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07、ファーストキス

 風太は駅へとつづく階段に座り込み、駅前広場に咲く桜の花と道行く人々を眺めていた。その目が小走りに駆け寄る麻里緒をみとめると、風太の頬は緩み笑顔がこぼれる。

「ごめん、待った?」

「いや、いま来たとこ」

 麻里緒は立ち上がる風太の手を取ってニッコリと笑顔を見せる。

「その割に、手が冷たくなっているよ」

「家から歩いて来たからな」

 ふたりは笑い合いながら、改札口へと向かった。


 風太と麻里緒は頻繁に連絡をとり、デートを重ねるようになっていた。その姿はどこにでも居るような、ごく普通の恋人同士だった。もちろん、ふたりの未来に立ちはだかる障壁が、日に日に近付いて来ている事に変わりは無い。しかし、それまでの時間を最大限に楽しむ事こそが、ふたりにとっての最大の幸せであるというという共通認識が出来あがっていた。


「今日はどこに行くの?」

「遊園地」

「えー、先に言っておいてよ! 遊園地でこのミニスカートは危険じゃない?」

 今日の麻里緒は、春らしいピンク色のフレアーミニスカート姿だった。それを一瞥いちべつした風太が呟く。

「どうせ下は短パンなんだろう?」

「あは、ばれてる」

「女どもは男に期待だけさせて、それを簡単に裏切る!」

「そんなに見たい? 見せてあげようか?」

「べ、別に見たいわけじゃ……ない……」

 風太の困った顔を楽しむように言葉を続ける。

「今度ね。その時までにきわどい下着を買っておくね」

 麻里緒は小悪魔の様な笑顔で、風太の妄想に火をつける。この様な会話になった場合、男にとっては二種類の対応策がある。一つは話しに乗って、更にきわどい会話へと発展させることだろう。もう一つは、ただ黙るのみ! この選択は男の性質によって行われるのであろうが、もちろん風太の場合は後者だった。

「…………」

 しばしの沈黙を挟んで、別の話題へと誘う。賢明な選択であろう。


 電車を乗り換え、巨大なドーム球場に隣接する遊園地に到着した。

「何から乗ろうか?」

「プランを考えていないの? ダメだなぁ」

「ははは、面目めんぼくない」

「なに、その言い方! えっと、あれにしようか。メリーゴーランドみたいな物でしょう? 見た目も可愛いし……」

「そうだね、まずは無難なところからだな」

 ふたりはメリーゴーランドらしきアトラクションから始める事にした。通常のメリーゴーランドと違っているのは、席が木馬や馬車では無く、まるでジェットコースターのようであった事だった。しかし、外見のファンシーさは、ゆったりとした穏やかな乗り物である事を主張していた。

 アトラクションの開始とともに、子供向けとは思えないBGMが鳴り響く。その上、アップダウンは激しい。しだいに回転速度は増し、ついに高速回転! 遠心力で外側に寄せられたふたりの身体は密着状態! 意外な迫力によるドキドキと身体密着のドキドキ。子供向けと思って乗ったアトラクションであったが、これは完全にカップル向けに作られたアトラクションに違いない。ふたりの気持ちは否応なしに盛り上がった。


「結構激しい乗り物だったね」

「あんなに可愛らしい見た目なのに、あれは予想外だったなぁ」

「次はどれにする? お化け屋敷もあるよ」

 案内図を見ていた麻里緒だったが、風太の一瞬の動揺を見逃さなかった。

「お化け屋敷……、怖いんだ」

「怖くなんかないよ!」

「じゃあ、お化け屋敷に決定! さぁ、行きましょう」

 麻里緒は風太の腕に抱きつく様にして、お化け屋敷へと風太を連行した。しかし、さすがに風太が悲鳴を上げる事は無く、キャーキャー言ったのは麻里緒の方だった。風太的には麻里緒の可愛い悲鳴と、しっかりと抱きついて来る麻里緒の温もりを感じられた分、大正解のアトラクションであったが、それは麻里緒の思うつぼだったのかも知れない。


