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8.ケーブタウンと勇者御一行様

 「……旅の疲れもあるでしょうから、今日は夕食でも取って、もうお休みになるというのはどうでしょうか?」

 

 旗色が悪いと踏んだのか、それからナイルスがスネイル達にそう提案して来た。

 誤魔化そうとしているな、とはスネイル達は察していたのだが、腹も減っていたし疲れてもいたので、その提案に従ってしまった。

 もっとも、日を改めたところで安易な決定をしないだけの自信が彼らにはあったのだが。

 それから彼らパーティは、アニガニットというオークが経営しているという飲食店に案内された。

 「なに、この臭い?」

 「これ、やばくない?」

 ところが、その店の…… 正確にはその店の周囲の臭いが酷く、キャサリンとティナが文句を言い始めた。口には出さなかったが、他のメンバーも同様に思っていたらしく、これで料理が不味かったなら、きっと彼らは嫌がらせだと判断していただろう。

 が、

 「これは…… すんばらしいぞぉぉ!」

 出された料理を一口食べて、ゴウがそう吠えた。

 ……イメージ的には巨大化して城をぶっ壊しているような感じ。

 料理にこだわりのあるゴウは、店主のアニガニットに向けて、「一番の自信作を出してもらおうか」と挑戦的な注文をしていたのだ。

 アニガニットにはその時、“面白いわ”的な顔で瞳をキラーンと光らせて、「分かりました」と不敵な笑みで返したのだが、その表情の理由がその料理を食べた瞬間、ゴウには分かってしまった。

 「この店の悪臭は、飲食店にとって一見は致命的に思える。だがしかし、この料理はその臭気を味方につけている!

 こんな発想の料理、俺は味わった事がないぃぃぃ!」

 アニガニットの出した、焦がしたライスに独特の風味のある肉野菜スープを注いだ料理をバクバクと口にしつつ、口角泡飛ばしながら、彼はそう感動の言葉を述べていた。

 そして、料理についてこだわりのあるゴウがそこまで言うのなら、と後のメンバーも食べ始める。ただ、美味しいとは感じたが、そこまでの感動は覚えなかった。

 やっぱり、臭いが酷いし。

 そんな中でラットが言う。

 「どうです? 美味しいでしょう? 私はこの店を観光の目玉の一つにしようと考えているのですよ」

 自信満々な感じで。

 ティナがそれを聞いて顔を引きつらせた。

 「まぁ、美味しいことは美味しいけども、これ、特殊なタイプの人種にしか受けないのじゃないかと思うわよ?」

 ゴウみたいな…… と、続けたかったみたいだが、それは言わない。

 その後で「そう? 美味いじゃん」と、キークが無責任なことを言う。

 「いや、ゲテモノって線なら、案外、いけるんじゃないか?」

 と言ったのはスネイル。

 これも、もちろん、無責任な発言。

 そしてアニガニットの店で夕食を食べ終えると、彼らは改めて街を見て回った。まだ彼らはこの招待が罠という可能性を一応は疑っているようだった。だから宿を取る前に、色々と観察をしておきたかった…… という考えもあるにはあるようだったが、やっぱり半分以上は観光気分のようだった。

 魔石採掘の現場も、魔法系植物の根の世話の現場も彼らは目にした事がない。いや、世の中一般的にもかなり珍しい部類に入る光景だろう。

 興味深い。

 確かに、観光地として面白い要素はあるにはあるのかもしれない。

 それで彼らはそう思った。

 ある程度歩くと、体力には自信のある彼らも流石に疲労に耐え切れなくなって来た。それに、地下だから分からないが、もうそれなりに遅い時間のはずでもあった。

 宿で休みを取った方が良さそうだ。

 それから彼らはケーブタウン観光産業興進会に行って、ナイルスに休みたい旨を伝えた。すると、ケーブタウンの宿が良いか、それともケーブタウンの出入り口近くにある人間の民家が良いかと尋ねられた。

