33.ケーブタウンを守る有志の会
「――アカハルが捕まった」
深刻そうな顔でシロアキがそう言った。
「ボクの部下が、あいつがグッドナイト財団の連中に捕らえられたのを見たんだ。派手に街中でアカハルを囲んでいたらしい。隠す気すらないな。多分、なめられている」
ケーブタウン。まだあまり整備されていない、まるで子供が造った拙い秘密基地のような狭い洞窟の中に、見知った面々が集まっていた。
オリバー・セルフリッジにアンナ・アンリ。ブラウニーのナイルス。クロナツの姿もあり、意外なのは技術者のノーエンもいることだろうか。
そして、彼らの後方には大きな袋がまるで洗濯物を干すように、張られた紐にかけられてあった。
いや、実際、半分は干されていたのかもしれない。その袋は少し湿っていたから。
「それは深刻な事態ですね」
そう言ったのはオリバー・セルフリッジだった。ただ、その口調にあまり緊迫感は感じられない。
それを意外に思ったような表情をシロアキは見せたが、構わず喋り続けた。
「これで、アカハルがいるお陰で、情報戦では圧倒的に有利だったのが一瞬で逆転されちまった。
ボクらには連中の動きが掴み難くになって、連中にはボクらの動きがバレてしまう。
――まぁ、もっとも、アカハルも馬鹿じゃない。こっちの動きを全てグッドナイト財団に伝えるなんて事はしないと思うが」
それを聞いてクロナツが「ハッ」と見下すように笑った。
「いかにもお前らしいな、シロアキ。グダグダ考えている暇があったら、さっさとアカハルを奪い返しに行けば良いだろうが」
「無茶言うな、相手は軍事産業で、私設軍隊まで持っているような連中だぞ? 正面から喧嘩を仕掛けられるか」
シロアキがそう返すと、「今、この近くに連中の軍隊が来ている訳じゃないだろう?」とそうクロナツは言った。
「工作員ども程度なら、何とかなるんじゃねぇのか?」
それにシロアキは「今だけの話はしていない」と呆れて返す。
「正面から敵対する事自体が駄目なんだよ。仮にアカハルを奪い返せても、その後でやられるだけだ。流石に組織を説得できそうにないから、そもそも戦力がないしな」
そこでセルフリッジが手を挙げた。
「少し質問があるのですが、アカハルさんがさらわれたと思われる日は、どれくらい前なのでしょうか?」
それにシロアキは「既に一週間は経過している」と答えた。
「もう、そんなに経っているのか? 何やってるんだ、てめぇは」と、それにクロナツ。
「うるさいな。こっちは連中から睨まれているんだ。隙を見て、ここまでやって来るだけでも大変だったんだよ」
「ふむ」と、それにセルフリッジ。
「仕方ない事情があるのは分かりますが、少し時間を与え過ぎたかもしれませんね。或いは、もう手遅れかもしれません」
「手遅れ? 何の話だ?」
「こっちにはアンナさんがいますから、強引にアカハルさんを奪い返す事もできたかもしれませんが、もう手遅れかもしれないって話ですよ、シロアキさん。
アカハルさんの能力を既に活用され始めてしまっているかもしれません。チャンスをうかがう必要がありそうです」
それにシロアキは「まるでチャンスをうかがえば、なんとかなるとでも言いたげだな……」と言い返しかけたが、それをセルフリッジは手で遮った。
「その話の前に、グッドナイト財団…… いえ、ゼン・グッドナイトのこれからの動きについて話しをしましょう」
シロアキはそれにも何かを返そうとしたが、それよりも前に大眼鏡のナイルスが口を開いていた。
「グッドナイト財団は、この街を欲しがっていますよね? ただ、より正確には、この街自体というよりも、この街で採れる膨大な魔石を欲しがっている。ところが、どうも、ここ最近でグッドナイト財団は魔石をこの街から大量に買っているようなのですよ。もう強引に奪うのは諦めたのではないでしょうか?」
それにはクロナツが反応した。
「いかにもこの街の人間らしいのんびりとした考えだな、ナイルス。だが、甘ぇよ。連中はそんなに善良じゃない」
それにシロアキが頷く。
「その通りだな。アカハルも手に入れたんだ。きっと国の連中を動かして、魔石の利益ごとぶんどるつもりだぞ。今、魔石を買いまくっているのは、飽くまで何かの準備に過ぎないと見た方がいい」
セルフリッジもそれに同意した。
「そうでしょうね。ゼン・グッドナイトの性格は少し知っていますが、彼はそのような“面白くない手段”に満足するような人間ではありません」
そこで一度言葉を切ると、一呼吸の間の後で、彼はこう言った。
「恐らくは、またヘゲナ国を介して、戦争を仕掛けて来ると思います」
その言葉に、洞窟内にいた面々…… アンナ・アンリ以外は、皆、一様に驚いた顔を見せた。
シロアキが反論する。
「戦争だと? 本気で言っているのか、オリバー・セルフリッジ?
