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35.オリバー・セルフリッジの仕込み

 べニア国に所属しているその兵士は、国知らず森の真ん中で憂鬱そうにしていた。大きな木を背に座り、大きく溜息を洩らす。直ぐにでも帰りたいとそう彼は思っていた。

 彼の仲間の他の兵士達もほとんどはやる気がないようだった。極まれにいる血気盛んなタイプも、森の中を長く歩き続けた所為で疲れているのか、それとも敵軍が迫って来ている事で緊張しているのか、すっかりと静かになっている。

 そこは既にケーブタウンの近くで、つまりはヘゲナ国の近くだった。まだ気配は感じられないが、ヘゲナ国の軍隊も近くに駐留しているはずだったのだ。

 いつ戦闘が始まっても不思議ではない。

 べニア国は徴兵制だった。軍に入る事は避けられない。どうせどこかの部隊に所属しなくてはいけなかった。それで彼は、森林での戦闘に特化したこの部隊に志願したのだが、それは彼がビオトープ管理者を目指しているからであって、決して森林地帯での戦闘が得意だとか好きだとかいった訳ではなかった。

 もしも、こんな形で出動要請がかかると知っていれば、彼はこんな部隊になど絶対に入りたいとは思わなかっただろう。

 北にあるスミニア国、北西にあるローブ王国、西にあるメリアなどの国々もこの作戦には参加していて、一応は味方である事になっている。

 協力してヘゲナ国を抑え、ケーブタウンへの侵略を食い止めようとしているのだ。自国に近いヘゲナ国軍の戦力が最も強かったが、それだけの国々が集まれば充分に対抗できる。いや、むしろ有利かもしれない。

 ただし、本来はどこの国も互いに敵対している。チャンスだと判断すれば、いつ手の平を返し、ケーブタウンを手中に収めようとするか分からない。

 だから、ヘゲナ国以外の国々も充分に警戒しなくてはならない。戦況によっては、各国の軍隊が入り乱れる乱戦状態に陥ってしまう危険性すらあった。

 「あー、これ、生きて帰れるのかなぁ?」

 その兵士はそう言って、また大きく溜息を洩らした。

 そんなところで何かの気配は彼は感じた。

 ――まさか、敵軍か?

 そう思って目をやり、すぐに安堵する。

 何故なら、彼の視線の先にはネズミ数匹がいて、こちらをじっと見ていたからだ。

 “なんだ、ネズミか……”

 そう思って、彼はそのネズミが普通ではない事に気が付いた。

 何故か、毛が生えていない。しかも、かなり出っ歯だ。

 「なんだぁ?」

 思わず、凝視してしまう。

 すると、その奇妙なネズミ達は何を思ったのか、後ろ肢で立ち上がると両手を広げ、「デバーッ」と一斉に声を発した。

 彼の印象が間違っていなければ、挨拶のように思える。

 “本当に、なんだぁ?”

 彼はますます疑問を覚えたのだが、それからその奇妙なネズミ達は木々の間に消えていなくなってしまった。

 

 ハダカデバネズミ達数匹が、駆けていた。近くに彼らくらいしか通れそうにもない小さなケーブタウンへと続く穴を見つけると、そこに潜り込む。

 彼らはオリバー・セルフリッジから、もしも軍隊がケーブタウンの近くまで来たなら、すぐに皆に伝えるようにと言われていたのだ。それが皆を助けることになるから、と。

 もちろん、その“皆”の中には、彼らの大好きなイノマタさんも含まれていた。

 いつもはケーブタウンの出入り口付近にある店の中にいるイノマタさんは、今はケーブタウンの中に避難していた。彼女は店に留まることを主張したのだが、「危険だから絶対にダメ」とオリバー・セルフリッジやナイルス達から説得されて、仕方なく従うことにしたのだ。

 「今回の軍隊は本気で危険なんです。以前とは違って、ヘゲナ国の主力部隊ですから。しかも、他の国々の軍隊も迫っているんですよ? もしかしたら、それら国々の間でも戦闘が始まるかもしれません。

 外にいたら、その殺し合いに巻き込まれてしまうかもしれないんです。だから、絶対に避難してください」

 オリバー・セルフリッジは彼女にそのような説明をした。

 その時、彼女はその説明を聞いて軽く固まったように思えた。その反応を受けて、セルフリッジは不自然な笑顔を見せた。何かに気付いたような様子にも見える。が、彼は何も返しはしなかった。

