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21、繋がる世界、繋がる愛

 あっという間に葬儀の日はやって来た。通夜に続いて、今日の告別式も(とどこお)りなく進み、風太の亡骸(なきがら)荼毘だびに付され、骨壷の中に納まって帰宅した。

 あまりに軽くなってしまった風太を抱きかかえる麻里緒に父がやさしく声を掛けた。

「風太にとって……、麻里緒ちゃんと出会ってからの数ヶ月は、最高に幸せな日々だったと思うよ。風太の父として、麻里緒ちゃんには感謝している」

「お父さん、私こそ……、とても幸せな日々を送らせてもらいました。両親を亡くしてから、ずっとひとりぼっちだった私に、風太はいろいろなものを与えてくれました。お父さんとお母さん、そして友達……」

 麻里緒は目線を下げて、愛おしそうに自らのお腹を撫でてから、父に目線を戻した。

「その上、赤ちゃんまで」

 ついさっきまで、悲しみに閉ざされたような目をしていたが、今の麻里緒は未来を見据えるような微笑みを(たずさ)えていた。父も安心したように微笑みを返した。


「あらあら、何やら楽しそうね。なんの話をしていたの?」

 母がお茶を持って現れた。

「麻里緒ちゃんはお葬式の間、いっぱい泣いちゃったからね。水分補給をしておかないと干からびちゃうわよ」

「お母さんだっていっぱい泣いていましたよ」

 風太の遺骨を囲んで、笑顔と共にやさしい時間が流れていた。


 木枯らしが吹き始めた十一月末、納骨の日が訪れた。今日、風太の遺骨は墓に納められるのだ。

 麻里緒が風太と出会ってから九ヶ月。そう、まだ九ヶ月しか経っていないのだ。それでも、麻里緒にとっては濃密で幸せな日々だった。これほどの充実した日々が再び訪れる事は無いだろう。そう確信を持って言える程の日々であった。

 僧侶による読経(どきょう)の声が響く中、風太の遺骨は墓に納められた。読経が終われば、墓は石の扉で閉ざされてしまう。手を合わせた麻里緒の頬を一滴(ひとしずく)の涙がつたった

 風太が亡くなってから、麻里雄が涙を流さなかった日はなかった。どんなに忙しく一日を過ごしていても、夜になると枕を濡らす日々が続いてきたのだ。

 読経も終わり参列者が線香を供え終えると、墓は風太の遺骨を飲み込んだまま閉ざされた。

 麻里緒は後ろ髪を引かれる思いで墓地を後にした。



 翌月の月命日(つきめいにち)、風太の墓前に花と線香を供えて手を合わせる麻里緒が居た。風太が墓に入ってから、麻里緒ひとりでここに来たのは今日が初めてだった。

「風太……、風太と出会って……、私は幸せだったよ。一年たらずしか一緒に居られなかったけれど……、私は……風太と出会えたこと、風太と過ごした日々のこと、その時間がとても幸せだったことを、絶対に忘れないからね」

 麻里緒は視線を自分のお腹に移し、愛おしそうに撫でながら言葉を続けた。

「この子は私が大切に育てるから安心してね。あなたの命はこの子に受け継がれているのよ。だから、風太も見守っていてね。愛しているわ」


 長い間墓前に(ひざまづ)いて涙していた麻里緒だったが、何かを決心したかの様に、涙を拭って立ち上がった。そして、もう一つ用意していた花束を胸に抱いて歩き始めた。

 墓地の中を数ブロック進んだ麻里緒は、目的の墓石の前で立ち止まった。墓石には相沢家と彫られていて、脇に立つ墓碑の最後には戒名と共に、俗名美香・享年七歳と彫られている。持って来た花束を墓に供えると、笑顔を浮かべて墓石に話しかけた。

「ミカちゃん、久しぶり。あまり来られなくってごめんね。もう風太と会えた? 私は風太と出会って、八ヶ月くらいしか一緒に居られなかったけれど、ミカちゃんが言った通り風太はとっても優しい人だったよ。わたし、ミカちゃんの話を聞いていただけで、風太のことを好きになっていたみたい。会ったこともない男の子なのにね」

