6.旅行代理店の企画会議とアカハル
クルンは、交易で発展した街だ。だから、様々な地域の文化が自然と集まって来る。それはこの街の多様性を高め、それが国籍不明の奇妙な文化を生んでもいた。中でも特に顕著なのは食に関する文化で、だからクルンで食べられる食事には美味しい上に変わったものが多い。
クルンには大きな市場以外に観光名所と呼べるようなものはない。国知らず森が近いから、そこで育つ魔法植物の繁茂を見ようという物好きは時折来るが、それほど魅力的なスポットとは言い難い。
ところが、このクルンの街にはそれでもよく旅行客が訪れる。目当ては、先程説明した食文化だ。旅行客達はこの街でしか食べられない料理を味わう為に、わざわざ旅のルートに選ぶ。料理の種類が豊富で、一度の滞在では食べ尽くせないからか、リピーターも多いらしい。もちろん、交易の街であるお陰で、交通の手段が多い点も影響しているだろう。
つまり、クルンは元々、観光業がそれなりに盛んなのだった。
――旅行代理店。
その奥の部屋にラットとナイルスとシュガーポットがいた。客人として迎えられていて、長机に座っている。彼らの前の席には、向かい合わせで旅行代理店の人間が二人いて、彼らの話に熱心に耳を傾けていた。
商談…… 企画会議である。
かねてよりケーブタウンの観光地化を画策していたラットは、どうがんばったのかは分からないが、なんと旅行代理店とコネを持つことに成功していて、この度のことで街全体の賛同を得られたものだから、早速、交渉に訪れたという訳だ。
ナイルスがいるのは、ラットだけじゃ不安だと街の皆が言ったからで、もちろん、ナイルス自身も自分の策の為に一緒に商談に参加する必要があったから、反対をしなかった。それにちょっとばかりラットは不満そうにしていたけれど、特に文句は言わなかった。
……因みに、シュガーポットは「偶には街に行ってみたい」と付き添って来ただけ。だからちょっと今は暇そうにしている。
そして、その商談の席には、もう一人、奇妙な異分子とも言える人物がいた。その人物は、ぬらりと入って来てひょんとその席の一つに何食わぬ顔で腰を下ろした。
当然のような顔をして彼がそこにいるものだから、誰もそれを不審には思っていないようだった。
その人物を、旅行代理店の人間達は、ケーブタウンの住人の一人だろうと考え、ラットとナイルスとシュガーポットは、旅行代理店の人間だろうと考えていた。
もっとも、彼がまったく正体不明の人物なのかと言えばそんな事もない。その場に現れた時、彼は“アカハル”とだけ書かれた何の所属説明にもなっていない名刺を配っていたし、魔石協同組合の紹介状のようなものも見せて来たから、それなりに身分証明はされている…… ような気がしないでもないが、そうじゃないような気がしないでもない。
アカハルは矮躯童人という特殊な種族らしく、子供の姿をしている。しかし、ケーブタウンでは彼くらいの特殊性は特殊でも何でもないから、そこも不審な材料にはならなかったようだった。
とにかく、その“アカハル”は、何故かその商談に参加していた。
「なるほど。確かに、“ケーブタウンのダンジョン認定”はここ最近のトップニュースですよ。クルンの街以外でも、きっと話題になっていることでしょう」
旅行代理店の、背の高い丸眼鏡の真面目そうな男がそう言った。
「宣伝費用が節約できますな」
と、それにやや背の小さい小太りの男が合いの手ように言う。
「しかし……」
腕を組むと、真面目男はこう続けた。
「まだ、インパクトに欠ける…… 観光名所的なものがあまりない」
それに小太りが「当にその通り」と相槌を打った。
因みに、商談が始まってからずっと、小太りは真面目男の意見をもう一度繰り返す事しかしていなかった。
それがコメディのコントみたいで面白いのか、商談が始まってからずっと暇そうにしているシュガーポットが、唯一そこだけは楽しそうにしている。ナイルスが「シュガーポット」と言って抑えなければ、きっと何回か笑っていただろう。
「ドワーフ達の工房、魔石発掘の現場、大ミミズ達のトンネル工事、地下の珍しい飲食店、地上の魔法植物の世話、イノマタさん……
“ダンジョン認定された”ってのを売りにしているのに、これだけじゃ足りませんね。客は呼べそうにないし、まぁ、リピーターもつかないのじゃないかな?」
そこで、そう言ったのはアカハルだった。因みに、“イノマタさん”が何を意味しているのか、彼はよく分かっていなかった。
アカハルを旅行代理店の人間と考えているラットとナイルスはそれに「そうですかねぇ」と残念そうに言い、アカハルをケーブタウンの人間と考えている旅行代理店の二人は「当に仰る通りなのですよ」と返した。
そして、双方、なんとなくそれに違和感を覚えてもいた。互いの反応が、なんか腑に落ちないと言うか、何と言うか。
もっとも、それほど気にしてはいなかったのだけど。
アカハルが続けた。
「“ダンジョン認定”というからには、モンスターの存在くらい欲しいところですが、モンスターと呼べそうなのは、今のところ、大ミミズくらいですかね?
