03、合コン
翌日、風太は両親に付き添われて市民病院へ行ったが、医師からは治療方針についての話を聞かされただけだった。週に一回の通院で良いらしいので、当面は暇な日が続きそうだった。
風太は残された時間に、少しでも親孝行をしたいと思っていた。農家に生まれながら、子供の頃から農作業などやったことは無かったが、手伝いくらいは出来るだろうと思い父に進言した。
「父さん、明日から俺も農作業の手伝いをするから」
しかし父は首を縦には振らなかった。
「おまえは自分の身体のことだけを考えていろ。農作業なんかして倒れたら困るのは俺の方だし、哀しむのは母さんだ。家でおとなしくしていろ」
「…………」
父に『悲しむのは母さんだ』などと言われては返す言葉が無かった。母を車に乗せてスーパーへ買い物に行く事も考えたが、もしも途中で具合が悪くなったらと思うと、それも出来なかった。風太は自分の無力さを思い知らされた。
そして、光との約束の日がやって来た。そう、合コンの日だ。風太は一歩一歩、死へと近付いているのだから、合コンなどに浮かれている気分ではない。それでも、光の頼みとあっては行かないわけにもいかなかった。
約束の駅前に行くと、光の他に二人の男が居た。二人とも中学の同級生だ。風太に気付いた三人が手を振っている。
「風太、久しぶりだなぁ。元気か?」
そう言った男の名は矢中勇。昔から調子の良い奴で、こいつの周りには笑いが絶えない。しかし、決して女子にモテるタイプでは無い。いわゆる盛り上げ役と言ったところで、合コンにはうってつけのタイプだ。今の風太にとって、『元気か?』と聞かれても困るばかりだ。あいまいな笑顔で誤魔化すしかなかった。
もう一人は、鯨井信一。勇とは正反対の気真面目で内気な奴だ。合コンという場には、風太以上に似つかわしくない男だ。
「さて、全員揃ったから行くぞ! 女子たちは先に店に行っているそうだ」
「俺が来られるようになったからって、人数があわないなんてことないよな」
不安そうな勇の言葉に、親指を立てた光が言った。
「安心しろ、向こうもひとり増えたって言っていたから同数になったよ」
そう言って光は歩き始めた。
合コンにこのメンバーをそろえたということは、今日のメインとなるのは光と言うことになるのだろう。この合コンを成功させる為には、光に聞いておかなくてはならないことがあった。
「今日の合コン相手はどんな娘たちなんだ?」
「アーバン電気の従業員。おまえ、興味津々だな」
アーバン電気は東京に本社のある家電メーカーで、この町に巨大な工場を持っている。この町の財政を支えていると言っても過言ではない企業だ。
「興味なんて無いけれど、お前の目当ての娘がいるんだろう? 知っておかないと面倒な事になると思っただけさ」
「おっ、わかっているじゃないか。里奈って娘でな、イイ女なんだよ」
「そうか、まあ、出来る限りは協力するさ」
「よろしく頼むよ」
そんな話をしながら合コン会場である店に入ると、先に来ていた女子グループの席へと案内された。テーブルに近付いた時、合コン相手の一人が風太に声をかけて来た。
「あら? また会ったね。運命ってやつ?」
先日、流れ橋で声をかけて来た女だった。光はニヤニヤと笑いながら風太の脇腹を小突いた。
「風太、お前も隅に置けないな。こんな可愛い娘と知り合いかよ」
「知り合いってわけじゃないよ」
「じゃあ風太の席はここに決定だな。勇と信一は適当に座ってくれ」
光はそう言って、最も派手な女子の前に座った。
光の仕切りで男たちから自己紹介を始めた。
「まずは風太から」
光の言葉に女子達の視線が風太へ集中した。
「えっと、井坂風太、二十五歳です」
そう言っただけで自己紹介を終わらせた風太に向かって光が言う。
「それだけかよ」
「ダメか? えっとぉ……、訳あって実家に帰ってきています」
光の前に座っている最も派手な女子が、風太への質問をした。
