるのだ。
私は、すぐさま先輩の蚊取り線香をとりあげた。
(どれだけ、蚊が嫌いなんだ。先輩は。虫嫌いにもほどが・・・・)
何事もなかったように隙間ある蚊取り線香を渡した。
「俺、カトリセンコウ使ったことないんだよね。こうやって使うんだ。」
と爽やかに言われた。
え!?
思わず「使ったことがないんですか!?」と声に出してしまった。
話を聞くと、いつもあの機械の方を使うと言われてしまった。
私が田舎育ちだから?
それともジェネレーションギャップ?
いやいや、年代は先輩の方が上だよ!
私は、グルグルと頭の中をかき乱した。
先輩のその言葉に困惑している横で、別の職場の人がクスクスして笑っていた。




