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34.そして、戦争が始まる

 ゼン・グッドナイトにとって、それは予想外の事態だった。

 各国の軍隊が体制を固め、ケーブタウンに向けて進軍を始めてしまったのだ。

 ヘゲナ国内に軍部やグッドナイト財団への反発がある上に、ケーブタウンへの反戦ムードがあった所為で、ケーブタウンを攻め落とす決断をヘゲナ国に下させるのに、彼は多少手こずってしまっていたのだが、その間にそんな事が起こっていたのだ。

 もちろん、ヘゲナ国の領地を進軍できるはずがない。各国の軍隊が進んでいるのは、なんと“国知らず森”だった。

 確かに、どの国の所有物でもない、国知らず森ならば領土侵犯にはならない。少なくとも、国際法上は問題なくケーブタウンにまで進めるはずだ。しかも、国知らず森は、非常に広大であるが故に、様々な国にその一部が触れている。つまり、様々な国が“入り口”として利用できる。

 がしかし、そんな事は今まで不可能だと思われていた。

 各国の軍部が、上空から位置や方向を指し示し、進軍をサポートしてくれるスカイ・ナビゲーターという新装備を購入しているという報告をグッドナイトは受けてはいた。が、ただそれだけでは国知らず森を通り道として利用する事などできないはずなのだ。

 国知らず森は、あまりに広大過ぎる。更に繁茂している魔法植物、それにたかる虫や動物、またピクシーやニンフやエルフ達などが進軍を邪魔してくる。とてもじゃないが、“道”としては使えない。

 或いは、何処か一国ならば、そういった問題をクリアできる手段を見つけてしまう可能性もあるかもしれない。しかし各国が同時にとなると普通ではない何かが起こっているとしか思えなかった。

 「――まさか、オリバー・セルフリッジ達か?」

 少し考えて、彼はその考えに辿り着いた。

 

 ケーブタウンの近くの森の中で、シロアキは何通もの手紙に対して魔法をかけた。すると、その手紙は微かにピクピクと震えたと思ったら、一瞬で小鳥の姿に変じ、空に向って飛び去ってしまった。

 「なるほど。これですか、僕らの元に手紙を届けていた手段は。なかなか、大したものです」

 それを見ていたオリバー・セルフリッジは感心した様子でそう言う。

 「この魔法だけで届けていた訳じゃないけどな。闇のルートも使っている」

 シロアキは自慢げにそう返すと、それからこう続けた。

 「今回も同じだよ。ボクは各国にコネを持っている。闇のルートで、あの手紙は、それぞれの国の“それなりの連中”の手にまで回る」

 「動きますかね? その人達は」

 そうセルフリッジは懸念を抱いているような事を言ったが、まるで不安を抱いているようには見えなかった。シロアキは淡々と答える。

 「動くさ。そもそも、連中もグッドナイト財団の動きは知っているはずだ。どうにかしたいと思っているだろう。邪魔する手段があると分かれば必ず実行する。

 ま、自分の国だけならどうか分からないが、他の国々も連携するだろうからな」

 

 ……グッドナイト財団が、森林や海などを進む為に開発したスカイ・ナビゲーター。その存在をクロナツの事件の際に知っていたセルフリッジは、直ぐにこの計画を思い付いていたらしい。

 スカイ・ナビゲーターと国知らず森の住人達のサポートさえあれば、人間は国知らず森を迷わずに進めるのではないか?

 そのように考えたのだ。

 もちろん、普通なら国知らず森の住人達が協力してくれる事などまず有り得ない。が、ケーブタウンの住人達は、彼らと親交がある。ケーブタウンのピンチを森の住人達が知り、ケーブタウン側が助けを求めたなら、協力を得られる可能性はかなり高い。

 

 国知らず森の中で、奇妙な現象が起こっていた。地面が所々、不自然に隆起していたのだ。それを巨大な視点で観察できたなら、いくつもの筋が何かの一点を目指して伸びているように見えただろう。また、その筋の途中の数か所には狼煙が空高く上がってもいた。