「実家ってなにをしているんですかぁ」
「実家は農家です」
農家と聞いた途端、完全に興味を失ったようだ。光が次を指名する。
「次は、勇」
「矢中勇です。駅前とショッピングモールに店を出している老舗和菓子屋の次男坊です。俺はショッピングモールの方に居るから、今度店に来て下さい。サービスしますよ」
「和菓子職人なんですかぁ?」
質問はもっぱらリーダー格の派手な女子が行うようだ。
「大福とかおはぎは作っていますよ。面倒な奴は兄貴にまかせているけどね」
「まだ作らせてもらえないんだろう」
光がチャチャを入れる。
「ひでぇ言い方するなよ。まあ……そうだけれどね」
勇のおどけた仕草が女子達の笑いを誘った。
「次は信一」
「鯨井信一です。近隣のスーパーなどに品物を卸している豆腐屋の長男です」
「長男と言うことは、いずれお豆腐屋さんを継ぐんですかぁ」
「まあそうなると思います」
「お豆腐屋さんって朝が早くて大変なんでしょう?」
「今はそんなに早くは無いですよ。親父の若い頃は三時頃から働いていたけれど、今は普通の会社と同じですよ。始業時間も九時ですから」
「へー、そうなんだ」
「次は俺だな。海老原光です。兄貴と一緒に、駅前でイタリアンレストランをやっていて、ピッツァは俺の担当です。今度食べに来てよ。最高に美味いピッツァを作るから。で、男はこんなところだね。次に女性陣、おねがいします」
光が仕切っている様だが、結局のところ通路側から順番に自己紹介させただけだった。
女子グループはリーダーらしき派手な娘から自己紹介が始まった。こちらは逆に奥側からだ。
「楜沢里奈でーす。二十三歳、彼氏いない歴二十三年でーす。趣味はぁ、アニメとかぁファッションにも興味がありますぅ」
誰が聞いても嘘だとわかる発言だが、この娘が光の目当てらしい。里奈が語尾に付ける小文字の『ぁ』や『ぅ』を聞きながら、風太は『バカっぽいだけで、可愛くないぞ! 俺には関係ないけれど、光の好みはわからん』などと、心の中で毒づいていた。
隣の女子は長身痩せ型、言い様によってはモデル体形だった。しかし、彼女の纏っている雰囲気は、人見知りで真面目な性格であることを物語っている。
「初見彩香です。えっと……」
口ごもる彩香に、勇が助け船を出す。
「彩香ちゃんは背が高いね。身長はどのくらいあるの? 百七十センチ位?」
「そっ、そんなには無いです。六十八くらいです」
「へー、スポーツとかやっていたの?」
「いいえ、運動は苦手です」
頃合いを見て、勇が隣の女子に視線を向けた。
「吉沼愛美、二十歳っす。趣味はバイクでツーリングっす。よろしく」
愛美は一般人の中では美人に分類される容姿を持っていたが、茶髪と物言いが元ヤンである事を物語っていた。最後の「よろしく」は漢字表記に違いないと風太は思った。他のメンバーも同感だったらしく、勇ですら質問をしようとはしなかった。
流れ橋で風太に話しかけて来た女子の番が来た。
「根戸麻里緒と言います。歳は二十三歳です。先日、風太さんとはちょっとだけお話しをしました」
全員の目が風太に向けられた。風太は『初対面みたいなものなのだから、そこは風太さんでは無くて、井坂さんだろう!』などと思ったが、心の声が麻里緒に届くはずもない。
「おいおい、帰って来て早速ナンパしていたのかよ!」
勇が風太をなじる。
「ナンパなんかしてねえよ! ちょっと考え事をしていたら、向こうから声をかけて来たんだよ!」
「おっ、今度はモテ男アピールかよ!」
勇は完全にからかいモードに入っている。こんな時に何を言ってもダメな事を風太は知っている。麻里緒はというと、黙り込んだ風太を楽しそうに見ているではないか。
『なんなんだよ! 合コンなんて気分じゃ無いのに……、それなのにこの仕打ちかよ。ほんと、勘弁してくれよなぁ』
当然、そんな風太の心の声は誰にも届くはずは無かった。