 ただし、

 「もしも、イノマタさんがケーブタウンの外に出て行こうとしたら、絶対に守ってくださいよ」

 と、その後で彼はハダカデバネズミ達数匹にそう頼んでいた。そしてそれからアンナ・アンリをハンドジェスチャーで紹介するようにしながら、

 「軍隊が近くに来た時、ケーブタウンから出ようとする人がいたら、身を守ってくれる魔法疑似生命体を自動的に付ける魔法を彼女に仕掛けておいてもらいます。

 かなり売れましたが、それでもこの街にはまだまだたくさんの魔石が余っていますから、それを利用して」

 と、そう告げる。

 アンナはそれに説明を補足した。

 「言われた通りの魔法を施しておきます。しかし、流れ弾程度なら防いでくれるはずですが、本気の攻撃は防ぎ切れないでしょう。それほど期待しないでください」

 その後でまたセルフリッジが言った。

 「一応断っておきますが、念の為にそのような魔法を仕掛けておくだけです。戦闘中に外に出られるようにする為ではありません。絶対に、安全になるまではケーブタウンの外に出ないようにしてくださいよ」

 イノマタさんはそれを聞いて何度か頷いていた。ニコニコと笑いながら。アンナはその笑顔を見て、誰かの笑顔に似ているとそう思った。しばらくして気が付く。

 “ああ、そうか。セルフリッジさんの笑顔にそっくりなんだ”

 彼は時々、笑顔で人を騙す。もっとも、それは、100%善意なのだが。

 

 オリバー・セルフリッジ一行は、クルンの街にあるグッドナイト財団の研究施設の前にまで来ていた。

 以前からグッドナイト財団が借りていたそのビルは、それなりの大きさで、急ごしらえの研究施設として利用されているようには思えない。

 もっとも、本来は研究施設として使うつもりはなかったのだろうが。

 アンナ・アンリはアンチ・マジックとの相性が悪い。また、姿を見せない方がゼン・グッドナイトを油断させる為に都合が良いと判断し、セルフリッジの影の中に隠れていた。サンド・サンドはどうしても目立ってしまうので、木製の人形と分離し、カバンの中に畳んで仕舞ってあった。

 他のメンバーは、彼女の部下ということにする為に、兵士の恰好をしている。子供の姿である矮躯童人のクロナツとシロアキの二人が、多少は無理があるように思えなくもないが、アニアは今はもう“かわいいもの好き”をカミングアウトしているので、誤魔化しはききそうだった。

 先頭はアニア・ゴールドだ。軍人で、隊長を務めるくらいの地位にある彼女は、グッドナイト財団にも顔が利く。

 「すまない。アポは取っていないのだが、緊急の用件だ。ゼン・グッドナイト殿と面会がしたい。

 この者達は私の部下だ」

 彼女は受け付けの男に向けて、堂々とした態度でそう言った。

 “嘘をつく時は堂々としていた方がバレない”

 そのようなアドバイスをシロアキから受けたので、実践しているようだ。すると、それは効果覿面で、受け付けは上司に軽く相談しただけですぐに彼女達を通してくれた。

 セルフリッジ達は一度は止められたが、アニアが「私のボディーガードなので、入れてもらえないと困る」と訴えると、簡単に許可してくれた。

 グッドナイト財団にとって軍部はお客様だ。だから、アニア・ゴールドに対して、強くは出られないのだろう。彼女自身の地位はそれほど高くはないが、彼女の父親は大将を務める大物のラオ・ゴールドだ。しかも、ラオは娘を溺愛している。

 彼女達は待合室に通されたが、もちろん、そこで大人しくしているはずがなかった。

 勇者キーク冒険者パーティのキャサリンが麻酔針で見張りの人間を動けなくさせると、バックの中に仕舞ってあったサンド・サンドを取り出し、木製の人形を中に入れて動けるようにしてやってから、彼女達は待合室を出る。まずはアカハルの居場所を探らなくてはならない。

 「どう探すつもりだよ?」

 無計画を責めるようにクロナツがそう言う。自分のことは棚に上げて。

 すると、それにセルフリッジは「待ってください」とそう返す。そして、小声で自分の足元…… 影に向ってこう話しかけた。

 「アンナさん。どうですかね? 魔力の気配は感じられますか?」

 すると、少しの間の後で「はい。今、感知しました」とそんな返答が。

 「魔力? どうして、魔力の気配を見つけているのだ?」

 そうアニアが尋ねる。

 「アカハルさんがいる部屋の近くには、魔石を膨大に貯めてあるだろうからですよ、アニアさん。

 彼は魔石を膨大に使う事の為に利用されている可能性が非常に高いでしょうから」

 それを聞いてシロアキが口を開いた。

 「なんだ、そりゃ? 初耳だぞ。セルフリッジ。お前、何に気が付いている?」

 誤魔化すようにセルフリッジは言った。

 「説明しても良いですが、今は時間がありません。先を急ぎましょう。それに、どうせ後で分かりますし」

 やや不服そうだったが、それから影の中からアンナの声が「このまま、真っすぐ進んでください」と案内を始めると、シロアキは何も言わずにそれに従った。

 

