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4.絶対に引き受けたくない仕事

 玄関ベルの音が響いた後、何か呼ぶ声でも続くかとアカハルはしばらく待ったのだが、何もなかった。

 “やれ、仕方ない”

 彼の悪い予感は当たる事が多い。だから、とてもとても嫌だったのだが、もし仕事の依頼だったらと思うと放っておく訳にもいかなかった。それで彼は億劫そうにベッドから引きずるように出て来ると、玄関脇に置いてある踏み台をずらしてそこに昇り、玄関の覗き穴から外を見てみた。

 すると、そこには長身で丸い黒眼鏡をかけていて口元にチョビ髭を生やした上品そうな男が立っていた。分厚いコートを丁寧に着込んでいる。

 一見、男に怪しい所はないように思える。しかし、そこかしこに正体を知られないような工夫を施してある点をアカハルは見逃さなかった。

 まず、黒眼鏡で目を隠している。分厚いコートを着込んでいるのは体型を分かり難くさせる為だろう。玄関ベルを鳴らしただけで、声を出さなかったのは、どんな声なのか隠したかったからなのかもしれない。

 “裏っぽいなぁ”

 と、アカハルはそれでそう思う。

 ただし、ギャングではなさそうだった。きっともっと上流階級の闇社会の何か。金融関係か国の関係者か。ある意味じゃギャングよりも厄介…… が、しかし、金は約束通りに払う。

 アカハルは少し逡巡したが、自分の能力を知られている可能性は低いと判断すると「どなたですか?」と、ドアの向こうの相手に声をかけた。

 突然声をかけたにもかかわらず、少しも動じずに長身の男はすんなりと返す。

 「仕事の依頼に来たのです」

 物音を立てないように気を付けたつもりだったが、気配を既に気取られていたのかもしれない。

 「仕事? 何か物を失くしたのでしょうか? それとも、人探し?」

 裏社会の関係者だとするのなら、情報を探って欲しいというのが最も可能性が高い依頼内容だったが、敢えてアカハルはそれを言わなかった。

 すると長身の男はそれには答えず、こう言った。

 「申し訳ないが姿を見せていただきたい。私は‘アカハルさん’に仕事の依頼をするように申し付かっていましてね」

 その物言いで、アカハルは相手が真っ当な依頼人ではないと半ば確信した。確かに姿を見せないで仕事の話をするのは非常識だが、普通、このような言い方はしない。

 「これは、失礼。初見の方には少々警戒するクセがありまして……」

 そう言いながら、彼はドアを開ける。

 「……なにしろ、僕はこのような姿をしているものですから」

 そして完全に姿をさらすとそう言い終えた。どう見ても子供にしか見えないアカハルの姿を認めても、長身の男は何ら疑問を口にしなかった。

 「僕の姿を変に思わないのですね」

 その様子を観察すると、彼はまるで駆け引きをするようにそう言った。男は「あなたが矮躯童人である事は聞き及んでおりますので」と返す。

 「そうですか。では、仕事の話を」

 続けて彼がそう言うと、「ここでは憚れます。少々込み入った話なもので」と男は間髪入れずに返して来た。

 “はいはい。このパターンね”

