9.抜け駆け
「ずばり! この街の“ダンジョン認定”についてお聞きしたいのです! この街に滞在してみて、それが相応しいと思うかどうか!」
小さくて少々太めの鉛筆。その先をなめなめしながら、ケットシーのビヤンがキーク達に質問をしている。片方の手にはメモ帳を持っていて、まるで構えているようにも見える。
ケーブタウン観光産業興進会。ケーブタウンを訪ねて二日目。その本部にて、キーク達は新聞記者を名乗るビヤンの質問攻めを受けていた。
「いや、どうかしらねぇ……」
ケーブタウンにしか出回らない新聞とはいえ、記録として自分達の発言が残ってしまうとなると滅多なことは言えない。だから、スネイル達はまずはキークの発言を封じると、受け答えの役割をティナに押し付けた。
ティナはビヤンの質問にどう答えたものかと、とても困った様子ではぐらかしている。
冒険者協会を敵に回すような事を言う訳にはいかない。ただ、だからといってティナは器用に嘘をつけるようなタイプでもなく、それで、結局は、そうやってはぐらかすくらいしかできないでいたのだ。
「ちょっと! 何なのよ、あれは!」
キャサリンがナイルスに文句を言う。
ナイルスは困りながら、「いや、確かあいつは通さないようにって言っておいたはずなんですが」とそう言い訳をする。
そこで、レプラコーンのノーボットがこう言った。
「あ、それなら僕が通した」
「なんで!」
「いや、昨日はずっと我慢させていたんだし、二日目からくらいなら良いかな?と思って」
「どーゆー判断だよ! ノーボット! というか、そもそも君にそんな権限はないんだけど?」
ノーボットの言葉にナイルスはそう言って頭を抱えた。そこにどうやらティナに質問をしながらも、しっかり会話を聞いていたらしいビヤンが口を挟む。
「そうですよ! ぼくは昨日一日は自重していたのですよ? 冒険者の方々も旅で疲れているだろうと思って、ですね! どうです! この配慮! ぼくは気配りができる新聞記者を心がけているのです!」
一同が、それを聞いて“どこが?”といった表情を浮かべる。
まだビヤンがケーブタウン観光産業興進会の本部の建物からキーク達から出て来たところをねらうとかだったなら、少しは可愛げがあったかもしれない。でも、ビヤンは堂々と本部に乗り込んで来ている。図太いと言わざるを得ない。
そこでスネイルに向けてティナが小声で言う。
「ちょっと! この猫、可愛いと思って引き受けたけど、はっきり言って、かなりうざいんだけど?! どうにかならない?」
その間にもビヤンはティナに向けて質問をし続けていた。
「アニガニットの店でご飯を食べましたよね? どうでした? どうでした? 美味しかったでしょう! あの店の臭いはちょっとどうかと思いますけども、それ以上のリターンがあると言うか何と言うか、ですね」
そこで「ティナが嫌なら、僕が代わろうか?」とキークが言う。すると、「絶対、ダメ!」と声を揃えてパーティ一同。
「まぁ、どうせ今日も街を観て回るつもりだったし、外に行こうか?」
そのティナの苦情を受けて、スネイルはそう言って席を立った。つまり、逃げようということだ。それに合わせて冒険者パーティの面々も立ち上がった。外に向かう。
気を悪くしたかもしれないと心配して、それにナイルスも付いて行く。もちろん、ビヤンはそんな程度では諦めたりはしない。彼も付いて来てしまう。
「おお! 街見物ですか? 是非とも感想を聞かせてください!」
そして、外に出るなり、そんな質問を浴びせかけてくる。
「ビヤン! 頼むから、静かにしていてくれよ! この人達は大切な街のお客さんなんだからさ!」
それに対し、ナイルスが困った感じでそう注意をした。すると、ビヤンは心外だと言わんばかりの口調でこう返す。
「なんだって、ナイルス?! それは取材を止めろっていうことか? 君はジャーナリズムってものをまったく分かっていない。ぼくはなにも個人的な好みで取材をしているって訳じゃないんだぞ?! 皆に伝えるべき情報を伝える! その大いなる社会的役割の為にぼくは必死でがんばっているのじゃないか! ぼくの取材には社会的必要性があるんだよ!」
