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36.ゼン・グッドナイトの思惑

 グッドナイト財団の研究施設の廊下を歩きながら、勇者キーク冒険者パーティの賢者スネイルは訝しんでいた。

 “おかしい”

 進んでも進んでもただの一人も研究施設の人間に出くわさないのだ。待合室から自分達が消えていた時点で、連中が警戒しても良さそうなものなのに。もちろん、こちらの動きに気が付いていない可能性もあるが、それにしたって誰にも会わないのは不自然だ。

 どうやら、研究室は二階の巨大フロアに設置されてあるらしかった。アンナが影の中から説明する膨大な魔石の位置関係と、ビルの廊下にあったビル全体の見取り図から推し測るに、そのように考えるのが最も理に適っていたのだ。

 「もうアンチ・マジックにはあまり意味がないかもしれませんね。一応、まだ張っておきますが」

 二階に上がり、しばらく進むと不意にセルフリッジがそう言った。

 どうやら彼も異変に気が付いているようだった。グッドナイト財団に自分達の侵入は既に勘づかれていると判断した方が無難だろう。

 やがて、彼らは研究室があると思しきフロアに隣接した廊下にまで辿り着いた。目の前には扉が見える。まずは彼らはそこを目指した。もちろん、いきなり踏み込むようなバカな真似をするつもりはない。中の様子をどうにかして確認したいと彼らは考えていたのだ。

 廊下を慎重に進みながら、スネイルは考える。充分に警戒しなくては駄目だろう。敵が攻撃を仕掛けて来るかもしれない。

 彼の警戒した時の対処方法は、一般の人間達とは少しばかり違っていた。彼はこういう時、同じパーティのキークの動きを注視するのだ。キークは直感力に長けている。異常と言っても良いレベルだ。彼が反応したなら、何かがあると見てまず間違いない。

 だからスネイルは、キークをじっと見ながら歩いていたのだ。するとキークはその視線に気が付いたらしく、

 「どうしたの? スネイル? 僕の顔にダイオウグソクムシでもついてる?」

 などと訊いて来た。

 「いや、そんなもんがついてたら、もっと大騒ぎしているけどな。

 いいから、お前はもっと集中しろ……」

 と言いかけて彼は止める。

 キークはよく分からない男で、集中すると却って駄目になってしまうことがあるからだ。

 それで、「いや、そのまま自然体でいろ」と言い直す。ところが、その瞬間だった。キークが「ん!」と、何かに反応したのだ。

 スネイルはそれを見逃さない。「よけろ!」と言うと、両腕を広げて他の者を押すようにして飛び退いた。キークの方は反対方向にいる他の者を突き飛ばしながら前方に向って飛んでいた。

 キークに突き飛ばされて「なんなのよ?!」と、呪法武闘家のティナが文句を言いかけたが、その次の瞬間、轟音が狭い廊下に鳴り響いたのだった。

 突然、何かが廊下の壁をぶち抜いたのだ。大きな穴が空いていて、フロアの中がまる見えになっている。そこには大砲が設置されてあった。どうやら、グッドナイト財団が大砲をセルフリッジ達に向けて放ったようだ。

 「部屋の中で大砲なんて使うなよ、気でも狂ってんのか?!」

 そうクロナツが叫ぶと、「ハハハハ」とおかしそうに笑う声が聞こえて来た。ゼン・グッドナイトだ。

 仁王立ちで笑っている。

 研究室の中は、中央に大きなブラックボックスがあり、その周囲を何らかの機材と共に作業員や警備兵などが囲んでいた。研究室の奥は一段高くなっており、ゼン・グッドナイトはそこにいた。

