41.今日もいつものケーブタウン
ケーブタウンは久しぶりに活気づいていた。ただし、観光客が戻って来た訳ではない。いずれは観光客も再び訪れるようになるだろうが、今はまだわずかな物好きがやって来ている程度だ。
今、ケーブタウンにいる来訪者達はそのほとんどが兵士達だった。先の戦闘での負傷を癒す為に彼らはケーブタウンに滞在しているのだ。
「ビジネスチャンスですよ!」
兎人のラットがそう騒いでいる。
もっとも、単に言いたいだけかもしれない。ここで彼らの治療に協力し、好い印象を与えられれば、今後、観光客がもっと増えるだろうし、他のビジネスにも役に立つだろうというのが彼の主張だったが、そんな事は関係なく、ケーブタウンの住人達は兵士達の治療に協力的だった。
もちろん、ヘゲナ国の軍隊がケーブタウンを侵略しようとしていた事も知っていたし、他の国の軍隊はそれを防ぐ名目で出兵していたとはいえ、実は似たり寄ったりで、ケーブタウンを獲物くらいにしか考えていないだろうことも知っていたのだが、その事実と感情が結びつきはしなかったのだ。
まぁ、いつもの事なのだけど。
長い間、暇だったから、やる事ができて嬉しいのかもしれない。
「は~い。おかゆをたくさん作って来たわよ~」
人数が多過ぎて、収容し切れる施設がないので、兵士達は広場に臨時で設けられた大きなテントで寝泊まりしていた。そこにオークのアニガニット達が料理を作って持って来る。兵士達はその差し入れに目を輝かせた。アニガニット達の料理の腕は確かで、毎回、美味しい料理を運んで来てくれる。
流石にそれはボランティアではなく、各国からお金を貰う事になっていたのだが、それでも兵士達の多くはそれに感謝していた。
それは或いは、料理を作ってくれている人間の一人にイノマタさんがいるからなのかもしれなかった。
稀に亜人種であるケーブタウンの住人達を侮蔑するような人間も兵士の中にはいたが、そういった人間は軽蔑され、他の兵士達から咎められた。
これだけお世話になっている相手を見下すような人間は見下されてしまう。
まぁ、これは、普通の感覚だと思うけれど。
長い期間を過ごすうちに、各国の兵士達はケーブタウンの住人達に心を許すようになっていた。それもあって、傷ついていない者、または傷が回復した者はケーブタウンの観光を楽しむようになっていた。
サービス精神が旺盛というか、なんと言うか、ケーブタウンの住人達はそんな彼らをもてなした。
やっぱり、長い間、暇だったからかもしれない。
地下の池にいるケルピーのマダームは、水芸で彼らを楽しませ、ドワーフらは工房や魔石発掘現場の見学を企画、国知らずの森では、冒険者達がやっている害虫駆除の体験ツアーなどなど。
当初、なんとなく各国の軍隊だけで固まり、ほとんど交流のなかった彼らは、そんな中で次第に交流するようになっていった。
或いは、それは、ハダカデバネズミ達を通してネットワークが結びついた事と、ケーブタウンの独特の雰囲気が作用した結果なのかもしれなかった。
今では談笑し、互いに助け合うようにすらなっている。
当然ながら、戦争で殺し合うよりも、こっちの方がずっといい。
この各国の軍隊が体験した“平和”は、或いは、各国の軍事事情にこれから大きな意味を与える事になるかもしれない。
――今はまだ、ほんの小さな影響に思えるかもしれないけれど。
人が増えれば、経済活動は活発化する。
それはケーブタウンに富をもたらしもした。戦争の所為で生まれた損失は、充分にそれで穴埋めできた……
「冗談じゃない! ハダカデバネズミ達に魔石を食われたオレは大損だよ!」
もっとも、穴埋めできていない者が一人だけいたことはいたのだが。
ノームのオウド。倉庫に貯蔵していた…… もとい貯蔵し切れていなかった大量の魔石をハダカデバネズミ達に食われた彼は、大損してしまっていたのだ。
ただ、その損失をハダカデバネズミ達や、そのように仕向けた張本人のオリバー・セルフリッジに請求する気はないようだった。
実は、“戦争に使われるよりはずっと良かったかも”なんて考えて、それほど気にしてはいないのかもしれない。
それにセルフリッジは安心した。
もし責任を追及されでもしたら、彼には一生かかっても払い切れないだろうから。
もっとも、オウドが街を救った彼やハダカデバネズミ達にそんな請求をするような酷い男ではないと彼は知ってはいたのだけど。
今では魔石の取引も再開しているのだが、彼はできる限り軍事とは関わりのない所に魔石を売るようにしていた。どんなに高い値段を言われても。
それはケーブタウンが軍隊に狙われたからでももちろんあったのだけど、皆の生活が良くなる事や、自然破壊などの問題解決に魔石を使ってくれた方が良いに決まっているからだった。
オリバー・セルフリッジとアンナ・アンリの二人は、ケーブタウンを去り、今はセルフリッジの故郷を目指して旅をしていた。
ケーブタウンの近くの川から船に乗り、今は海を目指している。
「無理に付き合ってくれなくても良かったのですよ? 用事を済ませたら、僕の方からあなたの家を訪ねますし」
