5.ケーブタウンののん気な面々
朝、目覚めるとイノマタさんは、ベッドの中の感触に違和感を覚えた。何かゴロっとしたものがいる。しかも、両脇とお腹の上辺りに複数。
ただ、彼女は、そのように起きると共に違和感を覚える事は頻繁にあるので、別段慌てなかった。
……それはもう“違和感を覚えた”とは言えないかもしれないけど。
両方の脇の下に一匹ずつ。そして、肩の辺りに一匹とお腹の上に小さいのが更に二匹。合計五匹が彼女のベッドの布団の中にいた。
その違和感…… 異物の正体はハダカデバネズミ達。その名の通り、はだかで出歯な、キモカワイイ世界代表の生き物である。
イノマタさんは、その存在を認めるとほんの少しだけ困ったような、それでいてハダカデバネズミ達を愛おしんでいるような、そんな複雑な表情を見せると、彼らを起こさないように気を付けながらそっとベッドから出ようとした。
が、彼らは布団の中でその動きを敏感に察して直ぐに目を覚ましてしまう。最も大きく、最も温いものが、動いた。
そのうちの一匹が鳴く。
「デバー!」
……普通、ハダカデバネズミは「デバー!」とは鳴かないのだけど。
それに共鳴するように、他の連中も口々に「デバー」と鳴いた。そしてそれから一斉に、「イノマタさん、おはよ!」と、声を揃えてイノマタさんに挨拶をする。
“はい、おはよ”
とは、口に出しては言わなかったのだけど、まるでそう言っているかのように、イノマタさんはそれに頭を下げた。
ハダカデバネズミ達はそれを見て嬉しそうにする。
実はハダカデバネズミ達が彼女の家の中にいるのは、ちょっとしたミステリーだったりする。
何故なら、彼女の家のドアは完全に閉められていて、侵入は不可能であるように思えるから。
ただ、この謎は非常にシンプルに解ける。彼女の家の台所の隅には小さな穴が空いていて、ハダカデバネズミ達は棲家にしているケーブタウンから、その穴を通って自由に彼女の家に出入りする事ができるのだ。
もちろん、彼らはイノマタさんに一切断る事なく、勝手にそんな穴を空けたのだけど。そして勝手に入って来ているのだけど。
怒るという感情が欠落しているのか、彼女は一切それに文句を言わない。
「ごはんー」
と、ハダカデバネズミ達が言うと、ニッコリと笑ってイノマタさんは料理を作り始めた。彼らは植物を食べる。根類を中心に磨り潰したりちょっとだけ炙ったりして、彼ら専用の料理が出来上がる。
“はい、どうぞ”
とは、口に出しては言わなかったけど、イノマタさんはまるでそんな感じで、作った料理を皿に盛って床に置く。すると、一斉に彼らはそれを食べ始めた。好物らしく、がっついている。
一応断っておくが、別にイノマタさんはハダカデバネズミ達を飼っている訳ではない。彼らの仲間は地下にもっとたくさんいて、仕事の手の空いている何匹かが、そうやって彼女の家に頻繁に遊びに来るのだ。
だから彼女が彼らと一緒に寝てあげるいわれもなければ、料理を作ってあげる言われもないのだけれど、彼女自身にそれを疑問に感じているような素振りはない。
なんでなのかはよく分からないけど。
もしかしたら、自分を頼って来る者は、問答無用で世話をするような習性でも彼女は持っているのかもしれない。
やがてハダカデバネズミ達がご飯を食べ終えると、彼女は店の準備をし始めた。彼女はケーブタウンの出入り口の近くで飲食店を営んでいるのだ。
昨日の閉店の時にも掃除をしたからまだ汚れてはいないけど、一応、箒ではく。それから、いつ客が来てもいいように料理の具材の準備する。客の入りは極めて不安定だから、保存が利くものが中心だ。
一通り準備が終わると、彼女は軽めの朝食を取った。と言っても、彼女の食事は大体は軽いのだけど。
それから、じゃれついてくるハダカデバネズミ達を撫でてやったり、遊んでやったりしながら時間を過ごす。
客は来ない。
まぁ、滅多に来ないから当たり前だ。
この彼女の飲食店は、いわばケーブタウンへ来る客達の休憩所のような役割を果たしている。休憩所と言っても、場合によっては彼女のお陰で命が助かるようなケースもあるから意外に重要だ。
