表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/21

05、初デート

 合コンの翌日、風太はスマホの着信音で起こされた。相手も確かめずに、不機嫌な寝ぼけ声で電話に出た。

「もしもし」

「おはよう、もしかしてまだ寝てた?」

 スマホから聞こえて来たのは、麻里緒の声だった。まだ寝ぼけていた風太は、一気に目が覚めた。しかし、突然のことに言葉が出て来ない。

「あっ、うん」

「今ね、流れ橋にいるんだ。ちょっと出て来ない?」

「う、うん。わかった、急いで行くから」

「ゆっくりでいいよ。外は寒いから、パジャマのまま出て来ちゃダメだよ」

 風太は大急ぎで身支度を整え、玄関へと向かった。台所から母の声が聞こえて来た。

「風太、起きたのかい? 朝ごはん出来ているよ」

「ゴメン、急いでいるからいいや」

 そう言って、風太は家を飛び出した。


 何年ぶりかのダッシュで土手に到着した。高校生くらいまでは、よく走っていた記憶がある。あの頃は元気が有り余っていたのだろうか? そんな風太もここ数年、こんなに走った事は無い。それは病気の所為せいではなく、ただ単に大人になったということなのであろう。

 風太は大きく深呼吸をし、呼吸を整えた。そして、まるで散歩の途中ででもあるかのような態度で、土手を昇った。土手の上に出たとたん、冬の名残なごりと思われるような風が風太の頬を撫でた。そんな冷たい風に髪をなびかせながら、流れ橋の真ん中に座る麻里緒が居た。

 風太は(はや)る気持ちを押さえ込んで、ことさらゆっくりとした歩みで麻里緒に近付いて行った。


「ごめん、待った?」

「急に呼び出したのは私の方だから……」

「どうかしたの?」

 麻里緒は首を横に振りながら、目線を川面に落とした。

「なんでも無いよ。ただ……、風太に会いたくなっただけ」

 風太も麻里緒の隣に座り、川面を見つめた。

「良い天気だけれど、まだ寒いね」

「そうね、まだ三月も半ばだからね。何だかここ、のんびりしていて良いなぁ」

「うん、子供の頃はここでよく遊んだんだ。親には、危ないから川で遊んじゃダメだって言われていたけれどもね。ここら辺の子供たちはみんなここで遊んでいた」

「ふーん、悪い子だったんだ」

「そうかもな。みんな悪い子だったけれど、それなりに大人になった」

「風太もそれなりに?」

「そのつもりだったけれど結局……、悪い子のままだったみたいだ」

 風太が麻里緒の方を向くと、麻里緒の視線は風太に向けられていた。

「そんなこと無いんじゃないの? ほら、今だって両親のところに帰って来たわけだし……」

 風太は視線を川面に戻し、独り言のように呟いた。

「親より先に死ぬなんて、最悪だよな」

「そんなこと無いよ。それに、治療が上手く行けば……」

 顔をあげ、視線を麻里緒に向けた風太の瞳から、一滴ひとしずくの涙がこぼれた。麻里緒は言葉を失い、風太の肩を抱きしめた。ふたりの間に、川の流れのような静かな時間が流れ始めた。


 ググググー

 突然、風太の腹が鳴った。未来でも過去でも無い、今という時間に引き戻された風太と麻里緒は吹きだして笑った。

「こんな時に腹が鳴るなんて、雰囲気が台無しだよな」

「いいえ、とっても良いタイミングだと思うよ」

 そう言って、麻里緒は風太のお腹をなでた。

「朝ごはん、まだなんでしょう?」

「ああ、急いで出て来たからな」

「私も食べていないから、駅前で何か食べましょうよ」

「そうしようか」

 ふたりは立ち上がって、駅への道を歩き始めた。並んで歩くふたりの手が時折触れ合う。その手は、どちらからと言うことも無く、極々(ごくごく)自然な事のように繋がれた。


 駅に近付いた時、風太は困ったことに気付いた。

「あっ、急いで出て来たから、財布を忘れて来た」

 困った顔の風太にニッコリと笑いかけた麻里緒が言う。

「あらあら、私はちゃんと持っているから大丈夫だよ」

「ごめん、まだ会ったばかりなのに、貸してくれるかな?」

「貸してあげない。私が急に誘ったんだから、今日は私におごらせて」

「それじゃ悪いよ」

「大丈夫よ、私は社会人なんだからね。プー太郎になった風太よりは安定しているんだから」

 本来、プー太郎などと言われたら落ち込むべきなのであろう。しかし、麻里緒の笑顔には、風太の気持ちを和ませる温かさがあった。


 風太と麻里緒は、駅前のファーストフード店の窓際でハンバーガーにかぶりついていた。

「麻里緒って、この辺の生まれなの?」

「いいえ、生まれは都内。でも、まだ子供の頃にこっちに引っ越してきたから、育ちはこの街っていう感じかな」

「駅前のマンションに住んでいるんだろう」

「そうだよ」

「良いよなぁ、俺の家なんか古い農家だからな。マンションってヤツに住んでみたいよなぁ」

「ついこの前まで、都内に住んでいたんでしょう?」

「そうだけれど、かなり古いアパートだったからなぁ」

「家だってもう十年以上経っているから、そんなに変わらないよ」

「俺の住んでいたアパートはそんな程度じゃなかったよ。築三十年近い木造アパートだったからなぁ。隣の話声まで聞こえて来た」

「隣はどんな人が住んでいたの?」

「俺と同じくらいの歳の男。そいつがチャラい男でね。しょっちゅう女の子を連れ込んでいた。チャラい男だったから、すぐにそういうことを始めるんだよなぁ」

「それを盗聴していたんだ」

「人聞きの悪い言い方するなよ。純朴な青年には刺激が強すぎたから、耳にイヤホン突っ込んで音楽を聴いていた」

「なんだ、つまんないの」

「何を期待しているんだよ」

「でも、たまには聴き耳を立てていたんでしょう?」

「聴き耳なんか立てていないよ。たまには聴こえて来ちゃったこともあるけれど……」

「あは、やっぱり聴いていたんだ」

「聴こえて来ちゃっただけだよ」


 ふたりは他愛も無い話をした後、ファーストフード店を出た。

「今日は楽しかったです。急に呼び出してごめんなさい」

 そう言って、笑顔を見せながら手を振る麻里緒はとても可愛かった。風太は後ろ髪を引かれる思いで、麻里緒に背を向け歩き始めた。


 帰り道、風太は麻里緒との会話を反芻はんすうするように思いおこしていた。しかし、話していたのは風太ばかりで、麻里緒に関する新しい情報はほとんど聞くことが出来なかった。

「まあ良いか、時間はもう少し残されているからな」

 そう呟きながら、風太は流れ橋を渡って行った。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