今、世間は先のアニア・ゴールドの件で、このケーブタウンへの反戦ムードで沸いている。国をその世論に逆らわせるのには、かなり強力な軍事供与が必要だぞ? つまり、ヘゲナ国だけを贔屓する必要がある。他の国が黙っている訳がない」
ところがそれをセルフリッジは「その通りでしょうね」とあっさり認めてしまう。
そこにナイルスが言葉を重ねた。
「そんな事をしたら、グッドナイト財団が各国に対して持つ影響力がなくなってしまうのじゃないですか?」
「まぁ、一時的にはそうなるでしょうね。ただ、時間が経てば分かりません。きっと何か策を用意しているでしょうから」と、それにセルフリッジは返した。するとまたシロアキが言った。
「軍事産業とはいえ、ゼン・グッドナイトは実業家だ。実業家が、そんなリスクの高い馬鹿な手段を執ると思うか?」
それを聞くと、セルフリッジは静かに言った。
「シロアキさん。あなたはゼン・グッドナイトという人物をよく分かっていない。彼は地位や権力を欲しがるだけの型通りの欲深な人間ではありません。
例えば、以前、“巨人の祈り岩”という巨大な魔石の奪取に、わざわざ山奥にまで彼自身が付いて来た事があります。それも、ただ“楽しそう”というだけの理由で」
そこまでを言って、セルフリッジは彼らの後方にまるで洗濯物のようにかけられている大きな袋を見やった。その大きな袋は、その視線に応えるように、というか本当に応えたのだろうが、こう声を発した。
「ガハハハ! その通りだ! あのゼン・グッドナイトという男は、楽しそうという理由でワガハイ達の奪取作戦に参加していた。もっとも、それだけではなく、お前にも興味があると言っていたぞ、オリバー・セルフリッジ!」
それを聞くと、セルフリッジは「それは光栄と言うか、なんと言うか、あまり嬉しくはない話ですね」と呟く。
大きな袋はまだ続けた。
「因みに、あやつはリスクも平気で冒す愚かな男だ! なにしろ、このワガハイを裏切って殺そうとしたのだからな!
この空いている穴を見ろ! 銃で撃たれたのだぞ?! お陰で芯も失くしてしまったのだ! あの芯は、今までの中で最高傑作だったのにぃ!
見てろぉぉっ 絶対に復讐してやるぅぅぅ!」
ああ、うるさい。
……そう。この大きな袋は、泥棒集団“フクロ”を束ねる頭領のサンド・サンドだったのだ。彼の本体は実は袋の方で、中身は単なる木製の人形であったらしい。彼が芯と呼んでいるのは、その木製の人形だ。
もっとも、だからといって、やっぱり正体は不明なのだけど。何なんだ、こいつは。
「うっせぇよ!
てか、この袋、信用できるのか? 怪しさ満点なんだが」
そう言ったのはクロナツだった。
「なんだと?! 信用されないで堪るものか! 一体、ここまで辿り着くのにワガハイがどれだけ苦労したと思っている?
