7.勇者キーク達に届いた招待状
「なんで、キークの所に招待状が届くのかしらね?」
そう納得のいかなそうな……それでいて、半分は諦めたような表情で言ったのは呪法武闘家のティナだった。
彼女の手には長い布が巻かれている。普通はバンテージだと思うかもしれないが、これは単なるバンテージではない。彼女のそれには様々な呪文が刻まれていて、自由に呪法を発動しつつ、それと武闘術を組み合わせて闘う事ができる。中々に凶悪な冒険者だ。
「多分、キークがワタシ達のリーダーだって世間的には思われているからじゃない?」
そうそれに応えたのは、キャサリン・レッドだった。
彼女はいかにも魔法使いといった出で立ちで、一応は美人の部類に入るのだろうが、関わると呪われたり毒を盛られたりされそうな気配が漂っている。それでもって実際に、彼女はそういった事をしたりするものだから、けっこー困ったもんだったりする。
そのやり取りに反応して、賢者風の恰好をしているスネイルという男が「ヘッ」と言って馬鹿にした感じで笑った。
彼は何処となく斜に構えたような雰囲気があり、まるで“不真面目に生きている”という張り紙でも貼ってあるかのようだった。卑怯な手段が得意そう。
「お前らがキークが勇者を名乗っているのを面白がって囃し立てるからじゃないのか? あいつ、すっかりその気になりやがって…… 勇者ったらリーダーだろうって思う世間の連中も単純過ぎるけどよ」
因みに、この発言は陰口ではなく表口である。目の前に自称勇者のキークがいる状態で堂々と言っているからだ。
ただし、自称勇者のキークは、それを聞いてもまったく気にする様子を見せていない。キョトンとした表情で、聞き流している…… もとい、何を考えているのか分からない感じでスルーしている。
自称勇者のキークは、このパーティのメンバーの中で最も外見が若く見える。今でも少年のあどけなさを失っていない。もっとも、実際はティナと同い年だ。彼も一応は先の戦争に参加していた。戦争をしていた当時は少年兵で、かなり過酷な体験を何度もしたらしい。
彼のその“何を考えているのか分からない”変人っぷりは、その過酷な体験の所為で人格が壊れてしまったからだ…… などとまことしやかに噂されているが、実際はどうもそんな事はないようで、元からそんな性格だったらしい。
「それもあるかもしれんが、なんだかんだで、勇者さんの言う通りに我々が行動しているからではないかな?」
そこでそう言ったのはパワータイプ・ファイターのゴウだった。
その発言を受けて、ティナとキャサリンの二人が軽く責めるような視線をスネイルに向ける。
最もキークの言う通りにするべきだとよく主張するのが彼だからだ。
「仕方ねーだろ? こいつ、頭の中はどーなってんのか分からないけど、なんでか知らないが直感力だけはずば抜けているんだから!」
そう。
この勇者を自称する少々痛いキークという若者は、鋭い直感力を持っているのだ。まだ少年だった頃から戦場に出ている彼が今日まで生き抜いて来れたのは、その直感力によるところも大きい。
言語化が難しいのが欠点だが、キークの直感的行動の通りにしていると、良い結果に結びつくことが多い…… そして実際、彼らはそれで何度もピンチを切り抜けているのだ。
その実績を鑑みるに、キークの主張は無視する訳にはいかないのだ。
「この訳の分からない頭の中を通してじゃないと結論を得られないってーのはオレだって物凄く不安で堪らない。がしかし、かなーり不本意だが、確率上、それがベータ―だってのは証明されているようなもんだからな」
キークの頭をペシペシと叩きながら、スネイルはそんな事を言った。因みにキークはそれに無抵抗で無表情。
「そうねー。怪しい占い師の謎の占いみたいなつもりで、取り敢えず、従ってみるしかないもんね」
と、世の不条理を憂うような表情で、キャサリンが続ける。
「フフン! まぁね!」
それを聞いて、勇者キークは腰に手を当てて威張り始めた。
「いや、この会話、別にあんたを褒めている訳じゃないと思うわよ?」
と、それにティナがツッコミを入れた。
……彼ら冒険者パーティは、今船に乗っていた。中型の貨物船だ。川の上である。「無料で用心棒をやるから」という交換条件でスネイルが荷主と交渉し、格安で乗り込んでいる。
