表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/21

12、風太の決意

挿絵(By みてみん)


「ただいまー」

 風太が声をかけると、母があわてて玄関まで出て来た。

「お帰り、いらっしゃい」

 ふたりへの言葉だったが、母の視線は麻里緒一人に注がれていた。

「はじめまして、根戸ねと麻里緒まりおと申します」

「堅苦しい挨拶はいいから、上がってちょうだい。お父さんも待っていたのよ」

「はい、お邪魔します」

 居間では老眼鏡をかけた父が新聞を広げていた。広げてはいるが、読んでいるわけでは無い。父親の威厳を見せようという演技に他ならないのだ。その証拠に、広げられた新聞が逆さまである事にすら気付いていない。父の全神経は、風太と麻里緒が居間に近付いて来る足音に集中していた。


「父さん、ただいま」

 父は居間に現れた風太の声で初めて気付いたかのように、新聞に向けられていた視線を風太と麻里緒に移した。

「おう、お帰り」

「俺と付き合っている、根戸麻里緒さんです」

「はじめまして、根戸麻里緒です」

 風太と麻里緒は揃って父にお辞儀をした。父は老眼鏡を外しながら、麻里緒に軽く会釈をする。

「はじめまして、風太の父です。とにかく座りなさい」

「はい」

 風太と麻里緒は父の前の席に座った。母はお茶をそれぞれの前に置いてから、父の隣に座った。


 母は少しの間、麻里緒を観察した後、風太に向かって言った。

「可愛らしい娘ねぇ。まるでお人形さんみたい。そう言えば、アンタが探していた、ミカちゃんのお人形。あのお人形にそっくりなんじゃない?」

 麻里緒は何の話かわからないと言った表情で風太を見た。そんな麻里緒の表情に、真っ先に反応したのは母だった。

「あらやだ、まだ話して無かったの? ごめんねぇ」

「おまえはいつも一言多いんだから……」

 父は呆れたように母を見る。

「あなたがなにも言わないから、私がつい言いすぎちゃうんでしょ」

 母も負けていない。夫婦喧嘩を始めそうな両親に、風太はあわてて口をはさんだ。

「父さんも母さんもやめてくれよ。えっと、人形の事は後でちゃんと話をするけれど、以前ミカちゃんって言う子が隣に住んでいたんだ。七歳で亡くなったんだけれど、その子の形見みたいな人形が有ってね。その人形が麻里緒に似ていたんだ」

 風太は両親の制止と麻里緒への言い訳に必死の形相だ。

「そうなの?」

「うん、詳しい話は後でするから……」


 母に勧められ、テーブルの上に用意されていた御茶菓子をつまみながら、歓談が始められた。最初はバタバタとしたが、その後はごく普通の会話へと移って行った。会話のほとんどは母が質問をし、麻里緒が応えるという形で進行した。

「麻里緒さんはおいくつ?」

「二十三歳です」

「風太より二つ年下なのね。ご実家は?」

「父が購入した駅前のマンションに住んでいますが、両親は二年前に交通事故で亡くなりました。兄弟もいませんので、今は一人暮らしです」

「あら、御両親を亡くされているのね。大変だったわね」

「あの頃は大変でした。親戚もいませんでしたから、何をしたらいいかも分からなくて……」

「そうよねぇ。家族が亡くなると、悲しんでいる暇も無いくらいに、やらなくちゃならない事がいっぱいあるのよね。これからは困ったことがあったら、なんでも言ってね。出来る限り協力するからね」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」