 トレジャーハントやジェットコースター、映像と音楽を融合させた屋内型のアトラクションと、様々な物を楽しんだ麻里緒が最後に選んだのは観覧車だった。

 ゆっくりと昇って行くゴンドラからは、東京の夜景が美しかった。

「ねえ、もうすぐ頂上だよ」

「そうだね」

「観覧車の頂上って言ったら?」

 麻里緒はそう言って風太の方を向き、顎を少し上げて目をつむる。

「…………」

 一瞬の躊躇ちゅうちょの後、風太と麻里緒の唇が重なる。

「ベタだったかな?」

 少し照れながら麻里緒が言う。

「かなりベタだな」

 大いに照れながら風太が返す。昇って来た時と比べると言葉数は少なくなっているが、ゴンドラ内は甘い幸福感で満たされていた。


 遊園地を満喫した二人は、地元の駅前広場にいた。ライトアップされた桜がロマンチックな雰囲気をかもし出している。知り合ってからまだ、一ヶ月ほどしか経っていないが、ふたりはすっかり恋人同士になっていた。お互いの心の中に、離れ難い気持ちが膨らんでゆく。


「家まで送るよ」

 風太の言葉に麻里緒がうなずく。送ると言っても、麻里緒のマンションまでは歩いて二分ほどだ。しかし、ふたりにとってはその二分でさえ一緒に居たい時間なのだ。しかし、歩いて二分の距離は、どんなにゆっくり歩いても掛かる時間は知れている。あっという間に麻里緒の部屋の前まで来てしまった。

「ちょっと寄って行かない?」

「良いの?」

「もちろん」

 一緒に居る時間を延長する事になり、麻里緒の顔に笑顔が浮かぶ。鍵を開け、麻里緒が室内の電灯を点けて先に入る。

「ただいまー」

 麻里緒が自ら鍵を開けて電灯を点けたのだから、家人は留守か就寝中ということになるだろう。それなのに帰宅を知らせる「ただいま」の言葉に、風太は不自然さを感じていた。

「おじゃまします……。ご両親は留守なの?」

 麻里緒はバッグをソファーの上に置きながら、風太の質問に応える。

「両親は居ないの。二年前に交通事故で死んじゃった」

「…………」

 一瞬言葉を失った風太は、目の前に立つ麻里緒を見つめていた。

「そうなんだ。大変だったね」

「うん、でももう大丈夫。適当に座って。お茶とコーヒー・紅茶、どれが良い?」

 麻里緒はキッチンに立ち、湯を沸かし始めた。



 風太はソファーに座り、麻里緒の淹れてくれた紅茶を飲んでいた。麻里緒はすぐそばの床に座って風太を見上げている。

「じゃあ、今は独り暮らしなの?」

「そうよ、なのに帰って来た時の『ただいま』はやめられないの。おかしいでしょう?」

「おかしくないさ。ご両親には届いていると思うよ。『麻里緒が今日も無事に帰って来て良かった』 きっとそう思っているよ」

「そうかな? ……風太はやさしいね」

 麻里緒は風太の足に抱きつく様にして、風太の腿に頭を乗せた。風太の手は麻里緒の髪を優しく撫でていた。


 麻里緒は顔をゆっくりとあげ、風太の瞳を覗き込むように見上げた。

「風太、私……」

「なに?」

「……やっぱりなんでも無い」

「気になるなぁ。なに? 言ってごらん」

「言わない」

 そう言って下を向く麻里緒の頬を両手で挟み、風太は自分の方を向かせた。麻里緒はされるがままに風太を見つめながら、言葉だけは抵抗をしてみせた。

「言わないもん」

「うーん、言わないとこうだぞ!」

 風太は麻里緒の唇に、自分の唇を重ねた。

 重ね合った唇が離れると、麻里緒は微笑みを浮かべて風太の耳元で囁いた。

「こんなのは逆効果だよー。もっと言いたくなくなったモン」

 風太は黙ったまま、麻里緒を抱きしめた。






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