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38.あなたには決して考え及ばないような“優秀な方略”がこの世には存在するのですよ

 廊下と、研究室。壁に空いた穴を介して向かい合っているゼン・グッドナイト達とオリバー・セルフリッジ達。

 彼らにはしばらく動きがまったく見られなかった。

 セルフリッジ達は、もちろんアンチ・マジックが解けるまでは、下手に踏み込む訳にはいかない。ゼン・グッドナイト側も時間稼ぎがしたい。その膠着状態は、双方の戦略がそのように噛み合った結果生まれたものだった。

 がしかし、ゼン・グッドナイト側には、その膠着を崩す理由があった。ランポッドが小声でグッドナイトに言う。

 「グッドナイトさん。相手は戦力を分散して手薄になっています。攻めるのなら、今だと思います」

 ところが、グッドナイトは首を横に振る。

 「いや、あっちにはまだ一番厄介な闇の森の魔女がいるかもしれない。隠れている可能性があるからな。もう少し様子を見てみよう」

 が、そんなところで報告が入った。作業員の一人が近寄ってきて言う。

 「グッドナイトさん。国知らずの森から連絡が入りました。何故か、戦闘が一切、行われなくなっているそうです」

 それを聞いて、グッドナイトは大きく目を見開いた。

 「何?」

 が、それから直ぐに冷静さを取り戻すと、こう考える。

 “ほー。闇の森の魔女は、あっちに残して来たのか”

 大規模な戦闘を止められる程の戦力は、ケーブタウンには闇の森の魔女しかいない。

 彼は闇の森の魔女のどんな技術を魔法疑似生命体の製造装置が取り込んでいるのか期待をした。それから、近くにいた部下にこう命令する。

 「よし。取り敢えず、8人ほど使って攻め込め。廊下は狭いからな。人数を放り込むのは不利だ」

 無言で頷くと、部下はハンドサインでそれを他の者に伝える。ハンドサインの必要があるのか?って感じだけれども。

 やがて、グッドナイト財団の戦闘員達は、2チーム4人ずつに別れ、銃を構えて壁沿を進み始めた。

 そして、壁の穴に吸い込まれるようにその先に乗り込んでいく。

 が、その途端、悲鳴が上がった。

 「うわぁぁ!」

 研究室フロア側からでも数人が見えており、何が起こっているのかが分かった。廊下の床に真っ黒な影が広がり、戦闘員達は足を捉えられてしまっているのだ。

 無言でそれをゼン・グッドナイトは見つめる。目を剥き、顔を引きつらせていた。

 戦闘員達は銃を足元や他の誰かに向って放っていたが、何もできずにそのまま影の中に飲み込まれいってしまう。

 「助けてくれぇぇ!」

 最後の一人の悲鳴が、影の中に消えた。

 その数秒の間の後、影の中から一人の女性が浮かび上がって来た。

 闇の森の魔女、アンナ・アンリだ。

 “現れたか”

 と、ゼン・グッドナイトは思う。

 「吸い込んだ彼らについてはご安心を。ただ、別の空間に閉じ込めているだけですから。全てが終わったら、解放してあげましょう」

 影の中から完全に姿を見せたアンナ・アンリは、冷たい口調でそう言った。それからセルフリッジがいる方に顔を向けると、やや温かい表情でこう声をかける。

 「やっぱり、影の中に隠れていて良かったですね。幾分なりとも相手の戦力を減らせました」

 「はい」と、それにセルフリッジ。

 彼女が現れたのを受け、ゼン・グッドナイトの表情からそれまでの余裕が一瞬消えてしまったが、直ぐに取り戻すと彼はこう言う。

 「ほぉ。闇の森の魔女なしでも、あれだけの規模の戦闘を止められるとはな」

 “……という事は、あっちは彼女独自の魔法疑似生命体でも使ったのか。膨大な魔石があるとはいえ、脅威だな”