 と、それを聞いてアカハルは思う。

 きっと何かしらよろしくない事を企んでいて、正規のルートでは手に入らないような類の怪しい情報が欲しいのだ。

 知れば、アカハル自身が危うい立場に立たされかねないような。

 アカハルは「すいませんが、仕事内容の前に報酬の話を聞かせてください……」とそう言いながら、右手をワキワキと動かした。

 「付いて行くだけでも僕にとってはリスクなんですよ。それなりのリターンがなければやってられない」

 男は抑揚なく淡々とこう返した。

 「良いでしょう。前金でまずは100万マネー支払います。後はあなたの働きに応じて、順次といったところですが、恐らくは満足いただける額かと」

 「ふん」とそれを聞いて彼は笑う。悪くない額だ。が、命の方がそれよりも遥かに重要なのは当り前だった。

 「なるほど。取り敢えず、話を聞いてみたくなりました」

 それから彼は手を差しだした。握手をしようというのだ。長身の男は黒眼鏡越しにわずかに表情を変化させたが、それでも躊躇することなくその手を握った。

 ――もちろん、アカハルの真の目的は、報酬額を聞く事ではなく、自然と握手をする流れをつくる事だった。

 能力によって、彼はそうやって手で触れさえすれば、そこから連鎖的に情報を読み取れる。短い時間なのでそれほど深く広くという訳にはいかないが、それでも危険のあるなしを判断するくらいは可能だろうと彼は判断していた。

 男と握手した瞬間、様々な映像やテキストが彼の頭の中に流れて来る。整理している時間も推理している時間もないが、男がマネーロンダリングや買収や裏取引といった、あまり公にならないような仕事にばかり手を染めている点だけは確認できた。ただし、荒事はしないらしい。

 “よし!”

 アカハルはそう心の中で力強く言うと、「では、行きましょうか。その額なら、僕としても充分です」とそう答えた。

 男がアカハルの能力について知っていそうな気配はなかったし、アカハルの能力を知っている人間とも繋がりはないようだったのだ。きっと単に腕の良い情報屋くらいの認識でいるのだろう。これならば、それほどのリスクはない。

 “前金で100万! それだけあれば、しばらくは生活に困らないぞぉ!”

 彼は大いに浮かれていた。

 

 ――が、

 

 「この仕事、断らさせていただきます」

 

 何に使われているのか分からない、まるでどこかの資産家の書斎のような意匠を施されたいかにも怪しそうな建物の三階の一室に通された後、そこにいた人物を目にした途端、アカハルはそう言って引き返そうとした。

 その人物はその反応を受けて、邪な感じで楽しそうに口の端を歪めて笑うと、

 「止めろ」

 と、命じて、部屋の中にいた体格の良い屈強そうな男にドアを閉めさせる。アカハルは顔を引きつらせた。そんな彼に向けてその人物は言う。

 「オーイ、オイオイ。アカハルさんよ、それはないだろう? 随分とつれないじゃないか。ボクと君との仲じゃないか。それに久しぶりに会った訳だしさ。お互い積もる話もあるだろうよ」

 屈強そうな男が押さえているドアを無理矢理にこじ開けて逃げ出す、という無駄な抵抗を試みながら、アカハルはまるで悲鳴のようにこう返す。

 「勘弁してくれ! シロアキ、僕はお前だけには絶対関わりたくないんだ! ホントのホントで!」

 「随分だな。同じ施設で育った仲じゃないか。親友と言っても良い」

 そのアカハルがシロアキと呼んだ男は、アカハルと同じ様に子供のような姿をしていた。つまり、矮躯童人だ。ただし、アカハルが少なくとも外見は心身ともに健康そうであるのに対し、シロアキにはどことなく病的で冷徹な印象があった。賢そうではあるが、歪んで見える。

 その悪賢そうな子供の姿をしたシロアキが、資産家の紳士が使うような豪華な机に深々と腰を下ろしている姿は、何かの悪い冗談のようにアカハルには思えていた。

 「お前にとっての“親友”は“便利な道具”って意味だろうが!」

 そう言い終えると、アカハルは周囲の人間達に対し必死にこう訴える。

 「ちょっとあなた達! こんな奴とは付き合わない方が良いですよ! こいつは息を吸うように悪巧みをする男なんです!

 仮に何か真っ当な手段があったとしても、敢えてそれを選ばずに、しなくても良いような卑怯な手段を執ります!

