09、麻里緒
「そんな話をする為に集合をかけたのか?」
勇の言葉に、信一は曖昧な笑みを浮かべた。
「里奈ちゃんの素性には驚いたけれど、麻里緒ちゃんの方が不可解なんだよなぁ」
当然ではあるが、この言葉に反応したのは風太だった。
「不可解ってなんだよ」
「里奈ちゃんと愛美は元ヤン仲間で、彩香ちゃんは里奈ちゃんの幼馴染みだったから、会社でも仲が良かったそうなんだ。その三人が合コンの話をしていた時に、それまで話をしたことも無かった麻里緒ちゃんが、いきなり『その合コンに私も連れて行ってもらえませんか?』なんて言って来たんだって」
それまで何か考え込んでいた光が言う。
「そう言えば俺も里奈ちゃんから聞いたなぁ。麻里緒ちゃんのことはあまり知らないって。里奈ちゃん愛美ちゃん彩香ちゃんの三人が製造ラインで働いているのに、麻里緒ちゃんだけは開発系の部署に居るらしいじゃない。なんで合コンの事を知ったのかも解らないって。風太は合コンの前から麻里緒ちゃんのこと知っていたんだろう? どうやって知り合ったんだ?」
「俺がこっちに帰って来た日に、光のところでピザを食っただろう。あの後、流れ橋を渡って家に帰ったんだけれど、その橋の上で向こうから話しかけて来たんだ」
「ピザじゃ無くてピッツアだけれどもな」
光のどうでも良い指摘を無視して、風太は話しを続けた。
「その時、なんとなく見覚えがある様な気がしたんだよなぁ」
「うーん、なんだか不思議な話しになってきたなぁ。それで、その時にはどんな話をしたんだ?」
光に訊ねられたが、風太はまだ病気のことを友人達に話して無かった。その時の会話を話す為には、病気のことも話さなくてはならなくなる。病気のことはいずれ話さなくてはならない事だろう。しかし、今はまだ話す時では無い気がした。
風太は適当に誤魔化す事にした。
「特にどうという事も無い世間話。天気とかの話だったかな?」
勇が風太の脇腹を小突きながら言う。
「本当はお前の方から声をかけたんじゃないのか? 『前に会ったことあるよね』とか言っちゃって……」
勇の冷やかし半分の言葉は、光の発言によって無視された。
「見覚えが有るって? 会ったことがあるのか?」
「いや、会った事は無いと思う。ただ……」
勇が口ごもる風太の背中を、パーンと威勢よく叩いてから言う。
「ただってなんだよ。全部しゃべって楽になれ!」
「子供の頃のことなんだけれど……、隣に俺達と同じ歳の女の子が住んでいたんだ」
「その子に似ていたのか? 幼馴染みから恋に発展するってパターンか? 風太も隅に置けないなぁ」
勇が目を輝かせながら突っ込みを入れる。何度無視されても、懲り無い奴である。まあ、そこが勇の良いところでもあるわけなのだが、とうとう光がキレた。
「勇は少し黙っていろ! そんな浮いた感じじゃないのは、風太を見ればわかるだろう!」
勇は肩を窄めて黙り込んだ。
「その子はミカちゃんと言って、小さい頃はいつも一緒に遊んでいたんだ。でも、ミカちゃんは小二の時に死んじゃったんだ。だから勇の言う様な展開にはならないよ」
まだ若い彼等にとって、現実として身近に存在しない『死』という言葉に緊張を隠せなかった。お調子者の勇ですら、顔から笑みが消えていた。
風太は三人の顔を、ゆっくりと見廻してから話を続けた。
「ミカちゃんは、お気に入りの人形を持っていたんだ。操り人形だったんだけれど……、人間そっくりに出来ているヤツでね。黒くて長い髪をしていて、前髪は眉毛辺りでまっすぐに切り揃えてあった。顔はいかにも日本人の子供を模した様な感じだったんだけれど、瞳の色が青かったんだ」
人形の容姿を構築しているのだろう。三人はそれぞれに虚空を睨み、想像力を駆使していた。
いきなり信一が声をあげた。
「それってまるで、麻里緒ちゃんじゃないか!」