 そして、冷静にそう分析する。

 ただ、それは彼にとって悪い話ではなかった。何故なら、アカハルを通して、その驚異的な闇の森の魔女の魔法疑似生命体の能力は、こちら側に吸収されているはずだからだ。

 そのグッドナイトの言葉を聞くと、壁の向こうからセルフリッジが姿を現した。

 「そうですか。あなたは今になって戦闘が終わっている事を知ったのですか。ですが、僕の計算では、もうずっと前に、ケーブタウンの近くにいる兵士達は、戦闘不能状態に陥っていたはずです」

 戦闘兵達は銃を構えたが、グッドナイトはそれを下げさせる。闇の森の魔女が守っているはずだ。銃を撃っても無駄だろう。

 「ふん」と、グッドナイトは言う。

 「ケーブタウンの近くには、世界各国の軍隊が集結しているのだぞ? 本部隊と言えるのはヘゲナ国のみだとはいえ、そんな短時間で戦闘不能に陥るはずがない」

 どうやらセルフリッジの言葉をフェイクだと判断したようだ。こちらを揺さぶるつもりでいるのだと。

 ところがそれを聞くと、セルフリッジは淡々とした口調でこのような事を言う。

 

 「あなたには決して考え及ばないような“優秀な方略”がこの世には存在するのですよ」

 

 それを聞いてグッドナイトは「ほー」と、顔をやや硬くする。どうやら、彼の言葉が単なるフェイクではないと思い始めているようだ。

 そもそも、この場面でこちらを揺さぶってもあまり意味がない。足掻いているような泥臭さも感じない。

 “いるのか? こっちの戦闘概念をひっくり返すような能力を持った魔法疑似生命体が”

 ただし、グッドナイトは落ち込むどころかむしろ喜んでいた。繰り返すが、その力をこちら側も得ているはずだからだ。

 「どんな素晴らしい戦略なのか、非常に興味があるよ」

 それからゆったりとした口調で、彼はそのように言う。ところが、それに対してセルフリッジはこんな返答をするのだった。

 「違います」

 「違う?」

 「僕は“方略”と言いました。“戦略”ではありません」

 それにグッドナイトは訝しげな表情を浮かべる。

 「何が違う? 同じじゃないか」

 「いいえ、同じではありませんよ。ゼン・グッドナイト」

 それからセルフリッジは、アンナ・アンリがいる方向に顔を向けるとこう続けた。

 「あなたは、かつて、ここにいるアンナさんにフラれましたね」

 それを聞いてグッドナイトは、やや顔を引きつらせる。

 「なんだそれは? ここに来て、僕のプライドを傷つける精神攻撃か?」

 「そんなつもりはありませんよ。

 あなたはどうしてアンナさんにフラれたのか不思議だったはずです。

 あなたは僕よりも遥かに優秀な人間ですから。顔も良く、知力も高く、財力や権力まで持っている。異性としての魅力という意味では、僕には何一つあなたに勝てる要素はないでしょう」

 そこで「セルフリッジさん」とアンナが言う。

 「少々、自分を卑下し過ぎです」

 と、言って彼の顔に手を伸ばし、頬を引っ張った。

 それに構わず彼は続けた。

 「ですが、このように考えるなら、彼女の選択は不思議でも何でもないのですよ。

 一般的には、より優秀な遺伝子を残す為に、女性はより優秀な男性を選ぶと考えられているようですが、それは一つの方略に過ぎません。

 例えば、女性にとっては、自分の産んだ子供を安全に育てられた方が、自分の遺伝子を残し易くなります。それを重要視するのであれば、より子育てに協力的な男性を選んだ方が良い事になります。

 その評価基準を採用するのなら、どんなに優秀であったとしても、女性を軽んじそうなあなたより、僕のような人間の方が魅力的に映るでしょう」

 その説明を聞いて、グッドナイトは言う。

 「それがどうした? 自慢話でもしたいのか?」

 ほんの少しだけ表情を歪ませると、彼はこう言った。

 「いいえ、生き残る為の方略には、実に様々なものがあると訴えたいだけです。

 そして、どんな方略を執るかによって、有効な行動は変わって来る。

 騙さない、約束を守るといった行動は、協調行動を重要視する方略において有効な行動になりますが、戦闘する方略を採用していた場合はその限りではありません。あなたの好きな、権謀術数を駆使して有利に事を進めるという行動は、その場合においてのみ有効なのです」