しかし、どれほどの生き物かは分かりませんが、たった一種類だけじゃ、直ぐに飽きられてしまうでしょう」
それにナイルスがこう返す。
「それでは、“魔法疑似生命体”を用意するなんてのはどうでしょう? うちは魔石が豊富ですから、いくらでも作れます」
それを聞いて「ふむ」と、真面目男がそう声を上げる。
「実際、どれだけ迫力あるものが用意できるのかは分かりませんが、それなら、まぁ、なんとかなりそうですな……
ただしかし、それだけじゃ、やはり足りないような気がします……」
アカハルは、その真面目男の言葉を聞きながら内心で“よしよし、良い流れだぞ”なんて喜んでいた。
――うまく、自分の計画の方向に話を進められそうだ。
多くの人間が懸念していた通り、ケーブタウンはダンジョン認定されてしまった。
アカハルは、リーディング能力を使ってその不正取引を暴き、ケーブタウンのダンジョン認定を防ぐ事もできたが、やらなかった。それはそんな事をすれば、自分の能力がグッドナイト財団に知られてしまうだろうと恐れたからだった。
ただし、別の手段を執るつもりではあったのだ。
ダンジョン認定されたとはいえ、それが実際に施行されるまでには数か月の猶予がある。その間で何とかすれば良いのだ。もちろん、グッドナイト財団には決して知られないような手段で。
まず、アカハルはケーブタウンをリーディング能力で調べた。そして、街の連中がケーブタウンを観光地化する事で、冒険者達の侵略を防ごうとしている事を知ったのだった。
ナイルスがそれを面白い案だと言っていたが、アカハルも同意見だった。
なるほどね、と。
真っ当な冒険者だったなら、例えダンジョン認定されていようが、まさか、観光客が賑わっている街をダンジョンとして攻略しようとはしないだろう。
それでは、平和な街に破滅をもたらす、狂人である。
幸い旅行代理店の協力も得られそうだった。
ケーブタウン側が事情を説明し、“必要経費は全てこちらで支払う”と約束すると、二つ返事で彼らはオーケーしてくれたのだ。もし失敗しても、ダンジョン認定される数か月の間、彼らはそれなりの額の収入を得られる。話を受ける理由は充分にあった。
――意外に巧くいくかもしれない。
それでアカハルそう考えた。
だから、それに乗っかってみる事にしたのだった。
もっとも、冒険者の中には“真っ当”じゃない者もいる。しかも、けっこうな数……。更に言うなら、生活に困っているような奴らはそもそも何をするか分からない。
恐らくは、この案だけでは足りない。ケーブタウンを、冒険者達の魔の手から守る為には。
「やっぱり、“冒険者達”も必要じゃないですかね?」
満を持したタイミングで、アカハルはそう言った。
その提案に、旅行代理店の真面目男は視界にかかっていた霧が晴れたかのような表情を浮かべ、ナイルスは危機感の伴った驚きの顔を見せる。
「なるほど、それですよ! ダンジョンといったら冒険者! 敵役のモンスターばかりじゃ片手落ちです」
それにナイルスは引きつった表情でこう返した。
「それは…… なら、こういうのはどうでしょう? お客さん達が冒険者って設定にするのですよ」
冒険者達の侵略を防ぐ為にケーブタウンを観光地化しようとしているのに、冒険者達を呼んでしまっては元も子もない。だから、ナイルスはなんとか話の方向を逸らそうとしているようだった。
ところがアカハルがそれを否定してくる。
「いやぁ、どうでしょう? 一部のお客さん向けになら“冒険者気分を味わえる”ってコースがあっても良いとは思いますが、全てのお客さんとなると難しくないですかね?