例えば、ケーブタウンに向かう途中の“国知らずの森”の中で迷って、飢えたり怪我をしたりしている人間達を実際に彼女は何人か救っている。そんな事情あるからなのかどうなのかは不明だが、彼女には医療の心得もある。
ハダカデバネズミ達にここまで懐かれるようになったのも、実はその医療術が原因だ。怪我をしたハダカデバネズミの何匹かを彼女は治療した事があったのだ。
ただ、それでここまで彼らから懐かれるようになるとは、流石に彼女は思っていなかったようだが。
ボーっとしたまま、昼が過ぎた。
客は相変わらずに来ない。ハダカデバネズミ達もいつの間にか消えていた。それで彼女は軽く昼食を取った。その後も、やはり客が来る気配はない。彼女の店には、ハダカデバネズミ達以外のケーブタウンの住人達の誰かが遊びに来たり、治療を頼みに来たりする事もあるのだが、今日はそれもないようだった。
流石に暇なので、彼女は“国知らずの森”を散策し、木の実か山菜でも採ろうと考えた。
店先に“御用の方は鳴らしてください”という張り紙と魔法の呼び鈴…… 彼女の耳になら、多少遠くても聞こえるまじないをかけてある呼び鈴を置いて、もし迷った人が飢え渇いた状態で辿り着いたらと、テーブルの上に水差しとコップ、それと氷砂糖を用意し、カゴを上から被せる。
ところが、そうしていよいよ出かけというところで「イノマタさーん」、「イノマタさーん」と彼女を呼ぶ声が。
見ると、ケーブタウンの出入り口方面から駆けて来る影がいくつかある。いつものようにハダカデバネズミ達もいたが、彼らだけではない。ダークエルフやノッカー達もいる。ちょっと珍しい光景だ。
“どうしたの?”
とは、口に出しては言わなかったけど、そんな感じで彼女は首を傾げる。
「ちょっと来て欲しいの」
一番最初に彼女のところに来たダークエルフが、そんな彼女のボディランゲージにそう返す。
“どうして?”
と、今度は首を反対方向に傾げるイノマタさん。
「会議!」「会議!」
それにハダカデバネズミ達がそう返す。
「実はちょっと人間関連の話で揉めてましてね。人間であるあなたにも是非意見を述べていただきたいと、こうして足を運んだ次第であります」
それだけじゃ伝わらないだろうと、ノッカーがそう続ける。
まだイノマタさんは不思議そうな顔をしていたけれど、それでもどうやら参加してみた方が良さそうだと判断したのか、それから“分かった”といった感じで頷くと、彼女は彼らと共に歩き出した。
彼女がケーブタウンの中に入るのは、実はちょっと久しぶりかもしれない。いつも、訪ねられることの方が多いから。
「大変です! うちの洞窟がダンジョン認定されてしまいました!」
そう言いながら、ケーブタウン中を回っていたのはケットシー(妖精猫)のビヤンだった。彼はケーブタウンの新聞屋を自称していて、新聞を発行して生活している。誰が読んでいるのかは不明なのだが、ちゃんと暮らしていけているところを見ると、それなりに読者はいるのかもしれない。
“長靴をはいた猫”に、憧れているのかどうかは不明だが、ビヤンは長靴をはいていて、だから足跡がちょっと目立つ。ビヤンの大きさは普通の猫と同じくらいで、そんな小さな長靴の足跡はあまりないから。それで彼が通った軌跡は足跡として、簡単に確認できた。
恐らく、ビヤンは号外のつもりで「大変です! うちの洞窟がダンジョン認定されてしまいました!」などと言って回っていたのだろうが、内容のないたったそれだけの情報ではどうしても気になってしまう。
で、その話に興味を惹かれたケーブタウンの面々は、そのビヤンの足跡を追い、次第に一か所に集まり始めたのだった。具体的には、ビヤンの自宅兼作業場の新聞屋の前に。
「おや、皆さん、どうしたのですか? お集まりで」
街中を走り回って、流石に疲れて自宅で一休みしていたビヤンは、続々と集まって来る住人達に驚いて外に出て来た。
ダークエルフ、ノームにドワーフ、ノッカー、その他、諸々の種族達。もっとも、何の集まりかは知らないまま、ただ単に皆が集まっているという理由だけで、なんとなく来てみた者も多くあったようだが。