 卑怯な手段そのものが好きで、楽しんでいるんですよ! 関われば、絶対、それに巻き込まれますよ!」

 一か八かで、なんとか周りを味方につけようとしているのだ。

 が、男の一人がそれに「知っている」とあっさり返す。彼はそれを聞いて情けない表情で固まった。

 シロアキはそれに不服そうに返した。

 「失礼な奴だな、お前は。ちゃんとリスクとリターンのバランスを考えて卑怯な手段を執っているよ、ボクは。

 ま、騙し合いが楽しいってのもリターンの一つなんだがな」

 それを聞くと、アカハルは両手で顔を覆い、嘆き悲しむように、

 「もー、やだー、何なのこのひとー。本当にいやー」

 などと喚いた。

 「で、逃れられないのは分かっているよな、アカハル? どうするんだ?」

 その後でまるで死刑宣告でもするようにシロアキはそう言う。たっぷりと溜めから「はぁ」と、とても嫌そうにアカハルは大きくため息をついた。

 「断っておくが、これでもボクは一応、お前に気を遣ってやっているんだぜ。お前が一番言われたくない事を黙っておいてやっているんだからな」

 シロアキは中指でアカハルを指しながら、そう説得した。もっとも、それは半ば脅迫だったのだが。もし断れば、アカハルの秘密をばらすと彼は脅しているのだ。

 シロアキが先に言ったように二人は同じ施設で育った。子供の頃からアカハルを知っている彼は、当然、その能力も知っているのだ。アカハルがそれを隠したがっている事も。

 その時アカハルは、シロアキが薄手の手袋をつけている事に気が付く。ガラじゃない。あいつにそんな習慣はなかったはずだ。おかしい。

 それからアカハルは肩を竦めると、「分かったよ。分かった」とそう返す。

 「とにかく話を聞くよ。仕事を受けるかどうかは分からないけどね」

 わずかな可能性に賭けてそう彼は言ったが、ほぼ依頼を断れないだろう事は、本人も充分に分かっていた。

 「オッケー。じゃ、こっちの部屋に来いよ」

 シロアキはそう言うと、顔を傾けて更に奥の部屋を示した。それから、部屋にいる他の男達に向けて「こいつと二人きりで話がしたい。なに、安心しろよ。こいつは、見た目通り戦闘力は皆無だ」と告げた。

 どんな関係なのかは分からないが、男達はシロアキのその言葉に頷く。大人しく従っているところを見ると、シロアキはそれなりに高い地位にいるらしい。

 “あ~、やだやだ。きっと、何か汚い手段でのし上がったんだろうな”

 などとアカハルは思う。

 それからシロアキはドアを開けると、黙ってその奥の部屋に向って足を進めた。アカハルもそれに付いて行く。

 奥の部屋は、表の部屋に比べればまるで手入れがされていなかった。ストレートに乱暴な言い方をするのなら、ボロい。壁紙すら剥がれかけている。そこには粗大ゴミのような安物のソファが二つあり、二人は向かい合わせでそこに腰を下ろした。

 その衝撃で、汚い色をした埃が舞う。これで完全に部屋で二人切りになった。アカハルはソファに触れる手に意識を軽く集中する。能力で調べる。盗聴の類も行われていないようだ。舞った埃が入滅するように消えていくのを合図にでもするように、アカハルは口を開いた。

 

 「どうやって僕の能力をかわしたんだ?」

 

 あのアカハルを迎えに来た長身の男とシロアキが直接触れ合うか、同じ物に触れれば彼には直ぐに察知が可能だ。どんなに気を付けて触れないようにしても、完全に防ぎ切れるものではない。普通なら、彼はシロアキの存在に直ぐに気が付けるはずだ。彼はシロアキを最も警戒している。

 「ハッ! いの一番の質問がそれか、アカハル。相変わらず、その能力に頼り切って生きているな、お前は」

 楽しそうにシロアキは言う。

 「当たり前だろう?」

 そう応えてから、シロアキがはめている手袋をアカハルは見やる。絶対にわざと見せているんだと思いつつ尋ねる。

 「その手袋か?」

 分かるように見せていただろうに、その彼の指摘にシロアキは「ご名答」などと皮肉を込めて返した。

 「これは、アンチ・マジック性の手袋だよ。そして、それ以外のボクの着ている服も全てアンチ・マジック性だ。

 お前の能力は正体不明だが、それでも魔力を利用した何かではあるんだろう。だから、アンチ・マジックで防げるだろうと踏んだんだよ。ま、もっとも、お前が見抜けなかったのは、お前を呼びに行かせたあいつが、それほどボクと関わっていなかったってのもあるんだろうがな。