うるさい。
どうにも止められそうにもない。
取材がどうのこうのという前に、このビヤンというケットシーはあまりにお喋り過ぎるのかもしれない。うんざりしながら、パーティは街を歩く。
ただ、それでも街の散策は楽しかった。
昨日は見られなかったドワーフ達の工房を見た。何故かさっきはケーブタウン観光産業興進会の本部にいたが、レプラコーンのノーボットもその工房の一員らしく、靴を作っていると説明を受ける。
その他にも魔石の加工場や食糧の管理など、昨日とは違って、より生活に密着した場所を彼らは見物した。
一応断っておくけども、偵察とか情報集めとかではなく、すっかり観光気分である。
「そう言えば、水はどうしているんだ?」
ある程度、街を見たところでスネイルがそんな疑問を口にした。
生物が生活するのなら、絶対に水は必要だ。他種族でもそれは同じ。一体、どうやって調達しているのか。
ナイルスはそれを聞いて、こう説明する。
「ああ、雨が降った時に地上から流れ込んでくるので、それを上手く使ったり、後は池もありますよ」
「池?」
「はい。池です。見てみますか?」
地下にある池はあまり目にした事がない。好奇心を刺激された彼らは「見てみたい」とそう答えた。
因みに、その間もずっとビヤンは彼らに付いて来ていた。
やっぱり、ちょっと…… と言うか、かなりうざい。
歩き続けると、そのうちにナイルスが言っていた池が見えて来た。地下の池の水は、ろ過を繰り返されて溜まったものだからだろうか、とても澄んでいた。
「うわ! すんごく綺麗ねぇ」
と、それを見てティナが思わず感嘆の声を上げる。
「見て! 魚がいる!」
そう声を上げたのはキークだった。彼はこーいうのには直ぐに気が付く。本当に。
「あれは誰かが放したの? それとも、初めからいた?」
「詳しくは知りませんが、多分、初めからいたのじゃないかと思います。誰かが放したなんて話は聞かないので」
そこでティナがひと際大きな魚影を見つけた。
「わ! あんな大きな魚もいるんだ」
彼女の指さす方を皆が見ると、馬ほどもある大きさの影がこちらに向って来ているのが見えた。
しかし、近づけば近づくほど、大きさだけじゃなく、何かしら異様な雰囲気がその影にあるのに皆は気が付いていく。
「ねぇ? あれ、本当に魚なの?」
思わず、キャサリンがそう呟く。その次の瞬間、何かが水面から浮かび上がった。そして、
ザパァッ!!
と、いう水飛沫が舞う。
その水飛沫はキラキラと辺りの光を反射して、まるで輝いているように見えた。
「どうもー、こんにちはー!」
その水面から飛び出して来たものは、そう大きな声で挨拶をして来た。それは馬の形にとてもよく似ていた。ただ、普通の馬よりも首が長い。そして、何処となく女性を感じさせるような顔立ちをしていた。
「ケルピーか?」
スネイルがそう呟くように言う。ナイルスが頷く。
「はい。ケルピーのマダームです。彼女はこの池の管理をしてくれていましてね。まぁ、主みたいなもんです」
それを聞いて、キャサリンが疑問を口にする。
「ねぇ? この池の水って生活用水でもあるのよね?」
「はい。そうですが?」
「あんなのがいていいの?」
その疑問にナイルスは不思議そうな顔を見せる。
「ケルピーがいる川なり池なりの水を生活に使うくらい外でも普通じゃないですか?」
「いや、ま、そりゃそうだけどさ……」
……なんとなく、なんとなく納得がいかない。
そこでまたビヤンが質問して来た。
「どうですか? どうですか? 地下にある綺麗な池! なんとも神秘的じゃないですか? この池の魚は街で食べることもできるんですよ!? どうですか? どうですか? 昼飯としていっちょう……」
キーク達は既にうんざりを通り越していて、自然にビヤンの質問攻めをスルーできるようになっていたので、当然、それに何も応えない。
ところが、そうして彼らにスルーされたビヤンは何故か突然にこんな声を上げたのだった。
「おお! 冒険者の人達が他にもいるじゃないですか! どうですか? どうですか? この地下の神秘的な池は!」
そして、彼らの後方に駆けて行く。
冒険者?