 国知らず森の上空を飛ぶスカイ・ナビゲーターが、その地面の隆起と狼煙を捉える。そして、それを的確にその下を進む軍隊に伝えている。

 彼らは不安そうな表情で森の地面を踏んでいたが、今のところは何のトラブルも起こってはいないようだった。

 地面の隆起は国知らず森に棲む大ミミズ達が意図的に軍隊を導く為に地面スレスレを通ることで造ったもので、狼煙はピクシーやニンフやエルフ達が上げていて、やはり軍隊を導く為のものだ。

 普段なら、軍隊が通ろうものなら、絶対に邪魔をする魔法植物らは、今は彼らに何もしようとしない。害虫や動物たちの一部は、多少はちょっかいをかけていたようだったが、それも迷惑程度でしかない。進軍には何の問題もなかった。

 彼ら軍隊の行き先はケーブタウンだった。ヘゲナ国がケーブタウンを攻め落とし、その資源を独占するのを防ごうとしているのだ。そもそも、国知らず森にあるケーブタウンは何処の国の物でもないはずだ。

 それで、

 「領土とする正当性は存在しない」

 そう彼らは主張したのだ。

 だから、それを防ぐ為に、彼らは軍を進めているのだ。

 先程の軍隊は、スミニア国に所属していたが、他の国々の軍隊も同じ様に進軍しているはずだった。

 このまま彼らが順調に進めれば、ヘゲナ国がケーブタウンを攻め落とす前に辿り着く事ができるだろう。

 

 “ケーブタウンは、ヘゲナ国から最も近い場所にある。領土とする権利を持っているのはヘゲナ国だ。汝らにそれを抗議する権利はない”

 

 そのような伝達を、ヘゲナ国の軍部は各国に対して行っていた。

 が、すると、それぞれの国々は、“大ミミズ達が掘った穴で、ケーブタウンは我が国の近くにも繋がっている。我々にも領土を主張する権利はあるはずだ”と返して来た。もちろん、ヘゲナ国は納得しない。いくら何でも無理があると主張する。が、その論調は幾分弱いものだった。

 

 「ま、予想通りだな」

 

 と、その報告を聞いてゼン・グッドナイトは言った。

 各国の見解はヘゲナ国が言うようにかなり強引だが、それを言うのならヘゲナ国も満潮時には隠れてしまう岩礁とも表現できるような小さな島を根拠に、領海権を主張していたりするから強くは言えないのだ。

 つまり、交渉では各国のその進軍は止まりそうにもないという事だ。

 それからグッドナイトは、おかしそうにこう言った。

 「なかなか考えたな、オリバー・セルフリッジは。いや、これはもしくは君の友達のシロアキ君のアイデアなのかな? どう思う? アカハル君」

 それはアカハルに向けて発せられた言葉だったようだ。

 彼は今、情報収集装置の一部と化していて、変な機材に繋がれている。

 「いやぁ、どうなんでしょう? 確かにあいつが思い付きそうな手ではありますがね。卑怯っぽいし」

 などとアカハルはそれに返す。

 クルンの街にある仮設に過ぎなかったはずの研究施設は、今では仮設とは言えない程に充実していた。大きなフロアにアカハルは移され、大きなブラックボックスの前に座らされている。同じフロアには、研究員なのか工作員なのかボディーガードなのか分からないが、グッドナイトの他にも財団の人間がたくさんいた。

 グッドナイトは、そこにある回転椅子の一つに座っていて、それをクルクルと回転させている、まるで子供が遊んでいるようだ。また口を開いた。

 「計算もピッタリだ。

 このままいけば、ヘゲナ国の軍隊と各国の軍隊が、ケーブタウンの近くの国知らず森で睨み合う形になるだろうな」

 そこで言葉を止めると、グッドナイトは大きなブラックボックスを見やる。そこにはアカハルが座らされている椅子から伸びる何らかのたくさんのチューブが、吸い込まれるように入っていた。

 「が、しかしだ……」と、それからゼン・グッドナイトは言った。“ふんふん”と、鼻歌なんかを歌っている。妙に機嫌が良い。それが却って不気味だった。

 「まだまだ全然、甘いよ。こちらとしてはそれでも構わないんだ。いや、情報量という意味じゃ、むしろ好都合かもしれない。戦闘データを大量に吸収できるからな。

 これじゃ、むしろ僕らに協力してくれているようなものじゃないか。そうは思わないかい、アカハル君?」

 それを聞いたアカハルは、なんだか困っているような情けない表情でこう返す。

 「いやぁ、どうなんでしょう?

