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15、女友だちと課長

 翌日、麻里緒の仕事が終わるのを待ち構えていたのは里奈だった。

「麻里緒ちゃん、仕事終わった?」

「はっ、はい」

「光から聞いたんだけれど、再来週に結婚式をやるんでしょう?」

「情報、早いですね」

「もちろんよ。おめでたい話はすぐに伝わるものよ。それじゃあ行きましょう」

 里奈は麻里緒の腕に抱きつく様に腕を絡め、何処かへ連れて行こうとする。

 麻里緒は戸惑っていた。自分の仕事終わりを待つ人がいるなんて事は初めてだった。まして、こんなにフレンドリーな扱いをされた事も無かった。それは、麻里緒が他を寄せ付けないオーラを出し続けていた事にも原因はあるのだが、元々麻里緒の周辺には里奈のようなタイプの人間は存在していなかったのだ。

「あの、行こうって何処へ?」

「決まっているじゃない。結婚式と言えば純白のウェディングドレスでしょう? 知り合いに服飾デザイナーの卵がいるの。その子に麻里緒ちゃんのドレスを作ってもらうのよ」

「オーダーのウェディングドレスなんて、そんな贅沢は出来ませんよ。それに、再来週じゃ間に合わないでしょう?」

「大丈夫よ。卵だって言ったでしょう。勉強の為に作らせるんだから、材料費くらい払ってあげれば喜んで作るから。その上、お店のオーナーさんが良い人でね。本当ならば二~三ヵ月掛けるんだけれど、勉強の為だからそれに専念させて間に合わせるって言ってくれたの。あっ、材料費は彩香と愛美と私で出すから心配しないでね」

「それじゃ悪いですよ」

「遠慮しなくて良いのよ。男達が式場やら披露宴の手配をやるって言うから、女性陣は麻里緒ちゃんを可愛い花嫁さんにする事にしたの。男達だけに良い格好させるわけにいかないじゃない」

 そう言ってニヤリと笑う里奈の顔には、元ヤンリーダーの迫力があった。


 麻里緒の連れて行かれた店は、有名デザイナーが経営するブライダルショップだった。ショーウィンドウには素敵なウェディングドレス達が、美を競い合う様に行儀よく並んでいる。

 里奈は高級ドレスが並ぶ店内に足を踏み入れた。麻里緒は店構えに気後れしていたが、里奈の後をついて行くしか無かった。

「いらっしゃいませ」

 うやうやしく頭を下げながら店員が迎えてくれた。里奈がデザイナーの卵の名前を出して、取り次ぎを申し出ると、店員は「少々お待ち下さい」と言い、店の奥に消えて行った。

 入れ替わる様に出て来た女性がデザイナーの卵なのだろう。

「里奈さん、いらっしゃい。この方ですね」

 デザイナーの卵は、そう言って麻里緒のつま先から頭のてっぺんまでを舐めるように見た。

「そう、友達の麻里緒ちゃん」

 里奈はそう言った後、麻里緒に向き直ってデザイナーの卵を紹介した。

「デザイナー見習いのハルカ」

「まだ見習いですけれど一所懸命作らせていただきますので、よろしくお願いします」

 ハルカは軽く頭を下げてから、ニッコリと微笑んだ。

「こちらこそよろしくお願いします。急な事で無理を言ってすみません」

「見習いの私に実際のウェディングドレスを作らせていただけるなんて光栄です。まずは幾つかデザインを描いたので、見ていただけますか?」

 ハルカはスケッチブックを広げて、麻里緒と里奈にデザイン画を見せた。どれも素敵に見えて、麻里緒には選ぶことが出来なかった。

「どれも素敵ですね。よく解らないので、ハルカさんにお任せしちゃっていいですか?」

 ハルカは笑顔で麻里緒の顔を見ていた。

「麻里緒さんなら、これなんかよく似合うと思いますよ。いかがでしょう?」

「そうですね、それでお願いします」

「じゃあ、採寸をしましょう。絶対に間に合わせますから、安心して下さいね」

「無理を言ってすみません」

「良いんですよ。これも勉強ですから」

 ニッコリと笑顔を見せたハルカは、麻里緒の耳に口を寄せてから言葉を足した。

「内緒なんですが、里奈さんには随分とお世話になりましたから、嫌とは言えないんですよ」

 ニヤリと笑うハルカに採寸してもらってから、麻里緒と里奈は店を後にした。


「そう言えば、教会の結婚式で新婦が入場する時って、父親と腕を組んで入場するんでしょう? 麻里緒ちゃんってご両親とも亡くなっているんだよね。親戚の人とか、あてはあるの?」