それに驚いて、一同はビヤンの方を見る。すると、驚いたことに確かに冒険者らしき人間がいた。
黒い鎧に身を包み、凶悪そうな目をしている男。
「あ? なんだ、お前は?」
その男はインタビューをしようと近づいて来たビヤンに向け、そう不機嫌そうに返した。
「新聞記者です! 実はこの街のダンジョン認定について取材をしている最中でして! 色々とお聞きしたいことが!」
ところがビヤンがそう返すなり、その男は「うるせぇよ」と、ビヤンを裏拳で引っ叩いてしまったのだった。軽いビヤンは「ギャフンッ!」と弾け飛び、池に落ちてしまう。「キュー」と池に浮かぶ。
その突然の暴行に一同は目を丸くする。
「大丈夫? ビヤン?!」
幸いにも、池の中にいたマダームが直ぐに池に落ちたビヤンを助けた。ビヤンは意識を失っているようだったが息はしている。
「なーにやってんだぁ、てめぇ!」
そこに、そう怒号を発しながらドワーフのガーロが駆けて来た。今の時間帯、本来ならば彼は工房で働いているはずなので、恐らくはキーク一行が珍しくて後をつけていたのだろう。意外に野次馬気質。
「確かにビヤンはうるさい奴だが、いきなり殴ることぁねーだろうがぁ!」
しかし、そんなガーロに対して、その黒い冒険者らしき男は掌を向ける。そしてそれから、魔法なのか何なのか、衝撃波のようなものを発し、ガーロを後方に大きくぶっ飛ばしてしまった。
――そして、そこでまた声が聞こえた。吹き飛ばされたガーロのちょっと向こう。
「なにやってんだ! あんた!」
見ると、そこにはノーボットの姿があってやはり駆けて来ている。
彼もこの時間帯は工房で靴を作っているはずなので、恐らくはキーク一行が珍しくて後をつけてきたのだろう。
……いや、単にサボっていただけかもしれないけれど。
ぶっ飛ばされて横たわるガーロの近くまで来ると、ノーボットはこう言った。
「親方が怪我でもしたらどうするんだ! 凄く素敵じゃないか! 良い感じです! もっとやってください! できればとどめを刺す感じで!」
「おいこら、ノーボット!」
それに、ガーロはそうツッコミを入れる。丈夫なドワーフの彼はどうやら意識を失ったりはしなかったようだ。
「ちょっと! 何をやっているのかしら! 突然、皆を殴り始めるなんて! あなた、頭でもおかしいの?!」
そこでそう声が上がる。みると、それはシュガーポットだった。彼女は池の近くにいて、怒っている。“リンリン”とベルのようなスカートを鳴らしながら。彼女もやっぱりこっそり後をつけて来ていたようだ。
「静かにしているんだ、シュガーポット!」
そこで、そうナイルスが警告を発したが、既に時は遅かった。
彼女の姿を見やると、その黒い冒険者は拳を結ぶ。口元は薄っすらと笑っている。どうやら彼は彼女をターゲットにしてしまったようだった。
滑るような動作で動き始める。
構えを見る限り、シュガーポットも殴り飛ばすつもりでいるようだ。その動きはとても速く、シュガーポットではとても対応できそうにない。
危ない!
その光景を見ていた誰もがそう思ったその時、何者かの影が高速で黒い冒険者とシュガーポットの間に入った。
ガキッ!