 というか、そんな事よりも、僕にはちょっと疑問があるんですが。

 これって、もし僕が、その戦闘中の情報を集めている際にトイレに行きたくなったりしたら、どうすれば良いのでしょう?」

 かなり自分の脳を酷使されそうだと予想して、彼はそう訊いたのだ。つまり、疲れて来たら「トイレに行きたい」と言って少し休むというせこい計画ができるかどうか確かめたのだけど。

 「うん。我慢して」と、それにグッドナイトはあっさり返す。にこやかな顔。ただし、目は笑っていない。

 「えー」

 アカハルは青い顔でそう言った。

 堪えられるのだろうか? 自分。

 そんな事を思って不安を募らせる。

 が、そんなところで彼のせこい計画は見抜かれていたのか、彼の背後のブラックボックスの中からこんな声が聞こえた。

 「安心せんかい、生体部品。ワシの作った装置は、お前の情報収集能力のみを活用する。集めた情報の処理はこっちでやるから、そんなに脳には負担にならんはずじゃ」

 この研究施設の専門家達のチーフ、ゴース・ガイダイだ。

 「ソウデスカー」と、それにアカハル。

 見抜かれていると分かったのに、まるで気にしていない様子。ただ、その口調はなんだか乾いていた。

 それからブラックボックスの一部が開くと、中からガイダイが出て来た。

 「よし、ゼン・グッドナイトよ。こっちの準備は終わったぞ。情報の受け入れ態勢は整った。予めインプットできる情報を与えてあるから、検証もバッチリじゃ」

 それを聞くと、グッドナイトは言った。

 「そうか? ご苦労さん。でも、お前、よく失敗するから不安なんだよなー」

 アカハルは、それを聞いて頷き“そうなんだよねー”と心の中でそう呟いた。

 

 「――さてさて。おのおのがた、準備はいいかな? ワガハイは、準備状態マックスだぞぉぉ!」

 

 ケーブタウン出入り口。

 そこは今はアンナ・アンリの魔法によって塞がれていた。もちろん、軍隊から守る為である。

 その前で、大きな袋がそんな声を上げてはしゃいでいる。もちろん、サンド・サンドだ。彼はどうやら新しい芯…… 袋の中に入れる木製の人形を手に入れて、随分とテンションが上がっているようだった。

 「うるせぇって!」と、それにクロナツがツッコミを入れる。

 ドワーフのガーロは、はしゃいでいるサンド・サンドを見ながら満足そうにしている。

 「ふむ。具合は良いようだな。我ながらナイスな仕事をした」

 どうやらサンド・サンドの芯の木製の人形を作ったのは彼のようだ。サンド・サンドは喜びながらこう返す。

 「ああ! 素晴らしい! 前に嵌めていた芯が最高傑作だと思っていたが、これはそれを超えている! 身体が軽いのだ! 軽快に走れるぞ!」

 「ふふん」と、それにガーロ。

 「そうだろう。強度はそのままに、木の中を空洞にして軽くしてあるのだ!」

 それを聞いて、アンナ・アンリが「こんな奴の為に、そこまでしてやる必要なかったのに……」と呟いた。

 彼女としては独り言のつもりだったのかもしれないが、それを聞き逃さなかったガーロは高らかにこう言った。

 「なーに、この袋さんは、なんか知らんが、この街の為に仕事をしてくれるのだろう? なら、こっちも半端な仕事はできねぇってもんよ!」

 それにサンド・サンドが、「おお! 素晴らしい職人肌!」と続ける。

 「ワガハイも、それに応えるべく、素晴らしい仕事をしようではないか! と言うか、もう半分以上はしているのだがな! ワガハイのアンチ・マジックはどうだ?」

 それを聞いて「本当にうるさーい」と、うんざりした口調でアンナが言った。

 「まぁ、やる気を出してくれているのなら別に良いじゃないですか」

 と、そんなアンナを宥めるようにセルフリッジが言う。「こいつは、多少、凹んでいるくらいがちょうど良いんですよ」と、それに彼女は返す。

 そこでシロアキが口を開いた。

 「もう、そのアンチ・マジックは張ってあるんだよな? なんか、そんな気はあまりしないんだが」

 すると、サンド・サンドは嬉しそうに言う。

 「職人技だからな。幾層にもアンチ・マジックを重ねる事で、近くで魔法を使った場合はそれを感じすらしないのだ! どうだ、凄いだろう!」

 「自慢すんなよ」とそれに、クロナツ。しかし、そこでこんな声が上がる。

 「でも、本当に凄いわよ、このアンチ・マジック……」

 それは勇者キーク冒険者パーティーの一人、呪法武闘家のティナだった。その後で彼女は、小さな火の魔法を放つ。生じた火は、彼女の手から離れてしばらくすると掻き消えてしまった。