 「上手く躱したな。どうも、勘が良いヤツがいるようだ」

 そこでセルフリッジが言った。

 「よく僕らの位置が分かりましたね。“見えない”はずですが」

 「ふん」とそれを聞いてグッドナイトは言う。

 「どうやってアカハル君の能力を躱したのかは分からないがな、その方法をお前らが知っているというのならやりようはある。

 “見えない”を探せば良いのだよ」

 それを聞いてセルフリッジは、「なるほどね、それは文字通り盲点でした」と言い、それからこう続けた。

 「しかし、だからって大砲をぶっ放しますかね、普通?」

 「ハイクラスの冒険者達は侮れんからな。一気に決められるのなら、決めてしまいたかったんだよ」

 そうグッドナイトが言うのを聞くと、ティナはにやりと笑った。そして、

 「炎の拳……」

 と、呟くように言うと、両の手に炎をまとう。

 「それが分かってるなら、今がピンチだって分かっているわよね?」

 そして、フロアの中に彼女はそのまま飛び込む。

 「バカ、止めろ!」と、スネイルが叫んだが、既に時は遅かった。ティナはフロアの中に随分足を踏み入れてしまっていた。しかも、途中で顔を引きつらせて、動きを止めている。何故なら、目の前には数十人のグッドナイト財団の警備兵だろう人間達がいて、彼女に向けて銃口を向けていたからだ。

 そして、固まっている間で、彼女の両腕の炎が掻き消えてしまう。

 どうやら、フロアの中にはかなり強力なアンチ・マジックが張ってあるようだ。

 「うわおう!」

 そう言ってティナが勢いよく飛び退いたのと銃弾が一斉に放たれたのはほぼ同時だった。運が良かったのか、それとも彼女の運動神経の為せる技なのか、銃弾は一発も当たっていない。

 「あぶなー……」

 ぜー、ぜーと息を吐きながら、彼女は青い顔をして壁の影でそう言った。

 「いくら何でも不用意過ぎよ。あんたは本当に戦争を経験している冒険者か?」

 そう冷たい目でキャサリンがツッコミを入れる。

 「うるさいわね! 戦場なノリは久しぶりだったから忘れていたのよ!」

 その後で「ま、その無謀な行動のお陰で、このフロアの中に強力なアンチ・マジックが張ってあるって分かったがな」とスネイルが続ける。一応、フォローしているのかもしれない。

 それを聞いてセルフリッジが疑問を口にした。

 「アンチ・マジックですか? おかしいですね。恐らくは、あのブラックボックスの辺りでは魔力を自由に使えないといけないはずなのですが」

 それを聞いてサンド・サンドが「どれどれ…」と言ってフロアの中を覗き見た。

 「なるほどな。ブラックボックスを避けるように、巧みにアンチ・マジックを張ってあるぞ」

 と、そしてそう言う。

 「そんな器用な事が可能なのですか?」と、それにセルフリッジ。

 「グッドナイト財団は、罠の設置などに特化した有能な技術者を抱えているのだ」

 そうサンド・サンドは答える。

 「見てみろ」と、それから続けると、奥の方にいる地味そうな女性を指し示した。

 「あいつだ。ランポッドという。あいつも、ここに来ていたのだな」

 その女性は一見、目立たないように隅にいるようだったが、その反対に表情は自信に満ち溢れていた。眼鏡の位置を直しながら、自分の仕事に満足感を感じているのか、微かに笑みをこぼす。

 「しかし、安心しろ。あいつのアンチ・マジック設置のクセは知っている。どこを崩せばアンチ・マジックの結界に綻びが生まれるのか、分析して見つけてやろう」

 そう言ってサンド・サンドは、フロアの中を観察し始めた。そこでゼン・グッドナイトはサンド・サンドの存在に気が付いたようだった。

 「ハーッハッハッハ! これは驚いた。サンド・サンドじゃないか。生きていたのか。また会えて嬉しいよ」

 それから“……と、すると、あいつらがアカハルの能力を掻い潜ってやって来れたのは、アンチ・マジックのお陰か”と考える。

 「ああ、ワガハイも会えて嬉しいぞ。ゼン・グッドナイトよ!

 見てろよ、絶対にお前に復讐してやるからな。どうせ、イザベラも来ているのだろう?