テーマパークのアトラクションって事ならまだ話は変わってきますが、予算的にも立地的にも現実的じゃない」
それにナイルスは一瞬だけ表情を曇らせると、直ぐに慌ててこう提案した。
「つまり、アクターを雇うって感じですかね? 街の中で役者に冒険者の振りをしてもらうんですよ」
何としても本物を招くに訳にはいかないという事だろう。しかし、それもアカハルは否定するのだった。
「いいや、どうせなら本物の方が良いでしょう。お客さんもその方が喜ぶ」
何でもない当たり前の事のように、そう言って来る。
“なんて事を言うんだ!”
そんな表情で、ナイルスは目を丸くしてアカハルを見やる。その視線の意味を知ってか知らずがアカハルはのほほんとしていた。
“こいつは何なんだ?”
その辺りでナイルスは、アカハルについて疑問を覚え始めていた。どうも旅行代理店が呼んだ人間ではなさそうだ。
真面目男が何やら考え込み始めた。
「もし、本当に冒険者達を呼べたなら、非常に面白いコンテンツを作れそうですね」
そして、そんなとんでもない事まで言う。横の小太りが「しかり」と頷く。それを見てシュガーポットが笑いをこらえた。
旅行代理店にはケーブタウンの事情を話してあったはずなのだが、その発言を聞く限りでは、ケーブタウンに冒険者を招くという案に乗り気のようにしか思えない。
或いは、商売の話に熱中するあまり、ケーブタウンの事情を忘れてしまっているのかもしれない。
「しかし、冒険者達を招く伝手なんてあるのですか? 断っておきますが、当社を頼られても困りますよ? 軍事関係者には知り合いはいません」
考えているうちに問題点に気付いたらしく、真面目男はそう言った。
ナイルスはその指摘に少し顔を明るくする。そう。そもそも冒険者を招けないのならどうしようもない。
が、それに間髪入れずにアカハルはこう返すのだった。
「それなら、安心してください。
そーいうのは、この僕の得意分野ですから。元気いっぱいの冒険者達をたくさん呼んでみせましょう! 勇者なんて自称しちゃっているちょっと痛い人とか!」
真面目男は顔を明るくして言う。
「おお! 本当ですか? それはありがたい! では、冒険者達の存在込みの旅行企画を考えておきましょう!」
なんでか分からないが、ラットもそれを喜んでいた。「素晴らしい」なんて、調子の良いことを言っている。きっと彼も忘れているのだろう。この企画のそもそもの目的を。いや、ラットについては、初めから“ビジネスチャンス”以外眼中にないのかもしれないが。
その展開にナイルスは信じられないといった顔を見せた。そして彼は、こんな話の展開をつくったアカハルに恨みがましい視線を送ったのだった。
アカハルはそんなナイルスの心中を察しているのか、軽くウインクをして何かの合図を送る。
それを彼は不可解に感じた。
なんだ?
そして、ようやくアカハルを強く警戒し始めたのだった。この男は何者なのだろう? 旅行代理店が呼んだ人間じゃないとすれば、どうしてやって来た?