効果音をつけるのなら、そんな音だろうか? その何者かは、すんでのところで、黒い冒険者の拳がシュガーポットに当たるのをくい止めていた。
「っっっんとーに、何をやっているのよ? キーザス!」
その何者かはそう言う。
「よぉ ティナ。久しぶりだな」
キーザスと呼ばれた黒い冒険者は不敵に笑いながらそう返す。彼の拳を止めた影の正体はティナだ。
「質問に答えなさい、キーザス。“ダンジョン認定”が決定はされたけど、まだ施行はされていないわよね? あなたのした事はただの暴力。犯罪よ!」
「はっ」と笑ってから、キーザスはこう返す。
「見てなかったのか? 正当防衛だよ。ダンジョンに棲まう凶悪なモンスターに攻撃されそうになったから、自らの身を守る為に仕方なく応戦したんだ。ああ、怖かった」
それはとても平淡な口調で、明らかに彼女を挑発していた……
その光景を見ながら、スネイルは頭に手をやっていた。
「手を出しちゃったな」
キャサリンが冷静な口調で返す。
「ま、ティナの性格なら当然でしょうね。殴られそうになったキキーモラの子、可愛いし」
それからスネイルは目に魔力を集中させる。
「やっぱり、いるな。隠れているが、他の連中も。キーザス冒険者御一行様のダンジョンツアーだ」
「そう。こりゃ、下手すりゃ、パーティバトルね。メンドーな事にならなければ良いけど」
「ああ」
と、そう言ってからスネイルは策を練り始める。が、そこで気が付いた。
「ちょっと待て。他の気配もあるぞ? この洞窟の入り口から入って来ているみたいだ。しかも、かなりの数……」
それにキャサリンは驚いた顔を見せる。
「なに? それも冒険者達?」
「いや、違うようだ。しかし、これはまさか……」
キーザスは手紙を取り出して、ヒラヒラとそれをティナに見せながら言う。
「オレらの所にタレコミが入ってな。
お前らが、ダンジョン認定が施行される前にこの街を荒そうとしているってここに書いてあるんだよ。
まさかとは思ったが、来てみたら本当にいやがった。早い者勝ちで、ここの財宝を独り占めしようたってそうはいかねーぞ! ティナ!」
それにティナは「はぁ?」と声を上げる。
「わたし達はこの街に招待されたのよ! 観光ビジネスを興すからって! だから来ただけ! 勘違いしないでよ!」
キーザスは笑いながら返す。
「ハハハ! 信用できるかよ! お前ら、疑似生命体ハントでも抜け駆けしてチャンピオンになっているじゃねーか! 同じ手を使おうたってそうはいかねー!」
「はぁぁぁぁ?」
と、それにティナは大声で返す。
「わたし達が軍事用の魔法疑似生命体ハントで一位になったのは、ダンジョン攻略を無視してハントに集中したからでしょう? 何を言っているのよ?!」
彼らがハントで一位になれたのは、それだけではなく、直感力に秀でたキークが、的確に軍事魔法疑似生命体の居場所を突き止めるからでもあったのだが、それはさておき、キーザスのチームは軍事魔法疑似生命体のハンティングで二位で、一位のキーク達には大差をつけられていた。
プライドの高いキーザスにはそれが許せないらしい。
「うるせぇ!」
と、叫んでからキーザスは続ける。
「とにかく、ここはそもそもヘゲナ国の領土でも何でもねー! ダンジョン認定もクソもねーんだよ! 正当防衛って言えば、何でも通る! 人間の目撃者もいねーしなぁ!」
「略奪してりゃ、バレるでしょーが!」
「誰がこの街にある資源を把握しているんだよ? 黙ってりゃ分からねーって!」
「バカじゃないの? そもそも、人間の目撃者はここにいるでしょーが! わたし達はあんたを見ているわよ!」
それを聞くと、キーザスは剣の柄に手をかけた。
「ああ、分かっているよ。だから、お前らをここで叩きのめせば、誰もいねぇじゃねぇか」
それを聞くと、ティナは構えを取る。
「本当にクズね、あんた……」
それから彼女達は後方に跳ねてお互いに間合いを取った。
先に動いたのはティナだった。