そこには大眼鏡のナイルス、シュガーポット、ノーボットの姿もあった。雰囲気、少しおじさん入ったノームのオウドが言う。
「“どうしたんですか?”じゃないよ、ビヤン。ダンジョン認定ってなんだよ? そんな気になるキーワードだけを聞かされて、それでお終いじゃ、モヤモヤして仕方ない」
「ふむ」と、それを聞くと、ビヤンは嬉しそうにこう言った。
「おお! これは素晴らしい。思った以上の宣伝効果だ! そんなに気になるなら、皆さん、ぼくの新聞を買ってくださいよ。微に入り細かに穿ちまくりの驚きの記事ですよ! 今ならアダルティな体験レポート付き!」
それを聞くと皆は互いに顔を見合わせた。
そして、「じゃ、ちょっと何部か買おうか。どこにあるんだ?」とオウドが言う。一人一部は必要ない。皆で回し読みすれば良い。
ケーブタウンの連中は連携能力があるのか、バラバラなのかよく分からないところがあるが、今回は素早く連携したようだった。
ビヤンはそれに「今はまだありませんよ。これから書くんだから」と澄ました顔でそう返す。
「ふざけるな!」
と、それに何人かが言った。
その皆の不満を代表してか、またオウドが言う。
「お前な、思わせぶりな発言しておいて、それはないだろう? そんなに待てるかよ。今すぐ出せ」
それにビヤンは肩を竦めた。
「そう言われても、ないものはないですから。
ですけども、ぼくの記事は期待してくれていいですよ~。ダンジョン認定は或いはケーブタウン始まって以来の大事件になるかもしれませんから!」
そのビヤンの言葉に「ケチってないで、さっさとここで説明しろよ」なんて声が上がる。
「フフン」とそれにビヤン。
「いやいや、是非とも新聞で読んで欲しい。お楽しみは取っておいた方が絶対に良いですって」
ところがそこでダークエルフのラーが手を挙げるのだった。ラーは女性で、スラっとした印象。そして、なんだか妙にコミュニケーション能力が高い。
「はーい。その話なら私も聞いたわよー。なんか危険だから、早く引っ越した方が良いって街の友達から言われたわねー」
それにビヤンは慌てる。
「ちょっと、ちょっと、ネタバレは止めてくださいよ。営業妨害禁止~」
それを聞くと、「ネタバレも何もないでしょうよ」と、ノッカーのアインが呟くように言った。が、誰にも聞こえてはいなかった。
彼女はちょっと…… と言うか、凄く暗い。仕事の腕は良いのだけど。
「え? “ダンジョン認定”ってお祭りかなんかじゃなかったの?」
「てっきり、楽しい事かと」
「じゃ、別にいいや。仕事に戻ろうか?」
ラーの発言を聞くと、そんな声が聞こえ始めた。どうも、集まった半分くらいは、何の危機感も持っていないらしい。
それにビヤンはまた慌てた。
「ちょっと、そこぉ! 呑気ですかぁ?! そんな場合じゃないのにー!」
「お前もな、ビヤン。新聞売ってる場合じゃないじゃないか」
と、それに冷静にツッコミを入れたのは、ナイルスだった。眼鏡の位置を直しながら、皆に向ってこう言う。
「ま、簡単に言えば、ダンジョン認定されると、ここに冒険者達が攻めて来るんだよ。多分、皆殺しにされて財産も奪われる」
すると、それを聞いた途端ドワーフのガーロが言った。
「なんだと? なら、話は簡単じゃねぇか。力で追い返しちまえば良いんだよ! 腕っぷしで!」
それにノーボットがこう返した。
「いやいや、親方。無理でしょう? 冒険者とか名乗っていますが、要は相手は戦闘プロ集団ですよ?」
「ノーボット! 俺らドワーフの腕っぷしを甘くみるな! お前みたいなヘロヘロなのとはワケが違うんだよ!」
自分の太い腕を見せながら、ガーロはとても誇らしげにそう主張する。
それにラーが反論した。
「ちょっと待ってよ、ガーロ。百歩譲って、あなた達は良いとして、私達みたいな非戦闘員はどうするのよ? 戦闘に巻き込まれるのなんて絶対にごめんなんだけどぉ?」
オークのアニガニットが続ける。
「下手に反撃したりしたら、それこそ相手の思うツボよ、ガーロさん。大多数の人間は敵じゃないの。そういう人間を味方につけないと。まずは人間達を説得して、ここがダンジョン認定に相応しくない場所だって分かってもらわなくちゃ」