 どうだ? お前の情報収集能力は反則級だが、弱点がない訳じゃないんだぜ。思い知ったか?」

 楽しそうにドヤ顔で説明するシロアキを見ながらアカハルは思う。

 ただ単に自分に仕事をやらせたいだけだったら、わざわざこんな持って回った方法を執る必要はない。シロアキは、自分を騙して喜んでいるのだ。

 “本当に嫌なヤツ……!”

 「それで、君が僕に依頼したい仕事ってのは、何なんだよ?」

 その質問に、シロアキは淡白に応えた。

 「簡単に言えば“人助け”だな」

 「もっと面白い冗談を言えよ」

 “人助け”なんてものはシロアキからもっと遠い所にある言葉。少なくともアカハルはそう考えていた。

 「これが冗談じゃないんだよ、アカハル」

 にんまりと笑いながら、シロアキは何かの切り抜きを彼に見せた。

 「ケーブタウンって知っているだろう? 亜人種、その他のコミュニケーション可能な生き物達が集まってできた、ま、人間にとっちゃ“非公式な街”だ」

 それを聞いて、アカハルは片眉を上げる。今日街で聞いた“ケーブタウンがダンジョン認定される”という噂を思い出した。

 「知ってるけど?」

 「あそこが今度、ダンジョン認定される。まだ決定じゃないが、まぁ、ほぼ確実だろうな」

 それを聞くとやや馬鹿にしたように「それ、情報が遅いぞ。今日、街の連中が噂していたから」とアカハルは言う。

 ところがそれにまったく動じず、「だろうな」とシロアキは返すのだった。それで不可解な表情をアカハルは見せる。

 「わざと街の連中にリークしただろうからな。ボクの雇い主は」

 それからもう一度、シロアキは先の紙をアカハルに見せた。

 小さな文字で見え難かったが、どうやらそこにはケーブタウンをダンジョン認定する際の何らかのやり取りが記述されているらしかった。

 思わずアカハルはその紙に触れそうになって思い止まる。

 ――自分が知ってはいけない類の情報が読み取れてしまうのかもしれない。

 そう不安を覚えたからだ。

 それを見て、シロアキはアカハルを見下すように言う。

 「ハッ これにも怯えるか。

 相変わらずチキン野郎だな。お前の能力は活かせばいくらでも他にもっとでっかい仕事ができるだろうに。失せ物探し、人探し、情報集め…… チンケな使い方ばっかりしやがって」