行き先はクルンの街…… の近くにあるケーブタウン。
彼らはケーブタウンから、“勇者キーク御一行様”と書かれた招待状を受け取ったのだ。ケーブタウンは、最近になって新たにダンジョン認定されてしまった洞窟の街で、冒険者パーティをやっている彼らも当然それを知っていた。
いや、もとい、正確にはその招待状を受け取ったキーク本人だけは知らなかったのだが、とにかく、それで彼らは興味を抱き、こうしてケーブタウンに向っているという訳だ。
「キークが“行こうよ! 楽しそうだから”って言うから、取り敢えず目指しているけど、罠である可能性もかなり高くない?」
ティナが心配を口にする。
ケーブタウンは安全な場所で、冒険者達の生活の為に無理矢理ダンジョン認定された不幸な犠牲の街…… というのが冒険者の間のみならず、世間の一般的な見解だった。
だが、こうして誘って来る以上、もしかしたら何かあるのかもしれない。
ティナはそのように考えているのだ。
招待状の文面は、バカ丁寧だが、どことなくピントがズレているような奇妙なもので、真面目なのかふざけているのかいまいち判断がつかなかった。
内容も実に奇妙で、どう受け取ったら良いのか分からない。
なんでもダンジョン認定されたことを契機に、ケーブタウンを観光地化する計画を立てているとかなんとか、その計画の一端として冒険者達を雇う事となったので、そのメンバーとして協力して欲しい云々かんぬん。
常識からは、思い切り逸脱している。
ただ、ケーブタウンというのは、人間社会ではない他の多種族が集まって形成されている人外の街。常識から逸脱していても、不思議はないのかもしれない。
「もし、罠のつもりなら、こんなふざけた招待状は寄越して来ないだろう。ま、単なるイタズラだったら分からないが」
そう言ったのはスネイルだった。それにキャサリンが続ける。
「あら? 罠だったら却って面白いじゃない。思い知らせてやればいいのよ。ああ、なんかワクワクして来たわ!」
キャサリンは騙し合いの類が大好きなのだ。
「相変わらず特異な性癖ねー」と、それにティナ。
「俺としては料理が気になるな。“ケーブタウン独自の変わった料理”と書いてあるではないか! できればレシピも教えてもらいたい!」
そう言ったのはゴウだった。彼は外見は無骨なのだが、料理を作るのも食べるのも好きという一面がある。
「大丈夫! きっと、夢みたいな素敵な事が起こるから!」
そんな皆の会話を聞いて、明るい声でキークがそう言った。
「で、その根拠は?」と、それにティナ。
「ない! けど?」
無邪気な顔でキークがそう返すのに怒りを覚えたのか、ティナはそのほっぺをつまんで引っ張り始めた。
「だから、あんたの言う事は不安だらけなのよ! てきとーに直感だけで生きてるんじゃないわよ!」
ほっぺを引っ張られて、キークは痛がっている。
「イタイ! イタイよ、ティナ!」
でも、ティナは放さない。
そんな光景をボーっと見ながら、スネイルが淡々と言った。
「ま、今回はあまりキークの直感力に期待しない方が良いと思うぞ? 情報が少なすぎるからな。
直感力は情報ゼロで信頼できるようなもんじゃないんだよ。本人が無自覚のうちに手に入れた情報で、無自覚のうちに結論出す力なんだから」
「罠だったら、嬉しいわ~」と、それを聞いてキャサリンがそう続ける。ゴウは「俺は料理にやっぱ期待かなぁ」なとど言った。
銘々が勝手に色々言っている。
とってもマイペース。
キークはその間ずっとほっぺを引っ張られていて、「イタイ、イタイ」と喚ていた。ほっぺを引っ張っているティナは、どうもそれが楽しくなってきたようで、恍惚の表情を浮かべ始めた。
彼女にはちょっとアブノーマルな一面があるみたい。
「イタイってば、ティナ―!」
キークの悲鳴が、船上、川の上に響き渡った。
クルンの街に船が着くと、スネイルが軽く聞き込みをして、ケーブタウンの住人達が観光産業を興そうとしている話が真実であるという裏を取った。少なくともイタズラではなさそうだ。そう判断すると、それから直ぐに彼らはケーブタウンを目指した。
