04、青い瞳
場の盛り上げ役である矢中勇のおかげで、和気あいあいとした雰囲気の中、合コンは進行していた。勇の発案で、席替えが行われた。当然、光の隣には里奈が座っている。そして、風太の隣には麻里緒、勇の隣には長身の彩香、信一の隣には元ヤンの愛美が座った。
光と里奈が隣同士なのは、二人が元々の知り合いで、里奈との仲を深める為に光がこの合コンを企画したのだから当然のことだろう。
風太と麻里緒の場合は、流れ橋での事があったのだから、これも妥当だと思われる。
驚きなのは、気真面目で内気な信一と元ヤンの愛美だった。あの内気な信一が、妙なテンションで愛美を質問攻めにしていたのだ。そんな信一に対して、最初のうちはウザそうにしていた愛美だったが、しばらくすると満更でも無い雰囲気になっていた。
勇の場合は持ち前の明るさで彩香を笑わせてはいたが、これは場の雰囲気を悪くしない為の勇の配慮だろう。それぞれが一対一のトークタイムへと突入していた。
「根戸さんは、なんで流れ橋なんかにいたの?」
此処までの話しで、麻里緒は駅前のマンションに住んでいることがわかっていた。駅前から流れ橋方向に行く人なんてほとんどいない。まして若い女の子が好んで行く所では無いはずだ。
「麻里緒で良いよ。あの日は何だか良い出会いがありそうな気がしてね。それで散歩に出たんだ。当ても無く歩いていたら、あの橋に辿り着いたの。そしてそこに風太が居た」
そう言って麻里緒は笑顔を見せた。
風太には、あの出会いが良い出会いだったとは思えなかった。
「それなのに残念な出会いに遭遇したって言うわけだ」
「そんなこと無いよ。私は良い出会いだって思っているんだからね。こうして再会も出来たし」
未来の無い風太にとって、麻里緒の言葉は嬉しかった。それでも現実は風太の心に重くのしかかっていた。
「あのとき、俺が言った言葉……、おぼえている?」
「もちろん覚えているよ。結構衝撃的なこと言っていたもの」
「あれ、本当のことなんだ。俺にかまっていても未来は無いんだ」
「うん、わかっているよ。でも、それまででも良いって思ったの。風太と一緒に居たいって……」
麻里緒は一瞬悲しそうな目をしたが、すぐに笑顔を取り戻して風太を見つめた。麻里緒の青い瞳には魔力が宿っているかのように、風太の心に安らぎをもたらしていた。
風太が神妙な顔で麻里緒に呼びかけた。
「麻里緒ちゃん……」
「麻里緒で良いっているでしょう!」
麻里緒は風太の言葉を遮る様に、呼び捨てにする事を強要した。
「あっ、うん……、麻里緒の……えっと、瞳の色……、カラコン?」
麻里緒は弾けるように笑い出した。あっけにとられる風太を尻目に、苦しそうに笑い続けていた。
「ふー、ああ、くるしい。神妙な顔をして何を聞くのかと思ったら、目のこと?」
「そんなにおかしいか?」
「だって……、真剣な顔をして聞くんだもの。カラコンじゃないよ。私のおばあちゃんがフランス人なの。だからクォーターってわけ。それ以外は全くの日本人なのに、目の色だけがおばあちゃんからの遺伝なの。おかしい?」
「おかしくは無いけれど、ちょっと違和感が……。あっ、ごめん。そんなつもりじゃ……」
麻里緒の笑顔に哀しみの色が追加されたことに気付いた風太は、あわてて弁解の言葉を継ぎ足した。
麻里緒は哀しみのこもった微笑みを浮かべたまま、昔の話を始めた。
「私ね、小さい頃は青い目が嫌だったんだ。ほら、髪も真っ黒だし、顔立ちだって純日本人じゃない。それなのに目だけが青いから……。普段から仲の良かった子が私に言ったんだ。『麻里緒ちゃんの目って何だか気持ち悪い。だって青いんだもの』って。ついでに、『みんな言っているよ。お母さんも言っていた』なんて付け加えるから……。それ以来、その子とは遊ばなくなった……、って言うか誰とも遊ばなくなった」
「子供って以外に残酷だからな。そう言うこと、平気で言っちゃうんだよな」
「風太もそう思う? 気味悪い?」
風太は麻里緒の青い瞳を覗き込みながら言った。
「違和感はあるけれど、嫌いじゃない。麻里緒の青い瞳を見ていると、なんだか落ち着くしね」
麻里緒の青い瞳に涙が滲んだ。それが流れ落ちる前に、麻里緒は風太に抱きついた。
「ありがとう。そんな風に言ってくれるのは風太だけだよ。風太だけが、私を私として見てくれたんだもの」
風太は、麻里緒の言葉に聞き覚えがある様な気がしていた。
この合コンの場で、全体を把握していたのは勇だけだった。そんな勇が風太と麻里緒の状況を見逃すはずは無かった。
「風太! おまえ、麻里緒ちゃん泣かせてどうするんだよ! 東京の生活で女ったらしに成り下がったか?」
「あ、いや、俺は……」
あわてた風太は抱きついている麻里緒の身体を引き離しながら弁解しようとしたが、言葉はまったく浮かんでこない。言葉を発したのは麻里緒の方だった。
「ご、ごめんなさい。私が突然泣き出したり抱きついたりしたから……、驚いたでしょう?」
麻里緒は涙を拭きながら笑った。
「でも……、風太がやさしいからいけないんだからね!」
そんな麻里緒の言葉に、全員が「ヒューヒュー」「やさしい風太くーん」などと囃したてた。
その時の風太は、自分の身に迫っている現実のことなどすっかり忘れていた。風太の思考の全ては、麻里緒のことで支配されていった。