 アカハルは不服そうにこう返した。

 「うるさいな。こんな能力を持っている本人だからこそ、その危険性だってよく分かっているんだよ」

 「もしも、その能力をボクが持っていたとしても、同じ使い方すると思うか?」

 「思わないけど」

 「じゃ、お前がチキンなんだ」

 「お前はお前で異常なんだよ」

 そうアカハルが吐き捨てるように言うと、ちょっとの間の後で、「まぁ、いい。話が進まない」と言った後で、シロアキはこう続けた。

 「ボクは“魔石協同組合”を名乗る連中から、このダンジョン認定をなんとかしてくれって頼まれたんだ。

 ケーブタウンは良質な魔石を発掘する。潰されちゃ堪らないって事だろう」

 「なるほどね。だから、ダンジョン認定を取り消させる為に街の連中に早めにリークしたって訳か。

 街の連中は不満だらけだったみたいだから、少しは効果あるかもな。実際、不当不正の臭いがプンプン漂っているし」

 「うん」とそれに頷くとシロアキは言った。

 「そこでその仕事をお前にやってもらいたいと思っているんだ、ボクは」

 「待て」とそれを聞くなりアカハルは言う。

 「おかしいだろ。なんだそりゃ? そもそも僕にそんな事ができるはずがないだろう?」

 それを聞いて「へ」とシロアキは笑う。

 「できるだろう? さっき自分で言っていたじゃないか。“不正不当の臭いがプンプン”って。お前がその能力を使って、そいつを暴いてやれよ」

 それに「だから、待てって」とアカハルは返した。

 「そんな事をしたら、僕の能力がばれる危険が高いじゃないか。仮にばれなかったとしても目立つ! そもそも僕は目立つのが嫌なんだよ!」

 「やっぱ、チキンだな」

 「もう、この際、チキンでもいいよ」

 そのアカハルの様子を見ると、シロアキは諭すように語り始めた。

 「いいか?アカハルよ。このままいったら、何の罪もないケーブタウンの連中が冒険者達に惨殺されたり略奪されたりするんだぞ? 放っておいて良いのか?

 しかもだ。今回のダンジョン認定なんて所詮はその場しのぎだろう? 今後もまだまだ似たような事が続くんだぞ? ケーブタウンが冒険者どもに攻められて、目出度く廃墟になったら、今度は別の何かが狙われるんだ。

 根本から問題を解決しなくちゃ、どうにもならないんだよ」

 「心にもない事を言うなよ」とそれを聞いてアカハルは返す。

 「お前がそんな事を気にするタマか」

 それに太々しくシロアキは「ああ、そうさ」と応える。

 「ボクはそんな事は気にしない。でも、お前は違うだろう? 気にするんじゃないのか?」

 「気にしない。いや、仮に気にしたとしても同じじゃないか。どうにもできない。僕が不正を暴いて、それでそのダンジョン認定が取り消されたとしよう。

 で、それで生活の手段がなくなった冒険者達はどうするんだ? 犯罪集団化するんじゃないのか? 罪もない人間が犠牲になるって意味じゃ、どっちでも同じだ」

 それを聞き終えると、「ふーん」とシロアキは言った。頬杖をつく。恐らくは、何か説得の手段を考えている。

 それから彼はこう言った。

 「それなら、それでいい」

 その言葉にアカハルは意表を突かれる。

 ――は?

 シロアキは続けた。

 「アカハルよ。どっちでも同じなら、仕事を受ければ良いじゃないか。忘れちゃいないだろう? こっちは前金で100万払うって言ってるんだぞ?

 失敗しても、100万貰えるんだ。なら、受けとけよ」

 それは確かにその通りだった。しかし、それを聞いてアカハルは“怪しい”と思う。気前が良すぎる。シロアキはケチではないが、無駄金を使うタイプではない。多分、この仕事は今まで聞いた話以外にも何かある。どうしても、シロアキが自分を巻き込みたい何かが……。

 それから、ゆっくりと、アカハルは先にシロアキが自分に触るように促して来た紙…… “ケーブタウンのダンジョン認定関わる何か”が書かれた紙に手を伸ばした。その行動がシロアキの思惑通りという自覚はあったが、それでもその手は止まらなかった。

 どちらにしろ、僕はそれを知っておかなくちゃならない。多分、僕はもう詰んでいるだろう。だからこそシロアキは、こんなに余裕たっぷりなんだ。

 ささやかな抵抗なのか、アカハルは人差し指の先でその紙に軽くだけ触れた。もちろん、あまり意味がない。

 勝ち誇った顔でシロアキはそれを見ている。

 わずかに悔しさを覚えたが、そんなくだらないプライドよりもアカハルは身の安全を取る。一呼吸の間の後で、紙に触れた指を起点にして、暗闇の奥底から湧き上がるようにノイズの塊のような“情報”がせり上がって来た。

 視覚があると情報の読み取りや解析の邪魔になる。だから、直ぐに彼は目を瞑った。

 