もう一度、じっくりとケーブタウンを観光地化する意図を旅行代理店に伝え、冒険者達を呼ぶ案を白紙に戻しても良かったが、ナイルスはそれをするのを思い止まった。
この“アカハル”という男が何者で、何を目的にここにいるのか、まずはそれを確かめてからだろうと考えたからだ。
それからようやくその企画会議が終わった。それを察すると、シュガーポットは眠たそうな目を擦ってから嬉しそうに椅子から降り、腰を振って“リンリン”とベル型のスカートを鳴らす。
そして澄ました笑顔をナイルスに向けると、「さぁ、街を見て回りましょう」と明るい声で言った。
もっとも、ナイルスはその時とても難しい表情でアカハルを見ていて、それには気が付いていなかったのだが。
「――チェンジリングがケーブタウンの仕業だって話は、どうも国知らず森で迷子になった子供の話が、色々と歪曲されたり誇張されたりして噂になっていただけらしいですよ。ケーブタウンの近くだったから。
まぁ、つまりはまったくの濡れ衣。デマ被害ってやつです」
旅行代理店を出ると、まるで気心の知れた知り合いに気楽に話しかけるような感じて、そうアカハルはケーブタウンの三人に話しかけた。
旅行代理店の外は繁華街の近くで、シュガーポットは早くもいくつかの店に目を付けたらしく、目を輝かせていた。ただ一応、ナイルス達の会話が終わるのを待つつもりではあるようだった。
アカハルの存在をまったく疑問には思っていないのか、ラットは明るい声で「しかし、そのお陰で“ダンジョン認定”というビック・ビジネスチャンスを手に入れられましたから。万々歳ですよ」などと言った。
そんなラットに呆れた視線を投げかけながら、「少しでもケーブタウンをダンジョン認定し易くする為にでっち上げたデマだから、“そのお陰”も何もないよ」とまるで独り言のようにナイルスは返す。
それからアカハルを見やる。
少し視線をきくつして。
「で、あなたは何者です?」
それを聞くとアカハルはにこやかに笑った。
「やだなー。だから、さっき名刺を配ったじゃないですか!」
それに反応して、シュガーポットが「これね」とその貰った名刺を見せる。彼女は名刺を貰ったのは初めてだったらしく、どうやら嬉しかったようだ。
「こんなの、何の身分証明にもなっていませんよね? 名前が書いてあるだけじゃないですか!?」
そのシュガーポットが出した名刺を指差しながらナイルスはそう言った。
「裏に、“失せ物探し、人探し、情報収集等を請け負います”ってのも書いてあるじゃないですか」
「同じです!」
ナイルスはやや怒っているようだった。いや、アカハルに警戒をしているだけかもしれないが。
「やれやれ」
そう言いながら、少し真面目そうな表情をつくると、アカハルはこう言った。
「紹介状も見せたでしょう? 魔石協同組合の。僕は組合から依頼を請けたのですよ。魔石を採れなくなったら困るから、ケーブタウンを助けて欲しい、と。だから君らに協力しようと思ってさっきの企画会議にも参加したのじゃないですか」
「それを、どう証明します?」
「組合に問い合わせてもらっても構わないですよ」
そこでナイルスは言葉を止める。アカハルの様子をゆっくりと観察する。いたって平気な顔でいる彼に向けてこう尋ねた。
「どうやって、知ったのです?」
「何が?」
「誤魔化さないでください。今日、ここで僕らが打ち合わせをするって、どうやって知ったか尋ねているのです」
それを聞くと「う~ん」などとおどけた表情で言ってから、アカハルはこう返す。
「ほら、裏に書いてあるでしょう? 失せ物、人探しを請け負うって、そーいうのは得意なんですよ、僕は」
「なるほど、大いに納得できますな」と、それを聞いてラット。
「まったくね」とシュガーポット。
それに「いや、納得できないって」と、ナイルスはツッコミを入れる。再びちょっとだけ真剣な顔を見せると、アカハルは答えた。
「ま、企業秘密ですよ。情報収集が僕の得意技能なんです。そんな能力でもなけりゃ、こんな依頼が僕に来るはずがないでしょう?」
そして、先に見せた紹介状をまた見せる。ちょっと考えると、ナイルスはこう返した。
「一応、ここでは、あなたを信用しましょう。が、まだ質問があります。先に冒険者達を招くと言ったのはどうしてです?」
「君は頭は良いようですが、冒険者達に関する知識は足らないみたいですね。
冒険者達の中にだって話の分かる連中はいるし、今のままじゃ駄目だと思っている連中だっているんですよ。
このまま、何の罪もない他種族の街をダンジョン認定して襲うようなやり方を続けられるはずがないと分かっているような。
そういう冒険者を招くんですよ。味方につけるために」
それを聞くと、ナイルスは少し考える。それから「分かりました。もう少し、あなたの話を聞いてみましょう」とそう返したのだった。
まだ信用できないが、少しでもケーブタウンを救える可能性を上げる為には、この男に賭けてみる方が良いのかもしれない、と考えて。