川から海まで流され、そこでクルンの街行きの船を見つけて掴まり、クルンの街でケーブタウン行きの荷物を見つけて荷資材の振りをして被さり、ようやくここまでやって来たと思ったら、何か変なダークエルフに見せ物にされるし……
満足に動けんのに、そんな苦難のルートを通ってやって来たのだぞ? おのれぇぇ、ゼン・グッドナイトォォ!」
「だから、うっせぇって!」と、それにクロナツ。
そこでアンナ・アンリが言った。“本当にうるさい。よくこのお喋りが今まで黙っていたわね”と、呆れながら。
「わたしはこのフクロの事を随分昔から知っています。確かにこれ以上ないくらいにこのフクロは怪しいですが、性格はシンプルなので、少なくともグッドナイトへの復讐を果たすまでは安心しても良いかと思います」
珍しく、クロナツはその言葉に逆らわなかった。助けてもらったからか、それとも彼女の凄まじい魔法を見ているからか、彼女とセルフリッジに対しては、彼は意外に大人しいようだ。
アンナはまだ続けた。
「それと、わたしも一度だけ、ゼン・グッドナイトと顔を合わせたことがあって勧誘されましたが、なかなか食えない人物でした。
ただの印象に過ぎませんが、恐らく彼にとって地位や権力は、手段に過ぎないのではないでしょうか? 快楽を追及する享楽主義者ではないかと思われます」
そこまでを聞くと、シロアキが言った。
「ほー。そうか、なるほどな。ゼン・グッドナイトが享楽主義だって事までは分かったよ。
で、その享楽主義の野郎が何で戦争をするんだよ? 他にいくらでも手段がありそうなのによ」
「違いますね」と、それにオリバー・セルフリッジ。
「ゼン・グッドナイトは、ケーブタウンが欲しいのではなく、戦争がしたいのです。魔石やお金も欲しいのでしょうが、それはオマケみたいなもんでしょう」
「あ? 戦争が好きだとでも言いたいのか?」
「それも違います。彼は恐らく、情報が欲しいのですよ。戦争が起きる事によって得られる膨大な量の戦闘の情報が……
この街自体に戦力は皆無ですが、今はアンナさんがいますからね。アンナさんの魔法と、魔法疑似生命体の技術、それと膨大な魔石があれば高度な戦闘になると予想しているのじゃないでしょうか?」
そこでセルフリッジは、今度はノーエンを見た。
「ノーエンさん。あなたに質問があります。技術者の視点から、アカハルさんの能力をどう思いましたか?」
ノーエンは困ったような顔でそれに応える。
「どうと言われましても…… ネットワークを利用しているのじゃないか?くらいしか予想できませんでしたが」
「すいません。質問が悪かったです。アカハルさんの能力を、何かの技術に応用するのなら、どんなものが考えられますか?」
少し考えると、彼は口を開く。
「そうですね…… 飽くまで可能性ですが、その無制限にアクセスできる能力を活かして情報を集め、集めた情報群を処理し、有効な方略を導き出す…… とか、でしょうか?」
その返答にセルフリッジは満足そうに頷いた。
「それは、あなたが守った“情報群のコントロールに関する技術”と親和性がありませんか?」
「まぁ、当にそれを連想しましたけどね。もし、アカハルさんの能力を活かして情報を集められるのなら、とんでもない事になるかもしれません。仮に魔法疑似生命体に学習させるのなら、信じられない能力を身に付けられるでしょう」
そこまでを聞くと、シロアキは言った。
「なるほどな」
少し間を置くと続ける。
「つまり、ゼン・グッドナイトが戦争を起こそうとしているのだとして、その切っ掛けを作ったのが、アカハルの情報収集能力だってワケか。“順序が逆”なんだな」
それを聞くと、オリバー・セルフリッジは大きく頷いた。
「そうだと思います。
そして、ならば戦争という手段を止める方法も自ずから明らかであるはずです。アカハルさんを取り返せば良いのですよ」
シロアキが疑問を口にする。
「しかし、どう対抗する? もし、アカハルの能力を活かす手段を連中が見つけていたら、近づくだけでもかなり苦労するぞ?」
ところが、セルフリッジはそれに「いいえ、チャンスは必ずあります」と返すのだった。
「彼らが戦争を仕掛けて来た時。その時は、流石に処理しなくてはならない情報が膨大になり過ぎて、こちらの動きは把握し難くなるでしょう」
それにシロアキは表情を歪める。
「そんな時間があると思うか? あっちは本気の軍隊だぞ? 以前みたいにはいかない。一気に攻めて来るはずだ」