 彼らは互いに顔を見合わせる。

 地下の街ならではの雰囲気を味わいたいのならケーブタウンの宿だろうが、充分に疲れを取りたいのならやっぱり地上だろう。

 目と目の会話だけでそう通じ合うと、「人間の民家」とスネイルが答える。

 ところが、それを聞いて「あ!」とラットが声を上げるのだった。

 「そういえば、イノマタさんにこのことを伝えてましたっけ?」

 「え? 言ってないの?」とナイルス。

 その不穏な会話にキーク達は不安を覚えたが、ナイルスもラットもまるで心配をしている様子がない。

 「ま、今から断れば大丈夫でしょう」

 そう言うと、それからナイルスは「おーい! ハダカデバネズミー!」と大声を出して、何かを呼んだ。

 そして数十秒の間の後で、「デバー!」と妙な鳴き声を上げつつ、奇妙な動物が数匹物影から現れる。

 「何これ? カワ……」

 と、“それ”を見てティナが言いかけ、「イイような、キモイような」と言葉を結ぶ。

 毛がなくて、出っ歯なネズミ。それは、その動物が、そんな姿をしていたからだ。どう受け止めて、どう把握したら良いのか、どうやら彼女は軽く混乱しているようだった。

 「これはハダカデバネズミです」と、疑問を覚えているだろう冒険者パーティのメンバーに向けて、ナイルスが説明した。

 「こいつらはケーブタウンの付近に住んでいるイノマタさんと仲が良くて、ですね」

 何の説明にもなっていないけど。

 それからナイルスは、ハダカデバネズミ達に向けて、「この冒険者の人達を泊めてもらって良いかって、イノマタさんにお願いしてくれない?」とそう頼む。

 「デバー!」とハダカデバネズミ達はそれに応えると、「分かったー」と続け、駆け出してしまう。

 みるみる姿が見えなくなる。

 「はい。これで多分、大丈夫なんで」と、その後でナイルスが言った。それを受けてパーティのメンバーは変な表情を浮かべる。

 「いや、本当に大丈夫なの? あの変な生き物に頼んだからって、見ず知らずの人間をいきなり泊めてもらえるもの?」

 ティナがそう疑問を口にする。

 それにいつの間にかナイルスの横に来ていた、どうやらキキーモラらしい女の子がこう答えた。

 「大丈夫だと思うわ」

 ベルみたいな形をした変わったスカートを、やっぱりベルみたいに“リンリン”と鳴らしながら。

 「だって、あの人、何にもなしでいきなりあなた達が訪ねても、きっと泊めてくれるもの」

 それから少し考えると、

 「ハダカデバネズミ達に先に行かせた方が良かったのは、前もってイノマタさんが準備ができることくらいじゃないかしら?」

 “リンリン”と、またスカートを鳴らす。

 それを聞いて、パーティのメンバーは顔を見合わせた。

 素直には信じ切れなかったが、このケーブタウンののん気に染め上げられているような雰囲気があるとなんとなく本当っぽく聞こえるような気もする。

 そして、半信半疑のまま、彼らはケーブタウンの外の民家を目指し始めた。一匹、ハダカデバネズミが彼らの案内をしてくれたから、迷うことはなかった。

 そのハダカデバネズミは、「デバッ」、「デバッ」と上機嫌で歩いて行く。どうも、そのイノマタさんという女性に会いに行けるのが嬉しいらしい。

 「なんかちょっと可愛く思えて来た」と、そんな光景を見てティナが言う。「いや、チョロ過ぎない?」と、それに淡々とキャサリンがツッコミを入れた。

 

 ハダカデバネズミに案内されて、そのイノマタさんという女性の家に行くと、驚いたことにナイルス達が言ったように自然と彼らを受け入れてくれた。

 イノマタさんは、いかにも優しそうな人で、彼らが家に近づくとその気配を察してか、呼ぶ前に家の中から現れて、彼らを見るとにっこり笑って飲食店だろう店の中に招き入れてくれた。

 言葉は喋らなかったけれど。

 警戒心がまったくない。

 戦闘の専門家である彼らは、何処に行っても警戒をされるのが常で、彼らも相手の人間達を警戒している。だから、それに非常に驚いていた。

 どうやら彼女は、ケーブタウンの出入り口で飲食店を営んでいるらしかった。スペースの都合だろうか、その飲食店内に彼女は寝床を用意してくれていた。

 物静かな人だと、そんな印象を彼らは抱く。“物静か”どころか、まったく喋らない人なのだと、それからちょっと経って彼らは気が付いたのだけど。

 イノマタさんはお風呂も用意してくれていて、湯加減サイコーのそれは、本当に心地よかった。布団も柔らかく、高級品でこそなかったが、とてもよく手入れをされているようだった。

 お陰で彼らは快適に過ごす事ができた。それは彼らにとって随分と久しぶりの事だった。もちろん、彼らのケーブタウンに対する印象は、それで随分と良くなった。

 

 「なぁ、キャシー」

 

 と、スネイルが布団に寝転がり、両手を結んで頭に乗せる姿勢でそう話しかける。ゴウは分からないが、ティナとキークは既に眠ってしまったようだった。

 「なによ?」

 そうキャサリンは返す。因みに、キャシーというのはキャサリンの愛称だ。

 「あの街、このままだと本当にダンジョンとして攻略されるぞ? ……いや、侵略か。良いと思うか?」

 彼女には夜の闇に眼が慣れて来たお陰で、スネイルの姿がおぼろげながら見えていた。ただ、表情までは分からない。

 「あら? まさか、たったこれだけでほだされたの? あんたも案外、チョロいのね」

 それに彼は何も返さない。そんな彼に向って彼女は言う。

 「これが連中の作戦かもよ? ワタシ達を呼んでもてなして味方につけようっていう。一応は、発言力のある実力者だしね、ワタシ達は」

 「かもな」と、それにスネイル。

 「しかし、もし何か手があるのなら、そしてそれがオレらの収入になるのなら、乗ってやっても良いのじゃないか?」

 「そりゃ、ね。このままじゃ、ワタシ達だって絶対にジリ貧で生活できなくなるし。

 でも、劇はないわ。演技なんて無理だし、そもそもウケないでしょう? てか、他の冒険者連中全員をあれで雇えるはずがないし。なら、連中は納得しないでしょう」

 それからまたスネイルは黙る。その沈黙が気になった彼女はこう問いかけた。

 「何か策でもあるの?」

 「いや、策っていうか、ちょっと気になっている事があってな」

 「何よ?」

 「オレ達を呼んだのは、あのケーブタウン観光産業興進会って連中だとして、オレらの存在を知り、オレらの居所を見つけたのは一体誰なんだ? ちょっと変じゃないか?」

 誰に狙われるか分からない立場の彼らは、自分達の居場所を公開してはいなかったのだ。もっとも、特に隠している訳でもなかったのだが。

 それに、冒険者の中には話の通じない荒っぽい連中も多い。どうやって、そういう人間を避けて自分達だけを呼んだのかも分からない。

 「確かに、変ね」

 と、それにキャサリン。

 「だろ? もしかしたら、まだ何かあるんじゃないかと思ってさ」

 もちろん、それは考えても結論など出ない事だった。そして、やがては彼らも眠りに就いた。


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