風太は驚く三人を見廻して言った。
「そう、麻里緒にそっくりだった」
光は冷静さを取り戻していた。
「風太の思い違いって事は無いのか? 麻里緒ちゃんの事をその人形に重ねているだけとか?」
「うーん、どうなんだろう? 俺もすっかり忘れていたんだけれど、ちょっと前にミカちゃんの葬式の夢を見たんだ。その夢に出て来た人形が麻里緒そっくりだったんだ」
「その人形はどうなった? 写真は?」
信一の問いに、風太は首を横に振った。夢を見た後、気になった風太は家中を何度も探していた。しかし、とうとう人形を発見する事は出来なかった。子供の頃のアルバムも全てチェックしたが、人形の写った写真は発見出来なかったのだ。
目を瞑って、じっと考え込んでいた光が、なにか思いついたように目を開いた。
「その事を両親にしたのか?」
「いや、話していないけど……」
「風太のお母さんやお父さんは人形のことを覚えていないかなぁ? まだ話をして無いなら先入観なしに思い出せるんじゃないか? 聞いてみる価値はあると思うんだが……」
勇が場違いな笑顔を取り戻して、光の提案に賛成した。
「うん、いいね。両親の記憶も人形が麻里緒ちゃんにそっくりだったら、春のホラーになっちまうけれどもな」
勇は自分が言った『春のホラー』という言葉が気に入ったらしく、ニヤニヤと笑っていたが、風太はそれを完全に無視した。
「そうだな、今日はもう遅いから、明日の朝にでも聞いてみるよ」
これ以上の進展は期待できない為、この話題はここで打ち切りとなった。
翌朝、風太が居間に行くと、両親は朝食の最中だった。
「おはよう、すぐにご飯の用意をするからね」
そう言って、母は席を立った。父は黙々と朝食を食べ続けている。折角両親が揃っているので、昨夜の光たちの提案を実行する事にした。母が風太のご飯やみそ汁を運んで来て、席に着いたタイミングで話し始めた。
「あのさぁ、この前探していたミカちゃんの人形のことなんだけれど……。」
父は風太をチラリと見て、そのまま食事を続けた。母は卵焼きに伸ばしかけた箸を止めて、心配そうに風太を見ている。母の予想外の反応に一瞬たじろいだが、そのまま言葉を続けた。
「どんな人形だったか覚えているかなぁ?」
母はフリーズした状態のまま何も語らなかったが、父は食事の手を止めること無く答えてくれた。
「どんなって、俺はなんとなくしか覚えていないけれど、長い髪をした女の子の人形だっただろう?」
「そうそう、どんな顔をしていたか覚えている?」
「確か、青い目をしていたなぁ。その目が妙にアンバランスだった事は覚えている。その人形がどうかしたのか?」
両親の記憶も風太と同じだったようだ。やはり、ミカちゃんの人形と麻里緒は似ているようだ。
「この前、ミカちゃんの葬式の夢を見たんだ。その夢に出て来た人形がちょっと気になってね」
「あの時は大変だったからなぁ。お前が大泣きして……、あの人形をもらって来てからのお前は、人形とばかり遊んでいたからな。母さんと心配していたんだ」
「そうなのか? 俺、あんまり覚えていないんだよなぁ」
「俺はお前がそのままおかしく成るんじゃないかと思ったよ。毎日ブツブツと人形に話しかけていたからなぁ」
「はは、息子がそんな状態じゃ心配にもなるよなぁ」
風太は母の反応がそこから来ている事を理解した。ただでも余命宣告を受けてタイムリミットが刻々と近付いているのに、いわく付きの人形の話しなんかを持ち出したのだから、母が心配するのも当然のことだった。
風太は両親にこれ以上の心配をかけない様、いつも以上に明るくふるまって朝食を終えた。しかし、人形と麻里緒が似ているということが事実として確定してしまった。どこに向けたらよいのかも解らない疑念は、細く小さいが確実に痛みをもたらす棘のように、風太の心に突き刺さった。