本当を言えば、彼らはクルンの街で休憩し、できれば少しばかり観光でもしてからケーブタウンに向いたいと思っていた。しかし、そんな余裕は彼らにはなかったのだ。それは時間的な余裕でもあったのだが、それ以上に資金面が苦しかった。まだ、金は余っていたがそれでも充分とは言い難い。
招待状の内容を信じるのなら、ケーブタウンに着けば、彼らはそれだけで謝礼が貰えるはずで、おまけに宿泊費も食事代もタダであるらしかった。
「はぁぁぁ…… 美味しそうな屋台がいっぱい出てたわね」
遠ざかっていく街を見ながら、名残惜しそうにティナがそう言った。
それにキャサリンが「しょうがないでしょーう。ワタシ達は、今ジリ貧状態なんだから」と返す。
それにスネイルが続ける。
「国が軍事魔法疑似生命体を大量に逃がしちまったとか、そんな事件がまた起こらない限り、オレらの収入減はほぼないからな」
それに合わせてゴウが口を開く。
「そして、再び戦争でも起きん限り、そんな事件は起こりそうにもない、と」
彼ら冒険者パーティは、戦争時に国の管理ミスによって、野に放たれてしまった軍事用の魔法疑似生命体を狩る仕事を主な生業にしていた。ダンジョン攻略にはほとんど手を付けていない。そして、だからなのか彼らは魔法疑似生命体ハンティング・ランキングで堂々の一位を記録していたりする。
だからこそ、彼らは実力者として、冒険者達からも、また、冒険者協会からも一目置かれているのだ。
ただ、そんな彼らもここ最近は、満足にハンティングに成功していなかった。原因はいたってシンプルで、軍から逃げた魔法疑似生命体が減ってしまったからだ。それは冒険者達が倒してしまったから、という事ももちろんあるがそれだけではなく、魔力の供給がなければ、魔法疑似生命体は自然と消滅してしまうからでもあった。
つまり、時間が経てば経つほど、自ずから彼らの収入減はなくなってしまうのである。そんな皆の会話を聞いて、自称勇者キークは快活に笑った。
「アハハハ! 僕がやめておいた方が良いって言ったのに、スミニア国に行って、散財しちゃったしねぇ」
「嬉しそうに言ってるんじゃないわよ!
そもそも、あんたがちゃんと理由を説明できてりゃ、行かずに済んだんでしょーがっ!」
そう怒りながら、ティナはキークの頭をゲンコで挟んでグリグリし始めた。
「イタイ! イタイーッ!」
と、キークは悲鳴を上げている。
……怒ったノリでやっている振りをしているけども、実は単にティナはキークへのグリグリを楽しみたいだけという可能性もあるかもしれなかった。
「でも、不思議よね。この時期に魔法疑似生命体が出たってのも珍しいけど、それに軍が動いたってのも。
だって今更よ? 戦後からずーっと今まで、何処の国も冒険者達に退治を丸投げしていたのに」
ティナがキークを折檻している光景を尻目に、キャサリンが愚痴をこぼすようにそう言った。
――少し前、彼らはスミニアという北にある国で、魔法疑似生命体が出たという話を聞いて退治に出かけたばかりだったのだ。ところが、既に軍隊が討伐に動いており、彼らの出る幕はなかった。それを変だと彼女は言っているのである。
スネイルがそれに頷いた。
「ああ、あれはなーんか変だったな。魔法疑似生命体の退治を言い訳にして、国境近くに軍を動かしたがっているようにオレには思えた」
魔法疑似生命体が出たと噂された場所は、ヘゲナ国に接する国境近くの山や森だったのだ。
「どうしてよ?」
「さぁ? もしかしたら、ヘゲナ国を警戒しているのじゃないか? なんか、怪しい動きでもあるのかもな」
それを聞くとゴウが呟くように言った。
「戦争はもういい。人と資源の無駄遣いだ」
短い台詞だったが、それはとても重く響いた。彼は戦場でとても表現できない程の悲惨な現実を何度も見て来たのだ。もしも戦争がなかったら、彼は戦士などではなく、腕の良い料理人になっていたかもしれない。そんな想いもある。戦争が彼の人生を壊したのだ。
それを聞いて、珍しくスネイルもキャサリンも神妙な顔を見せた。戦うしか能がないような自分達のような人間も、戦争さえなければ他の生き方を選んでいたかもしれない。
彼らはそんな事を薄っすらと思っていた。ただ、これでは駄目だと判断したのか、直ぐに彼らは気を取り直した。
「ほら、あんた達、さっさと行くわよ」
そして、ティナとキークにそう注意する。相変わらず、ティナがゲンコでキークの頭をグリグリと挟んでいたからだ。