 あいつもだ! あいつにも絶対に復讐してやる! なんと言ったって、ワガハイを殺しかけた張本人だからな!」

 そうサンド・サンドが言い終えたタイミングだった。警備兵数人が、その声に反応するように物陰から銃を構えて廊下に向って飛び込んで来た。

 或いは、彼らはイザベラの部下なのかもしれない。上司の命を守るつもりだ。

 「おい! お前ら! そこまではする必要がない! 止まれ!」

 と、それを見てグッドナイトが言ったが、彼らは止まらなかった。彼らが廊下に入った途端、何発かの銃弾の音が聞こえ、その後で静寂が訪れる。ティナの拳、キャサリンの毒針、そしてゴウの投げ技。廊下に飛び込んだ警備兵達は、全員瞬く間に倒されていた。

 グッドナイトは軽くため息を漏らす。

 「いいか、お前ら。相手はハイクラスの冒険者達だ。無理はするな。特にアンチ・マジックが張っていない廊下側では勝負にならん。絶対に出るな」

 それから彼は警備兵達に向けてそう言った。すると、ランポッドが近づいて来て彼にこう助言をする。

 「それでは、もう一発、大砲を撃ってはどうでしょう? 適切な角度なら、私が計算しますが」

 それにグッドナイトは余裕の表情で返す。

 「いや、いい。ありがとう、ランポッド君。これ以上、廊下に穴を空けたくもないのだよ。防御面が弱くなるからね」

 「しかし、それではいつまでも膠着状態続くだけですが。いずれ、銃弾が尽きれば、我々が不利になります」

 「それで充分なのだよ。時間をある程度稼げば我々の勝ちなのだ」

 そう彼が言い終えると、空いた穴の向こうからこんな声が聞こえた。

 「“我々の勝ち”ねぇ」

 それはシロアキの声だった。

 「お前がそんな事を言うからには、もうあっちでは戦闘が始まっているのか、ゼン・グッドナイト」

 声の質から推理したのか、グッドナイトはこう返す。

 「んー。君はシロアキ君かな? 話すのは初めてだな。君も興味深い人間の一人だと思っていたから嬉しいよ」

 「ああ、ボクもさ」

 それから少しだけ間をつくると、こうシロアキは続けた。

 「各国の部隊に、お前は自分の息のかかった人間を潜り込ませていたのだろうな。誤情報でも流して、戦闘を誘発させたか?」

 余裕の表情でグッドナイトは返す。

 「ご名答。その通りだよ」

 それにシロアキは笑った。

 「バカなことをしたもんだな。流石に、それを知れば、世界中の国々がお前をタダじゃ済まさないぞ?」

 「何が言いたい?」

 「ボクのコネクションを甘く見るな、と言っている。ボクの情報伝達ルートを、お前らの組織は捉えられていないのだろう?」

 そのシロアキの脅しを聞くと、グッドナイトは「ハッ そんな事か」と言って笑った。

 「勝手に伝えろ。もうこっちはそんなもんに興味はないんだ」

 「なんだと?」と、それにシロアキ。

 「お前、バカか? まさか、軍事力だけでどうにかなるとでも思っているのか? 仮にヘゲナ国だけは味方につけられたとしても、経済制裁を受ければ、瞬く間に崩れちまうんだぞ?」

 そのシロアキの主張を聞いても、グッドナイトは余裕を崩さなかった。

 「賢明な君がどうしてこんな所まで潜入して来たのかと思ったら、まさかそんな点に勝機を見出していたとはね。

 こっちの息のかかった人間が、各国の軍隊に紛れ込んでいるとまで分かっていたなら、大人しく隠れていれば良かったのに」

 「アカハルの情報収集能力の価値を分かっているのはお前だけじゃないんだよ。ボクはお前みたいな下品な使い方はしないどな」

 「どうでもいいよ」と、それにグッドナイト。

 「ま、常識で考えるのなら、君の言う通りだろうね。軍事力を活かす為には、そもそも経済力が必要で、だから強力な経済制裁を受ければ瞬く間に追い込まれる。

 が、常識外の軍事力を有しているのであれば、その限りにあらずなんだよ」

 「あ?」

 楽しそうにゼン・グッドナイトは笑う。

 「今、このアカハル君を通して、膨大な量の実戦闘のデータが、そのブラックボックスの中の魔法疑似生命体の製造装置に流れ込んでいる。

 情報を自動的に取捨選択し、有効な組み合わせを見つけ出し、効率良く戦闘で勝つ為だけに特化した怪物を、僕らはそれによって生み出そうとしているんだよ。

 しかも、その怪物は魔力さえあれば、コピーによっていくらでも大量生産が可能だ。ケーブタウンを手に入れれば、その為の魔石も手に入る。つまり、我々は無限に増殖する無人の最強軍隊を手に入れようとしているのだな。