 「何? アニア・ゴールドが訪ねて来た? 緊急の用件だって?」

 

 大フロアを改造した研究室の中、ゼン・グッドナイトはその報告を受けて奇妙に思った。少し考える。

 アニア・ゴールドに面識はない。ここを訪ねて来る理由も思い浮かばない。しかも、今のこのタイミングとなるとかなり怪しい。彼はそれからにやりと笑った。

 傍らでは情報収集装置の一部と化したアカハルが、無を体現しようとがんばっているかのような表情で、空を見ていた。

 既に情報の収集は始まっている。アカハルになんらかの負荷がかかっているのは明らかだった。だが、今のところ、大きな問題は発生していない。

 それからこんな事を思った。

 “ふーん、こいつは盲点だったな。まさか、そんなコネクションを連中が持っていたとはね”

 それから、アカハルが座らされている装置を見やり、その背後のブラックボックスの近くにいる研究員だろう一人に話しかける。

 「おい。ケーブタウンから、誰かがやって来たような気配を感知していたか? そこにだけは注意するように言ってあったよな?」

 それに研究員は「いえ、特には。何かあったのですか?」とそう返した。

 「いや、いい」と、それにグッドナイト。

 それからこう考える。

 “ま、シロアキやらクロナツやらは、昔からアカハルの能力を知っていたんだ。欠点を知っていたとしても不思議じゃないか”

 「あの……、アニア様に会いに行かなくて良いのですか?」

 報告に来たビルの事務員は、しばらく所在なげな様子で立ち尽くしていたのだが、勇気を振り絞ったのか、そこで不安そうにそう尋ねた。グッドナイトはこう応える。

 「良いんだよ。どうせ、行ったって、今頃はもう消えているしな。それよりも、侵入者だ。敵が攻めて来たぞ。

 ワーニング! ワーニング!

 ま、もっとも、中途半端な連中が行っても、返り討ちにされるだけだろうから、探しには行かなくていい。

 それよりも、使える連中をできる限りこのフロアに集中させろ」

 その指示に事務員は目を白黒させていたが「早く!」と彼が言うと、「はい!」と返し大慌てでフロアを出て行った。

 “今更来たって、もう遅いぞ、セルフリッジ。少し時間を稼げば、こっちの勝ちだ”

 その姿を見送りながら、ゼン・グッドナイトはそのような事を思っていた。

 

 ……その数時間前。

 ケーブタウンの出入り口で、ドワーフのガーロが体操座りをしていた。

 彼はアンナの“なんとなく進めばケーブタウンに戻れる”という説明の意味がよく分からず、ケーブタウンに戻れないでそこでずっと途方に暮れていたのだ。

 “……どうすれば、戻れるのだろうか?”

 彼はノーボットや他の誰かが心配して迎えに来てくれるのを期待していたのだが、そんな気配は一切なかった。

 後少しで、戦闘が始まるかもしれないのに。

 少し涙目になるガーロ。

 ところが、叫んでやろうかと悩み始めたところで、不意に彼の目の前にイノマタさんが現れたのだった。

 何もない空間から、ポッと顔を出したように思える。

 「え? イノマタさん?」

 彼は一瞬、彼女が迎えに来てくれたのかと思ったのだが、どうもちょっと違うようだった。

 彼女は軽く首を傾げると、ニッコリ笑って、ペコリと頭を下げ、彼に挨拶をする。

 それから再び首を傾げた。

 どうも、彼がこんな所で何をやっているのか疑問に思っているようだ。

 「いや、街に戻れんようになってしまってな。出入り口が分からんのだ」

 と、彼が答えると、彼女は彼の腕を掴んで引っ張ってくれた。すると、何もなかったその場所に、一瞬でケーブタウンの出入り口が現れる。

 「おお。ありがとう。しかし、あんたはどうする気なんだ?」

 そう彼は疑問を口にしたが、それに構わず彼女は国知らず森に向って歩き始めてしまった。

 「いや、ちょっと、待て。危ないぞー。戦闘が始まるって言っておったじゃないか。巻き込まれちまう」

 彼女はそれを無視して進む。

 その少し前に、彼女はケーブタウンでハダカデバネズミ達から、「軍隊がたくさん国知らず森に集まっている」という報告を聞いていたのだった。

 「後少しで、戦闘が始まるかも」

 という。

 森の中へ消えていくイノマタさんの背後には、何か黒いものがいて、まるで彼女を守るようにしていた。

 恐らくは、魔法疑似生命体だろう。

 そして、彼女の足元にはハダカデバネズミ達数匹が…… それは、まぁ、いつもの事と言ってしまえばいつもの事なのだけど。

 ガーロは、その光景に“何をしようとしているのだ?イノマタさんは?”と首を傾げた。

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