「私は親戚もいないんです。だからどうしようかと思って」

「そうよねぇ、誰でも良いってわけじゃないし。いっそのこと、会社の上司とか先輩に頼んじゃったら?」

「そうですねぇ」

 麻里緒は虚空に職場の風景を思い浮かべていた。そして、虚空に広がるオフィスのデスクに座るひとりの男性に視線を止めた。

「課長にお願いしてみようかしら。両親が無くなった時も気にかけて下さったし」

「開発室の課長さんって……、ああ、あの人ね。眼鏡の……真面目そうだけれど気が弱そうで、出世も課長が限界ですっていう感じの人」

「ははは、里奈さん良く見ていますね。まさしくその人です」

 麻里緒と里奈は楽しそうに笑いながら帰途についた。


 翌朝出社した麻里緒は、課長のデスクの前に立っていた。

 課長はまもなく五十路に入ろうという年齢で、結婚はしているのだが子供はいない。麻里緒が入社した年に結婚して、奥さんは五歳年下だと聞いている。遅い結婚だったので、奥さんの出産にはすでに難しい時期に達していた。当初は養子をとろうか悩んだそうだが、今ではそれも諦めて二人で仲良く暮らしているらしい。

「課長、個人的なお願いが有るのですが、少し時間をいただいてもよろしいですか?」

 課長は、おずおずと語りかける麻里緒に対して、いかにも事務的な視線を返した。

「どうかしたのか? 個人的な話ならば……、そうだな、食堂で話を聞こうか」

 そう言って課長は席を立った。女性社員がこの様な話を持ってくる時には、大体が社員同士のトラブルか会社を辞めたいと言った内容なのだろう。課長もその様な話だと思い、食堂に移動して話を聞く事にしたのだ。しかし、社内にはこの手の状況に興味を持つ者が数多く居る。当然のことながら、話しを盗み聞きしようと食堂へ向かう者がいた。麻里緒にとっては誰に聞かれても良かったのだが、課長は周囲を気にしながら小声で訊ねた。

「それで、お願いってなんだね」

「実は、今度結婚をする事になりまして」

 言いにくそうに口ごもる麻里緒に、『課長はやっぱりそう言う話しか』と言わんばかりの顔をした。

「結婚ですか。それはおめでとう。根戸君はこの会社に入社して何年に成るんだっけ?」

「ええと、高卒入社ですから、五年に成ります」

「僕は専業主婦というのも大切な仕事だと思っている。けれども、君の五年間の経験や身に付けたスキルを、もっと発揮して欲しいと思ってもいるんだ。しかし、結婚ならば引きとめるわけにはいかないよな。それで、結婚式はいつなの?」

 課長はすっかり勘違いをしていた。結婚すると言いだされた上司としては当然の反応なのだが、話の進む方向に慌てたのは麻里緒の方だった。

「いいえ、私は会社を辞めたりしません。これからの生活もありますから」

「そうか、結婚しても会社に残ってくれるんだね。それは良かった。うん、うん」

 課長は満足そうにうなずく。しかし、麻里緒はそんな話をする為に来たわけでは無かった。

「結婚式は再来週の土曜日なのですが、課長のご予定はいかがでしょうか?」

 課長は満面の笑顔だ。

「再来週とは急だね。もちろん出席させてもらうよ」

「あのう、私には両親がいない事は御存知ですよね」

「ああ、知っているよ。二年前だったっけ? ご両親が交通事故で亡くなったのは。あの時は大変だっただろう? 僕も大した力になってあげられなくって申し訳なかったね。でも、根戸君はその後も良く頑張ってきたよね」

「ええ、二年前でした。その節は大変お世話になりました。課長がいろいろ助言を下さったので、とても助かりました。ありがとうございました」

 麻里緒は一度言葉を切り、深くお辞儀をした。

「それでですね。再来週の結婚式を教会でやる事になったのですが、通常は父親のエスコートで入場するそうなのです。私は両親がいないもので、その両親の代わりを課長ご夫婦にお願いするわけにはいかないでしょうか?」

 麻里緒のお願いに、課長は口を閉じる事を忘れるほど驚いていた。

「私には親戚もいないので、こんな事をお願いできるのは課長しかいないのです。ダメ……ですか?」

 麻里緒の言葉で我に返り、開きっ放しだった口を慌てて閉じた課長だったが、今度は涙があふれ出て来た。麻里緒と廊下で聞き耳を立てている者は、涙で聞きとり難い課長の声を必死に聞き取ろうとしていた。

「う、う、この歳になって、う、もう子供を持つなんて、う、う、絶対に無いと、うう、思っていたから。ズズー」

 鼻をすする音まで入って来た。

「絶対に無いと思っていたのに、う、う、ズズー。ありがとう、根戸君。ズズズズー、喜んで、う、う、御両親の、ズズー、代りをズズー、させてもらうよ。ズズズ、う、う、ズズー」

 こんなに喜んでもらえるとは思ってもみなかった麻里緒は、『この人で本当に大丈夫かなぁ?』などと思いながらも、課長が両親役を引き受けてくれた事に感謝していた。


 当然のことながら、麻里緒が父親代わりのエスコート役を課長にお願いした時の様子は、あっという間に会社中に広がった。






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