 人間の軍隊など話にならない!」

 それを聞いてシロアキは愕然となった。

 「……お前、正気か?」

 「大いに正気だね! 見てろ! 一気に各国を制圧し、世界を征服してみせる!」

 

 ……その時、情報収集装置の一部と化していたアカハルは、そのゼン・グッドナイトの話を聞いて、

 “なんか、長いこと話しているなぁ”

 などと思っていた。

 “いい加減、この顔疲れるんだよね、さっさと終わってくれないかな”と、それから心の中で愚痴を言う。

 彼は背中の部分に激しく情報が流れているかのような感覚を、もう何時間も前からずっと味わっていた。

 あまり気持ちの良いものではないが、もう慣れてしまった。

 多少心配だったが、ゴース・ガイダイの作った装置は、どうやら正常に上手く機能しているらしい。自分の能力を強制的に発動させて、おびただしい量の戦闘(?)情報を集めているのだ。

 ゼン・グッドナイトが作戦を始め、戦闘が始まった頃は、彼はそこから不吉や狂気や恐怖といった感情を感じていた。何か酷く厄介でおぞましい呪いのような。

 その時、彼は自分の気が狂ってしまうのではないかと不安になっていた。

 彼の背後のブラックボックスの中にある魔法疑似生命体の製造装置。その時までは、確かにおぞましい魔物が生まれようとしていた。

 ゴース・ガイダイは付きっ切りでそれを観察し続けていた。

 数多の触手を生やした、醜い塊がうごめいていたのだ。それは心臓のようにドクンドクンと脈打ち、破滅の胎動を奏でていた。

 ゴース・ガイダイはそれを見て、「おお、素晴らしい」と感嘆の声を漏らした。漏らしたのだが……

 

 スミニア国に所属しているその兵士の頭は混乱していた。

 ほんの少し前の事、味方であったはずのローブ王国の部隊が攻めん込んで来たという報告が入ったからだ。

 確かに、本来は敵対している国の軍隊だが、今回は協力関係にあるはずだった。少なくともヘゲナ国を止めるまでは。

 とにかく、考えている暇はない。迎え撃つ準備をしなくては。

 先に進んでいた同僚から、敵影を見つけたという報告が入る。まだ何も指示は受けていなかったが、彼は恐怖から思考が麻痺し“殺される前に殺さなくては!”と、叢の向こうに躍り出た。

 銃を構えて、敵影らしきものに向ってそれを放つ。躱されたと判断すると、次に魔法を放った。炎の魔法だ。が、手応えはない。

 彼は泣き出しそうになっていた。

 その涙目になってぼやけた視界の向こうでは、敵兵らしき男が何やら叫んでいる。

 「おい! やっぱり、攻撃してきたぞ! スミニア国が裏切ったという話は本当だったんだ!」

 その敵兵が何を言っているのか、彼には分からなかった。

 殺さなくては、こっちが殺される。

 故郷には恋人が待っているんだ。絶対に殺される訳にはいかない。

 そこで報告が入った。

 彼の頭は部隊の他の仲間とネットワークで共有されているのだ。

 『前方から、ヘゲナ国が攻めて来たぞ。気を付けろ!』

 それによってパニックに陥った彼は、「うわあぁぁぁぁ!」と叫びながら銃を撃ちまくった。

 

 ……そんな光景が、国知らずの森の様々な場所で展開されていた。

 誰もどうして戦っているのか分かっていない。ただ、ただ、目の前の敵だと思えるものを殺す為にだけ動いていた。

 まるで、修羅道に堕ちたかのように。

 

 ――だが、そんな異常な狂気のパニック状態は長くは続かなかったのだった。

 

 “いい加減、この顔疲れるんだよね、さっさと終わってくれないかな”

 と、またアカハルは心の中で愚痴を言った。

 ゼン・グッドナイトに状況を悟られないようにする為に、彼はなんとか無理して無表情を装っていたのだ。

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