どうやら彼は、ある程度は人間社会の“冒険者事情”を理解しているようだ。そこでケルピーのマダームが、大きく顔を上げた。
「そもそも人間達って話の通じる相手なのかしらぁ?」
ケルピーには凶暴な者もいるが、彼女はとても穏やかな性格をしている。ケルピーは馬の姿をしていてそれは彼女も同じなのだけど、何故か彼女の場合は妙に首が長い。
「それ、人間に意見を聞いてみるのが一番じゃない?」
と、可愛いコロコロとした声で言ったのはシュガーポットだった。
「人間?」とそれを聞いて、ハダカデバネズミの一匹が首を傾げる。
「イノマタさんは、確か人間だったよね?」
その言葉を合図にするように、その近くにいた他のハダカデバネズミ達数匹が立ち上がった。
「デバー! じゃ、呼んでこよう!」
そして、一斉にそう叫ぶ。それに便乗するようにイノマタさんを好きなノッカーとダークエルフなんかも立ち上がった。「そうだね」と。
「いや、あの人は人間の中でもかなり特殊な部類だから、あまり参考にはならな……」
そんな彼らをナイルスは止めようとしたが、それを聞く前に彼らは駆け出してしまっていた。
「あ~あ、行っちゃった……」
ケーブタウンの出入り口の方に消えていく。特に誰も止めようとはしなかった。なんだか嬉しそうだったからかも。ノームのオウドが口を開く。
「そう言えば、そもそも、どうして人間達はここをダンジョン認定なんかしたんだ? オレらは連中とうまくやってきたじゃないか」
ここまで話が進んでは、もうネタを隠しても意味ないと考えたのか、それとも単なる“言いたがり”か、ビヤンが口を開いた。
「なんか、“チェンジリング”の被害があったとかって、人間達の住むクルンの街では噂になっていたようですね」
チェンジリングとは、日本語で言えば“取り替え子”。妖精(ここでは、亜人種も含む)が自分の子供と人間の子供を取り替えてしまうことを言う。
それを聞いた途端「チェンジリングゥ!?」と、ガーロが何故か疑問符の伴った大声を上げた。そして、
「ノーボットォォ! お前、何をやっていやがるんだぁぁぁ?!」
などと、続けた。
「いや親方、何を雄叫んじゃっているんですか?」
「お前が犯人だろうが!」
「どうして僕がそんな一銭の得にもならない事をするんですか? そもそも、僕がいつ赤ん坊をつくりました?」
「分からんぞ。知らんうちに、シュガーポットあたりに赤ん坊を産ませていたかもしれん…… おふぁっ!」
最後のガーロの謎の叫び声と同時に“リンッ!”とベルっぽい大きな音が鳴った。
見ると、シュガーポットが彼の腹に蹴りをくらわせている。ゆっくりと彼は倒れ込む。そして、腹を抱えてて「をああ」などと呻きつつ、苦しみ始めた。
それを見てラーが「腕っぷしで追い払うって作戦はなしね、これは」と呟くように言う。非力なシュガーポットにあっけなくやられてちゃそうも言われる。
何故かそこで「あっ」とマダームが口を開く。
「シュガーポットに子供を産ませたのはナイルスで、チェンジリングをやったのはノーボットってので、どうかしら?」
「なんで、そうなるんすかね?」と、それにノーボットがツッコミを。
「これにはシュガーポットはツッコミを入れんのか……」
未だに苦しんでいるガーロがそう言った。当のシュガーポットは誤魔化すような澄まし顔で、あさっての方向を向いている。
なんだろう?この不毛なやり取りは?とでも思ったのか、そこでナイルスが口を開いた。
「……えっと、この街の種族がチェンジリングをしたって言うのなら、代わりに人間の子供がいないとおかしいよね、この街に。でも、いない。イノマタさんはケーブタウンの外に住んでいるし。
つまり、それはデマ。でっち上げってこと。何でも良いから、ケーブタウンを悪者にする話が欲しかっただけだ。本来の目的は金品の強奪だと思うよ」
その説明の後で、ノッカーのアインがおずおずと手を挙げた。
「なんだい?アイン」と誰かが尋ねる。