 グッドナイトは怪訝そうに表情を歪ませる。セルフリッジが何を言いたいのか分からないのだろう。

 「くだらないな。それは何の講義だ? そういえば、お前の職業は学者だったか。悪いが、僕は別に大学の単位を取るつもりはなくてね」

 グッドナイトはそう茶化そうとしたが、それは単なる誤魔化しに過ぎなかった。

 セルフリッジが何を狙ってそんな説明をしているのかは分からないが、そこに何か重要な意味がある点だけは彼にも理解できていたからだ。

 「あなたが僕の言葉を理解できないのは、あなたが今まで一つの方略に基づいた価値観のみで生きて来たからですよ。これは頭の良し悪しの問題ではありません。単に“異なった生きる為の方略を知らない”というだけの話です。

 そして、ケーブタウン周辺の戦場で行われ、兵士達を戦闘不能状態にした行動は、その全く異なった方略に基づいているのです」

 ゼン・グッドナイトは、そのセルフリッジの奇妙な説明に苛立ちを覚え始めていた。

 やはり、彼が何を意図しているのか理解できない。その“理解の外”がグッドナイトにとっては不快だったのだ。

 ただ、だからこそ、グッドナイトは“異なった生きる為の方略”を知り得なかったのかもしれないのだが。

 「――どうでもいいよ。お前らがどんな戦略を執ろうが、こっちはそれ吸収して利用させてもらうだけだからな」

 そう吐き捨てるように言う。

 「違いますよ」と、それにセルフリッジ。

 「あ?」

 「その異なった方略に基づいた行動を執ったのは、僕らではありません」

 多少、呆れたような様子で、グッドナイトはこう言った。

 「それじゃ、誰だっていうんだよ?」

 ところがそれにセルフリッジが何かを返そうとしたタイミングで、フロアの隣の部屋から「ギャー!」という悲鳴が聞こえて来た。イザベラの悲鳴だ。

 そして、その少し後で、キャサリンが「アンチ・マジックが消えたわよ」と、そう言う。どうやら、小さく魔法を放って確かめたらしい。

 すると間髪入れずに、「ヨオッッッッシャー!」と叫びながらティナがフロア内に突進して来る。強力なスピードアップの身体強化魔法を使ってあるのか、常識外れの速度だ。彼女の進む先にいた戦闘員達が、次々と吹き飛ばされていく。

 そして、ブラックボックスの前まで来ると「呪符魔術“剛力”!」と彼女は叫んだ。彼女の両腕の、バンテージのように巻いてある呪符が膨らんで頑強な筋肉のようになる。グッドナイト財団の戦闘員達は、それに対応ができなかった。気が付くと、ティナはその腕でブラックボックスを殴っていた。

 ブラックボックスの壁はバラバラになり、中の魔法疑似生命体の製造装置が露わになった。重厚な金属性の大きな花瓶のような外観で、扉には窓がついていて中を覗けるようになっている。キャサリンが叫んだ。