シリアスな雰囲気が、お陰で台無し。
「イタタ! イタイッてば! ティナー!」
そんなキークの悲鳴が、ケーブタウンへと続く豊かな自然に囲まれたほのぼのとした道に響き渡っていた。
――ケーブタウン。
その地下にある洞窟の街に辿り着いた彼らは面食らっていた。
平和な街だと聞いてはいたのだが、その予想を遥かに上回るのん気さがそこには充満していたからだ。なんと言うか、根本の根本からのん気さに染め上げられている。
彼らもかなりふざけた冒険者パーティだが、それとは質が明らかに違う。“戦闘”という言葉が概念ごと抜け落ちてしまっているかのような、そんな者達の集まり。そこはそんな場所だったのだ。
招待状に書かれてあった“ケーブタウン観光産業興進会”という場所を訪ねると、彼らはとても歓迎された。そして、街を軽く案内されてから、ドーム状になっている街の中核の広場に通された。どうやら、そこで詳しい説明をするつもりらしい。
その広場で主に彼らの相手をしたのは兎人なのに何故か“ラット”という名の変わり者だった。
「やー、どーも。この度は私達の街のビック・ビジネス・プロジェクトに参加していただいてありがとうございます!」
妙にテンションが高い。
「いや、まだわたし達はこの街で働くと決めた訳じゃないのだけど……」
ティナがそう返す途中でキークが「やー、どーも。よろしくぅ」などと勝手に返答して、握手などもしてしまう。
「やめい!」と、そう言ってティナはキークを引っ叩いてツッコミを入れる。
そのボケとツッコミを聞いてもラットは気にしていないようだった。
「大丈夫です。ご安心を。私どものビジネスを聞けば、働きたくなることは請け合いですので! 1000%以上の確率で!!」
もちろん、この発言に根拠はない。
「で、具体的には何をしろって言うのよ?」
淡々とした口調で、キャサリンがそう尋ねる。ただし、尋ねた相手はラットではなく、隣にいた大眼鏡をかけたナイルスという名のブラウニーだった。彼もブラウニーにしては変わっているが、ラットよりはかなりマシだと判断したようだ。
「はぁ」
と、言い難そうにしながら、ナイルスはこう説明した。
「実は街としては、観光地の一つの“売り”として、アトラクションを行いたいと思っているのですよ」
「アトラクション?」
「はい。具体的には、うちで作った魔法疑似生命体と戦って倒していただきたいのです。もちろん、安全な魔法疑似生命体です」
そう言い終えると、傍にいたクーというダークエルフが魔法陣に魔石を設置した。すると、魔法陣に刻まれた文字が光り輝き、魔法疑似生命体が合成され始める。
みるみる身体が構築されていくその様に、一同は多少は感心したようだったが、それから完全に合成されたその造形を見て、思いっ切り緊張感を削がれた。
丸っこいボディに小さな羽の生えた、ドラゴンなのか悪魔なのか分からない、まるで子供のラクガキのような疑似生命体がそこに誕生していたからだ。
なんだかそれは、 ぎゃー と抑揚なく吠える。やる気のない義務感みたいな感じで。迫力はマイナス100くらい。
「これと戦えってのか? 色々な意味で嫌なんだが…… こっちまで、アホみたいじゃねぇか」
スネイルが思わずそう呟いた。
「すいません。造形はこれから練っていきますので」
ナイルスがそう謝って来た。
「いや、そういう問題じゃなくてね」と、それにキャサリン。
更にティナが続ける。
「つまり、それってわたし達に劇をやれってことでしょう?」
「まぁ、そうなりますかねぇ」
とても言い難そうに、ナイルスがそう返す。ラットはどうやら相手の反応の意味が分かっていないらしく、「素晴らしい出し物ですよ!」と力一杯に言った。
「冗談じゃないわよ!」と、それにティナは反発する。
「そんなんじゃ、運動不足になっちゃうじゃない!」
「いや、そういう問題でもないでしょうよ」と、それにキャサリン。
そんな中、
「物凄く楽しそうじゃんか!」
と、キークだけがただ一人、それを聞いて大はしゃぎをしていた。
「あんたは、黙ってなさいー!」
それを受けて、ティナがキークの頭をゲンコでグリグリし始める。
「イタイ! イタイ! やめて、ティナー!」
そんなキークの悲鳴が、平和な洞窟の街に響き渡った。