「大丈夫です。足止めの方法なら、考えてありますから。他の国々は、今回のヘゲナ国、つまりはグッドナイト財団の動きを好ましく思っていないはずです。ケーブタウンを奪われるのを阻止しようとするでしょう。軍隊を動かすと思いますよ。睨み合わせれば、その間は戦闘は起きません」
そのセルフリッジの説明に、シロアキは「アホか、どうやって他の国がここまで軍隊を進めるっていうんだよ?」とそう言ったが、その後で直ぐに思い返したのか、
「……いや待てよ、手はあるか。国知らずの森は、他の国に接しまくっているんだからな」
と、そう結ぶ。
それから彼はセルフリッジを鋭い目つきで見ると「だが、それだけか? ボクらがグッドナイト財団に近付く為には、アカハルの能力を躱さなくちゃならないだぞ?」と、そう質問した。
それにセルフリッジは、「もちろん、それだけじゃありません」と返す。
そしてそこで言葉を切ると、彼は紐にかけられてあるサンド・サンドを見た。
「あなたも知っているのでしょう? アカハルさんの能力は、アンチ・マジックに弱いはずです。アンチ・マジックの張られた場所にいる時、彼は僕らを見つけられなかったのですから。そして、そこにいるサンド・サンドさんは、実はアンチ・マジックの達人なんです」
サンド・サンドはそれを聞くと、嬉しそうにふらふらと揺れた。
「ガハハハ! 任せろ! あのゼン・グッドナイトに一泡吹かせる為なら、腕によりをかけてゲージュツ的なアンチ・マジックを完成させてみせるぅぅぅ!」
「だから、うっせぇって!」と、それにクロナツ。
そこでアンナが疑問を口にした。
「それなら、確かにアカハルさんの能力を気にしないで近づけそうですが、それでもアカハルさんのいる場所が分からなければ、どうにもならないのではありませんか?」
が、それを聞くと大眼鏡のナイルスがこう口を開いたのだった。
「それなら、なんとかなるかもしれませんよ」
と。
その言葉に一同は驚く。
彼は更に言葉を続けた。
「以前、この街を討伐しようとしていた、ヘゲナ国の軍部に所属しているアニア・ゴールドさんですが、彼女となら連絡手段があります。協力も得られるのじゃないか、と」
「いつの間にそんなコネをつくったんだ?」と、シロアキはそれに驚く。この街の人間にしては、なかなか戦略的だ。
「いえ、つくったと言うか、なんと言うか、僕の友達のシュガーポットが、討伐隊のキャプに行った時に“いつでも連絡をください”って、連絡先が書かれたメモを手渡されていたんですよ。
どうも、気に入られたみたいで」
それを聞いてシロアキは納得した。
あの“かわいいもの好き”のお嬢さんなら、充分にあり得る。キキーモラのシュガーポットの外見は、まるで人形のようで、非常に愛らしい。
そして、
「――さて。これで全ての条件は整いましたね。後は計画を進めるだけです」
そう、セルフリッジは言った。まるで宣言をするように。
皆はそれを聞いて大きく頷く。先ほどまでの絶望的な空気は嘘のように消え、その表情には希望が見て取れた。
ただし、そんな中でアンナ・アンリだけはやや冷たい目でセルフリッジを見つめていたのだが。
“――やっぱり、皆には話さないんだぁ。本当にずるいんだから”
などと、彼女は思っていた。
どうやら、まだセルフリッジには何か隠している事があるらしい。
――クルンの街にある、グッドナイト財団の仮設の研究施設。
そこで、ゴース・ガイダイが声を上げた。
「どうだ! 完成したぞ! ゼン・グッドナイト! 情報収集用の生体部品、“アカハル”を利用した情報収集装置じゃ!」
そこには黒い大きな箱があり、その中心にはアカハルが座らされていて、頭部には管のついた絆創膏が貼ってある。
どうやら彼はアカハルを介する事で、情報を集められる機械を造ったようだ。
「あのー……」
と、それにアカハル。
「僕の能力を研究して原理を解明して、一週間以内にそれを技術に活かすのじゃなかったでしたっけ?」
それを受けると、ガイダイは腕組みをし首を横に振る。そして「いやー 正直、調べても調べてもさっぱり原理が分からんかった。手も足もでん。お前をそのまま部品として利用するのが精一杯」とそうそれに返した。それから、
「大体、一週間なんて短すぎるんじゃ! 一体、誰じゃ、そんな事を言ったヤツは!」
と、突然、切れて喚き出す。
「お前だろうが! それを言ったのは!」
それに、ゼン・グッドナイトが、そうツッコミを入れた。
ま、つまりは、アカハルを奪い返しさえすれば、彼らから異常に強力な情報収集能力はなくなってしまうという事らしかった。