 「ティナ! どきなさい!」

 見ると、彼女は両手を囲むように構えていた。ティナが戦闘員達を吹き飛ばして通った為、彼女と製造装置の間には誰もいなかった。道ができている。

 「火炎魔法バズーカァ!」

 ティナが身をかわすと、そう言って彼女は魔法を放った。豪炎の火球が生じて、製造装置に向っていく。火球は見事に命中して、ドォォォン!という重い音が響いた。

 「やったか?」

 ティナがそう喜びの声を上げる。

 しかし、炎が消えてなくなった後でも、製造装置は変わらずにそこに佇んでいた。ビクともしていない。

 「うそーん」と、それにティナ。キャサリンも汗を垂らしている。

 必死になっているそんな二人を見てキークが「そんなに無理して、壊す必要ないんじゃない?」などと言った。妙に呑気。

 「何言ってるのよ、あんたは!? いいから、あんたも手伝いなさい!」と、それにティナ。

 そこでグッドナイトが言った。

 「無駄だよ。その製造装置には、抗魔法処置を施してある。魔法による攻撃は全て跳ね返してしまう」

 それを聞くと、

 「なら、あれよ、ティナ」

 と、キャサリンが指差した。その指の先には、彼女達を狙って壁に大穴を空けた大砲があった。彼女はティナに、それで製造装置を撃てと言っているらしい。

 ところが、そこでこんな声が上がった。

 「やめんか! なんちゅー乱暴な事をするんじゃ! ああ、ビックリした」

 見ると、ゴース・ガイダイがバラバラになったブラックボックスの壁に半身を挟まされたままで叫んでいる。

 「今更意味がないわい! 戦場のデータを取り込んだ魔法疑似生命体は既に完成しておるのだからな!」

 それを聞いてティナは疑わしそうに言う。

 「本当~? 完成しているのだったら、どうして出さないのよ」

 それにガイダイは「それは……」と言いよどむ。

 「やっぱり嘘なんだ!」と、それでティナは大砲を奪いに行こうとしたが、そこで周囲がざわつき出した。

 ゼン・グッドナイトが、台の上から製造装置の前にまで降りて来ていたからだ。

 「そうだ、ガイダイ! 完成しているのなら、何故解放しない! さっさとこの敵を倒してしまえ!」

 そして扉にある呪文キーに、自らの掌をかざそうとする。

 ところが、そこでセルフリッジが言う。

 「いえ、それは無理かもしれませんよ」

 「何?」

 「その製造装置が取り込んだ方略は、敵味方の区別をしないかもしれませんからね」

 それを聞いて「アハハハ!」とグッドナイトは笑った。

 「善人面したお前も、ようやく本性が見えて来たな。戦場で、一体どんな悪魔的な方法を使ったんだ?」

 そして、構わず扉のキーを開けようとする。が、そこで今までは様子を見守っていただけだったアニア・ゴールドが声をかけた。

 「待たれよ! ゼン・グッドナイト殿。もし、セルフリッジ殿の言葉が本当であったなら、貴公も無事では済まないのだぞ?」

 ところが、それをグッドナイトは鼻で笑う。

 「悪いが、そんなチンケな脅しに屈するほど、この僕は間抜けではないのでね」

 そしてそう言ってキーを開けてしまった。

 すると、製造装置の重そうな扉がギィという音を発ててわずかに開く。

 どうやら、早速、魔法疑似生命体が製造装置の中から出てこようとしているらしい。扉がゆっくりと開いていった。一見、勝手に開ているように見えたが、よく目を凝らすとまるで糸のような黒く細い触手が、扉を押し広げるようにしているのが分かった。

 その触手はとても頼りなさそうに思えた。だが、それが却って不気味だった。そんなか細い触手が、重そうな扉を開けていたからだ。

 やがて、扉は完全に開き切る。

 がしかし、中から魔法疑似生命体は出て来なかった。フロアにいた全員が、製造装置の中を凝視していた。

 一体、どんな化け物が出て来るのか?

 それからまたたっぷりと間があった。もしかしたら、出て来る気はないんじゃないか? そんなことを皆が思いかけたタイミングで、何かが製造装置の奥から顔を覗かせる。

 白く柔らかそうな身体。そこに円らな瞳と間抜けそうな口がついている。

 まるで、幼い子供が描いたクラゲのラクガキのようなものがそこにはいた。恥ずかしそうにしているようにも見える。

 みんなが見ているからかもしれない。

 「かわいい(可愛い)!」

 と、それを見た途端、アニア・ゴールドとティナが同時に言った。特にアニアは目をキュンキュンさせていた。どうやら彼女のどストライクだったらしい。

 

 「何をやった?! オリバー・セルフリッジィ!」

 

 そして、ゼン・グッドナイトはそう絶叫した。

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