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13、親友たち

 翌々日の夕方、風太は(ひかり)と信一と共に居酒屋のテーブルを囲んでいた。光の兄が経営するイタリアンレストランの定休日が月曜日なので、このメンバーの集まりは月曜日と決まっていた。当然勇も誘ったのだが、和菓子協会の会合があるとかで欠席していた。

 友人達に招集をかけたのは風太だった。風太たち四人は、互いの事を生涯の友と思っている。風太の場合の生涯はあと数ヶ月になってしまったが、病気になどならなければ数十年後も友達であり続けたいと思っていた。そんな友人だからこそ、麻里緒との事や自分の病気の事を正直に話しておくべきだと考えたのだ。


「今日は勇がいないけれど、重要な話しがあって集まってもらったんだ」

 風太の神妙な表情に、光と信一は居ずまいを正した。もしこの場に勇が居たならば、場の空気をなごませる様な言葉を発したのだろうが今日は欠席している。三人の間に緊張が高まった。

「実は昨夜、麻里緒を両親に紹介したんだ」

 光と信一の表情が笑顔に変わった。

「なんだよ! 深刻な話かと思ったら、そう言うことかよ」

 光の言葉に続いて、信一も言う。

「緊張して損したなぁ。それでどうだったんだよ。親父さん達の反応は?」

「まあ、上々ってやつかな? お袋なんか娘が出来たみたいだとか言って大喜びだし、親父にも気に入ってもらえたみたいだ」

「良かったじゃないか。しかし、もう両親に紹介とはなぁ。早くねぇ?」

「確かに、まだ知り合ってひと月半しか経っていないからな。でも、俺には時間が無いんだ」

「風太がそんなに積極的だとは思わなかったよ。やっぱり東京は人を変えるのかなぁ」

 喜びと祝福を満面の笑顔で表現している信一と、照れまくっている風太を尻目に、光は怪訝な表情で風太を見詰めていた。

 光の視線に気付いた風太が光に向かって言う。

「光、どうかしたのか?」


 光は風太を見詰めたまま、数秒間の沈黙の時を置いてから、不機嫌そうに言った。

「時間が無いって? どう言うことだよ」

 光の鋭い突っ込みに、笑顔を引っ込めた風太が答える。

「相変わらず光は鋭いな。今まで黙っていて悪かったけれど、実は俺……、ちょっと面倒くさい病気にかかってしまったんだ。仕事を辞めてこの街に帰って来たのも、その所為なんだよ」

「病気ってどんな?」

「実は以前から目眩とか頭痛に悩まされていて……、疲れているだけだろうと思って放置していたんだけれど、ある日職場で倒れてね。酷い目眩で意識を失ったんだ。それで病院に運ばれて検査を受けて、その結果……、脳に腫瘍があるって言われた」

 風太の話を聞くうちに、三人の居る空間だけが居酒屋の雑踏から切り離されたかのような感覚に陥った。風太の耳には、光と信一が唾を飲み込む音や心臓の鼓動までもが届いていた。二人は風太をじっと見詰めたまま、次の言葉を待っている。

「医者が言うには、腫瘍の位置が悪いらしい。手術で取り除くことも出来ないそうだ」

 風太が一呼吸置くと、信一が言葉を挟んで来た。

「手術は難しくても、放射線とか抗がん剤とかがあるんだろう? それで癌が無くなったって言う話しを聞いたことがある……、あった様な気がする……」

「癌の種類や場所によっては、小さくしたり消滅させたり出来る事もあるみたいだけれど、俺の場合は癌の進行を遅らせるのが精いっぱいらしい」

「…………」

 信一も光も言葉を失ったまま、風太を見詰めている。風太は二人の視線を避けるように、目の前に置かれたグラスをもてあそびながら話しを続けた。

「それで医者からは、このまま放って置けば三ヵ月、放射線と抗がん剤を使っても半年って言われているんだ。医者に言われたのが二ヶ月半くらい前だから、俺に残された時間は後、三ヵ月半くらいってことかな?」

 風太はそう言ってから、視線を上げて二人に笑顔を見せた。光も信一も言葉が出て来ない。じっと風太を見詰めたまま、時間だけが過ぎて行く。


 カラン

 グラスの氷が融けて音を立てた。その音で我に返ったかのように、光が話し始めた。

「ごめん、なんて言ったらいいのか言葉が見付からないや。麻里緒ちゃんはその事を知っているのか?」

「ああ、話してある。重要な事だからな」

「それで……、これからどうするんだ?」

「どうって?」

「結婚とか……」

「残り時間が決められているわけだからなぁ。結婚という訳にはいかないだろうな」

「それは麻里緒ちゃんと二人で話し合って決めた事なのか?」

「いや、麻里緒の前で結婚の話は出来ないよ。だって、結婚したとたんに未亡人になってしまうんだぞ。無理だよ」

 目の前のグラスを見詰めていた信一が、視線を風太に向けた。

「例えばだけれど、もしも俺が麻里緒ちゃんの立場だったら、たぶん結婚したいって言うと思う。だって、風太の病気の事を知っていながら、両親に会いに行ったんだろう。そのくらいの覚悟が無かったら行けないよ」

 今度は風太がグラスとにらめっこを始めてしまった。追い打ちをかけるように、光の言葉が風太に向けられた。

「俺もそう思う。ちゃんと話しあった方が良いんじゃないか? 男が女の為にとかって言う時は的外れが多いからなぁ。ちゃんと話しあった方が良いよ」

「どうした、ずいぶんわかった様な事を言うなぁ。何処かの女に言われたのか?」

 信一の言葉に光が苦笑いしながら応える。

「正解。前に付き合っていたヤツに言われた。だから男はダメなんだって……」

 三人にもやっと笑顔が戻ってきた。

「善は急げ! だな。風太、今から麻里緒ちゃんの所に行って話し合って来い!」

 光の言葉に信一も頷く。

「いや、今じゃ無くても……、後で相談しておくよ」

 躊躇する風太に向かって、信一が声を荒げる。

「何を言っているんだよ! 時間が無いって言ったのは風太だろう! 俺達と顔を突き合わせていたって仕方が無いんだから、麻里緒ちゃんの所に行けよ」

 風太は光と信一の言葉に押される様に立ち上がった。

「ありがとう。じゃあ、行くよ」

「ああ、麻里緒ちゃんによろしくな」

 光の言葉を背中で聞きながら出口に向かい始めた風太だったが、突然振り返って光と信一に向かって笑顔で言った。

「おまえら、本当に良い奴らだなぁ」

「今頃わかったのかよ!」

 居酒屋の喧騒の中に響く光と信一の笑い声を背に、風太は麻里緒のマンションへと急いだ。





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