 ……いかにも欲深そうな男の顔。事務的に処理をする誰かの手。“賄賂”というキーワード。誰かが殺されている。

 ――何者か達の声。

 『………どうせ、異種族どもしか住んでいない街だ…』

 『…冒険者どもの“上がり”の何割かが入ってくれば、充分な見返りです……』

 『………バカな策だよ、奴隷として働かせた方が良い。冒険者どもは、全員殺しちまうだろう……』

 差別的で残酷で卑怯なセリフ。冒険者協会か何かが、政治家や官僚に金を渡しているだろう様子も流れて来る。

 恐らくは、次の仕事を求める冒険者達の訴えを受け、冒険者協会…… または連中と繋がりのある何者か達が金で政治家や官僚を買収して、ケーブタウンをダンジョン認定させようとしているのだろう。もちろん、本人達も充分な見返りを期待して。

 “醜い”

 その波のように押し寄せて来る情報を解析しながらアカハルはそう思った。

 “これも嫌なんだよな、この手の物から情報を読み取るのは…… 吐き気がする”

 嫌悪感を覚えながらも、彼は神経を研ぎ澄ませる。

 どの情報が一番“近い”か。誰がこの書類の作成に関わっているのか。或いは、何か特徴的な情報はないか。

 そして、

 “グッドナイト財団”

 ある時、彼はそんなキーワードを捉える。

 シロアキはこの仕事を依頼をして来たのは“魔石協同組合”だと言っていた。否、“魔石協同組合を名乗っていた”と言っていたのか……

 

 そこでアカハルは目を開けた。直ぐにシロアキを見やる。軽く睨んでいるような顔。

 「――で、君は、僕に仕事を丸投げして、マージンだけ取ろうってのかい?」

 そしてその後で、彼はシロアキに向けて嫌味たっぷりにそう言った。シロアキの狙い通りの展開になっているだろうことが、悔しかったからだ。

 澄ました顔でシロアキは返す。

 「サポートくらいはしてやるよ。相談があれば何でも言ってくれ」

 「それはそれで嫌だな。お前が僕の相談を受ける目的はサポートじゃないだろう?」

 「サポートだけ、ではないな」

 そう言って、さもおかしそうにシロアキは笑った。

 

 シロアキは十中八九、自分に仕事を依頼して来たのが魔石協同組合ではないことを見抜いている。

 アカハルはそう考えた。

 ただ、本当の依頼者がグッドナイト財団…… または、財団に関わりのある何者かである事まで知っているかどうかは分からない。

 ――グッドナイト財団。

 戦争兵器絡みの多国籍企業で、しかも軍産複合体のかなりの割合を占める。先の戦争でぼろ儲けし、巨大化に成功した、世界で一番不穏な大企業。

 今や軍事産業以外にもその触手を伸ばしていて、その影響力は計り知れない。

 アカハルが想像する限りにおいて、最も自分の能力を知られたくない連中だ。

 もし、その彼の驚異的な情報収集能力を知ったなら、絶対に利用する。いや、もっと悪い事が起きるかもしれない。

 例えば、グッドナイト財団の研究グループが、彼を捕まえてその能力の秘密を知る為に、モルモットにする…… とか。

 

 “冗談じゃないぞ! 実験動物になんかなって堪るか!”

 

 もし仮にこの仕事を依頼を断った場合、シロアキはアカハルの情報収集能力を、グッドナイト財団にばらすかもしれない。もちろん、彼が黒幕の正体にまで気付いているとして、だが。

 そして、恐らくは、シロアキがアカハルを巻き込みたがっている理由もグッドナイト財団だろう。

 シロアキはアカハルが、この仕事の過程で何かしらグッドナイト財団についての情報を集める事を期待しているのだ。

 彼の情報収集能力の最大の欠点は恐らくは、その無節操さにある。触れた物に関わる情報ならば、彼はどんな情報でも読み取ってしまうのだ。

 もしこの件に関わるのなら、だから彼はほぼ確実にグッドナイト財団の情報を拾ってしまう事になる。

 

 「分かったよ! シロアキ! 引き受けるよ! ああ、もう、こんちくしょう!」

 

 彼は半ばヤケクソ気味にそう言った。


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