ずっと故郷を離れていた彼が、ひとまずは自分の家に戻りたいと言うと、彼女は「一緒に付いて行く」と主張したのだった。
「何を言ってるんですか?」と、申し訳なさそうにしている彼に彼女は返す。
「ゼン・グッドナイトが捕まって、グッドナイト財団の影響力が弱くなったとはいえ、まだまだ強い力を持っているのですよ? セルフリッジさん一人では、危険過ぎます」
それは本心でもあったのだけど、彼女が彼から離れたくないという理由の方が大きかった。それに、彼の故郷や自宅も見てみたかったし。
「ありがとうございます」と、それにセルフリッジ。
「いいえ、どういたしまして」と、アンナ・アンリ。
そう言った彼女は、少し怒っているようにも喜んでいるようにも見えた。
二人のそんな生活は、まだまだ続きそうだった。
ゼン・グッドナイトは、ヘゲナ国に捕まってしまった。直接の罪は、アカハルの誘拐だったが、当然ながら、各国を欺いて戦争を起こそうとした罪や国際協定違反の軍事用の魔法疑似生命体の持ち込み、その他、様々な法律に違反した疑いがあった。
もっとも、今回の失敗でかなりの損失を受けはしたが、それでも彼はまだかなりの富や権力を持っている。グッドナイト財団のトップの座から、完全に引き摺り下ろされた訳ではない。
グッドナイト財団に貸しをつくり、軍事力で優位に立とうする各国の思惑も絡み合い、刑からは逃れられるだろう可能性がかなり高そうだった。
そして、そんな状況を、ゼン・グッドナイトは楽しんでもいるようだった。
――権謀術数を駆使して、どうこの難局を乗り越えるのか。
それを楽しんでいるのだ。
“安泰”よりも、彼にはそんな立場の方が合っているのかもしれない。
彼は状況を整えたなら、オリバー・セルフリッジを罠に嵌め、今回の復讐をしようと考えていた。
そして、ケーブタウンを手に入れよう、とも。
「……はぁ、こんな事になるなんてなぁ。だから、嫌だったんだよ」
あるビルの一室で、アカハルは大きなため息を漏らした。
現在、彼はシロアキの組織に雇われているのだ。彼としては大いに不本意だったのだけど、グッドナイト財団だけでなく、ひょっとすると他の組織にも自分の能力がバレてしまったかもしれない以上、何か強い力の庇護に頼るしかなかったからだ。
もちろん、それに見合う仕事もしなくてはならない。
「何言ってるんだ? 充分に厚遇しているだろうが? 金も与えて、快適な住処も上手い料理も提供しているんだから」
そう言ったのはシロアキ。
彼はずっと手に入れたいと思っていたアカハルを手中にできて上機嫌のようだった。
「自由がない!」
そうアカハルは訴える。
するとシロアキは肩を竦めた。
「自由なんてそんなに良いもんじゃないぜ、誰かの指示に従っていれば良いってのは、意外に楽なもんさ」
それに「何、自分の都合の良い事を言ってやがるんだ、てめえはよ」と返したのはクロナツだった。彼も今はシロアキの組織で働いているのだ。以前の彼なら意地でも働かなかったかもしれないが、あのケーブタウンの事件以来、何か心境の変化があったらしい。
シロアキが詐欺師のような口調で言う。
「そう言うなって、また同じ施設出身のこの三人で同じ仕事ができるんだ。大いに楽しもうじゃないか」
「冗談じゃない!」
と、それにアカハルとクロナツが珍しく異口同音にそう言った。
因みに、今回の事件でグッドナイト財団によって生み出された、傷ついた者を見れば誰彼構わず治癒してまわるあの魔法疑似生命体は、あれ以降、行方不明になっている。
気付いたら、いつの間にかいなくなってしまっていたらしい。
行動が読めない上に、高速で移動するから。
魔法疑似生命体は、魔力が尽きれば消えてなくなる。魔石が豊富にあるような場所でなければ生き続けられない。或いは、あの魔法疑似生命体は、既に消えてしまっているのかもしれなかった。
「さぁ、今日も働きますよ! 取材です!」
朝、
ケーブタウンの新聞社、
そうケットシーのビヤンが言った。
それを聞くと「ウ!」と、隣にいるなんだかフワフワ浮かんでいる謎の生命体のようなものがそれに返した。
それは白くて、まるでラクガキで描いた白いクラゲのような緊張感を削ぐ外見をしていた。
この街にとても合っていると言えなくもない。
「各国の紛争を収めた、イノマタさんとハダカデバネズミ達、そして戦争の当事者の各国の兵士達に聞き取り調査をするのです!
その時、何が起こっていたのか!
どうして彼らは戦闘を止めたのか!
イノマタさんとハダカデバネズミ達はともかく、兵士達はいずれは去ってしまう。だから、今の内に有用な情報をゲットしておかなくてはいけません!
分かりましたか? 助手のカイくん!」
カイくんと言われたその謎の生命体のようなものは再び「ウ!」と言う。触手を一本、上に挙げつつ。もちろん、“分かった”という意思表示だろう。
ビヤンが拾い、カイくんと名付けたその謎の生命体のようなものは、魔石を食べて生きるらしかった。
本来は高価な魔石だが、この街でなら比較的安価で手に入れられる。カイくんが生きるのに、この街ほど適している場所はないだろう。
……いや、それ以外の理由でも、もしかしたら、適しているのかもしれないのだけど。
終わり。