 男達は会話に入る事も出来ずに、ただ聞き役に回っていた。辛うじて発した父の言葉で、状況が少し変わった。

「母さん、そろそろめしにした方が良いんじゃないか?」

「あら、もうこんな時間! ご飯にしなくちゃね」

 そう言って立ち上がる母に、麻里緒も立ち上がりながら声をかける。

「お母さん、お手伝いします」

 母は微笑みながら振り返って言う。

「あらそう、じゃあ運ぶのを手伝ってもらおうかしら」

「はい」

 麻里緒は嬉しそうな笑顔を風太に向けてから、母について台所へと向かった。残された父と風太は、顔を見合わせ苦笑いするしか無かった。


 母と麻里緒によって、食事が運ばれて来た。駅前にあるすし屋からとった握りと、母の特製唐揚げにサラダという、何とも微妙な取り合わせであった。

「風太はね、子供の頃から唐揚げが大好きでねぇ」

 母の言葉に麻里緒が微笑みながら唐揚げを頬張る。

「美味しい」

 麻里緒の言葉に、父が嬉しそうに笑いながら言う。

「そうだろう。唐揚げだけはすごく美味(うま)いんだ」

「だけってなんですか! それじゃほかのものは不味まずいみたいじゃないですか」

「いやいや、そう言う訳じゃない……」

 父の失言に一同の笑いが生まれて場がなごみ、楽しい食事となった。

 風太が帰郷して以来、井坂家には常に重たい空気が漂っていた。息子の余命があとわずかという現状を知ってしまったのだから、それは仕方が無い事だろう。麻里緒の来訪は、まるで春霞はるがすみを吹き払うかのように、井坂家に爽やかな空気をもたらした。


 食事が終わると、片付けに立った母に付いて、麻里緒も台所へと向かった。台所からは、母と麻里緒の楽しそうな声が聞こえてくる。

「これからどうするつもりなんだ」

 父が風太を見つめながら言った言葉は、風太の決意をいっそう堅固けんごなものにした。

「父さんは反対するかもしれないけれど、俺は最後の日まで麻里緒と一緒に居たいと思っている」

「反対などしないよ。ただ……、それが彼女の為になるのか? もう一度考えた方が良いんじゃないのか?」

「それは何度も考えたよ。俺が死んだら麻里緒は悲しむと思う。でも、それ以上に、今の俺達は一緒に居たいと思っているんだ」

「おまえがそこまで言うのならば、父さんはもう何も言わん。後の事は任せろ。お前の居なくなった後も、麻里緒さんが幸せでいられるように、出来る限り力になるからな。変な言い方になるが、安心しろ」

「確かに変な言い方だけれど、安心したよ。いろいろ迷惑をかける事になるだろうけれど、よろしくお願いします」

 風太が頭を下げると、父は大きく頷いた。


 母と麻里緒が楽しそうに会話をしながら、居間に戻ってきた。母が父に向かって不服そうに呟く。

「麻里緒ちゃん、今晩は泊まっていけないんだってぇ」

「すみません」

「日曜日なのに仕事なんですって」

「そうなんです。急に本社の営業部の人が来る事になってしまって、平日に来てくれれば良いのですが」

「まあ、仕事じゃ仕方が無いな」

 以前会社勤めをしていた事のある父が、訳知り顔で言った。

 母だけならばともかく父までそんな事を言うなんて、風太は両親の考えていることが理解できなかった。

「はじめて来た彼氏の実家に泊まって行く筈が無いだろう! まったく何を考えているんだよ」

 まるで小学生が先生にたしなめられて言い訳をするように、母がくぐもり声で言う。

「……だって、娘が出来たみたいで楽しいんだもの……」

 そんな親子の会話を、麻里緒は楽しそうに眺めていた。


「じゃあ俺、送って来るから」

「ちゃんと送るんだよ。麻里緒ちゃん、またいらっしゃいね」

「はい、今日はご馳走様でした」

 麻里緒は丁寧にお辞儀をして、井坂家を後にした。


「素敵なご両親ね」

「そうかぁ? がちゃがちゃしていて恥ずかしいけれどなぁ」

「そんなこと無いよ。まだ、父と母が生きていた時のこと、思い出しちゃった」

 そう言って、麻里緒は風太の腕を抱きかかえるように寄り添った。

「困ったことがあったら、なんでも話してくれよ。俺だけじゃ無くって、父さんや母さんも麻里緒の力になるって言ってくれたから……」

「私って幸せ者だよね」

 麻里緒はニッコリと笑って風太の顔を見上げた。その青い瞳に浮かんだ涙が月の光を反射して、キラリと輝いた。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