 「近くだと魔法は有効で、距離を進むと消えていく。こんなに繊細なアンチ・マジックは初めて見るわ」

 その言葉にサンド・サンドはまたはしゃいだ。

 「そうだろう!そうだろー! ガハハハ!」

 「褒めないでください。こいつ、直ぐに調子に乗るんで」

 と、アンナが言う。その後でセルフリッジが言った。

 「それにしても、皆さんまで協力してくれるとは思いませんでした」

 そこには勇者キーク冒険者パーティのメンバーが全員揃っていたのだ。それに賢者のスネイルが返す。

 「ま、アカハルには貸しもあるしな。それに、もし今、グッドナイト財団のやりたいようにさせちまったら、世の中全体が酷い事になりそうだ。

 これは単なる勘だが、下手すれば戦争を超える地獄になるんじゃないか?」

 それにセルフリッジは「その可能性はありますね」とあっさりと返した。ただし、深刻そうではある。

 「うん。早く行こう」

 と、そこでキークが言った。

 「キークがまともだと、不安になるわ~」とそれを聞いて、魔法使いのキャサリンが言う。

 そんなタイミングで

 「――そろそろ頃合いです。皆さん。向かいましょう」

 と、そんな声が上がった。言ったのは軍人のアニア・ゴールドだ。

 彼女の部下という事にして、これからこのメンバー(ガーロ以外)でゼン・グッドナイトとアカハルがいるというクルンの街の研究施設に向い、侵入するのだ。

 が、そう言った彼女を見て、一同は困ったような表情を見せていた

 「……あの、アニアさん。シュガーポットちゃんは放してから行きましょうか」

 そうティナが言う。

 彼女はずっとシュガーポットを抱きしめていたのだ。何故なら、それがこの仕事を請ける彼女の条件だったから。なんか分からないけど、シュガーポットは無抵抗。

 ただし、一応「ずっと抱きしめられているから、そろそろ暑くなってきたわ」と苦情のような事は言っていた。

 「この子も途中まで一緒に連れて行くというのは、どうだろう?」

 真顔でそう彼女は返す。

 「ダメです」と、それにティナ。

 それを受けてもしばらく動かなかったが、やがて諦めたのか「やれ、致し方ない」と言い、それから、

 「全てが終わったら、また彼女を抱きしめにここに来ます! 絶対に!」

 と、堂々と彼女は宣言する。

 なんで威張っているのかよく分からない。

 一同はそれを受けて歩き始めたが、なんだかお陰で緊張感がまったくなくなってしまった。

 彼らを見送るガーロが尋ねる。

 「ところで、ケーブタウンに入るのにはどうすればいいのかな?」

 出入り口は、アンナの魔法で塞がれているからだろう。

 「ケーブタウンの住人なら、なんとなく進めば戻れますよー」

 と、それにアンナは返す。

 「ほー それは便利な」と、ガーロは返したが“なんとなくってどうするの?”とちょっと疑問に思っていた。

 

 ――クルンの街の研究施設。

 ゼン・グッドナイトは相変わらず、アカハルの目の前で、余裕の笑みを浮かべて座っていた。

 まるでプレゼントを楽しみにしている幼い子供のようにも思える。

 「オリバー・セルフリッジは、各国の軍隊を導けば、睨み合いでかなり時間が稼げると思っているのだろうな」

 そして、そうアカハルに向けて言う。アカハルは何も応えない。

 それに構わずグッドナイトは続けた。

 「しかし、各軍部の中にも我々の息のかかった人間はいるのだ。そして、ちょろっと情報操作をしてやれば、簡単に均衡ってものは崩れる。爆発する。

 さぁ、戦争が始まるぞ!」

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