 麻里緒はまるでミカちゃんの温もりを感じようとするかのように、墓石に指先で触れた。冬の陽光に照らされた墓石は、冷え切った麻里緒の指先にほのかな温もりを伝えた。


「ミカちゃんには感謝しているよ。おかげで風太と一緒に幸せな時を過ごすことが出来たんだもの。ミカちゃんのお母さんが私そっくりの人形を作ってくれなければ、風太がマリーちゃん人形をあんなに大切に思ってくれることも無かったんだよね。ミカちゃんが人形のマリーちゃんを可愛がってくれて、風太がその人形を守ってくれた。だから、いまの私がいるのよね」

 麻里緒は墓石から伝わってきた温もりを、大切に包み込むように胸の前で手を組んだ。目をつむり、これまで自分に起きた事を思い起こしていた。



 二年前、麻里緒の両親が事故で亡くなった時、麻里緒も父の運転する車の後部座席に座っていた。突然目の前に現われたトラックと衝突し、麻里緒は意識を失った。気が付いたときには病院のベッドの上だった。そこで聞かされたのが両親の死だった。事故の大きさから言えば、奇跡としか言いようのないくらい麻里緒の怪我は軽かった。数日の入院で自宅へと戻ったのだが、身体の傷よりも遥かに大きく裂けた心の傷が麻里緒を襲っていた。突然両親のいなくなった日々を現実として受け入れることの出来ないまま、時だけが流れて行った。

挿絵(By みてみん)


 そんなある日、真夜中に目覚めた麻里緒の枕元に人形のマリーちゃんがいた。マリーちゃんは微笑みながら麻里緒に話しかけた。

「麻里緒ちゃん、私の記憶をあなたにあげる。だから、幸せになってね」

 それだけ言い残すと、人形のマリーちゃんは闇に溶け込むように消えてしまった。麻里緒にはそれが夢だったのか、それとも現実だったのかさえわからなかった。

 ただその日以降、麻里緒は不思議な夢を見るようになった。出席していないミカちゃんのお葬式の光景。棺に入れられそうになった時に、泣きじゃくりながら助けてくれた男の子。髪を撫でながら話しかけてくれる男の子。時折抱きしめてくれる男の子の温もり。

 知らない記憶の中の男の子は、いつも優しく麻里緒を包んでくれた。



 目を開けた麻里緒は墓石を見詰めて微笑んだ。

「心が壊れてしまいそうだったあの時、マリーちゃん人形を連れてきてくれたのもミカちゃんなんでしょう? マリーちゃんの記憶は私と風太との記憶でもあるんだよね。だって、マリーちゃんは私で、私はマリーちゃんなんだもの。だからかもね、流れ橋で風太に出会った途端、風太に恋をしてしまった。あれから私は頑張ったんだよ。人と話をするのが苦手だったのに、風太といっぱい話をしたくってね。会社の人にも頑張って話しかけたんだよ。そうしたら、皆いい人ばっかりでね。私と風太のこともいっぱい応援してくれた。そして……」

 麻里緒は自分のお腹を撫でながら、墓石に笑顔を向けた。

「もう知っているかな? 私のお腹には、風太の赤ちゃんが居るの。風太はミカちゃんのいる世界に行っちゃったけれど、私はこっちの世界でこの子を育てていくからね。風太みたいに優しい子に育てるんだ。ミカちゃんも応援してくれるよね」

 麻里緒はもう一度手を合わせて目をつむった。

「ミカちゃん、私は幸せになったよ。そっちの世界で……風太のこと、よろしくね」


 十二月の墓地を照らす日の光は、まるで春の陽光のように暖かく、麻里緒とお腹の子を包んでいた。






終焉とは

いずれ誰もが迎える瞬間

人が終焉を迎えても

世界が終わる訳では無い


人は運命と言う糸に操られ

様々な形でその日を迎える


残された人は

その終焉の先を生きる

逝ってしまった人の

想いと共に……




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