アインはそれを受けて何事かを喋ったが、声が小さすぎて皆には聞こえない。直ぐ傍にいたダークエルフのクーが、拡声器の役割になってこう言う。
「アインはこう言っているよ。
“冒険者達が攻めて来る直前で、荷物をまとめて皆で逃げちゃいましょうよ。例えば、上の森とかに”」
ナイルスはそれに頷く。
「それも一つの手だね」
少なくとも、戦うよりは現実的だ。アインはまだ何か言っていて、それをクーが淡々と拡声する。
「“もぬけの殻になったケーブタウンに、勇んで攻めて来る冒険者達。空っぽのこの街を見た時の間抜けな姿を想像すると、楽しくて仕方ないわ。ククク……”」
アインは最後に肩で笑うような仕草を見せていた。因みに、最後の笑い声だけはアインの生の声が皆に聞こえた。
オークのアニガニットが、その後で言う。
「でも、逃げるのはやっぱり最終手段じゃない? 取り敢えずは、説得を試みてみるべきよ。
この街の住人達と仲の良い人間だって大勢いるのでしょう?」
最終手段が“戦う”ではなく、“逃げる”であるのが非常に彼らしい。
そこで別の声が上がった。
「何を言っているのですか皆さん!? チャーンス! これはビック・ビジネス・チャンスですよぉぉ!」
それは兎人のラットだった。
また、面倒くさいののいつものビョーキが始まった、と皆は思う。
「何がビジネス・チャンスなの?」
“よせばいいのに”というその場の空気を無視しして、シュガーポットがそうラットに尋ねる。
「ダンジョン認定されるなんて、物凄い宣伝効果じゃないですか! きっと、超話題になっていますよ!
これはこのケーブタウンを観光地として売り込もうという私の計画に、どピッタリどマッチングしますよぉ! もう、マイッチングです!」
最後の言葉の意味は、皆にはよく分からなかった。でも、誰も訊かないでスルーした。恐らく、それは正しい判断だろうと思われた。
アニガニットが恐る恐る確認する。
「もしかして、それって“ダンジョン認定された”って事を売りにして、ここに客を呼び込もうってこと?」
両手の人差し指をアニガニットに向けながら、彼は「ザッツライト! もしかしてもなにも、それ以外にあり得ないじゃないですか!」と応える。
どうして、そんな発想が出て来るのか。皆はちょっと彼の考えに追いつけなかった。ノーボットがツッコミを入れる。
「いや、ラット…… これから人間達に襲われようって時に観光地も何もないだろう」
ところが、そこでナイルスがこう言うのだった。
「――いや、待て。意外に面白いかもしれないぞ」
――え?
と、それに皆は驚いた。
皆はナイルスが色々な知識に詳しく、人間社会についても調べている事を知っている。ただ、それでも俄かにはその発言を受け入れられなかった。戸惑っている。しかも、ナイルスはそれ以降何も言わない。どうも、考えをまとめているらしい。それで皆はどうしたら良いものだか結論出せず、しばらくフワフワとしていた。
そこに
「お待たせー」
と言いながら、ハダカデバネズミ達がイノマタさんを連れて戻って来る。
“どうしたの?”
とは、口に出しては言わなかったのだけど、まるでそう言っているかのように、イノマタさんは集まっている皆に向けて首を傾げた。
ビヤンがそんな彼女に言う。
「この街がダンジョン認定されるらしいのですけどね、それを利用して観光地化を目指すという案が出たところです。
どうでしょう? 人間の立場から、その計画が上手くいくかどうか助言をいただきたいのですが」
なんか当初から話が随分と変わってしまったような気がしないでもないけれど、大体は合っているような気もしないでもない。
それを聞いたイノマタさんは、不思議そうな顔をしてはいたけれど、それにニッコリと笑顔で答える。
“きっと、上手くいくと思うわよ”
とは、口に出しては言わなかったのだけど、まるでそう言っているかのようにそれは思えた。
それで、なんとなく、なんとなく話は、このケーブタウンを観光地としてアピールするというよく分からない方向にまとまってしまったのだった。
――本当に大丈夫なの?
とは、皆、思っていたけれど、強く不安を覚えている者は誰もいなかった。